それぞれの会議 ② 接待と宴会
「学院長、ここはどこです?」という問いに答えること無く、私は合流地点に足を運び待つことにした。ガルバドスン魔法学院の主だった教授ら学生指導メンバーの慰労会だ。
「ある施設を学院に導入するための視察をお願いしたい。諸君らにも研究するものがあることは存じているが、この施設は現在急速にこの大陸の各国に広まっているモノだ。世界に冠たる魔法学院でも有効な施設なのかを検証したいのだ。そのため、非常に生徒たちに尽力している諸君らの意見が聞きたい。これを導入することのメリットを。故に、先方の歓待の如何に囚われずに判断して貰いたい。判断するのは施設であり、それに伴う歓待は今回限り。学生も男女があるため、その判断には両方の意見が必要となる。よって、今回は女性教授及び職員にも同行をお願いした。ここはその待ち合わせ場所だ。」
そう、私は否、私達は学院から開いた転移の門をくぐり抜けて、学院都市の最外周部にある、経由地として指定された或る王国の管理敷地内にいる。その王国とはつい最近新国として誕生したパレットリア新国、つまりは、あのエト・セトラ・エドッコォ・パレットリア君の国の管理地になる。
それなりに広い管理地には、やや高めの壁が全周をぐるりと囲み、さらにその内側に小振りなといえば聞こえは良いが、やや貧相な門番の住居であるかのような小屋があるきりで、他に建物は無い。だが、彼は魔物を従魔としているためか、壁よりも背丈の高い木々が鬱蒼とした森を形成していた。
その森の中の一角にガルバドスン魔法学院ご一同様という札のある待機場所があり、そこに転移のための魔法陣が描かれていた。
まだ作動はしておらず待ちぼうけしていたのだが魔法陣の中心部にいきなり風が集束しだした。素人目には、魔法陣が作動しているかのように見えたことだと思う。だが、我らは魔法に関して、一目置かれている存在。作動しているかいないかなど一目瞭然。無論、作動していない。
だが、集束を終えて集まりきった風が渦を巻いている中から、一人の少年が現れたことに関しては、皆が息を呑んだ。
「転移」……魔法による移動手段としては有名だが、既に失伝して久しい。それを彼が扱えるのは彼の生家にその魔法書があったということ。ではあるが、仮にも辺境伯の貴族の家に掛け合うことなど出来る訳もなく、指を咥えているしかない。
「お待たせしました、学院長。準備が整いましたのでご案内いたします。」
そう口上を述べると、魔法陣の中に入り、手招きをしている。
「こちらに入ってください。学院長を中心にして手を繋いで頂けますか? はい、「転移」。」
手を繋ぐやいなや、周囲の様子が一変した。
鬱蒼とした森の中のあの待機場所から「転移」した先は、ブドウ畑の広がる大地。目の前には共同浴場の文字の看板を掲げた建物が二つ。
大きい方には「共同用」と、やや小振りな「宿泊用」となっており目の前には、ガルバドスンご一行様の看板が……。その看板の場所をよく見ると何枚かが掛けられるようになっている。結構、他の国や団体が来ているのだと、見て取れた。
「おおっ」「うわっ」「えっ、ええっ、こ、ここどこ?」
「おや、ゴーレムハウスが他にも?」
学院長が疑問を口にすると、彼は笑って答えた。
「ああ、あれは「工事屋」のハウスです。ダンジョン踏破のために鋭意を養いに来たんですよ。ちょっと三階でキマイラに乱入されたものですから。」
軽く言うものだから、聞き逃しそうになったけど、周囲で聞いている教授や職員たちから驚嘆の溜息が漏れた。
「キ、キマイラと言ったかね? だ、大丈夫だったのかね?」
「大丈夫ですよ、きちんと従魔になっていますから!」
「はぁ……。」
キマイラを従魔に……ですか? 問題点が違うと思うのだが……。
「ほら、あそこでじゃれ合っていますよ。」
彼らが視線を向けた先には、キマイラ親子と、ダイマオウイカの成体とダイマオウグソクムシの幼生が、奇妙な牽制を掛けて遊んでいた。
「あのキマイラ……、親子なのか? 世界でも発見例がないぞ。」
「だ、ダイマオウグソクムシの幼生体……? まさか、あのダンジョンにいたの?」
女性の教授や職員が目の色を変える。
一匹のダイマオウグソクムシの成体から採取されるコラーゲンはごく小さな一房でも効果があり、高値で取引がされる。が、さすがに幼生体から採れる量は微々たるもの。
それでも、何年か後には期待されるものなのだ。
ごくり。
誰かが生唾を飲んだ気がしたのであろう気配を感じて、彼は牽制を掛けてきた。でなければ、女性陣はこぞって、あの幼生体の取り合いをしていただろう。
「ああ、あのダイマオウグソクムシはパレットリア新国で保護、従魔化していますので、手出し無用です。一応ここには、僕の従魔として連れてきていますから、ね。」
女性陣や家族に女性が居る者たちの落胆ぶりは激しいもので、ここに来た理由を既に忘れていた。学院長も含めて。
「学院長、施設のご案内をしますよ、こちらへ……。」
悄然と、ついて歩く人たちに対して、ククッという忍び笑いの絶えない彼に何とも言えないものを感じたのは、学院長だけではあるまい。
「それに、あれを成長させるにもどんな生態か、ご存知ですか? お連れする皆さんが歯がみしても分からないことは多いんですよ。もちろん、我々も、他の国の人たちもですがね。」
だが、各国から来た人たちが同じ反応を返しているのだとすれば、分からないでもない……か。って、分かるか!
そのあとにあった料理では、カニすきと百足鶏の補足が出された。補足は、高価な飾り羽付きで、柔らかくしっとりと焼き上がっていた。その皿には何やら見慣れぬ液体がその周りに配置されていた。ナイフとフォークで肉を削ぎ切り、その液体を付けて食べると、得も言われぬ果物の香りの混じった匂いに陶然となる。
「こ、この液体はなんというのかね……?」と、学院長が問い掛けた時、隣のゴーレムハウスで大きな叫びが上がった。向こうでも夕食のようだな。だが、いったい何をそんなに驚いたというのか?
「た、たこ焼き? あいつどっからこんなものを……!」
「うっわっ! ソース美味ぇ」
「あちらでも夕食ですが、食材としては、視察の皆さまの方が格上ではありますが、その液体はソースと言って、向こうでもそれを主流としたものを出しています。」
そう、彼は苦笑いをしながら説明をしてくれた。
「特に、カニすきの材料はダイマオウグソクムシの足ですから……、クス。」
「えぇっ!」「うそっ。こんなに美味しかったの?」
「エビしんじょというお団子はあれの腹足部分ですよ、ふふっ。」
衝撃の言葉が並んでいた。あれがこんなに美味しかったとは………。
「このあと、肝心のお風呂という施設の使用説明を行い、実際に使用した上での感想を聞かせて頂いて、学院に必要かどうかを判断して頂きます。」
女性の方々には、中にある石けんや髪用の洗剤の使用方法や量、使用後の髪のケアなどを彼の母シノブさまが指導し、堪能して貰った。……はずである。
経過観察は出来ないが、彼女たちの表情を見れば一目瞭然であった。
男性用は、彼の従魔(?)である魔人(?)コーネツが簡単に説明した。彼は意外にもきれい好きであったため、施設に備えられている石けんや洗剤などの説明に長けており、不自由は感じなかった。
風呂上がりに冷えたプリンというスライムみたいなお菓子が出た。
衝撃の美味しさに皆の心が震えた。
たっぷりと施設を堪能し、我々は学院へと戻ることになった。夢のような一夜であった。
結果として、導入は決定した。
と言うか、施設の完成までの間が待てなくて、急遽その場で風呂施設付きゴーレムハウスの買い上げが決まった。その中には三〇〇Gのプリン小窓がしっかり設置されていたのは、女性陣の要求として当然のことではあったが、洗剤などの継続使用には、別途料金が必要と分かって、元気なく萎れていたのは記憶に新しいところである。
追伸、寝る前に全員が学生のどんちゃん騒ぎに乱入した。
…………………、そこは、モフモフ天国であった。
さらに追伸、視察員たちが学院に帰り着いた時に、一人一人に手渡されたものは補足の羽と、何やら小指の爪ほどの小さな袋が?
あっ! と、気付いた時に、彼が呟いた。
「彼らからのお礼ですよ。遊んでくださってありがとうございました。」
学生たちの宴に乱入した時にいた従魔たちからのお礼は、ダイマオウグソクムシの幼生体が初めて溜めたコラーゲンの一房、「ピュア」と名のつく部分で成体になってからもここからの分泌物は、一級品として扱われる。
どの個体にも存在するが年を追うごとに小さくなっていくものである。
それがそこに有ったのである。
女性たちは、感激のあまり声もなかった。




