103, ダンジョンで、……攻略は、十七階へ ⑤
「では、始めるとしようか?」
そう言うと、俺はシュッキンに障壁を張らせて、その前に出た。
「層転移。装転移。颯転移。」
セーフティエリアの障壁の前に、俺自身が構築できうる最高レベルの障壁を創りだしていく。セーフティエリアの障壁の前に歩み出た俺の左手に魔王とヒリュキが手をつなぐ。
俺の右手は、セーフティエリアの障壁と俺自身の障壁を魔力で同調させて接合し、延長したところに片手の分だけのエリアを囲いダンジョンの床にくっつけている。
ここが俺の魔法の発動点になるのだ。
「全長、二三〇メル。」というパットの声。
「全高、前方五〇メル、後方四〇メル。」というリウスの声。
「全幅、一〇〇メル。」というリメラの声。
『ミャアウゥ、ミャミュミャオウミャ』
というキナコの分かるような分からないような説明も、聞こえてきた。
おそらく、ここから垂直で彼女らが自由に飛べるところまで、タクラム砂漠を全力で飛ぶに等しい時間という事のようだ。
『ミャウミャウ』と言いながら頷いている。
パットたちの報告によってこの魔物の全体像が浮かぶ。
こいつは、やはり円盤形をしているのか………orz
やはり、アイツかも……という思いがする。
とはいえ、この大きさが腑に落ちないが……。
「ウェーキ、魔物の前方三〇〇メルに水雷静電気モードで飛ばせ、こっちに飛ばすなよ。正面やや下方! ……撃ッ!」
「水雷!」
間髪を入れずに魔法を飛ばしたウェーキを褒めようとチラッと見ると、隣にホシィクが立っていて親指立てた握り拳で応えていた。
こちらも同じくそれで応えた。
「風の民を含むメンバーは、風を呼んで……ああ、風魔法で握り拳くらいの渦を一人一〇個は造れ。イクヨはそれを統括してリウスの指示でこの魔物の下に送れ。魔物の浮力をコントロールする。ルナ、パットとリメラの指示で魔法を発動していないメンバーの魔力で薄く全体を包め。よし、着弾したな。」
各人に指示を出しながら、ウェーキのへんてこりん魔法がこの魔物の前方で予定通りの位置と予定の出力で炸裂した事に気付いた。この魔物の進行方向が若干上方へと変化したからだ。
「へんてこりん魔法で悪かったな……orz」
ウェーキが凹んだ途端にホシィクからブーイングか飛んできた。
「ウェーキのはへんてこりん魔法じゃ無いわよ。独創性の詰まった魔法よ!」
「ホシィク………orz」
ホシィクよ、トドメを刺してどうする。
そんな状況を抜け出すかのように、ルナの指示が飛ぶ。
「みんな同調して!」
伝説を創った魔法士の集まりは大きな魔力を放っても微塵も揺らがず、速やかにこの巨大な魔物をその魔力で包んでいく。そのレールがあったからこそ、風の民を含むメンバーの作った風の渦は海上に向かうための大きな推進力になった。
だが、そのままでは魔物の抵抗力にあい、元の場所に戻ろうとしてしまう。それだけは避けないと、ここから先に進めないのだからな。
そう、十八階のセーフティエリアに行けなくなる。
カレーが………出来ない事に。もちろん、その後のスイーツにも影響する。
というわけで、俺が放つ魔法でこの魔物の動きを止める。
この魔物の大きさが大きさだったために、この魔物を護りながらその動きを止める事など出来なかった訳だ。
突き詰めてしまえば出来ない訳でも無かったので、もし不参加する者たちが多かったらそれはそれで遣りようはあったのだが、ね。
「層転移! 風よ、我が意に応えよ! 相転移!」
障壁を二重に展開し、その中にある海水に魔法を掛ける。
一度使ったものは既にイメージとして残っているために、その使用魔法量は少なくなる。
ただし、多重展開する事は多大な負担を引き起こすために、無詠唱する事は避けたい。
などと、心の中で弁明していたが、効果としては最大のものを引き出せたようでこの魔物は、徐々に海上へと長い旅路に乗ったようだ。
平べったいからだ、水の抵抗を受けにくい構造のこの魔物はやがて海上にその姿を浮かべる事になる。その敏捷な動きを支えるヒレは、水平で固定されているからな。
二重展開した層転移により生身には傷つける事は無く、絶対零度で氷結された海水の中に存在する気体によって、その深度をどんどん上げていた。
こいつが俺の知り合いかも知れないと聞いた時点でこんなややこやしい方法しか取れなかった。凍らせる事を考えた時点で、体を温める事などから、カレーにした訳なんだけどね。
それに、いくら使い慣れた層転移でも、魔王とヒリュキの協力無しでは、保たなかったかもなぁ……。
さすがに疲れてきたぞ……。
「ふぁぁぁぁぁぁ、こりゃ、魔力切れが近いか……も……。……………おやすみなさ? なななななな?」
俺の膨大な魔力をここまで食うとは、思ってもいなかったし魔王やヒリュキたちも既に魔力がギリギリで、しかもどんどん眠くなってくるような状況に陥っていました。
俯きかけた俺の顔を引き上げて、衝撃の方法で魔力を渡してくれた人たちが居ました。左手はヒリュキと魔王に繋ぎ、右手は層転移のために魔力を供給するために、その層転移の一部に触れたまま。
だからといってそんな方法で魔力を渡してくるとは思わないじゃないですか?
最初にコヨミね……、コヨミが。続いてリウス、最後にリメラが………。
滾りましたよ。もう、魔力はフルタンクです。
口づけして、魔力を渡してくれたのです。初キッスですよ? 三人の美少女たちに持って行かれました!
彼女たちも無我夢中だったらしく、キスが終わった途端にペタンと、真っ赤な顔で座り込んでいましたが……。魔力切れまでは行かなかったようで、まぁ良かったです。
とはいえ、海上に浮かぶまで保つかどうかは………。フルタンクでこの状態とかどうなんでしょうか?
キナコが全力で飛ぶタクラム砂漠の距離って二日ほどは掛かる。
そこを対角線で斜めに進む俺たちは、ほぼそれの一.五倍の時間が掛かる。
「セトラくん、ガンバ……?」
そう言いかけたコヨミの顔が不信感に彩られる。
何が、と思った俺の視界に別のヒト族が突然現れて呟く。
「見せつけてくれるなぁ……。」
レイが近くに来ていた事に気付けなかった俺も、魂が何処かに飛んでいたのかも知れません。な、何故ここにレイが……。
あ、送転移か。使いこなしてきたなぁ。
そうは思ったものの、両手の塞がっているこの体勢って結構、ヤバいんじゃとか考えていたら、これまた強烈な一撃が。
大人な衝撃はクラクラきました。ディープなそれって………。
ざぱーんと海上に打ち上げられた、その魔物の上で俺は……………。
悟りを開いていました。過去は振り返らない、それが一番大事です。
『さすがに、あの頃同様にモテまくりですね』という声?が掛けられるまでボケーッとしてました。
「………orz モテてねーよ。ゲンブか?」
『はい、お久しぶりです、あるじ様』