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文字のかすれたキーボード。
使用頻度の高いキーは、黒の下地を見せるだけ。
左手側のキーは、半数以上がそうだった。
かすれた文字を気にもせず、軽快にキーを鳴らす。
ゲームの合間、時間潰しのチャットタイムだ。
one> 30:30って久し振りじゃない?
silf> お前が参加しないだけ
NAS> oneさん大人数向きじゃないっすからね
one> うっせ
one> つーかこの時間に30とかやってる奴いんの
silf> EUチームとやるにはこの時間しかねえんだっつうの
ゲーム画面左下、小さなチャットウインドウに、連続して文字が表示される。
時刻は日本時間午前4時、この季節だと、ゲームが終了した頃には外が明るくなっていることだろう。
one> で、さっきから誰待ってるの?
silf> Eurocorps
one> ...マジで?
silf> マジだよボケ つーか作戦会議くらい出ろ
one> 俺にも予定ってもんがあるんだけど
NAS> oneさんニートじゃないっすか
one> 無職にも用事ってもんがあるんだよボケ
silf> どうせアニメだろクソヒキニートが
one> ウッス つーか俺作戦会議出る意味なくね
silf> 少なくともどことマッチングしようとしてるのかくらい分かっただろ
one> すまんな まあ仕事はする
silf> 任せた
――vapが入場しました
vap> ねむ……ご無沙汰してます
silf> おは
NAS> どうもー
one> 4時間ぶり。今日学校じゃないの?
vap> あ、はい学校なんであと2時間くらいですね
silf> こんな時間に呼び出しちゃってごめんね。作戦内容はメールで伝えたとおりだから
one> あれ、なんか他の人には優しくない?
silf> 気のせい
vap> 了解です。ちょっと弾買ってきます
silf> いってら
5分、10分と経つ頃には、チャットルームにはかなりの人数が入場していた。
それもそのはず、合計30人だ。
30人対30人の対戦。自チームだけで10人を超える対戦をしたのは、1ヶ月ぶりだろうか。
ピコンとアナウンス。
――対戦チームが決定されました。『Eurocorps』
相手チーム名にマウスカーソルを合わせると、『EUランキング1位』『世界ランキング3位』という文字が表示される。
自チーム名『Hold My Hand』にマウスカーソルを合わせると、こちらのランキングも表示される。
『日本ランキング2位』『世界ランキング21位』。全世界プレイヤー数1000万を超すと言われているこのゲームでは、相当高い方だと自負している。
自分の所属しているこのチームは、間違いなく強い。
それはランキングが証明している。日本ランキングでも1位になれたことはないが、3位以下に落ちることは滅多にない。
ここ最近は2位のポジションを維持しているチームだ。弱いはずがない。
そもそも、1位のチームとは対戦したことすらない。格上が居ない以上彼らは格下を狩ってランキングを維持するしかないが、あえてランキング直近のチームと戦う必要はないからだ。
チームリーダーであるsilfが何度か対戦を申し込んでも、悉く断られていると聞く。
one> じゃ、いっちょ盛大に死にますか
silf> お前はそれが仕事
ボイスチャットが主体となるネットゲームで、未だに文字チャットのみで会話しているチームはほとんど居ないだろう。
操作中にどうしても伝えないといけないことがあっても、キーボードを打っているとそれだけ時間をロスする。コンマ1秒を争うゲームで、それは致命的だ。
しかし、このチームにはボイスチャットを行えない理由があった。
それは、チームリーダー、silfの意向。
最初にチームを組んでから、1人2人と人数が増え、いつしか3桁近い大所帯になり、それでも皆はそれを守った。
理由は聞かない。興味が無いわけではないが、言おうとしないということは、言えない理由があるからだ。
リアルで顔を合わせたこともない。合わせれない事情がある者も大勢居る。それがネットゲームの世界。
silf> じゃあ皆、よろしく
ネットの世界で、小さな戦争が始まる。