89, 大暴走《スタンピード》 ⑬共鳴
その瞬間は唐突な光の柱から始まった。
黒焦げの少年ヒリュキと魔王のシャイナー、そして、パトリシア。彼らを内包した光の柱は、雨を降らせた曇天を突き抜けて直立していた。そこに現れる三人の影……。
「わたしはパトリシア・ド・レシャード、あなたがたをお呼びした本人です。お見知り置きを。あなた方をお呼びした理由は彼らを助けて欲しかったのです。無理なことを言っているのは、わたしも承知しているのです。ですが、わたしの呼びかけに答えてくれたのはあなた方だけなのです。」
そうパトリシアと名乗った小さな女の子が口火を切った。
『わたしの名はパトリシア・ド・レシャード、ご覧の通りの姿よ。そうね、体が無くなってしまったの。で、ね。うちの父から伝言があるわ。エテルナもパトリシアも元気か、と。すまない、まだ帰れないって言っていたわ。わたしの母もエテルナっていうから、その言葉を聞いて本当にびっくりしたわ。』
なんとなく懐かしく感じていた、体が透けてはいるが大人の女性が微笑みながら話す言葉に小さなパットは大きな衝撃を受けた。
「あなたもパトリシア………。わたしの父は光の扉の向こうに行ってしまったって聞いているわ。あなたのところに行ったの?」
衝撃のままに紡がれる言葉に絶望が滲む。
『落ち着きなさい、小さなパット。わたしの父は遙かな昔に光の扉を通ってきたわ、でもまだあちらの世界の何かに捕らわれているの。何度も何年も帰る方法を探していたわ。わたしが居るのに誰かを探していたの。わたしは会うたびに『小さなパット』って呼ばれていたの。不思議に思っていたけど、わたしは父さまが悩んでいたのを見て知っているから。』
「そうなの………。父さまが生きているって知ったら母さまも………。なんだか不思議…、必死に呼びかけていたのに、なんだか、胸の中がほかほかする。」
そう言いながらも小さなパットの大きな目から涙が零れそうになっている。
「えへへ……。」
照れ笑いをする彼女に、おずおずと声を掛ける大人の男性。
「ち、小さなパットでいいんだよね、僕はヒリュキ・サトー。こちらは、マキシ・マ。この子たちは君を守ったって言うことなのかな? 逢わせて貰ってもいいかい?」
その言葉にハッと息を呑む小さなパット。覚悟を決めるかのように小さく頷くと、二人の大人の男性に向かって、同い年の自分の騎士を紹介しだした。
「はい、こちらが、ヒ……、ヒリュキ・サト・スクーワトルアくん、こちらは魔王のシャイナーくんです。私を守ってくれたのです。」
小さな騎士たちを抱くようにして、それぞれを気丈に紹介する小さなパットに、大きいヒリュキとマキシ・マが近寄り、声を掛ける。
「ここに来るまでの短くも長い間、彼らと話していたような気がするよ。僕たちは、ここにいる大きなパット……うーん、睨むなよ。どうやって呼んだらいいのさ……。マキシ・マも笑っていないで、僕たちの来た理由を教えてあげなきゃ、時間が……あれ? 止まっている? ………いや凄く緩やかになっているんだ。」
「いやー、ウケる。当面小さなパットがいるから、大きなパットでいいんじゃないか?」
マキシ・マは凄いことを聞いたと、大笑いしていた。
「いや、それは………。後が怖い……」
実体験なのか、声が震えている。
「「ぷっ」」と、小さく吹き出す声………誰?
「いまわの際に聞く言葉がそれですか。ククク……」「ああ、本当に……笑える。この状況で言う事じゃないだろうに……ぷぷぷ……」「しかし、この力はセトラか、時間に干渉しているな。長くは持たない。」
見ると、黒焦げだった姿が少しずつ、その形を取り戻している。何という力なのか。
「「でも、足りない。」」
「「僕たちは、パットと一緒に歩みたかった。」」
「「それは俺たちも一緒さ。あの時、失って長い時間後悔していたんだ。」」
「「じゃあ、決まりですね。」」
「「ああ、決まりだな。」」
「僕はヒリュキ・サトー・スクーワトルアが真名。よろしくお願いします。」
「俺はヒリュキ・サトーだ。よろしくな。」
「わたしは魔王のサンサイド・M・シャイナーがフルネームだ。」
「わたしは、マキシ・マクド・マクシが役職名と家名、S・マキシマ・Sが本名だ。長すぎるんで省略していた。」
『「わたしはパトリシア・ド・レシャード、二人と歩いて行きたいわ。」』
「「「「『「さあ、踊ろう。」』」」」」
光の柱の輝きが強くなっていく。近くでその光に手を当てていた俺は、何かが弾かれて柱の外に出て来た物に気付いた。黒い子豚の使い魔で、小さな首輪を付けていた。
多くの人間たちが見つめていたその光の柱は唐突に消えた。
そこに三人の姿を残して。




