6, 泣き虫雨女と、水すまし
やっと、魔法が……。
雪の魔法が気に入ったのかコヨミがいつも俺にくっつく様な行動になって半年、コヨミの弟が来るようになった。俺と同じ頃に産まれていたのだが、ようやく這い這いが出来るようになったためだ。どの時代の親もウロウロちょろちょろする赤ん坊には苦労するようだな。やっぱり考える事は一つのようで、子供達をまとめてしまえば良いという事らしい。
この頃の俺たちは、超元気にウロチョロするから乳母もメイド達も疲労困憊のご様子。
そして、コヨミと弟の両親達も、育児の中に自分たちの楽しみをくっつけてしまおうとしているようで、盛んにワインを飲みまくりながらのパーティーに興じていた。
何といっても過去に出来なかった事だからな、飲料水との交換は足元を見られて小さな一樽と、その数倍もの大きさの一樽のワインで成されてきたものだったのだから。
自分たちの自由に出来るワインはとても少なかったに違いない。
折角、覚えた『転移』も自分が一度足を運んだ場所でなければならないため、行けるところもまだまだ数が少ない。館の中と、外庭、中庭だけ。『自分がそこに居る』というイメージが固まればオッケーだ。
魔法量は俺には関係ない。
ないというより、前世で使っていた吸収と開放(植物の葉っぱで起こる気孔の開閉…みたいなもの?)が出来ている俺には、魔力量の多寡は関係なかった。半年前の父上との接触から常に前世でやっていたように使い続けていたのだ。
「ぶぁ~~う゛、ぶぶんぶぶ!」
まだ喋る事の叶わない俺にとって、赤ん坊言葉で天気を変えるのは大変は大変だったが、逆にイメージと魔力制御と魔法量の増大に一役買っていた。
「ぶぁう゛?、 ぶーんぶぶぅ!」
コヨミの弟、ウェーキは俺の言葉が分かるらしく驚きに目を見張っていた。
「ぶあ?、ぶぉぶぁぶぅ!」
俺は、転移した雲をぶつけた。
「?、う゛ぁび!」
白い雲の塊を浴びたコヨミの弟は寒暖の差に驚いたものの、濡れる事は無かった。どうやら、こいつは水の加護を持っているようだ。コヨミが雨でその弟が水の加護持ちとは、つくづく因縁有るなぁ。
お互いに有るか無しかの眉をひそめて、ガンを付け合う。
「だめっ。ケンカしちゃだめっ。みんな仲良くするの!」
「ぶぇぅ」「う゛ぉぉぉ」
コヨミの小っちゃなゲンコツが降ってきた。俺とウェーキの頭を掠めた。
たとえ、小っちゃくてもゲンコツは俺たちの頭にとっては致命傷になるため、必死で避けた。こ、怖え。首、座って間もないんだぞ。
「ばぶ」「ばぶ」
大いなる脅威の前に歩み寄りが決まった俺たちは、互いの手を握った。賢明な判断と言ってくれ。
「ばぶぶぅ?、ぶぅぶぅぶ?」
ウェーキが落ち着くと疑問が湧いたのだろう、先ほどの白い水蒸気の塊はどうやったのかと、俺に説明を求めていた。
ちらと、空を見て『あーーー、どのみち避けて通れないかぁ』と、誤魔化す事を諦めた。
「ぶぅー、ぶう゛ぁう」
小っちゃな紅葉のような手の指を空に向けて、浮かぶ白い雲を指差した。
「ぶ…ぶも?……、ぶぇー!」
その雲には、貫通した穴があり向こう側が見えていた。小っちゃな手のひらの形で……。
まぁ、賢明なる諸君にはおわかりだろうが、俺が使ったのは『転移』をアレンジしたもの。本来は、魔法陣を構成し、その中にある物体を任意の場所に移動するものというのがこちらの世界でも常識であった。
いまは、それを使用する人物は一握り。そして本来の使用方法は失伝していた。
ましてやアレンジを施したものなど、皆無。
俺にしてみても、その方法を発見したのは偶然だったけどな。
薄暗い部屋で魔法書を読んでいた時のこと。気になる書き込みを見つけ、実行しただけに過ぎない。その書き込みに因ると『転移』は、たった一つの魔法ではなく『層転移』、そして『双転移』などの派生種が有ることを見つけたということだった。
一度行ったところに瞬時に移動するのが『転移』、空間と空間の狭間を利用した『層庫』を作り出すのが『層転移』、こちらに有る物質と交換するのが『相転移』、いま使ったのはこの『相転移』だ。ちなみに気になる書き込みとは、『ソウ』という読みの漢字が羅列されていた。これは、他の魔法にも通じていそうな理論に思えた。
いまは、まだ赤ん坊だから、考える時間だけはたっぷりある。
面白い従姉弟たちにも恵まれたことだし、これから楽しみだ。自分の力を知らない少女と知りすぎている転生者と、水の加護を持つ赤ん坊。
この世界に生まれ落ちて、こんなに魔法を学ぶことが楽しいなんて考えもしなかった。
そして、アレンジ。魔法ってなんて奥が深いんだ。
「なんか、煙たい」
そう呟いたコヨミは、タッと窓に駆け寄る。這い這いしか出来ない俺にそれは難儀だ。
だが、隣の窓辺に机を転移させ、俺とウェーキをその上に転移した。同時に二つのものを転移する『双転移』、コヨミが目を見張るがいまは、時間が惜しい。
夕日が沈んで、夜の帳が落ち始めているブドウ畑の一角で火の手が上がっていた。
親父達も気が付いたようで、人を畑にやって確認している。
「ぶ…あ?」
別の所でまた、火の手が上がった。どうやら原因は地中にいるらしい。ブドウ畑などの重要資産には、その手の被害が出ないように厳重に結界が張り巡らせているはずなのだが。
それをぶち破ってまで、ここまでのことをするとは、余程のことだ。
たぶん、どっかの領主が、水とワインの超過交換が出来なくなったことに対しての嫌がらせをしたのだと思う。昼間にやってきた、その領主からの最後の水樽が置かれた場所はブドウ畑の隅。今までの交易を感謝して、礼を尽くしてもてなしていたはずだ。
だが、母様譲りの魔法探査をしてみれば、畑に置かれた樽の一つから地中に火モグラが放たれていた。
「ぶぶう!」
窓辺に寄せた机には、俺とウェーキが乗っているが、まだまだ余裕がある。
ウェーキを見ると、同じように悔しがっていた。
「ぶぅ……、ばぶぅう?」
「………セトラちゃん。やっつけたい!」
コヨミも意思表示する。
オーケーオーケー、勿論このままになんかしないよ?
「転移」
あ、しゃべっちった。ま、いーか。今ので、コヨミが隣に来た。
右手でウェーキと、左手でコヨミと繋げる。二人とも、魔力量はあっても操作はまだまだ素人だ。俺が補佐する必要がある。だが、二人ともさすがの魔力量だな。
「ぶぶう……、ぶぅ!」
コヨミの意思による癒やしの雨の発動、ウェーキの水の加護による水雷は初めての魔法なのに安定した出力を保ち、俺は雨達に土砂降りを指示した。
右往左往している親父達や、領民達を巻き込んで激しい雨が降り注いだ。
俺は、「装転移」を畑の結界に沿って発動し、土の中の帯電率を上昇させた。これによりウェーキの魔法「水雷」が効率を上げる。「水雷」は文字通り、水を媒介にして電気が雷の素早さで狙ったものに痛打を与える。周りに水があればあるほど、効果覿面である。
そして、コヨミの癒やしの雨は、俺の雨の魔法をカムフラージュにして、ブドウの木々を癒やしていく。
大量の水と電気による痛打を浴びた火モグラは入っていた樽に逃げ戻っていた。