167, ダンジョンで、……攻略は、二十五階へ ⑬
ようやく書けたというか……。
「……故にわれは求める…か、簡単に言ってくれちゃっているのは自覚しているかい?」
トリケラの望みを聞いた俺は脱力していた。
「このコロニーはチヅルさまのお創りになられた積層構造体。当時の技術でも例を見ないほどに洗練された構造体で、多くの独自の技術を盛り込んでいた。……外壁を逆回転させる技術。コロニー内部を分割積層化することでのコロニー自体の搭載重量の軽減。五層にも及ぶ内壁の構築による各層の役割の多様性。外壁のすぐ内側に緩衝帯となる鉱山層を第一層として、その内側に工場群の第二層、広大な農地の第三層、農業用水を兼ねた河川を模した自然公園としての第四層、そして、人が生活するオフィスビルや住宅地などの第五層。…閉ざされつつも豊かな環境……だった。」
トリケラの説明にうんうんと頷いていたコヨミ=チヅルはトリケラの話の最後の言葉に?マークを浮かべた。
「……だった?」
オウム返しにトリケラにその言葉を問い掛けたチヅルに、トリケラはその時を思い出すかのような仕草で頷いた。
「そう………、『だった』…だ。このコロニーでの生活を続ける中で人々はやがて、ある事実に気が付くとこのコロニーから去って行ったのだ。このコロニーにあるのは、人々が生きる上での根源的な物質は透明で、きれいで、汚れの無い『水』を中心にしたもの。それらが実は彼らにとってはそのことごとくが味気ないという事に、気が付いたのだよ。」
「え………、どういうこと?」
コヨミが不思議な顔をする。この世界では、きれいな『水』に飢えているからだ。
きれいな『水』が得られる……。たったそれだけのことが難しい世界なのだから。
だが、きれいすぎる『水』は、毒に変わる。きれいな毒に変わる。
「ああ、そういうことか……。」
納得できないチヅルに対して、俺は気付いたことがあった。
「このコロニーの水はすべて循環して完結していたという事なのだろう。それは科学的に……技術的に、完璧で循環していた水は確かにH2Oではあるのだろうけれど、資源の調査などで目の前の星から採取してくることがあったとしたらその差は歴然となるな。」
水は確かに水なのだろうけど、そして、どちらが清潔なのかと問うならば科学的に循環しているものの方が遙かに清潔だ。
だけど、自然のままに存在している水にはその採取場所にもよるが、清冽な湧水を筆頭にして『美味い水』が存在する。
その違いがだんだん顕著になっていったとしたら、人は求めてしまうのだ。
「こんなんじゃ無い」とか「これ以上のものが……」とか、……言い訳にして。
「そうだ。人々は、そう口々にして去って行った。もう何百周期も前に…な。」
トリケラの為してきたコロニー管理に、ピリオドが打たれた瞬間である。
すでにステアという惑星の影響下にあるコロニーにて、トリケラの魔物化は完了していた。コロニーを管理していく上で、ひとつ彼が決めていたことがあった。
それは、いつになるかは分からないが、はるか前に別れた神獣の仲間を探しにコロニー管理の役目を放棄しようと決めていた。
その日が来た。
コロニーの住人たちの乗った最後のシャトルがコロニーを離れた。
ステアの上層大気に触れ、灼熱しているのを見るのもこれで最後。
一度降りてしまえば、後は彼らの自己責任しか無い。
もういちど、このコロニーに戻ろうとしてもその性能を持たないシャトルでの降下。
彼の宿命も終わった。
……はずだった。
『……か、ザッ…れか、ザザッザー……いま……か…』
カソル経由での聞き覚えのある音声に、彼も思わず天を仰いだという……コロニーで…。
ちょっと、聞くけど、『天』ってどこだよ。
それからは、見覚えのある少女たちと少年たちの一時帰国みたいな、……帰省みたいな、そんな不思議な繋がりが細く続いてきたそうな。
それも今回の帰省というか帰国というか、しばらくは陸に上がるらしい。
そのための準備をお願いされたという。
そこに、記憶の戻っていなかった魔王様が登場して、何やら仕掛けたらしいという事だった。
「魔王シャイナー、何をした!」
「わたしは何も憶えておらん。」
戻ってくるはずの少女たちと少年たちの関係者は、その言葉を聞いて焦った。
この魔王様は絶対にとんでもない仕掛けをしているのに違いないからだ。
「われも早く彼女彼らにコロニーを引き継いでこの星へと降りたいのだ。魔物化しているはずの同胞に会いたいのだよ。もう……、われ一人では……。」
そう告げたトリケラの体に何か不可視な煌めきが纏わり付き、このコロニーとの結び付きを強要していた。
「「あ、あれは………。」?」
二人だけが、そこに居る何十人もの視界の中で二人だけが目にしたもの。
「アーサ? 見たのか?」
「セトラ君? キミも?」
二人だけが見えた理由はそれぞれだろうが、その二人の胸に去来する想いは、一つだった。顔を見合わせて、互いの目を見やる。そして、ともに頷いた。
その切ない思いに、一人の人物がトリケラの前に行き、一人は思いを形にしようとする。
「セトラ、雨を頼む。」
トリケラの前に行き、抱きついたのはアーサ。
「ああ。」
アーシィの声に応えたのは、リュウ。
「トリケラ、その男の従魔になれ。」
断定的なリュウの言葉に、少し憤りながらも、抱きつかれている少年から離れられないでいた。どこか懐かしいものを感じていたのかも知れない。
「われ……、わたしでいいんですか?」
困惑気味で抱きついている少年に問い掛ける。
「ああ…、お前がいいんだ。……トリケラ。俺は、アーサ・リドロ・ヴォー、アーサと呼んでくれ。」
その温もりが何か大事なことをトリケラに伝えていた。
トリケラは、それが何なのかが分からないのがもどかしいほどに。
「分かりました。何かあなたと繋がっているのかも知れません。その従魔契約、結びましょう。」
「では、トリケラお前の望むだけの雨で応えよう。良かったな……、アーシィ。」
「?」
トリケラの三つの顔に怪訝な想いが浮かぶ。「アーシィ」って誰だっけ。そんな顔をしていた。
だから、俺は雨を呼ぶ。先触れを放って。
ルゥという先触れ……。そして、続くモノたち。チャァーが、フェニックたちが、ライトンが、彼らは魔力の虹を靡かせてコロニーの中を飛んでいった。
「ウソ………。……ルゥ、……チャァー、フェニックたち……、ライトンまで………。この光景が見られるなんて」
その日、コロニーには、…………雨が降った。涙雨も……。




