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カチカチと、マウスの左クリックを小刻みに連打。
このゲームでは操作キャラクターが死亡し、リスポーンがないルールの場合は自チームの他プレイヤー視点でゲームの進行を見守ることになる。
チーム戦に登録した順番に1234...と番号が振られ、左クリックで自分の番号より後ろのプレイヤー、右クリックで前のプレイヤーを順々に進んでいく。
また、通常ゲーム中は使用することのないTPS視点でも見ることが出来、その場合は味方プレイヤーを斜め後ろから見る視点となる。
one> NAS組接敵 敵3?AR AR SMG
one> Nymph死 報告
Nymph> 敵7で鉄塔占拠狙い 工作員3 SMG多い こっちは見とく
silf> k 1はフリー探して
one> k vap組敵SR2?PSG1 FRF2
one> NAS組殲滅成功
silf> 人数分からないから茄子達はそのまま進んで
one> NAS組接敵SR1 SIG50 daphne死
silf> たぶんその道ヤバいから慎重に、2人殺られたら下がって
one> lien組フリー、鉄塔?病院?廃墟?
silf> k lienは鉄塔回って
lien> k
one> 病院敵4AR AR SMG SG
silf> 病院放置 大方1探し
one> k
30分以上、このようなやりとりが続く。
自分の役目は、死者にしか見えない目線で情報をチャットに流すこと。指令を送るのではなく、あくまで報告するだけだ。
そのような役目は少人数戦では必要がなく、大規模チーム戦でも自殺することなく殺されたプレイヤーが担当すればいいことだが、いつ誰が死ぬかは誰にも分からない。
チームの全プレイヤーが自主的に行うのも当然だが、30人ともなると1人で全プレイヤーの行動を確認するのは至難の業だ。
自分は元からこのようなプレイスタイルだったわけではない。
狙撃銃を主とするスナイパーであったのは元からだが、キルデスは1前後で停滞していた。
トッププレイヤーはアサルトライフルを持ってキルデス2.5は安定しているところで1というのは、あまりに少ない。
初心者プレイヤーに毛が生えたようなものだ。
しかし狙撃銃を持ってキルデス1が安定するプレイヤーは数少なく、トッププレイヤーでもキルデス2を超える狙撃手は数えられる程度しか居ない。
スナイパーに必要なのは忍耐力だ。いつどこから現れるかも分からない敵を、無限とも思える時間の中で待ち続ける。
絶好の狙撃位置というのはどのマップにもあり、そこは警戒されやすく、また、裏周りもされやすい。
常に狙撃位置を変更しつつ、敵狙撃手より先に撃つ。
狙撃を警戒している敵を、一瞬でも視界に入ったら撃つ。
1発撃って確実に1発当てる。1発目が当てられないプレイヤーなど、2発目も当てられないし、3発4発と撃っても当てることなど不可能だ。
その無駄撃ちが当たった時は『偶然敵が弾の飛ぶ位置に動いただけ』であり、当てたわけではない。相手が当たりに来ただけだ。
静止対象、つまり狙撃手同士の打ち合いは、先に気付き先に撃ったほうが勝つ。
しかし動体への狙撃は違う。
敵の行動を予測し、風を読み、重力を読み、着弾までの時間を計算する。
難易度が高いからこそ、それを成功した時の成果はただの1キルなどではない。
動いているプレイヤーに1発撃って1発当てられる狙撃手が居れば、1人で10人だろうが相手にできる。
それに、憧れた。
ひたすら動く対象を撃つ練習だ。今のように当てられるまでに、2年はかかった。
幸い無職で時間はあった。
そうして気付いた。1発撃って1発当てられるようになったのに、キルデスが1から上がらないことにだ。
理由は複数ある。
一方的に撃つ練習しかしていなかった為に、狙撃手と相対した時に撃ち負ける。
1発当てたところで警戒され、その道を使われなくなる。
次はどこから来るか?それは分からない。ならばと最初から複数の場所が見渡せる場所から狙撃をしてみると、自分の見ていないところから狙撃された。
結局、それの繰り返しだ。
極端に狭いステージでもなければ、ファーストヒットのチャンスがあるのは狙撃手。そういうゲームバランスになっている。
しかしそれ以降に狙撃手が狙撃手として役割を持つのは、防戦に回らないと厳しい。
ファーストヒットのチャンスというのは、攻めやすく守りづらい場所にあるからだ。
高いところから身を乗り出した場合、その場所から見える100%の視界を手に入れる。
しかし伏せたり物陰に隠れた状態だと、見えない場所もある。その見えない場所を巧みに通られれば、狙撃手からすると絶好の狙撃タイミングを逃すことにもなりかねない。
だから、その場所を100%有効に使う。カウンタースナイプをされる場合のことは考えない。一番最初に辿り着き、待ち、こちらに気付かれる前に撃てば良い。
そう考えていたから、伸び悩まなかったのだ。
確実性は増し、自らの戦術的価値は上がった。しかし、スコアは上がらない。
ファーストヒットの確実性が増せば増すほど目立ち、以後の自分の行動は警戒され、思うように動けなくなる。
それを相談した時、silfは言った。「価値がないなら死ねば?」と。
言われた時は、意味が分からなかった。ただ煽られているだけかと思ったし、理解ができなかったからだ。
何度かsilfとチームを組んで戦闘をしていた時のことだ。
ファーストヒットには成功したが、カウンタースナイプを食らって即死した。開始数分で最初のリタイヤをしてしまうことはこれまでほとんどなく、新鮮な気持ちでチームの動きを追っていた。
そこでチームメンバーが言えてない情報に気付き、そのプレイヤーの代弁をした時、silfに返答された。「求めてたのはそれ」と。
彼のプレイスタイルはボイスチャットを禁止していることを除けば、一般的な汎用機関銃持ちだ。
タイピング速度が極端に速く、銃を撃ち歩行しながらも文字チャットしている姿を見たこともあり、足でゲームを操作しているという噂もある――が、実際のところは誰も知らない。
キルデスは1.7前後であり、チームのエースと呼ぶには低すぎる。ばら撒きがメインでトドメを刺すのが難しい機関銃という銃種にしては高い方だが、彼の本領はそこではない。
チームの司令塔だ。
対戦相手の選定は勿論のこと、メンバーの配置、行動について予め決める他、対戦中の指示も全て行う。
『ハイリスクハイリターン、最終的に勝てば良い』を信条にした彼の指示は的確で、烏合の衆が日本トップクラスのチームに上り詰めるまでになった。
自分は情報の仲介役として全ての情報を拾い集め、彼に伝える。彼はその情報を統合し、皆に回す。
どのチームでも同じことをやっているだろうが、殆どの場合それはボイスチャットで行われる。
30人が一斉に喋るのを聞き取れる耳を持った人間など、存在しないだろう。
手間が掛るはずの文字チャットを有効に使い、今こうして、世界ランク3位のチームと渡り合っている。
勝敗が明らかになるまで、後少し。