210, ダンジョンで、……攻略は、二十八階へ ⑩ 扉の外 ②
ようやく、ある人物が………、動き出します?
「リューグ? なぜ僕たちはここに連れてこられたのですか?」
密かにヒリュキに目配せしておいた。想転移では、プの姫……もといプの妻たちに傍受された過去があるから、な。
ヒリュキのスキルの真実の瞳もそろそろレベルが上がりそうだし、かつての手腕を見せて頂きましょうかね。
「あなた方に、ダンジョン攻略の戦力になって貰うためです。我がリューグより真北にある迷宮がその場所になります。かつて、我が国に降臨した勇者は、我が国の精鋭とともにあの迷宮に挑んでいきました。確かに攻略は成されるのです。ですが、それも一時。わずかな時間を稼ぐのみなのです。この地は、壺の底のようなもの。ほぼ真円を形成し、あの迷宮の周囲のわずかな土地を十六もの国で埋め尽くしているのです。常に滅ぼされる危険と隣り合わせの場所、それがこの地なのです。」
あちらの……、召喚者である姫君の言葉にウソはなかった。
本音でもなかったけど……。
なぜなら、ゴルが口を引き結んで一言も話そうとはしないからだ。
かつて、この地に召喚された勇者のひとりの彼がだ。
そして、隠された真実は、召喚のための部屋に無数にあった。
それは、絵姿にも魔力が残ると確信したかのようなもの。
今までに召喚された者たちの数え切れない姿絵だった。
その姿のまるで生きているかのような姿絵は、写真というものが発明された時に流れた噂を彷彿とさせるようなものだった。
曰く、魂を吸い取られるだの、魂が抜かれるなどといった迷信。
だが、それは迷信だったのだろうか……?
ここにある彼らの姿絵は、あまりにも生き生きとしていたのだから。
「?」
パットはこの部屋に入ってからずっと感じる、なぜかとても懐かしいという感覚に戸惑っていた。この部屋に入るのはそれこそ初めてだというのに……。
その感覚に戸惑いつつ、熱心に姿絵を見つめていたパットは、一枚の絵を見つけた。
『ひさしぶりだな……』とでも話しかけているかのような一枚だった。
『ママ……。パパだ……。』
「え?」
パットの心の声に導かれるようにして、その懐かしい一枚をルナが見つけた。
「レシャード……、あなた……?」
それを見つけたルナに気付いた仲間たちは、余計な茶々が入らないように静かに彼女の周りを囲んだ。俺も、帰還のための遭転移の座標は召喚魔法陣に仕掛けられたコマンドなどで絶ち切られたものの、装転移を起動しておく。
「笑ってやがる。」とは、ゴル。《旧世界未来》では、整備班の一員として、『レディアークⅡ』に居たレシャードはゴルの愛機をチューンしていた仲だ。
「うん、父さまだ。」とは、大きいパットの言葉。懐かしくて、涙を滲ませている。
「あのときの声の主か?」
これは、シャイナー。
「ああ……、そうだな。あのときの声の主で、ルナの旦那だ。」
あのとき……、こちらの世界のヒリュキとシャイナーが死にかけた時に、聞こえた声。
かつて、一万年ほどの時を遡った旧世界未来において、永く続いた戦いが人類には有った。
魔騎士という、異形の者たちとの戦い。
そして、そこで出会い、戦い、傷ついた者たち。
パット、ヒリュキ、そして、シャイナー。無論そこには、ティア、リュウ、チヅルもゴルことゴルディア、アーシィやワタルたちが同一時間軸に集っていた。
そこにも存在していたパットの父、レシャードやパットが幼い時に亡くなったエテルナも居た。
レシャードの隣には、いつもエテルナが……。
「皆さんが気にされている彼の名は、シャレー・ド・レシャード。この国の創世期に存在していた人物だ。逸話によると、世界が統一戦争を行っていた最中の話、ある遺跡から光り輝く扉を開けてこちら側に来てしまった人物がいたらしい。
栗色の髪を黄金の兜に押し込めて、晴れた日の空のような瞳を持ち、その体も黄金の鎧に包まれた一人の男が、こちらの世界に降り立ったと、古代史に表記がある。
よく舞台演劇の題材にされているよ。
こんな具合に、ね。」
「ここは……。エテルナを助けにいかなくては……。何故だ? 体が重い……!」
「! い、今あなたはなんとおっしゃられた! エテルナ様のことを助けると、そうおっしゃられたか? 有難い、今は非常時ゆえ一人でも多くの武将が欲しいところ。」
レシャードは、いきなり声を掛けられて驚いた。
目の前に跪き、両手の指を絡ませて祈りの形を取った多くの騎士がそこに居た。
驚いた目で見られていることに、彼も驚き後ろを振り返る。
自分の後ろには黒い大きな一枚岩が突っ立っているばかりだった。
自分は光り輝く扉に吸い込まれてしまったのでは無かったか?
そう思い出しながらも、目の前に居る騎士みたいな男たちの身なりを観察する。
『鑑定』と、そう念じたはずだったのに、体からも魔力が抜ける感じがしたのに、一向に発動されないことに焦った。
しかし、この大地や森からは微弱ながらも魔力は感じる。
「そうか、ここの大地の魔力が痩せているのか……」
なるほど、浮遊の魔力も吸われたのか。ここでは濃い魔力のみが受け付けられるのだな。しかし、この者たちの望みが私と一緒とはどういうことなのだ?
魔法の吸われ方からして、私の居たところとは違うようだが……。
「!」
ここは、もしやエテルナが良く睦言で忘我の時に言っていたシャイナーとかの故郷か?
あり得る。既に帰る扉は閉じられた。では、その時まで、こちらにいるエテルナを護る。
「貴方様の御名をお伺いいたしても……」
そう問い掛けられてああ、と思った。この地はやはり異郷か、と。
彼方では、知らぬ者のないこの身の上だったからな。
「ああ、すまない。私の名はシャレー・ド・レシャード。よろしく、頼む。」
一応は笑顔で告げた。周りの反応は様々だったけれど、ね。
「まさか、レシャード様が……、お手伝いくださるとは。」
その物言いは何か不穏なものがある。こちらにいるヤツは、何をやっていたんだ。
「戦の前に出奔して行方知れずになっているはずなのに、ここから現れるとは、これも神のお導きか?」
その呟きを聞いて、私は頭を抱えた。戦う気がどこかへと雲散霧消した気がする。
まぁ、いい。汚名は雪がせて貰う。俺の名を騙るもののことなど知らん。
「戦場はいずこか?」
今はこちらのエテルナを護ろう。いずれは、繋がるやも知れん。
彼の者、シャレー・ド・レシャードは史実の中にその名を刻んだ。
時の女王となられたエテルナ・カリーナ・フーテンの夫として。その勇猛な戦いは絵師によって描き起こされ、エテルナ女王の墓所として、有名な聖堂の壁を飾っている。
エテルナとレシャードの娘は代々パトリシアを受け継ぎ、宇宙に進出してもなお、勇猛に戦ったとされる。
エテルナ女王の墓所はあるが、レシャードの墓所は判明しない。時の狭間で戦っているという記述が残るだけである。
「……とな。だから、彼の絵には、没年の記載はないわ。今もどこかで戦っているはずですもの。」
彼女自身が、偉大なご先祖様の系譜だと信じている口ぶりに、パットがキレた。
「ふざけたことを言ってないで、お父さんを返しなさいよ! 私のお父さんよ!」
大きいパットと融合した小さいパットの理不尽に対する怒りは果てしない。
まさに、小さいパットの父レシャードがすべての端緒であるということが許せなかった。
大きいパットは知っている。
かつて、交感した父レシャードの悔しさに触れていたからだ。
あのとき……。
『うむ。愛し子よ、その力をその二人のために使ったか……。だが、今再び、光の扉が出現しようとしている。わたしの力ではこの次元の厄介な壁を越えられん。この壁の向こうにエテルナがいるというのにな……。』
悔しそうなレシャードの言葉から、滲むものはウソでは無いようで、パットは母が死んだはずなのに、ということを言い出せないでいた。
『お父様は、ルナ母さまのことを愛していらしたのではなくて?』
疑問に思いながらの問答、次の父の言葉にパットとヒリュキは唖然とした。
『ああ、愛している。だが、私の本来の時間軸はこちらではないのだ。これから開こうかという世界の扉の向こうがそう……、本来の時間軸。私の妻は常にエテルナであり、娘はパトリシア。そう定められていたのだよ。だから、あちらには、エテルナという私の妻がおり、パトリシアも存命しているはずだ。此度の召喚が何を意味するのかは分からない。向こうの彼らに必要な条件の一つなのかも知れないがな。』
『では、先程から何か感じる引力みたいなものがその召喚とやらの照会という現象なのですか?』
さっきから、パットには何かモヤモヤした力が反応していた。
何か、ひどく親しい者からの救難信号は居たたまれないくらいの激しさで、呼ばれていたのだ。
そして、ヒリュキにもマキシ・マにも同じような引力が働いていた。
『そう……かもな。私はあちらの世界からこちらに落ちてきた。いつ戻れるやも知らぬ。もし、エテルナに……』
そして、交感が途切れた。
「お父様……。」
「お、お前の父だと……。そんなバカな?」




