里帰り
高さ二・五メートル、直径一・五メートルのカプセル型のシャワーボックスが数個並んでいる。
ゆっくりと誰かが近づく足音がする。
カプセルの戸が開いた。
誰かが入ってくる。
少女だ。
炎みたいに紅く輝く髪が際立って綺麗だ。
秘められた意志の強さを思わせる金の瞳。
どこかアンバランスなものを感じさせる幼い顔立ち。
弾けそうな感じの肌に若さが光る。
そう彼女は、つい昨日、一八歳になったばかりだ。
どこか洗練された品位というものを感じさせる仕草で、カプセルの内壁に付いているタッチキーのひとつを、軽く弾く。
一瞬の間があって彼女用に調節された適温のお湯が、降り注ぐ。
細かな粒の水滴が弾けるように彼女の裸体を包む。
「仕事が終わった後のシャワーっていいわよねぇ。あちらとランデブーするまでの時間は、まだあるって言っていたから、アレ、……出来そうよね?」
そう言って、壁の小物入れから簡易マスクを取り出した。
目、鼻、口だけを覆う透明素材のものだ。
耳には、マスクからイヤホンらしきものが伸びており、マスクの顎の部分に人工エラが付いている。
水中から酸素を取り入れようというのか。
手早くマスクを装着するとマスクについているマイクに向かって言い放つ。
「スペシャル・モード、スタンバイ!」
『すぺしゃる・もーど、すたんばい完了!』
彼女の大事な艦を管理している人工知性体の『メル』のやや無機質な声が聞こえる。
「OK!スペシャル・モード、スタート!」
復唱する『メル』の声が終わるか終わらぬかのうちにシャワーの水滴の降りが強くなり、彼女の裸体は水没してしまった。
密閉されたカプセルの中に漂う彼女の姿は、ひどく幻惑的に見えた。
高濃度の酸素を含む液体に包まれて、一輪の白い花が咲いているかのようだ。
宇宙で仕事をする者なら当たり前のことなのだが、長時間限られた場所、空間に居続けたとき、それをストレスに感じるものは少なくないという。
そのためか、各自の所持している船には、神経洗浄のための設備やコンテンツが用意されていた。
そして今、彼女が入っているのも、その一つなのだ。
「ガァ姉ェ、ユーハブ・コントロール。ポイント三〇三通過。惑星ステアまであと三〇〇秒。竜路エンジン始動、亜光速航行から通常航行に移行します。」
少女特有の甲高い声がキャビンの中を走り抜ける。
「アイハブ・コントロール。って、クッキィ……、ガァ姉ェはやめなさいって言ったでしょう。私はアヒルじゃないんだからね。」
お決まりの操縦者変更の呼び掛けを受けて、通常航行用のコントローラを握るシュガーは、クッキィに口を尖らせて文句を言う。
ガンナーの席にいる少女が振り向いて言った。
「シュガー、そこがクッキィのクッキィたるところなんだから、仕方ないでしょう。それよりも、最近………太った?」
ガァ姉ェこと、シュガーは衝撃の一言にその場で凍った。
「な…、……ジェル姉ェ!」
三姉妹でありながら三つ子である彼女らは、辺境星系での問題解決屋としての実績を積み上げているところだった。
亜光速航行までの光速航行を熟せる特殊な小型艦を所持していた。
所属艦はゾーディアク、プロブ・ログからの秘密番号持ちであった。
彼女たちの他に、もう一組の問題解決屋が、同じような宙域で活躍していた。
彼女たちの活躍宙域は、惑星ステアの公転周期を含めた±約三〇光年の距離と、なぜか決められていた。その惑星こそが彼女たちの故郷だったからであった。
彼女たちが独り立ちしてからは、その惑星のラグランジュポイントにあるコロニーに立ち寄り、幾日かを過ごしてまた活躍の場へと戻ることを繰り返していた。
親しかった人たちの残り香を求めていたのかも知れない。
すでにそのコロニー自体にヒトは戻ってきていない。
かつてこの星の座標が判明し、プロブ・ログの上層部には極秘裏に立ち寄った事がある。
その時に、確認した残されていた映像などの資料により、惑星ステアへと降下していく惑星往還シャトルの姿が映し出されていた。
このコロニーに残っていた人々は、大地に根付いたのであろうことが窺えた。
そして、彼女たちは見つけてしまったのである。
立ち並ぶ墓標群の中に、自分たちに縁の近い名前がある事に………。
その名前が刻まれた墓標には没後、数千年を経ていることを示す表示があった。
亜光速航行の弊害でもあったが、単純に座標を割り出すのにも時間が掛かったためだった。
今、彼女たちはそのコロニーへと近づきつつあった。
約束の日が近付いていたから。
「ティアママとリュウパパに報告しないと、ね。」
ジェリィの言葉にシュガーとクッキィが同時に頷く。
「「うん、話しておきたいよね。」」
「「「私たち、結婚するんだよって………。」」」
今、その相手もそのコロニーへと近付きつつあった。
神前ならぬ……、墓前で、彼女たちは彼らと………。
いや両親たちは、すでに神籍だから、やっぱり神前か?
その時が来るのを戦きながらも心待ちにしている、自分たちの複雑な心境の中でなにか不思議な期待感を持っていることに、戸惑いながら………船は進んでいた。




