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「へえ、上手いもんじゃないか」
街のはずれにある射撃場で様々な銃を試していると、そう声がかかる。
この射撃場のオーナーだ。
的までの直線距離は50mほどしかないが、この世界の銃を基準とするならばあまり短すぎるとも言えない。銃弾の落下が始まるよりは手前に的が設置されているので、どのくらい落下するかの計算には使えないが、銃の性能を知るには充分だ。
良いニュースとしては、この世界にも薬莢が存在したということだ。
しかし、紙薬莢。火薬を計量して弾を込めるという手間を省くために生まれた薬莢で、これにも雷管はついていない。
火花は銃自身が起こす必要があり、火薬と弾丸を含めただけのシンプルな構造の、紙製薬莢だ。
紙薬莢には現代の金属薬莢のように、あらかじめ複数の薬莢を銃に装填しておいて、次弾を発射する仕組みはない。
あくまで銃口から火薬と弾丸を入れて棒で押し込み、撃鉄が火薬を乗せた皿を叩いて着火、弾丸を発射する仕組みだ。
「これ以上性能の良い銃は、ないんですか?」
後ろで見ていたオーナーに問いかける。
問われた彼は頬を掻いて少し悩むと、「待ってろ」と口にし、倉庫から一丁の銃を持ってくる。
「ウチみたいな店じゃ、滅多に出さない銃なんだが……」
そう言って彼の持ってきた銃には、見覚えがあった。銃の全長はジャスト1メートル、一般的なマスケット銃とほとんど見た目は変わらないが、70万丁以上も製造された実績を誇る。
「スプリング、フィールド――」
“スプリングフィールドM1863”
150年以上も前の戦争で、最も使われた小銃の1つ。
そして、世界で最後の先込め式の小銃だ。
現代の銃が存在するということは、自分のように銃器を持ったままこの世界に来た人間が、過去に存在する証明にもなる。
「そうそう、そんな名前だった。ウチの爺さんがどこかから貰ってきたって銃でな、なんだ兄ちゃん、知ってるのか?」
「ええ、知ってます。それがあるってことは、雷管もあるんですか?」
この銃は、この世界の銃と着火方式が大きく異なる。
雷管を用いるという点だ。
雷管とは、特殊な火薬を小さな金属のケースに詰め、一定の衝撃を加えると発火する仕組みの装置のことだ。
それまで時代を支えてきた火縄や火打ち石を用いた着火法は天候に大きく左右され、湿度が高い、濡れる、雨が降る等火の付かない環境だとただの棒になってしまった銃を、大きく変革させる。
密閉されたケースは雨に濡れても火薬を炸裂させ、湿度が高くても確実な着火を可能にした。
雷管を用いた着火方法はパーカッションロック式と呼ばれ、それまでの主力だったフリントロック式――火打ち石を用いた着火方法を完全に排除するに至り、後に薬莢の尻に雷管を取り付けた、金属薬莢が生まれることになる。
「ああ、あるぜ。まあ数はそこまでないがな」
雷管の存在、それは、光明と言えよう。
VSSほどの仕組みの弾丸が存在するかは分からない。しかし、雷管があれば金属薬莢の存在も見えてくる。
仮にVSS用の9x39mm弾が存在しなくても、金属薬莢があれば他の銃器を扱える可能性がある。
いくら何でも1発撃つごとに火薬、弾丸を入れるこの世界の銃では装填に時間がかかりすぎ、戦闘では使い物にならない。
金属薬莢があれば後込め式でも相当な連射速度にはなるし、ミニエー弾と呼ばれる弾丸は、溝のあるドングリ型の形状をしており、銃内部に刻まれたライフリングの効果も相まって、ただの円球だった弾丸とは比べ物にならない命中精度を誇る。
それこそ、狙撃が可能なほどに、だ。
「雷管は、軍からの横流し品を買ってるだけだからな。使う人間も居ないから、ここにあるのは20個だけだ」
「軍?」
「……それについては、そこの姉ちゃんのが詳しいんじゃないか?」
そういうとオーナーは、後ろで暇そうにしていたアリシアの方を見る。
彼女が軍人軍隊と、兵士兵隊を使い分けていた理由。興味はあったが、特に語ろうとしないので聞いてはいなかった。
話題になった今こそ、聞くべきなのだろう。
自分が注目されていることに遅れて気付いた彼女は、すぐにめんどくさそうな顔をする。
「軍ってのは?アリシアは兵隊って言ってたけど、それとは違う組織なの?」
「一緒にすると、一部の兵士から殺される程度には違う。立場上防衛と銘打ってるが、奴らが国を守ることなどない」
「その言い方、仲はそこまで良くないの?」
「良いなんてもんじゃない。立場のためなら、身内の暗殺だろうが平気でやる連中だよ。しかもそのトップが今、この国の宰相をしてるときた」
そこまで言うと、彼女は大きなため息をついた。
明らかな個人的嫌悪、彼女のこの反応は、今の状況に関与しているともとれる。
彼女に出迎えをさせた“命令”、それは、逆らえないほどの上から送られたもの。そう、それこそ国からの指令のように。
「それは、いつからあるの?」
「3年前だよ。ある兵隊のクーデターを鎮めた民間人が突然名乗りだした。あの時は私も兵士じゃなかったから、詳しくは知らないが」
「最初は民間人だったのに、今では国の組織になってる?」
民間人から国の宰相への成り上がり、それは、ただの民間人に出来ることではない。
いくらクーデターを鎮めて権力を得たとしても、それには限界がある。
その民間人には、全ての兵力を黙らせれる実力と、国と対等に戦える頭脳があるということだ。
頭脳は分かる。いつも時代は一部の天才によって動かされてきたし、民間人に頭のいい人間が居ても何も不思議もない。
しかし、実力は別だ。
既に兵という組織がある国で何を唱えようが、それらを黙らせるほどの力を持たなければ、反発する者に殺されるのがオチだ。
この世界とは違う、特殊な銃器を持っていれば話は別だが。
「そういうことだ。最初は数人だったが、今は3桁は在籍してると聞いている。正確な数字すらこっちには回ってこない。特徴としては――」
それは、言われなくても分かる。
最初に彼女に問われた言葉だ。
「あの時会った、お前みたいな格好をしているよ」
金属の鎧を身につけ、帯剣し、剣で切り合う、アリシアのような“兵”とは全く違う存在。
特殊な防弾繊維のジャケットを羽織り、迷彩服を着、銃器を装備する。
まさしく、軍人そのものだ。
恐らく、そのクーデターを鎮圧した人物というのは、自分と同じ世界の住人なのだろう。そして、その人物が今宰相となっている。
会って話せば、何かが分かるかもしれない。
もう夢と考えるのもやめた、この世界のことを。
彼女はそれきり特に口を開かなかったので、射撃の続きをすることにした。
紙薬莢の尻を噛み切り火薬を銃口から流すと、これまでの円球弾と違ったドングリ状の弾を入れ、棒で押し込む。
撃鉄下部に雷管を差し込み、構える。
肩付け、頬付け、特徴的なリーフサイトを上に上げる。呼吸を止め、手のブレがなくなった瞬間、引き金を引く。
視界が一瞬火で覆われる。熱いが火傷するほどではない。
火薬の炸裂音。音自体は、火縄や火打ち石とそう大差ない。
しかし、命中精度は段違いだ。
50m離れた的のど真ん中を通過。ほとんど使われていないと言っていたので、整備もそこそこだろうが、この命中精度は充分だ。
後ろから「おお」という声が聞こえる。オーナーのものだ。
一度の試射で、性能は分かった。
この世界にも、実用に耐えうる銃は存在する。それが分かっただけでも収穫といえよう。
「ありがとうございます。もう、結構です」
「1発でいいのかい?」
「ええ、性能はわかりましたから」
「そうかそうか。良い射撃を見せてくれたお礼だ、銃をプレゼントというわけにはいかないが、この雷管だけで良けりゃやるよ」
オーナーは、拍手をしながらそう言ってきた。
「お金は……」
「要らん要らん。長いこと射撃場やってるが、来るのはほとんど猟師のオッサンばっかでな、こんな射撃数年ぶりに見たよ。アンタなら知ってそうだが、この銃、実際の射程はどのくらいなんだ?」
オーナーの言葉に、少し考える。
この銃、スプリングフィールドM1863の射程は知らない。ある映画の特徴的なシーンで使われていたから覚えていただけで、銃自体の性能には詳しくない。
しかし、ミニエー弾の射程なら、覚えてる。
それまでの銃の射程は100メートル。その世界を、大きく変えた弾丸だからだ。
「約1000メートルが最大射程。と言っても、狙って当てられるのは3分の1程度だと思いますが」
「その距離、兄ちゃんなら当てれるのかい?」
言葉が詰まる。相当期待されているようだが、実際この銃で100メートル先を狙う自信はない。
いくら視力が良くなっても、肉眼で100メートル先を狙うのは至難の業だ。
この射撃場の50メートル程度なら余裕だが、歴史に名前を残す狙撃手のように、300メートル先を肉眼で狙うことなどできはしない。
しかし、肉眼でないのなら。
50メートル先の標的に、予測着弾位置から1センチ未満のズレしか起こさないこの銃なら。
「スコープさえあれば、恐らくは」
「……そうか。良い銃なんだな、これ」
オーナーはそう言うと、嬉しそうに銃を受け取った
先程祖父が持ってきたと言っていたが、恐らく形見か何かなのだろう。
もしかしたら、その祖父もこことは違う世界の住人かもしれない。この銃を誰かから入手したのではなく、最初から持ってきた可能性もある。
しかし、それはもう確認できないことだ。
頑なに射撃代金を受け取らないオーナーにメンテナンス費ということで僅かながらの金を押し付け、店を出た。
射撃場を出ると、あたりは相当暗くなっている。
いつに間にか、夜になっていたのだろう。