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その銃弾1発で  作者: 衣太
狙撃
5/21

1

 緑。

 見渡すかぎりの草原だ。


 地平線まで緑は続き、そこから生えるように雲が伸びる。

 このようは風景を見たことがある、そう感じ、記憶を呼び起こす。



「パソコンの初期壁紙かな?」



 確か、このような風景だった。

 小学校で視力が低下を始め、20歳を過ぎた今もまだ視力の低下は留まることを知らない自分にとって、地平線というのは二次元的な風景でしか見たことがない光景だ。



「臭いも、ある……ような気がする」



 家の中から出ないまま5年を迎えた自分にとって、草木の臭いというのは記憶から抜けてしまったものだ。

 そもそも家から出たところで周りはビルが無数に立ち並ぶ街中であるだろうし、申し訳程度の街路樹の臭いを感じるほど鋭敏な鼻は持っていない。

 確か、小学校の遠足でどこか田舎に行った記憶がある。しかし、流石にここまで広くはなかったはずだ。


 視界に映るのは空と草木のみ。それも全て、落ちた視力では見えるはずのない風景。



「また、夢か」



 このような夢は珍しいことではなかった。

 以前から数日に一度は見ていたし、確か最初に見たのはもう1年以上も前のこと。


 外に出ろと、夢の中でまで諭されているようだ。


 いつものことなら、体感で30分も経てば夢から醒める。そうすると、もう朝だ。

 起きる寸前に見る夢。そういえば夢の中では過去の夢のことまで思い出せるのに、目が覚めるとすっかり忘れてしまっている。

 不思議な体験をしたことがあってもだ。起きた時には何一つ覚えていないし、夢を見た記憶すら残らない。しかし、また夢を見ると全て思い出す。


 どのような意味がある夢にせよ、まず時間を潰さなければならない。

 何をするでもなく寝っ転がっていたこともあるが、夢の中で寝ることは中々に難しい。特に夢と自覚している場合はだ。



 ようやく足元に目を向けると、見覚えのある物が転がっている。


 狙撃銃“VSS ヴィントレス”

 ナイフ型拳銃“NRS-2”


 どちらも先程までゲーム内で装備していた銃器だ。


 夢の中でゲーム内の装備が落ちている、そのようなことは以前もあった。いや、そう少ない回数ではない。

 記憶は朧気だが、何十回も夢の中で触っていたのではないだろうか。そう感じてしまう。


 ここ最近に夢の中で触ったことがあるような気はしても、その夢がいつ見た夢なのか思い出せない。

 夢は全て繋がっているように感じる時もあれば、風景は何も変わらなくても全く違う日のように感じることもあった。


 日付を確認する術はない。銃以外の何も無ければ、自分以外に人間を見たこともない。

 銃を触っているだけで30分が過ぎる、記憶の中の自分は、そのように行動していたはずだ。



 VSSを手に取る。マガジンを外しサプレッサーとなる銃身を外し、狙撃銃というよりサブマシンガンほどの長さになった銃を、さらに分解する。

 何故構造が分かるかは分からない。記憶に残っている構造が正しいかの確認作業だ。


 5分程かけて取り外せる全てのパーツを外した後は、再び元の形に戻す。

 サプレッサーの装着に若干手間取ったが、10分程度で組み立てることができた。

 ボルトを引きマガジン内の弾丸を装填。これで、いつでも撃つことができる。



 次はNRS-2。こちらは鞘に入ったナイフであるが、鞘を見ることは滅多にない。

 ゲーム内では手に持った時には既に鞘を取っているので、購入画面やメンテナンス画面で見るだけだ。

 鞘を取り外すと、一見ただのナイフに見えるが、背部には発射機構が備わっている。

 グリップにある小さなピンでロックを解除するとバレルを外し、チャンバーに弾丸が入っているのを確認。

 もう一度バレルを柄に戻すと自動ロック。安全装置も付いているが、これは外さない。



 あと10分程度はあるだろうか。分解して元に戻すまでの時間が、短くなっているような気がする。

 あくまで記憶の中の自分はこれで30分経っていたような気がするだけで、実際のところは時計があるわけでもないので分からない。



「ちょっと動くか……」



 ナイフ用のホルスターもなければ銃用のスリングもないので、そのまま両手に持ち、草原を歩くことにする。

 撃つ対象さえあれば、その場から射撃練習のようなこともできたが、生憎狙えそうなものはなかった。

 一方向だけ丘のようになだらかな上り坂になっており、そちらに向かうことにする。



 20分ほど掛けて丘の頂上に到着したが、夢から醒める気配はなかった。

 気配と言ってもその瞬間に何か特別な感覚を感じたかは分からないので、何もなかったというしかないのだが。


 10mを超える高い木がいくつも見える。

 先程までは草原といった場所だったが、丘の下から森になっているようだ。


 森に沿って歩いていると、明らかに何か生き物が通ったであろう道が見える。

 丈の低い草は踏み潰されたように横に倒れており、干からびているものまである。

 丁度人の高さであろう位置にある枝は切り落とされ、丈の高い草をかき分けた後のように見える。



「現地人との初交流、かな……?」



 枝は折った跡ではなく、どう見ても刃物で切り落とされたように綺麗な断面を見せていた。

 野生動物にしては背が高いし、熊ほどのサイズだったら足跡でもありそうなものの、若干ぬかるんでいる土にそのような足跡は見当たらない。

 小鳥の囀り、虫の鳴き声も聞こえてくる。人が住んでいるのかは分からないが、何かしらの生物を目にはできるはずだ。

 夢そのものが謎の世界観なのだから、ファンタジーな生物が現れたら手にした銃を撃ってみたいと思っていたし、夢の中なので人でも構わない。そう思って森に足を踏み入れた。


 人のようなサイズの生き物が通った跡は森の中まで続いており、その跡を辿れば、楽に森を歩くことができた。

 鳥の羽音も聞こえてくるが、聞こえた時に上を見上げても鳥の姿は見えない。

 もう夢が始まって1時間以上経っているはずだが、いつまで経っても夢から醒めないし、草と木以外の生物を見つけられない。

 歩行速度が落ちているというのもあるが、森は思ったより広いようだ。森の中を10分ほど歩いても、まだ足跡は続いている。

 このまま何もなく永遠に目が覚めることはないのでは、と、一瞬だけ不安がよぎる。



 しかし、その悪い予感が的中することはなかった。

 急に視界が開け、ログハウスを発見した。


 ようやく人工の建造物を見つけ、これなら現地人とコミュニケーションを図れる、そう安心した時のことだ。



「貴様」



 ふいに後ろから声が掛かる。

 若い女の声だ。日本語で、外国語ではない。



「見たところ軍人だな?武器を置いて両手を上げ、所属と名前、ここに来た理由を答えろ。その他の行動をした瞬間に殺す」



 軍人と判断された理由は、この服だろう。

 緑の迷彩服、偶然森に来たにしては出来すぎな格好だ。これも、ゲーム内で着用している服装。



「銃を、置けと言っている」



 こちらからしてみれば敵意があるわけでもないが、あちらからしてみると、今この瞬間にもこちらを殺せる状況なのだろう。

 コミュニケーションが取れないのは不本意なことで、手にした銃とナイフを下に置き、両手を上げた。振り向きたいところだが、今その許可は貰っていない。

 さて、こちらの言葉は通じるだろうか。



「所属は、“Hold My Hand”」


「……貴様は何を言ってる?どこの国の軍隊だ?」


「国は日本。軍人じゃない」


「ニホン?知らないな。軍人じゃないということは、傭兵か何かか」



 日本語で気軽に殺すと言ってきたところから予想もついたが、やはりこの世界は、現実世界とは程遠い世界観のようだ。

 RPGには縁がなかったので、こういう場合の対処法が分からない。

 しかし、手にした物が“銃”と分かったことからも、剣と魔法のファンタジーではないと見て間違いはないだろう。



「えっと、傭兵でもないんだけど……」


「歯切れが悪いな。名前と目的だけでいい。答えろ」


「名前は、一大地<はじめだいち>、目的は……森があったから入っただけ」



 正直なところ、森に入った理由は、草原より人なり生き物とコンタクトを取れそうだった、ただそれだけだ。

 あちらからすれば不審者でしかないだろうが、言い訳のしようがない。



「一般人が、こんなところに迷い込む?そんなわけないだろう」



 案の定、疑われた。正直に全てを話して、納得してくれるかは分からない、だが、このまま手詰まりになって殺されるよりかはマシだ。



「目が覚めたら草原に居て、歩いたら森があったから入ったら今。ここがどこか、こっちが聞きたいところなんだけど」



 一呼吸で言い切ると、後ろから舌打ちと、大きなため息が聞こえる。少し時間を置いて、彼女は言った。



「もう良い。手は下ろしてこっちを向け」



 言われた通りに振り返る。


 金色だ。

 木々の隙間から僅かに溢れる陽の光を受け、黄金色に輝く髪。

 瞳は茶。白人のように肌は白いが、明らかに日本語を喋っていた。

 年齢は20歳にもなっていないか、見慣れない外国人の年齢を判定することはできないが、声からしても体格からしても、そこまで歳は取っていないように見える。

 シャツの上に胸当てをしたラフな格好で、弓を下におろしていた。恐らく先程までは、あれで狙われていたのだろう。

 銃のある世界で、弓を使う理由を考えてしまう。自分がファンタジー知識に乏しいからだろうか。



「私の名前はアリシア・ベルリオス。ミラン王国の兵士だ。この場所ミラン領土のルシエンテスという地方。それ以外に質問は?」


「……横文字ばっかで頭に入らないんだけど、兵隊さん?なんでこんなところに一人で?」



 あちらからの敵意はなくなったようなので、こちらも聞きたいことを聞く。いつ醒めるか分からない夢ならば、ここでの情報収集は重要なはずだ。次に見た夢でも活かせるかもしれない。覚えていればだが。



「馬鹿にしてるのか?……いや、違うな」



 消え入るように呟くと彼女は右手で頭を抑え、何かを思い出そうとしている。

 口を出さずに待つ。30秒ほど悩んだ彼女はふと思い出したように顔を上げ、喋りだした。



「私は命令を受けてここに来た。いや、居たというのが正しいか。ひと月ほど前からここに居る。命令は、『ここに来るであろう誰かを王都まで連れてくること』だ。『そいつはこの世界のことを何も知らないはず』とも言っていた。嫌がらせで左遷されたのかと思っていたが、そうか、貴様がその『誰か』か」



 彼女はそう言い切った。

 まるで未来を読める人間が居るかのようだ。その命令した人間は、自分がここに来ることを知っていたというのだろうか。

 偶然丘に歩いて、偶然森に入ることを予知したと、そういうことになる。



「あとこうも言われていた。『そいつは厄介事を連れてくる』と。貴様は今、何を抱えている?」


「うーん……?」



 そう言われても、特に思い当たる節はない。この場所についての知識がないことや、夢の中の世界ということは関係ないはず。



「特に浮かばないけど……」


「じゃあこれから起きるというわけだな。まあいい、貴様を拾ったらあとは王都に帰るだけだ。準備をするから待っていろ」



 彼女はそう言うとログハウスに入り数分。

 出てきた時には、先程までの猟師のような格好とはうってかわって、剣士のような格好をしている。

 革製だった胸当ては金属製の物になり、腰には長剣を下げている。背には矢筒、手には弓と小さめな紙袋。荷物はそれだけのようだ。



「食べるか?」



 紙袋から取り出し渡されたのは、青りんごだ。

 恐らく、このあたりに生えているのだろう。見たこともない食べ物が出てきたら手が止まったが、見た目さえ似てれば食べられる。



「遠慮なく。あっ美味しいこれ」



 夢の中で味を感じるのか?という点については、すっかり忘れていた。

 シャクっとした食感は、りんご特有のものだ。まだ少し熟していないようにも感じるが、酸味の強い品種と思えば十分美味しい。

 彼女はそのまま歩き出したので、りんごを食べながら着いて行く。



「これ、芯は」


「そこらへんに捨てておけ」



 会話が弾まない。こちらが何も知らないことを知っているならナビゲーター的な役割かと思ったが、彼女にそのつもりはないようだ。

 何か聞こうにも、そのような雰囲気ではない。来た道を通り、草原が見えた頃、彼女は手のひらをこちらに向けて制止を促してくる。

 人差し指を口に当て、小さく一言。



「スカウトだ」



 この場合、勧誘の方ではなく、偵察、斥候という意味でのスカウトだろう。そして、彼女の雰囲気からしてそれが味方ではないことも分かる。

 見れば遠く、森から1kmも離れていないところに、動く影が見える。


 銃を構えスコープを最大倍率にして除くと、確かに人だ。スコープに付いているメモリから、距離は600mと分かる。

 装備は少ない。腰につけたナイフの他は、ラッパのような金属の筒を首から下げているのみ。



「どこかに本隊が居る」



 そう呟いた。

 ゲームはFPS専門でも、戦争映画は時代を問わず見ているくらいには好きだ。

 だから、分かる。時代設定も世界設定も分からないが、あそこに居る偵察兵が単独で遠距離を行っているのではなく、すぐ近くに本隊を置き、それを円で囲むように複数の偵察兵を進ませることが。目に見える彼は、その円の構成員だ。



「何故そう言える」


「装備が少なすぎる。食糧も水分も無しで行動できる範囲なんてたかが知れてる。あとあのラッパ、何か見つけたら周りに知らせるための物」


「……ラッパなど見えないが。そうか、スコープがあるのか」


「この場合、どうするべき?」



 彼女は口に手を当てて熟考。恐らく、この場合の判断などは聞いていなかったのだろう。

 世界観も地理も分からないので、敵が現れるほどの国境という判断ができない。

 最初に驚いていなかったことからしても、敵兵との遭遇は然程珍しくはないように思えるが。それが地理によるものなのか、戦争中など特殊な場合によるものかは分からないが。



「この場合の判断は、上から聞いてない。近くの町の駐屯地に行けばわかると思うが……」


「その町が敵に占拠されてない保証は?」


「……ないな」



 それきり彼女は黙ってしまう。反応から見るに、上からの指示を仰がずに自分で行動できるほどの立場にないのだろう。

 それこそ、来るかもしれない、いつ来るかも分からない人間を待ていう命令を受けて1ヶ月もあの場所に滞在しているところからも予想はつくが。



「君――えっと……」


「アリシアだ」


「アリシアさん、アリシアさんが認められてる戦闘の権利は?」


「最低限の防衛は兵士として認められている。相手に敵意がある場合は殺しても罪に問われない程度にはな」


「人を殺したことは?」


「ない」



 即答だった。しかし、これだけの問いかけで、現状が大規模な戦争の真っ只中でないことだけは分かる。

 まだ若い彼女が兵隊として働かないといけない理由は、人口が少ないのか、才能があるのか、ただの就職先なのかは分からないが。



「近くの町ってのは、どこ?」


「北――あちらに約12キロ」



 差された方角は、偵察兵が向かっている方向と同じ。



「じゃあまだその町は大丈夫。まずはその町に着くのが先決かな。ただ……」


「ただ?」


「あのスカウトが先頭じゃなかった場合、面倒なことになる」


「面倒とは」


「最悪町に着く前に戦闘になる、かな」



 どのくらいの範囲に人数を配置しているのか、目的、人数が全くわからない以上、当然考えられることだ。

 偵察兵がキョロキョロと周りを見渡しながら警戒して歩いている以上、完全に町が乗っ取られていることはないはずだが、何層も作っている偵察網の1つなのかもしれないし、すぐ近くに他の偵察兵が居るかもしれない。あくまで今の位置から見えるのが1人というだけだ。



「戦闘の権利ってのは」



 明確な“敵”が居ると分かった以上、考えていた。

 ただ、覚悟ができるかできないか、それだけのこと。



「俺にもあるんですか」



 彼女、再び熟考。

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