2
silf> go!go!go!
画面内で、30人ものキャラクターが一斉に動き出す。
30人居るプレイヤーそれぞれに役目がある。突撃、陽動、索敵、待機、その他の工作員。
自分の役目は、至極単純。
ただ単純に突撃する者、だ。
左手はキーボード、右手にはマウス。両の指はイメージ通りにゲーム内のキャラクターを操作する。
障害物となる岩を、つま先が当たるギリギリの高さの跳躍で飛び越える。割れた床を歩幅の調整だけで越え、ガラスの僅かに残る窓を、触れることなく飛び抜ける。
何百、何千回、何万と繰り返した動作。ランダム配置の障害物でも、瞬時に行動を選択し駆け抜ける。
最初は同じ方向を行くプレイヤーが数人居たが、今となっては一人も居ない。
全てを追い抜き、ただ一人走り続ける。
silf> @9s
まだ目的のポイントには辿り着けない。
普段は使わない、広いマップだ。ただそれでも、行くべき場所は分かっている。
silf> 8
見えた。
病院だ。
窓は全て取り外され、壁も朽ちて所々穴は空いているが、確かにそこに存在する。
silf> 7
病院の中には階段がいくつもあり、障害物も多い。数分後にはここも戦場になることだろう。
しかし、中に入っている余裕はない。
silf> 6
病院外には、赤く錆びた階段があった。
一人が上るだけで崩れそうな非常階段だが、耐久力が存在しないこのオブジェクトは、爆弾を当てようが決して壊れることはない。
silf> 5
階段を駆け上がる。
残り5秒、それでも不思議と、急かされている気はしない。
誰よりも速く行動することが、自分のプレイスタイル、ひいてはチームの為となる。
silf> 4
屋上に到着、リアルの自分なら、この階段を駆け上がるだけで息を切らすことだろう。
しかし画面の中で動くこのキャラクターは、疲れを知らない。例え1時間全力疾走させたとしても、文句一つ言わなければ、動きが鈍ることもない。
移動キー、キーボードのWを押せば正面に走る。Aを押せば左に、Dを押せば右に進む。
コントローラーを使うプレイヤーも多く居るが、自分はキーボードとマウスでゲームをするのが気に入っていた。
不便と感じることはない。
silf> 3
屋上ギリギリで停止。障害物などない場所から身を乗り出した今の姿勢は、遠くからでもよく見えることだろう。
マウスを右クリック。画面内のキャラクターが、首からぶら下げていた武器を構える。
“VSS ヴィントレス”
この銃の為に作られた専用の銃弾を使用する、ソ連製の狙撃銃だ。
有効射程は400mと狙撃銃として見るとあまりに短く、長距離狙撃には全く向いていない。
有効射程2kmを超える狙撃銃も多い中、この銃を狙撃銃として採用するメリットはほとんどないと言える。
ゲーム内ではレアリティが高く、それ故に取引価格も上がりやすいが、コレクション以外で活用するプレイヤーは多くない。
同専用弾丸を扱うアサルトライフルの方が実用的とされるほどだ。
silf> 2
スコープにより画面が一変、円形に拡大される。
画面を4分割する十字の交差点には、僅かながら隙間がある。
スコープといえばドットサイトを思い浮かべる人も多いが、中心に点があるドットサイトでは、点より小さな物体を撃つことができない。
スコープと距離が適当でない場合だ。しっかり頭まで見える距離、調整されたスコープならそれでも問題はないが、極端に遠い距離を狙う場合は別だ。
スコープの適正距離を大幅に超えると、人よりも点が大きくなってしまう。それで頭に当てろというのも無理な話だ。
silf> 1
このゲームでは、銃弾がサイトの中心に飛ぶことはあまりない。100m以下の近距離ではほぼ中心に飛ぶが、それより離れていると計算すべき事柄がある。
高低差は勿論のこと、重力と、風だ。
ゲームではない実際の狙撃ではそれに加え地球の自転、コリオリ力まで計算に加える必要があると言うが、このゲームはそこまで厳密にはできていない。
それでも銃弾が真っ直ぐに飛ばないFPSはそう多くない。一般的なFPSはサイトど真ん中へ飛ぶが、そのようなゲームはスナイパーライフルが猛威を振るい、ゲームバランスが崩れやすい。
逆に銃弾が真っ直ぐに飛ばないFPSでは、スナイパーライフルは極端に弱体化される。マップの広さをウリにしているゲームほどスナイパーライフルの重要性が高くなるが、それをキルデス1――自分の操作するキャラクターが死ぬまでに、1人の敵を殺せる狙撃手は、そう多くはない。
silf> 0
0という数字が表示された瞬間、岩陰からプレイヤーが飛び出した。樹木のあるステージでは迷彩効果の強い緑色のジャケット。しかし今飛び出してきたプレイヤーの居る場所は岩場、大した迷彩効果を発揮するわけではない。
風向き、風速は確認している。有効射程が400mという短さを誇るこの狙撃銃には、重力という項目は左程考慮しなくても構わない。射程目一杯で撃ったところで、数cm落ちる程度だ。
左クリックで射撃。パシッという小さな射撃音。
銃身自体がサプレッサーという特殊な構造をしているこの狙撃銃は、信じられないほどの消音性を発揮する。
通常の小銃弾は初速が音速を超え、火薬音の他にもソニックブームを発する。
サプレッサーは火薬音のみを消すアクセサリであり、銃口から飛び出た後の音に関してはそのまま残ってしまう。
その為に通常狙撃銃にサプレッサーを装着しても、音のほとんどは残ってしまいあまり意味をなさない。
そうした理由から作られた9x39mm弾という弾丸はソニックブームを発生させないように音速以下、亜音速で飛び、火薬音のほとんどはサプレッサーによって消去される仕組みとなっている。
速度が落ちることにより威力も落ちるが、それは口径を大きくし、弾丸重量を増すことによって解消された。
亜音速で飛翔した弾丸は、走っている敵プレイヤーの頭部へ吸い込まれる。
one> hit
緑色のジャケットを着た敵プレイヤーは、頭に銃弾を喰らい、一撃で絶命した。
プレイヤーは倒れるとそのまま動かなくなり、数秒経つと消滅する。
狙撃の可能性のあるポイントを通過し、そして狙撃された彼は、決して不用心だったわけではない。
彼もトップチームに所属する、トッププレイヤーだ。彼の役目は『最速で被狙撃ポイントを越え』『敵狙撃手の有無を知ること』であり、『敵狙撃手の腕を知ること』でもある。
彼はあくまで、その役目を全うしただけだ。
1人の敵を殺すことによって、敵チームは「あの道を狙い、動体に当てられるスナイパーが居る」と認識し、行動する。
それは主要な道であればあるほど効果的だ。その道を通らなくなることもあれば、スモークグレネードを使われることもある。後者の方が対策としては効果があるように思えるが、煙幕を貼ることによって「そこに誰かが隠れている」ということを狙撃手に知らせることになるし、グレネードの投擲角度で大まかな位置も分かるし、煙幕の中進んでいてもバラ撒きが偶然当たることもある。
また別の対策としては、狙撃手を直接狙うというのもある。こちらから当てたということは相手から当てることもできるという意味だし、動体を狙わないといけないこちらと違って相手からすれば止まった標的だ。
それこそ別の場所から狙撃手を狙う手段もあるし、いっそ放置して今自分の居る病院に直接踏み込むという手もある。
相手が30人、今1人削れて29人になったが、それだけの人数がどのような行動で対策とするかは分からない。
つまりこちらはこのまま狙撃を続ける場合、後手でしか対応ができないというわけだ。
対応としては、今居るこの狙撃ポイントを離れることもできる。これだけ身を乗り出して狙撃したのだから、相手が気付いていないはずはない。死んだプレイヤーはボイスチャットでこちらの情報をチームに伝えていることだろう。
つまり、相手は「あそこに誰かが居る」という前提で行動する。道を避けるなり、狙撃手を狙うなり、無理矢理通るなり、複数の敵プレイヤーにそれを意識した行動をさせる。
仮にこの場から離れ敵にそれを確認されても、敵は「どこかに狙撃手が居る」と思い続ける。
銃声がしないから尚更だ。音や目視により死因を特定できなかった場合、狙撃手であると疑わせることができる。
自分の役目は、まさにそれだ。
ファーストキルを取り、居るかもしれない狙撃手の存在を認識させること。
それは相手の動きを鈍らせ、単純化し、対策をさせる。
以上で役目は終了だ。
キャラクターを操作し、銃を持ち替える。
“NRS-2”
狙撃銃VSSに用いられる9x39mm弾より更に特殊な弾丸、7.62mm×38 SP3を用いる。これもまたソ連製の――ナイフだ。
そう、ナイフ。銃ではなく、弾丸を内蔵した特殊なナイフ。
発射機能を持つナイフといえば刃そのものを発射するスペツナズナイフが有名だが、これはそれよりもソ連の異常性を感じられる、柄から弾丸を発射するナイフだ。
現実での実用性はほとんどないと言われているナイフ型拳銃だが、ゲーム内でこのナイフは“自殺ナイフ”と呼ばれている。
左クリックで通常のナイフアクションが行え、右クリックを長押しすると刃を自分に向け柄を相手に向ける特殊な構えをし、右クリックを離すと弾丸を発射する。
しかしこのナイフの真骨頂は、右クリックを長押しではなく、カチッと1クリックだけした時に起きる。
柄の方向、つまりナイフの持ち手に向けて、弾丸が発射される。角度を調整すれば後ろを撃つこともできると聞いたこともあるが、机上論であり実際に行ったという話は聞いたことがない。
通常の立ち姿勢で右クリックをしたところでナイフを持っている手に小径弾が当たっただけで大したダメージはないが、プレイヤーの視点を真下、足元に向けた場合は別だ。
マウス操作で、視点を足元に向ける。
そうしてカチリと右クリック。パァンという音と同時に視界が赤く染まり、画面にdeathの文字が浮かぶ。
下を向いて放たれた弾丸は腕には当たらず、一直線にプレイヤーの首に向かって飛ぶ。
いくら小口径とはいえれっきとした弾丸であり、防具をつけていなかった場合確実に操作プレイヤーを死に至らしめる“自殺ナイフ”
プレイヤーの見ている方向に銃を向けてしまうFPSで自殺するには飛び降りや爆弾などもあるが、最も手っ取り早く自殺する方法はこのナイフだと言われている。
one> suicide
このゲームでは敵を殺した時、または殺された時にフィールド全体へのキル・デスの表示はされない。
誰が誰を殺したか全く分からず、プレイヤーがチーム内での報告を統合し、判断しなければならない。
それ故、殺した殺されたの報告は必須であり、大規模チーム戦ではそれを取りまとめる司令塔が必要となる。
最も、自殺の報告をするプレイヤーは、30人居ても自分1人だけだろうが。