結婚後のお話①
「今日も良い天気ねぇアリア。」
「はいお義母様。ぽかぽかしていますね。」
あれから、もうすぐ三年が経とうとしていた。
マルテル家の方々は、お優しい方ばかりだった。初めは緊張していたけれど、お屋敷での生活にも慣れて、今は女主人であるお義母様のお仕事をお手伝いさせていただいている。お義母様は娘が欲しかったとかで、とても良くして下さっているの。
「お義母様、今日の紅茶は実家から母が送ってくれたものなんですけれど、いかがですか?」
「そうだったの。とっても美味しいわ。今度お礼の手紙を送らなくてはね。紅茶はまだあるかしら?」
「はい、ありますよ。夕食の後、お義父様にもお出ししましょうか?」
「ええ、是非お願い。アリウスも気に入ると思うわ。……ふふ。言葉にしなくてもアリアは私の言いたいことが分かってくれるから嬉しいわ。最近、ユリウスよりもアリアのほうが実の子のような気さえしてくるもの。」
「まあ。ユリウス様には申し訳ないけれど、そう言っていただけると嬉しいです。」
こうして三時頃に一緒にお茶をするのも、日課になっていると言っても過言ではないと思う。
「ユリウスと言えば。……あの子、この間帰って来たのはいつだったかしら?」
「えっと、そうですね、確か二ヶ月ほど前でした。」
「二ヶ月…! まったく、あの子ったらどういう神経をしているのかしら。こんなに良い子をよく二ヶ月も放っておけるわね!」
一応、わたしは気にしておりませんよーというアピールのつもりで、笑顔で返事をしたのに、お義母様の機嫌は急降下。
「で、でも、長い時で、半年帰って来なかったこともあったじゃないですか。二ヶ月なんて大したことありませんよお義母様。」
「貴女ももっと言ってやってもいいのよ? いくら忙しいと言ったって、アリウスはちゃんと帰って来ていたわ。……と言うより、アリウスは宰相と陛下の側近を兼任している今だって毎日帰って来ているじゃない!」
「お、お義母様落ち着いて下さい。」
お義母様が言うように、ユリウス様はほとんどお屋敷に帰って来ない。でも、外で女の人と遊んでいるわけではなくて、結婚前の宣言通りお仕事を頑張っていらっしゃるから、わたしは特に何も思っていなかった。お義母様はじめお屋敷の方々が皆優しいから、特別寂しいとも思わなかったし、結婚前は一人で寝るのが普通だったから、わたしにとっては逆に、ユリウス様が帰って来られた時に一緒に寝ることのほうが非日常だった。
「今度帰ってきたらガツンと言わないといけないわね。」
「あ、いや、お義母様……」
今度帰ってきたら、もう少し定期的に帰ってきて下さいと言ったほうがいいかしら。
そんなことを思っている時だった。
「奥様、若奥様!」
パタパタとこちらに駆け寄ってくるのは、メイドのメリッサ。あんなに慌てて、どうしたのかしら。
「若旦那様が、お戻りです…!」
「……え?」
若旦那様って……ユリウス様が帰って来たの? こんな真っ昼間に?!
わたしとお義母様は顔を見合わせると、一緒に席を立ってお屋敷に向かって歩き出した。
* * *
「お義父様、ユリウス様はなにがあったのですか?」
ユリウス様は自分が呼ばない限り誰も部屋に入るなと言い置いて、部屋に篭ってしまわれた。それで結局、どうして唐突に、それもこんな時間に帰ってきたのか、聞きたくても聞くことができなくなってしまったの。だから、その日の夕食の時間にお義父様に聞いたら、ちょっと困ったような表情でお義父様は笑ってらした。
「最近、宰相の仕事も少しずつ覚えさせていたんだが、アルディーン王子は少々自由なお方だから、もともとユリウスは仕事が多かったしなぁ…、容量を超えていたのかもしれん。今日、少し失敗をしてしまってな。」
「失敗、ですか。」
「ああ。今日初めて、小さい規模の会議の司会進行を任せたんだが、うまく会議が回らなかった。」
「まあ。それで、どうなったんですか?」
「その会議はわしが代わりにまとめておいた。最初は皆こんなものだし、わしが初めてやった時よりうまくやったと思う。それに、会議に参加していた者たちも初めてにしては良くやったと言っていたのだがな。」
「……ご本人は、納得がいかなかったのですね。」
「あいつは変にプライドが高いところがあるからなぁ。」
お義父様が笑うと、お義母様も「誰に似たんでしょうねまったく。」と言いながら笑ってらっしゃった。
「まぁ明日には部屋から出てくるだろう。責任感は強い奴だ。仕事を何日も放り出したりできんだろうから。」
「そうですね。」
そう言っていたのに、それから三日経っても、ユリウス様は部屋から出て来なかった。