87, 大暴走《スタンピード》 ⑪
俺を頂点とした魔法陣に水属性が高い連中が集まりました。
俺の右手側すぐにコヨミ姉ェ、その右隣にユージュが、対面にウェーキ、次いでイクヨ、俺の左側にホシィクが、並んだ。同じ系統の魔法を組むためで最小魔法陣の三角錐を構成するためだった。
「「「雨よ、疾く来たれ!」」」
気象魔法士の俺、その弟子のユージュと孫弟子のイクヨが、同じ言葉を紡いで雨を呼び寄せる。
ただし呼ぶ方角は別々だ、同じ方角から呼んでも俺の言葉しか聞かないからな。
それぞれの分担としては、もっとも難しいとされる東からは俺が呼び寄せ、南東から南西を前世からの弟子であるユージュが、今世で初めて魔法というものを知った、まだ意識が常識の範疇にあるイクヨは真西から呼び寄せた。
「水よ、我が支配下の水に命ずる。来よ!」
虚空に向かって水竜のホシィクは、大量という言葉では足りないような量の水を呼ぶために魔力を注いでいた。
「お願い雨くん、全力で降って!」
コヨミ姉ェの雨は魔法の癒やしの雨で俺たちとは全くの別物。洞窟の中でさえ癒やしの雨を降らせることの出来るそれは、雨の精霊の御業だった。
コヨミの弟であるウェーキは更に特殊だ。水に封印された各属性魔法を使用する事が出来るらしい。だが、水が無いと、その各属性も全くの無意味になるという、変なの……。
水に包まれた火とか訳分かんないんだけど……。
ウェーキが好んで使うのが水雷。
初めて使った時に言った感想は「デンキウナギの親戚みたいなものか?」でした。
ですが、ホシィクに言わせると、彼女の仲間たちから見ても、ウェーキの魔法は『変なの!』だそうです。
いま呼び出すと、こちらが危ないのでルナの保持する砲身に俺たちが呼んだものを詰めてから詠唱して貰いましょう。
「ウェーキ、タイミングは最後だ、間違うなよ?」
「り、了解だ。セトラ、前みたいな失敗はしないよ。」
「本当に頼むわよ。」
水竜のホシィクさまも頷いていた。二人して、アレの暴発を喰らったことがあったからな。一枚目の障壁を抜くってどうよって思ったわ。
「何を言っておるのだ、彼らは? 雨を呼ぶとか気候を変えることなど出来る訳も無い。まぁ、あの素敵な体の持ち主は水竜か? アレを使役しているならかなりの水は扱えるという証左(証拠)ではあろうがな。」
不遜な王は、やはり不遜でしたか、ア・クラツ王。
水竜様に向かってのあの言葉の羅列に俺は肝を冷やし続けておりました。一言ずつに青筋が増えるのが見て取れるんですもの、知らないって言うことがこんなに怖ろしいとは思いませんでした。
まあ、それも込み込みでフォローをしてくれる人物に傍に行って貰った訳ですが……、苦労しているのがよく見えます、はい。
「ア・クラツ王、こちらにケッキィと呼ばれる菓子を用意してございます。水竜様よりご教授頂き、愚妻が作ってございます、どうぞご賞味を。」
アキィムが、言葉を選びながら菓子を渡しているようだが、後でフォローしなくちゃならない人が増えたぞ……。
「我が王に得体の知れない物を食わせて毒殺でも考えているのか!」
周りの魔法士たちが激昂するが、ひょいパクッとばかりに、一口サイズのそれをアキィムは率先して食べている。
それを見て、ア・クラツも手近にあった皿に手を出した、ひょいパクッとばかりに。
「私が毒味役です………、グホッ、ケホン、ケホン。砂糖の入れすぎだ。これは私用の味では無い。昔から、どなたかには甘過ぎなんですよ。私の奥さんは。」
いきなり、咽せたアキィムに疑いの目を向ける魔法士たち。
「なるほど……、よく食わされたものだよ、私も。誰かが好きだと言っていた塩味の物をね。」
お互いの知る人物の酷評に、お互いでフォローを入れていた。
そう言って、自分の皿とアキィムの皿を交換した、ア・クラツがいま口に入れたものは、彼の好みの味だった。
「「うむ、美味い!」」
期せずして、言葉がハモった。
『そこでニコニコしていないで、さっさとケリを着けちゃいなさいよ。だいぶ溢れてきたわ、それとも周りで見ている人たちにも応援して貰う? 大混乱になるわよ。』
想転移で声を届けてきたのは、プ・リウスの方。
言われてみて、気が付いた。
たった今出てきた虫に。
三十メルの魔法陣の下ってアリジゴクが噛みついている訳だが、黒真珠虫はだいたい一メルの大きさなのだが、そこに黄色というか黄金色に輝く三メルくらいの大きさの黒真珠虫によく似た魔物が出て来た。
もし、これがアリなら女王アリと言えるくらいの個体差であった。
だが、あの体色は、不味い。
あの魔物は何か非常に良くないことに繋がっている気が、予感がする。
下にいる者たちに伝えなければならないと、何かが訴えている。
結果として、俺の声は届かなかった。………届けられなかった。
その黄金色の体色の魔物に駆け寄って、堀に運ぼうとした瞬間だった。その虫の周りにいた人物に、落雷の魔法が落ちた。
一メルの虫が女性でも運べるくらいには軽いのだ。三メルの虫だと男二人が居ればいいと思ったのだろう。
「誰か手空きの男性は手伝って。」
そう声を掛けたのがパット。
たまたま、魔力が有りながらも何もすることの無かった男が二人いたというだけのこと。
落雷の瞬間、二人は、パットをその身で庇っていた。二重の障壁と自らの魔力量に何の疑いも持たずに、彼らは笑って身を挺したのだ。……彼女のために。