海のあるじ、立つ! ~⑥~
アーシィ・チ・ロヴォアは、ア・ラドロ・ヴォー改めアーサ・リドロ・ヴォーのご先祖様に当たる。
イタリア系アメリカ人。
射撃に関して所属していたゾーディアク艦隊でも五指に入るほどの腕を持っていた。
緩やかにウェーブする金の髪に女性ファンも多かったものだ。
普段から、陽気な男で怖いもの見たさを地で行くようなヤツ。
腰に下げているのは、グリップのところに琥珀の石を埋め込んでいる短剣だった。
彼の子孫に当たるアーサ・リドロ・ヴォーはそっくりな顔立ちだった。
これで間違えるとかないだろう。
おまけに彼の腰には小柄に似た短剣と長剣の組み合わせが。
もちろん、柄の石は琥珀だ。
だが、創ディアーク大陸第一皇帝位継承者だという彼がこんな荒事に出張ってくる事自体おかしな事だ。何事もなく過ごしていれば手に入る地位なのに……。
なにかの後ろ盾を欲していると考えた方が良いようだな。
でなければ、先ほどの祈りの必死さを考えてみてもなんとも割に合わない行動をしていることになる。
「そうか……、神獣か、もしくはそれに類するものの加護を欲しているのか?」
そう、呟いた俺をアーサは驚きの目で見ていた。
「確かにアーシィはわたしの愛称です、……幼少の頃からの。……アレディア救済教議会の聖典にあったその方の名を頂いておりますが、あなたがリュウジュを名乗る事は救済教議会の不興を買う事になりましょう。」
そう言って、逆に心配される始末であった。
だが時既に遅く、派手なドンパチをやったあとだという事は、伝わっていなかったようで一安心。そう思いつつ、ホッと胸をなで下ろした時………でした。
いきなりドラ子が暴露しちゃいました。
「あるじ様が、やっつけちゃったから大丈夫だわさ。」って。
頭抱えましたよ、俺。だって、アーサが目を丸くしてこっち見ているんだよ?
「やっつけた? アレディア教主国を……ですか? あり得ない事です。何万もの兵と、何十万もの信徒が居る国ですよ? そんな国をどうやって……。」
ぶつぶつと、頭を抱えて唸る姿は見ていて心底怖かったです。
「アレディア教主国では無いです。すでにアレディア帝国となっていますよ。」
そういう俺ではあった。
「は………、あ、アレディア帝国? 本当に? アレディア教の救済教議会は?」
戸惑うアーサの疑問も然りである。
「ああ、きちんとアレディア救済教議会としての布教とか奉仕活動とかに勤しんでいますよ。国の中の中枢に食い込んでいた部分が無くなっていますが。そこは、排除させて頂きました。そこが齟齬を生じさせた元々の原因を作ったところなのですから。ですが、俺の国にも信徒は居ますし、それを排除する事は出来ませんが形を変えて存続していますよ。」
神が救済してくれるというのなら、してもらいたい人はいっぱい居る。
ただ、それが一つの宗教を信じなければならないという法則は実は無い。
神とは影の出来ない太陽のようなもので、善も悪も見ているもの。
そして、善も悪も無いもの。
そういうもの、だ。
そう、俺は思っている。
だから依然としてアレディア教はあるし、カレンダは国のスケジュールを決めるための予定表として多くの国に浸透している。
「根本が変わらなかったためにアーサたちの大陸にはその情報が届いていなかったという事です。それで、なぜ加護を欲するというのです?」
問題を戻そう。
「……こちらの大陸にも私の祖父の血縁が居る。最近、その血縁の一人が海の獣の加護を受けたとかで、近況を報せる手紙が祖父に届いた事が発端なのだ。私たちは海からの頂き物で国政を賄っている。狂喜乱舞した祖父によって、その血縁を皇帝にしようという働きかけが強まった。その者の事を調べるためもあって、こちらに遠征してきたという事なのだ。だが、目の前にあった宝物に私の配下が目が眩んでしまい、迷惑を掛けた。済まない。」
そう言うと、素直に頭を下げた。
だが、こちらの大陸で、そんなヤツはというか可能性のある者は一人しか該当しない。
本当にアイツか?
「その者の名は分かっているのですか?」
その俺の問いにアーサは頷く。
「確か…、アクィオとか言ったはずだ。」
その言葉に崩れ落ちた俺が居ました。結局は自分の絡みだったんですから。
もちろん、アーサは驚いていましたが……。
「え……、彼を知っているのか?」
行方の知れなかった者の情報が、手に入るとか思ったようだ。でも、本人の承諾が無ければ、そんな事しませんよ。
「ええ、同級生ですよ。」
「同級生? 彼は十二歳には、なるはずだ。だが、あなたは……。」
「ええ、まだ成人しておりません。俺は王ですが、彼にこの件について聞いてみないとお答えする事が出来ませんね。ディノ、壁を。」
ディノに命じて船団を包む陸地の縁に壁を伸展させた。
彼の船団からの殺気に対応したまで。
「何を……。いやそれよりもそちらの魔人をあなたは……。」
背後での殺気に気付いたのは彼も同じだが、こちらの対応の早さに目を白黒していた。
「ほら、あなたも含めて、まだ冷静な対応が出来そうに無いですからね。彼に危険な目に遭わせる訳にはいかないんですよ。同級生として、ね。」
「配下の者が済まない。が、彼との繋ぎをお願いしたい。」
再度の謝罪。彼の人となりが分かりかけてきた。
「……、ひとまず、聞いてみますよ。」




