ドラゴンと蜂蜜
それは、空を飛びながら鼻の奥に流れ込んでくる甘美な、そして、仄かな匂いに気付いた。それの内の一つは前にも食したことのある蜂蜜。
だが、近くから別の匂いがする。
焼きたてで仄かに暖かい感じの匂いと……そうではない、それだけでも蜂蜜だけでもない匂いでハッキリ言って胃袋がそそられるほどのものだった。
気が付いたら急降下していた。矢も盾もたまらず、グワラグワグワーと叫んでいた。
先に蜂蜜の方を、蜂の子ごと食してから別の匂いの方にいこう。
と、そう思ったのは意外に両方を一気に襲える距離には居なかったということ。移動していた方が予想外の動きをしたからだ。急降下を始める時には移動していたのに、途中で気が付いた時には移動をやめ、先程も感じた何かを分け合っていた。そのために両方をいっぺんに襲うという手が使えなくなった。
まぁ、いい。蜂蜜から戴こう!
そう思っていつもの手段である脚でのスタンプ攻撃と、顎と牙の急襲攻撃を行ったのだが、結果は惨憺たるものだった。
とにかく、突っ込んだ両脚は何かに埋まったかのように微動だにせず、かといって大地に着いている訳でもない。何かあやふやな感じではあるのに、ビクともしない。逆に首から先はその何かを突き抜けたがそこまでで躰までは突き抜けず、蜂の巣まで舌を伸ばしても微妙に届かない。
そうこうしているうちに、狙っていた蜂の巣から蜂たちが突進してきた。
痛い。
痛いってば、止めんか!
勢い余って、ちろっと火が出てしまった。おっとっと、燃やし尽くしてしまったら俺ずっとこのままか? それはさすがに嫌だな……。そう思っていたら煙が流れてきた。
『ゴホッ、ゴホン!』
目も痛むが咳が出る。
それでも煙が充満し、躰の拘束が無くなった。この煙にはそんな力があったのか?
理由は分からなかったが、脱出できたのは良しとしよう。
体勢を立て直すべく高さを取ろうとした。だが、どういう訳か結界が張られており、十分な高さが取れない。そこで風を足場にしようと考えた。
だが、そこにも誤算が生じた。
いつも魔法で従えているはずの風が支配下に入らない……、思い通りに行かないことで焦る気持ちが募り、「おのれ、風よ、われに従え!」と繰り返してしまう。
………、何故だ! 何故、こうも思い通りに行かない?
『何故って、俺が従えているから無理なものは無理なんだよ。』
そんな言葉を掛けられて驚いた。俺と会話が出来るだ………と? 誰だ?
そんなことを思う間もなく突然周りが光の瞬きに包まれる。
瞬時に光っては消える光が、俺の周りで多数明滅する。
どっちを向いていたのかも分からないほどの光、瞬時に消えてはまた光るその洪水。
もし、直に俺に対して放たれたものなら無効化できるものだが、これは俺を狙ってはいない。確かに鱗に当たって、無効化されるものもあるが、ほとんどが無効化されずにその光の明滅だけを繰り返す。
攻撃なのか、これ? 人の世界で使われている魔法ではあるが、痛みは無い。眩しくて目を瞑ってしまったが、こんな攻撃は初めてだ………。今までに出会った人間は悪意を纏っていた。だけど、これは……………。
微睡みの中に落ちていく自分が分かるが、どうしようもできない。
いまはこの暖かさを持った攻撃に何もかも委ねてしまおう。
『あぁぁぁ、お腹減った!』
という、自分の甲高い声に驚いて、周りを見てみると、俺は、ダッコされていた。
『ああ、起きたか?』
………この声、あの時の声だ! ってか、甲高い声………俺の声なのか?
『食うか?』
目の前に置かれたのは、さっき……? かな。時間の感覚がズレているな。
ま、いーや。切望していた蜂蜜が目の前にたっぷりあるんだもの。
全ては食べてからにしようっと。こんなに心地いい場所なんて、そんなに数ある訳無いもの。
『うん、この感覚。卵の中以来の安心感。よろしくね、あるじ様♡』
小さくなった躰は、この人に護って貰える。万が一の時は大きくなって護るよ。
「また、誑したのか、お前……。確実にレベル上げているな。」
「もう………いいんだ、あんな攻撃が、誑しになるとは思わなかったorz」




