142, ダンジョンで、……攻略は、二十三階へ ④
「ドロシーたちは、この大陸の名を聞いた事があるのか?」
戦略的にも、地形上の観点からも、普通は隠されているものだからだ。
「ここはグリンダイという名の大陸。私の生まれた国はシュリンガ。中央にある骨ドラゴンを保持し、この大陸に覇を唱えている国はシュリンダイと言います。」
「シュッ…キン、こ、これは……。みょ、妙に合致するところがあるようだな。」
俺の知っている古代文字の一文にある言葉にそっくりなのだ。
「呪い、限り無しですか。耐呪文魔法文字設置型の魔法陣を使用しているようですね。考えられた当時では最強だったんでしょうが。今となっては………。」
シュッキンの障壁に関する判断は特級だな。
そう、かつては大地に刻んで使用していた魔法陣魔法も時代が近代へと近づくにつれ、簡易で移動可能な魔法陣魔法へと変化している。
「イクヨ、ちなみにその『チヅるるるン探訪記』の作者は誰なんだい?」
俺はちょっと気になっていた事があったから、確認のために聞いてみただけだが……。
それはイクヨが言っていた『この星に降り立って』という部分。
この星に住んでいたならそんな事は言わない。
前の時のように『新大陸発見!』という見出しで謳う。
だから、このチヅというヒト? は、リュージュ、その妻テア、ワタル・ミズノに続く者たちかもしれないからだ。
「ク・ビッシが隣国ド・コーアと別れる前の宗主国ク・ビッシド・コーアの最古の女王チヅル・メィヴィンではないかと、推測されているわ。だって、著者名の欄は空欄なんだもの。」
イクヨが覚えていたその推測通りなら、大物が釣れた事になる。
発明王と名高いチヅル・メィヴィンもまた、リュージュたちの仲間だからだ。
「そうか。では、そのチヅるるるン探訪記の作者が、帰った時は金色に光る扉から帰ったのだろうな。現状、その『折り畳まれている状態』は解除されていないようだしな。だとしたらドロシーはどうやってこの大陸から、出て来たんだろう?」
「え……、扉から帰ったとは言われていないし、書いてなかったはず。」
そうボソッと告げたイクヨに、俺は二の句が継げない。
「え……、どういう事?」
やっとの事で紡いだ言葉がこれ。
「なんだか、境界線上を歩いて出て来たって書いてあった……はず?」
そう、イクヨが思い出しながら言うと、ドロシーがとんでもない事を告げた。
「わたしは、父の日記にあったその言葉を、そこに書かれていた順番で唱えながらその境界線上を歩いてきたの。ほとんどがこの大陸にある地名に似ていたわね。」
ドロシーの言葉で、それが何を意味するのかは分かったが、それでこの結界から出られるとは……。
「ど、どんな言葉なんだ?」
聞いてしまったらハマりそうだが仕方ない、ただ、たぶんアレなんだろうけど。
「うん、あの時の呪文を言ってみるね。確か『ジユグェム、ジユグェム、ゴコウ、ノスリ、キーレカイジ、ヤリスィギョノス、のえっとぉ、イギョウマツウン、ライマツフウラ、イマックゥネールト、コロニースムトコー、ロヤーブラ、コゥジブ、ラコージパイ、ポパイ、ポパイポノシュー、リンガンシュー、リンガンノグー、リンダイグー、リンダイノポン、ポコピーノポン、ポコナーノチ、そして、ヨゥキュウメ、イノチ、ヨゥスケ』って言ってて長いから結構間違えるのよ。」
途中からドロシーの息が切れていたから、本人にとってもいまだ慣れない言葉なのだとは思う。だが、これは……たぶんアレだ。
それにしても、中に入るのには勇気がいるな。入って白骨化してしまったらどうしようかな。
「シュッキン……、これって中に入るのには割り符が必要だったよな。解析できそうか?」
必要な要素の確認とかしなければマズいだろう。
いきなり結界を解きましたとか言っても信じてはくれまい。
まずは、このグリンダイ大陸の中心部にあるシュリンダイ帝国の中枢部に行って現状の確認が最優先だな。
そのためにも、この障壁の中に入らなければなるまい。
「いえ、老師のご想像通り、この障壁は閉じてしまっていますから、割り符の解析をするにも数年単位の解析が必要になるかと………あれ? 今、ドラゴンと狼たちの取ってこいやりませんでしたっけ?」
シュッキンの不思議そうな言葉にそう言えばと、俺も気が付いた。
「…………、ワッケィン! 狼たちと一緒に中にツッコんでいったよな。なんで戻ってこれているんだ?」
そう、銀狼のワッケィンは、ドラゴンや狼たちの取ってこいに参加した唯一のヒト族。障壁から出て、今はきちんと戻ってきていた。
「え……、だって、全然抵抗なかったぜ……。」
問われたワッケイン本人は凄く不思議そうな顔で反論していました。
これは、ひょっとして………この障壁を張った人物というのは、シュッキンに連なるものという事もあるのか?
ここが俺たちの未来の人間たちが移住先にしていたとしたら、その可能性はある……。
「シュッキン、お前が張っている現在の障壁の割り符はなんだ?」
俺の言葉にシュッキンも気付いたようだ、その可能性に。
「ああ老師、そういうことですか? 確かにそれなら可能性があります。この障壁の割り符は『鳳凰』です。前の世界でわたしたちの国の象徴の生き物になります。」
「鳳凰?」
そう、何かを思い出すかのようにつぶやいた者が居た。
その者はそれを確かに見た事がある。
かつての世界にあって食文化を筆頭に君臨していた企業。その企業のシンボルマークだった。
だとすれば、彼らもまた……?
「ヒリュキ、どうした? 具合でも?」
俺はヒリュキの変化に戸惑っていたのは確かだった。彼のその存在が、またダブっていたからだ。
「いや、そうではないんだが……。俺の中の俺が見たような気がすると言っていたから……気になっただけさ。」
「そうか……。だが情報が多いという事には変わりはないな。その情報は伝えられるものなのか?」
自分の手持ちの情報だけでなく、得られるものならば価値のあるものになる。
「………、『孫・安藤』、そう言えば分かるかも知れない。」
やや自信なさげにヒリュキが伝えてくれた。
「『ソン・アンドウ』だね。分かった、どういう意味なのかは知らないけれど、分かったよ。」
そして、俺は踏み出す。障壁の外で有りながらも、障壁の中へと。
「ろ、老師?」
絶句しているシュッキンに頷いて、ゴーレムボックスを一つ、設置しておく。
「ちょっと中心地に行ってくるよ。これ以上の情報圧縮が進まないように手を打っておくか。コヨミ、癒やしの雨を降らせておいて。」
俺がそう言うと、シュッキンが「情報圧縮?」と、つぶやいていたので、少々解説していこうと思い、それに応える形で話し始めた。
「そう、情報圧縮。簡単な事例で行けばコピーのコピーが一番近い。あの骨ドラゴンも、障壁の中ではすでに圧縮されてしまって最小の情報として俺たちに見えているだけさ。もっとも障壁の中心部まで行けば、ヘタしたら時間が止まっている可能性すら出てくる。だが、シュッキンの障壁と同じ割り符を持つ者が行けば事態が変わる可能性もある。だから、颯転移と、送転移使ってひとっ走りしてくる。最悪でも、転移で抜けてくるよ。」
「分かりました。私はここで障壁を保持しています。早めのお帰りをお待ちしています。」
シュッキンが覚悟を決めたようだ。
「頼む。風の民の風盾の補佐もよろしく! コヨミ、癒やしの雨は継続していて、余力があればでいいから霧にして、障壁の外にも影響を与えてくれればいいかも。アトリ、リウス、リメラ、パロアはコヨミの補佐をよろしく。」
そう言うと、俺は障壁の外に出た。雪狼のジョン、ドラ吉、ピー助が俺に続く。打ち合わせなんてしていなかったから、それは彼らの意思なのだと思う。
仕方ない。サクッと行ってきますか?
そう考えて、全員に送転移を発動した。