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適当な服屋に入って全身を見繕って貰っていると、気になるものがあった。
紐、スリングだ。
明らかに銃用ではないが、太さからして調整すれば銃の肩掛けにも使えそうだ。
「ああ、これかい?」
「その紐、この銃吊るすのに使えないかなと」
銃は相変わらず手でそのまま掴んでいたし、いい加減スリングが欲しいところだった。
「沢山買ってもらったしね、サービスしとくよ。調整もこっちでするかい?」
「お願いします」
服屋の店主に銃を手渡す。彼女は「思ったより軽いわね」と呟くと、手早くと縫合に入る。
ベルトのようにアジャスターも取り付け、無事完成。
これで大分楽になる。3kg程度しかない小型の銃とはいえ、四六時中手に持っているのは疲れる重さだ。
「その服、要らないのかい?」
その、とは、今まで来ていた迷彩服のことだ。
軍人に見られた方が良い場面もあるかもしれないが、迷彩服を着る機会はあるだろうか。マガジンを入れるためのポケットが複数ついてたりはするが、マガジンはなければ手持ちの装備品もほとんどない。
鍛冶屋で貰ったナイフ用のホルスターは、ベルトに装着する形だから服に依存はしない。となると、不要か。
「要らないですね」
「じゃあ買い取るよ。変わった素材使ってるみたいだしね、それでいいかい?」
「お願いします、会計はあちらに」
後ろで暇そうにしてるアリシアを差す。金を使わせるのは若干心苦しいが、増えることなら遠慮することなく頼む。
少ししたら交渉が成立したようで、アリシアは上機嫌だ。恐らく、相当高値で買い取ってもらえたのだろう。
服屋を出ると再び馬小屋へ向かう。
「で、まあ馬に戻るわけだけど」
「後ろに乗るとかいうのは……」
「近場なら構わないが、長距離だから無理だな。馬が疲れる」
「ですよね」
「別にいつまでに連れて来いと言われてるわけではない。急ぐ必要もないからな、まあ覚えれば良いか」
乗馬はスポーツだと聞いたことがある。
ただ上に座っているだけで進んでくれるわけではなく、自分の足のように意識しただけで曲がってくれるわけではない。
スポーツ全般が苦手な自分が、はたして馬に乗れるのだろうか。
などと考えていたが、3時間も練習をすると、それなりに進めるようにはなってきた。
人に慣れてる温厚な馬を選んでもらったというのもあるだろうが、あまり警戒されることなく乗れた。
走りだした馬を止めるのは少し手間取るが、振り落とされるほどではない。腰は相当に疲れるが、アリシア曰くいつか慣れるとのことだ。
「じゃあ、走るぞ」
「あ、やっぱり走るんだ……」
馬に任せてトコトコと次の町へ、というピクニック感覚ではなかった。
荷物があるならまだしも二人とも軽装で、走らせない理由はない。
速度は馬に任せ、自分は背を縮こまらせないように胸を反り前を見る。振り落とされないように足に力を入れるとバランスが崩れ、馬が曲がってしまうので、重心は足ではなく腰に置く。
自分の足で歩かない分楽かと一瞬思ったが、そんなことはない。
安定しようと身体を前のめりにすると自然と手綱を引いてしまい馬の速度が遅くなるし、左右の手が疲れても手を下ろすと同じ、片側だけ引くと馬の向きは変わってしまう。それこそ、腰だけで揺れ動く背中でバランスを取る必要がある。
どうやらいつか筋肉痛が来るようだが、それはその時休めば良いと言われた。確かに今までしたことがない体勢で長時間居たら筋肉痛になるのも当然だ。
軽快に、とはいかないのものの、多少蛇行しながらもアリシアの背を追うように進んでいると、空が茜色に染まる頃、壁が見えた。
町だ。いや、街と言っていいサイズだろうか。遠くから見る分にも、先程の町より遥かに大きい。
1mほど高いところに居るから視野が広がっているのもあるが、先程の町にはなかったような、高い建物も見える。
アリシアが振り返り、口が動く。まだ走る馬に跨がりながら喋ることはできないが、彼女が「あそこだ」ということだけは聞き取れたので、頷きで返す。
どうやらそこが目的地のようだ。
壁は先程より高く、馬に乗っていても中は見えない。
2階建ての建物くらいの高さはあるだろうか。それでもそれより高い建物がいくつも見えるので、相当に栄えているに違いない。
速度を落として門まで辿り着くと、アリシアは馬を降りて引くように言う。
言われた通りに馬を降りると、まるで1日中走り回ったかのように足がぷるぷると震えているのが分かる。現実世界の自分と比べると体力があるとは言え、慣れないことは変わらず慣れていない。
数十km全力で走った後のような疲労を感じながらも馬を引いて歩き、門に居る兵士と話すアリシアを後ろから眺める。
少し離れてて聞き取れないが、何度か兵士がこちらを指さして何か言っている。どうやら身分証のような物を求められているようだが、そのような物は勿論持っていない。
先程とは違い、まるで町人のようにシンプルな格好――白いシャツに茶色のスボンという格好では、怪しまれることはないはずだが。
いや、だからこそ怪しまれてるのかもしれない。明らかに町人なのに自らの身分を明かせないのは、確かに異常なのかもしれない。
「待たせたな」
彼女が戻ってきたのは、30分は過ぎた頃だった。
相当苛立っているのが口調から分かる。相当面倒な問答を繰り広げていたことだろう。
「なんか手間取ってたみたいだけど」
そう聞くと、深い溜息で返される。原因は大体検討がつくし、それがどうしようもないことも予想済みだ。
「お前の身分を証明できるものが何一つないからな。私が連行中の犯罪者扱いで折り合いを付けた。だから――」
「だから?」
「その銃は一旦私が預かる。一人で行動しないこと。滞在は明日の正午まで。提示された条件は主にこの3つだな。つまり、勝手に動くなということだ」
犯罪者扱いということなら、まあ当然だろう。手錠を付けて行動しろと言われないだけマシだ。
銃がなくても、そこまで困るものではない。どうせこの銃、VSSは突発事象に対応することなどできない銃だし、仮に命を狙われることがあっても、彼女と一緒に居れば大丈夫だろう。
相当強いようだし。
「了解、っと。はいこれ、邪魔だろうけど適当に預かってて」
「いやに物分かりが良いな、その銃、大事な物じゃないのか?」
「大事だけど、ここでは必要ないんでしょ?守ってくれるんなら」
「自分の命より優先するつもりはないがな。まあ問題さえ起こさなければ、剣を抜くことなどない」
あの森に現れた謎の人物を王都まで連れて行く、それが彼女の役割だ。
その行為にどこまでの重要性があるのか、彼女自身理解していないのだから、当然の反応だが。
あくまで、移送任務だ。護衛などではない。最悪見捨てられるのを見越し、ナイフは渡さなかった。彼女もナイフを預かるつもりはないようなので、特に催促もしてこなかった。
馬を引いて歩き出した彼女についていくと、馬小屋に辿り着く。そこで少々の手続き、渡されたタグを馬の首に通すと、預ける手続きはそれだけで完了のようだ。
雑に思えたが、それなりに治安が良い世界なのだろう。旅行者の馬を盗むメリットはそこまでないということか。
「今日はここで宿を取るが、明日は野宿になる。必要なものがあったら先に言っておけ」
彼女にそう言われたので、少し考える。
野宿などしたことがないので、何が必要かは分からない。森の中でひと月暮らしていた彼女の方がよっぽど詳しいことだろう。
「銃弾くらい、かな?」
「……まあそうか。時間もあるから、少しだけ当たってみるか。あと、お前がこの世界の銃を使えるのか、それも確認しておきたい」
若干めんどくさそうに、彼女は言った。
確かに残弾9発の銃に頼り続けるより、この世界で一般的に流通してる銃器を扱えるようになったほうが都合がいい。
銃を撃つ機会はないと以前に言っていたが、もしものこともある。仮に銃弾の複製が不可能な場合、VSSは手放すことになる。それを考えても、彼女の判断は賢明だ。
街のはずれに射撃場があるとのことで、まずはそちらへ向かうことになった。