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テレマンを確認して、4日目。
近日中に、次の基地へ向けて大規模侵攻が予定されていることを、ジゼルが察知した。
休憩している兵士の口の動きを読み取ったと言っていたが、彼女は1日のうち23時間以上を監視に割いている。その集中力は、並ではない。睡眠を取っても数分だ。食事中と睡眠中以外は常に双眼鏡を目に当て、監視してくれている。
観測手として優秀どころではない。満点といえよう。
しかし、彼女の集中力も、限界を迎えているようだ。行動に変わりはないが、浮かぶ汗から、体力の消耗が見て取れる。
監視のほぼ全てをジゼルに頼っている関係上、彼女の体力が限界を迎える前に、終わらせなければならない。彼女が居なければ、風の計算などできないからだ。
そのタイミングで、敵の侵攻予定が発覚。動くなら、今しかなかった。
しかし、アクションが起こせない。テレマンがウィリデに来て以来、一度も建物から出ることがなかったからだ。
相当警戒している。銃を警戒しているのか、そうではない何かを警戒しているのかは分からない。
それでも、用心深い性格ということくらいか分かる。何せ、殺せば100年続いた戦争が終わるほどの人物だ。理科がそう見込んでいるのだから、彼もまた、それだけの能力を備えた人間であることは間違いない。
テレマン自身、今まさに超長距離狙撃の標的になっていることを分かっているわけではないだろう。
それでも、彼には知識がある。現代には数km離れた標的を一発で肉片に変える銃があることを。そして、それを誰かが持っている可能性があることも。
彼もまた、同じゲームをプレイしていた、現代人なのだから。
国は違えど立場は違えど、元いた世界が同じならば、全員あのゲームのプレイヤー。そう言ったのは理科だ。
彼女にそう確信させるほど、この世界にはあちらの世界からの移民者が居る。
それを、テレマンも知らないはずはないのだ。
「私が行く」
そんな言葉と共に、後ろで、アリシアが立ち上がった。
「ちょ、ちょっとアリシア!?何考えてるの!?」
それまで1日中双眼鏡を覗いてたジゼルが、双眼鏡を取り落とすほど動揺している。
それもそのはずだ。
何かアクションを起こさないといけない。そう思っていたところで、アリシアのその発言。
やることは、1つしかない。
「あんた、まさか……」
「ああ、そのまさかだ」
そう返すとアリシアは外していた防具を1つずつ、身体に装着していく。ジゼルと付き合いの長いアリシアは、とっくに分かっていたのだろう。ジゼルの限界が近いことを。
一度休ませてからなどと、そんなことを言っていられる状況ではない。いつ次の都市が襲われてもおかしくない状態で、休息に費やす暇があるのなら、大人しく王都に帰って次の機会を待つべきなのだ。
「死ぬ気、じゃないわよね」
「ジゼル、お前は何を言っている?」
全ての準備が終わったのだろう。アリシアは軽く柔軟をすると、言った。
「私が死なないと言ったのは、5年前の、お前だよ」
「それは…っ!そうだけど……けど……」
ジゼルは、泣きそうな顔でアリシアを見る。
絶対に死なない人間など、ありえない。
いくら個人戦力が国内有数であろうが、相手は正規の兵隊、それも、5000人以上。
たった1人で相手ができるわけはない。相手にもアリシア級の兵士が何人居てもおかしくはないのだ。
これまでカエルムの侵攻を全く止めることができなかったのは電撃戦の効果もあるが、個々の戦力も相当高かったからなのだ。実力はあれど経験の乏しい新米兵士のアリシアとは違い、戦場で数年、数十年と戦ってきた兵士も居るだろう。
そんなところに、彼女は行くつもりなのだ。
「別に、テレマンを殺すつもりはない」
アリシアは言った。そうして、言葉を続ける。
「お前が、撃つんだ」
目が、合った。
冗談で言っているような顔ではない。そもそも、アリシアが冗談を言うところなど、見たことがない。
「3秒だ。お前のスコープの先に、奴を映す。何をしても、だ」
「待っ……」
ジゼルの静止を振り切って、アリシアは山肌を登る。この山から直接ウィリデの基地に向かわず、迂回して行くつもりなのだろう。
失敗した時のことを、考えて。
アリシアは、別れの言葉など言わなかった。死ぬつもりはないし、失敗するつもりもない。
今動けるのが自分しか居ない。だからアリシアは行ったのだ。アリシアの思う、最善を尽くすために。
その行動は。
捨て身の特攻としか思えないその行動は。
しかし、今一番必要とされる行動なのだ。
◇
「137度の風速3.7、距離3098、高度差27」
ジゼルは涙を拭き、測距情報を口にする。
動き出したアリシアを止めることなど、自分達にはできない。だからこそ、やるべきことをやる。
分かっているのだ。
ここで狙撃を成功させなければ、アリシアは死ぬ。だからこそ、絶対に成功させる。
建物の出入り口に向けて、照準調整。他の場所から出る可能性も計算に入れ、スコープは拡大しすぎず、建物全体が視界に入るよう調整。軌道修正など行えない。全て計算して、1発で当てる。それしかない。
「アリシアだよ。敵も気付いた。3、2、1...」
警戒体制の指示か、ラッパの音が鳴り響く。3km離れてるこちらに聞こえるほどの音量だ。
狭まった視界には、アリシアは映らない。しかし、ジゼルには見えているのだろう。
狙撃手に見えない広い視界によって、現状を伝えるのも観測手の大事な役目だ。
「基地に入った。距離420」
「あっ」
「アリシア……」
「320」
「囲まれて……」
「あっ……」
「抜けた。けど……」
「270……ああ……」
「やだ……」
「210……もう……」
「あっ……」
「1……150……」
「もうやだ……」
「1、20……」
「100……」
「70……」
「やめてよ……」
「50……」
「また囲まれて……」
「……10」
とうとう、スコープにアリシアが映った。
満身創痍、そんな言葉を用意していた。しかし、視界に映ったアリシアは違った。
瀕死、とでも言うのだろうか。
左腕は、だらりと下げたまま動かない。剣を杖にしないと立っていられないほど、足取りもおぼつかない。
それでもアリシアは、一歩、また一歩と、テレマンの隠れた建物に近づく。しかし、そこに近づけば近づくほど、兵士の密度は上がる。
もう、彼女に戦う力は残されていない。そのように思われてるのか、兵士達は数mの距離を保ったまま、アリシアに近づこうとしない。
生け捕りをするには、明らかに重症すぎる。処置をしなければすぐに死んでしまうほどの外傷を与えておいて、人質にするのは不可能だ。
後ろから、矢が放たれる。完全に死角から飛んできた矢を、アリシアは後ろ手に剣で切り払う。
後ろを見ることもなく、だ。こんな状態になっておきながら、背中に目がついているような反応。
恐らく、だからだ。だから兵士は近づこうとしない。
ここまで辿り着いたということは、アリシア以上に強い兵は一人も居なかったのだろう。
明らかに瀕死の外傷を与えておきながら、トドメをさせない理由。
近づいたら切られると、死ぬと、分かっているから。
ほとんど下を向いて歩いていたアリシアは、ついに建物を目視する。
ここからでは横顔しか見えない。しかし、アリシアはある反応をした。
「なんで……」
満足気に。やりきったという表情で。
「なんで……笑うのよ……」
笑ったのだ。
初めて見たアリシアの笑顔は、しかし、数秒で消える。
剣を握る右手を、大きく左腕側に回す。それに合わせ、上半身を左に回す。それまでふらふらと、足元がおぼつかない様子だったアリシアは、背中に回した剣が、背に当たる角度になったところで、止まる。
静止した時間は、1秒にも満たなかったであろう。彫像のように固まった後は、一瞬だった。
姿が消えたのだ。
次に視界に映った時、アリシアは建物に背を付けた兵士の、真正面に居る。
彼女の、全力の一歩。一度だけ見た、あの歩幅。
たった数mの瞬間移動。その場に居た兵士、全ての反応が遅れた。
そして――
ザン、という音が、3km離れたここにも聞こえたように感じた。
無論、それは幻聴だ。聞こえるはずもない。
しかし、彼女の動きに同期して、確かに聞こえたのだ。
壁を背にした兵士ごと、建物の外壁を切った音が。
壁ごと両断された兵士数人の上半身がずるりと滑る。それに怯んだのか一瞬、彼女を取り囲んでいた兵士の反応が遅れた。
彼女は大きく右に振りきった手を、しかし返すことなく左へ振るう。
そして、剣の柄で壁を打った。上半身のなくなった兵士の、下半身にもたれこむようにして。
斬撃による亀裂の入っていた壁に、巨大なヒビが入る。
そして、まだアリシアの動きは終わらない。
ヒビの中央に、頭を振りかぶる。頭突きの姿勢。しかし――
トスッと、背中に矢が刺さる。3本。
振りかぶった勢いが、一瞬止まる。それでも彼女は、身体を倒さず。
打った。
頭で、壁を。
どんな破壊力を秘めた頭突きだったのかは、分からない。それでも、ある現象が起きた。
建物の外壁が、崩れたのだ。
崩れた穴の直径は、凡そ50cm。
水平撃ちならともかく、高度を取っていたのが災いし、建物の中はほとんど見えない。
いや、
「あの靴!!」
ジゼルが叫んだ。
その一言で、全てを理解。
撃った。
標的は、壁。崩れ落ちるアリシアの、右斜め上、70cm。
弾丸は飛翔する。試射の時よりも強い横風を受け、しかし、それも全て計算に入れて。
横風に煽られ、弾丸の軌道は少しずつ逸れていく。しかし、それも計算通り。
引き金を引く瞬間、ラインが見えた気がした。若干の曲線を描き、壁に向けての一本道。弾丸は、そのルートに1ミリの誤差もなく、飛翔する。
無論、幻覚だ。凡そ3秒、弾丸の飛翔を、脳内で追体験したに過ぎない。
それでも――
3km離れても音の速度を維持した弾丸は、なんなく壁を通過し、その先の人体を破壊する。
壁の穴から靴の先が僅かに見えただけ。それでも、男が座っていること、その靴を履いていたのが誰か、ジゼルは気付いたこと。
そして弾丸が、1mmの誤差もなく、椅子に座った目標の上半身を撃ちぬいたこと。
地に突っ伏す寸前だったアリシアは、視界の端に建物の中を捉えたのだろう。
足を力強く前に出し、踏みとどまった。
そして、叫ぶ。
雄叫びだ。
オオオオと、言葉にならない叫びが聞こえる。幻聴ではなく、聞こえるのだ。
アリシアの声。
アリシアを取り囲んでいた兵士には、明らかな動揺が見える。
さっきまで瀕死だったアリシアが、両の足でしっかりと立っていること、雄叫びを上げていること、そして、建物の中で誰が撃たれたのか、それを理解して。
アリシアは、くるりと反転。建物を背に、周りの兵士に剣先を向ける。
つい数秒前まで死ぬ寸前だった人間が。
背中に矢を3本生やした人間が。
ピンと立ち、震えることもない右手で、剣を構えたのだ。
アリシアを囲んでいた兵士が逃げ出すのに、そう時間は必要なかった。
建物の出入口から、蜘蛛の子を散らすように大勢の兵士が出てくる。恐らく、護衛の為に中で待機していたのだろう。
我先にと彼らは逃げ出す。背を向けて歩き出したアリシアのことなど目もくれず、馬車に向けて只管走る。
近くで、物音がした。
何が起きたのかとスコープから目を離してみると、そこにジゼルは居なかった。
飛び降りたのだ。
武器も持たず単身で。唯一持っていた、双眼鏡も置いて。
ジゼルの置いていった双眼鏡を目に当て、2人の動きを追う。
とんでもない速度で走るジゼルは数分で基地に辿り着き、歩き出してもほとんど前に進んでいないアリシアを正面から抱きしめるのに、そう時間はかからなかった。
血まみれになるのを気にせずアリシアを抱きしめるジゼルの目から零れた涙が、地に落ちる。
双眼鏡を置いた。
これ以上2人を見るのは、野暮というものだ。
2人の置いていった荷物を纏め、ロープを使って下に降りる。銃をその場に置いたまま。
そして――――
あらかじめ全話投稿するという投稿サイトにあらぬ投稿方法をしてしまいました。最後まで追って頂いた方が居ましたら、お礼申し上げます。
序盤を書いてから後半を書くのに3年も空いてしまったため、文体が大きく変化しております。あまり気にしないで下さい。
プロットには、理科が車椅子になった理由、ダネルの元の持ち主、クーデターの真相など、この物語で表現出来なかった出来事が沢山ありました。上手い具合にまとめることができたら、恐らく20万字を越えてライトノベル1冊分にできたかと思います。
2月あたりまで予定が立て込んでいるので、仮に第二部として続きが書けたとしても、それ以降になります。申し訳ございません。
“その銃弾1発で”でやりたかったのは、物語を完結させること。
この終わり方が完結と言えるかは分かりません。プロットを書いた3年前の自分しか知りません。ですが、仮に残り10万字を上手い具合に纏められたとしても、終わりは同じだったと思います。
2週間ほど時間に余裕が出来たので、一気に書ききりました。
プロットだけが作られている物や、既に30万字以上書けてるのに終着点が見つからず投稿できない物、既に25万以下略、既に20万以下略、そんな物が沢山あって、2週間で終わらせられると思ったのが、“その銃弾1発で”なんです。
結局、読ませたい物や面白いと思える物より、書きたいものを選んでしまったわけですね。
ネトゲからの異世界転生で戦闘シーンは1割以下、プロットを書きだした当時は画期的だと自画自賛したものですが、もしかしたら今は有り触れてるのかもしれません。時間が取れず、ここ2年くらいはなろうのランキングを追うことすら出来なくて……。割とネタにされやすいミリタリー物なので、ネタ被りが発生していたら大変申し訳ございません。3年以上前に投稿された作品なら影響を受けたかもしれませんが、それ以後に投稿された作品には影響されてない、つもりです。
さて、最後まで読んで頂けた方が居るかは分かりませんが、12月9日午前10時17分。只今の投稿を持って、この物語を一旦終わらせていただきます。
ありがとうございました。




