冒険者たちの悪夢
「おい、聞いたか? タクラム砂漠にドラゴンが降りてくる湖があっただろう…、…あのなんとかという国に所有権のある……ああ、それそれドラ湖ってところだったな。あそこにドラゴンが降りていっては、その姿が消えていくって現象が起きているんだ。遠見が出来るヤツの言葉だから疑いようもねえんだけどよ、何せ近くに行けねえものだから確認のしようがねえのよ。誰か情報持ってないか? あそこがドラゴンの墓場になったんだったら、スゲぇお宝が眠っているって事だろう?」
冒険者ギルドで依頼書を物色していたら、ひげ面の男がワタワタとギルドに隣接している酒場の方に転がり込んできた。
だが、どこかでその情報を手に入れたらしく、今のギルド内に漂う何とも言えない雰囲気をどうにも理解していないようだ。冒険者として、手に入れる情報が遅すぎなんだよ。
「……………orz いつの話をしているんだ? お前ら。いま、その件で当の国の王がギルド長と打ち合わせをしているところだぞ……。」
その場に居た誰かが、呆れた口調でぼそりと呟いた。喧噪(がやがやしている状態)の合間だったためか、それはひどく大きな声に聞こえた。
「な、なんだ……と。」
愕然と言う言葉がぴったり似合うような仕草でそいつは固まった。連れともども…な。
この学院都市(学院の周囲の)側の冒険者ギルドには、今その件の当事者の国の王族がギルド長室に報告に来ている。新設したギルドからの連絡事項の使者として。
学院の中のダンジョンゆえにドラゴンに起きた珍事を、学院長を通じて冒険者ギルドの総本部に報告したところ、彼らの所属するガルバドスン魔法学院にこのたび冒険者ギルドが新設された。その冒険者ギルドからの使者は彼の国、パレットリア新国の幼き王とその妃候補、そして重鎮候補者である。
「……ええ、お聞き及びになっているかも知れませんが、この度の珍事は竜族の長老の従魔化が一つの発端ではあるのですが、従魔化に至っても彼らの意向によるものです。いま現在成人している竜族たちは、わたしやわたしの学友やパーティメンバーたち、そして国民となったものにだけ自らの意思で従魔化を要請してきている訳で、これを覆すことは無理であると御承知置きしてください。」
パレットリア新国の国王エト・セトラ・エドッコォ・パレットリア殿からの報告書を読みながらも口頭による確認作業が行われていた。冒険者ギルド学院都市支部の長はガルバドスン魔法学院の卒業生であり、学院長の息子でもあった。
「……父の苦悩がよく分かるな。わたしとしても、その魔物誑しの弟子から始めたいくらいだよ。竜騎兵を創設するとか本来なら、騎乗するためのドラゴンを用意するところから始めなければならないのに、騎乗する者たちの方が足りないとか本当に贅沢な悩みをお持ちのようだ。」
頭を抱えて話をするギルド長の気持ちが、後ろに控えている秘書のレリーズには痛いほどよく分かる。ほとんど一夜にして、ドラゴン大国となったパレットリア新国。不思議な国としか言いようのないものであった。
頭を抱えているギルド長やその秘書の方の顔色を覗っていた当の幼き国王も、内心では頭を抱えていたのが、現状であった。いままで起きた全てが自身の裏事情によるものなのだから。
「まぁ、この大陸のギルドには通達を出しておきましょう。ドラゴン退治の依頼はパレットリア新国に一任するという旨の形で………。」
「よ、よろしくお願いします。」
幼き王は恐縮して礼を述べた。
「礼には及びませんよ………。わたしたちのギルドにも「床暖房」の設置をお願いしますね。」
「前向きに、善処する。」
やがて冒険者ギルドの一通の書状が大陸中を駆け巡り、人々の中で魔物の勢力分布が変わったことを認識する切っ掛けになった。
「う、うそだろ……」
「俺の経験値が……………orz」
人々の思惑を現実が塗りつぶしていった。
かつて、ドラゴンを倒すことは一種のステータスであり、その鱗や肉、討伐部位などの各所に得られる物の多いモンスターだったりもするのだが、この書状が大陸中を駆け巡ったことで、ドラゴンスレイヤーという称号持ちも少なくなっていったのです。
このドラ湖での事件ののち、この大陸において竜の討伐による収穫物を望む者たちは悪さをする竜の数が激減した中での、老いや病気による死が不可避のモノたちに限られてしまったのである。
最後は華々しく散りたいという、ある意味贅沢なドラゴンたちの願いであった。
そして、その調整をするのがパレットリア新国の冒険者ギルドで、散華の依頼が出ると冒険者たち数パーティの合同討伐依頼として受理され処理されることとなった。
その案件を処理したとしてもドラゴンスレイヤーを語れるほどの経験値は、稼げなくなっていたのである。
「も、もう、超獣級の連中は居ないだろうな?」
そして、セトラ王は、今日も今日とてダンジョンに潜っては同じような出来事が起きないかどうかを危惧している。
「あの時、冒険者ギルドでは?」という裏話でした。