81, 大暴走《スタンピード》 ⑤
「だいぶ風通しが良くなったな、ジャークよ。向こうに送った者たちからの連絡は届いておるのか?」
ア・クラツ王が、厳しく問う。貧困層を他国へと送ってしまう案は次々と各貴族の領地内から口減らしを含めて膨大な数になった。だが、遠見の能力を持った者たちからの報告は芳しいものばかりでは無い。敵情を漏らしてくるはずの者たちも潜入しているはずなのに、一向に送られてくることは無かったからだ。
今の作戦を続けるのか迷った王だが、打って出る前に、呪物の設置している部隊に兆候を確認していた。その結果が思わしくなかった。
その呪物は、かつて、この国にある旧城の施設を使って大量に湧いた魔物を撃滅した数百年前の時に【蘇った者】たちの一人に異変が起きた際に使われたモノ。
魔物を撃滅した数日後に吐血したのだ。我らの祖先はそれを魔物たちの呪いだと思ったと。【蘇った者】たちは、互いに呪物を使用することで状況の確認と対策をしていた。時が流れて最後の【蘇った者】がこの世を去る時に仕えていた者が居た。その呪物の扱いに長けたその者は、この地にあった王国の一部の貴族に吸収され、その技術を生かすことになった。闇の手の者として……。
この呪物は本来、体内に注入されて活躍するはずのものなのだが、ドングリ大の器物に押し込められ、肩甲骨の間に埋め込んでいた。定期的な薬剤を注入することで生き長らえることが出来る小さな時限爆弾であった、………微細なモノという名のモノ。
王の作戦を行う時に際しての儀式として、必ず呪物を背中に埋め込む。魔法などで埋め込むのではなく、微細なモノ自らが周りの組織と同化する。
そうでなければ、愚かしい王に従うものなどいなくなるからな。現在の王、ア・クラツの血統だけが生き残ったのは、【蘇った者】の血統だからだ。弟のアキィムには特殊な微細なモノを埋め込んでいた。出来の良すぎる肉親など不必要だからな。そう思って。
「斥候で出している者から定期連絡が入っております。現在、タクラム砂漠において、ワームの存在が邪魔とのことで、第七位将軍ウォレムの魔物調教部隊より三メル大の岩サソリを中心に配置した絨毯作戦を実行中とのこと。まぁ、途中に落ちているモノも片付けながらの侵攻ですので、その速度は並足程度となっています。後詰めにキラーアントの改良種が出るとのこと。第二位将軍の魔法士部隊が、出撃準備に入ったと報告が。」
「ふむ……。では全軍出撃を開始せよ。」
「宣戦布告はしないのですか?」
静かな声が降る。
その声のぬしに、誰もが疑いもせずに自分たちの王に目を向ける。
「必要ない、我が国の国民を「奴隷」にしている国だ。撃滅せよ!」
ア・クラツ王は采配を振り下ろした。
と、そこで先刻の言葉は誰が発したのかを、ア・クラツ王を含めた全員が気になった。
「そうですか? 我が国では王である私も「奴隷」なのですがね。「奴隷」王の国に入るものは「奴隷」しか無理だと思うのですが? 皆さん、素直に「奴隷」になっていますよ。「奴隷」にしている訳ではありませんね。誤解しないで頂きたいのですが。」
そう、にこやかに話す少年がそこに居た。
……何故、ここに、居る?
ア・クラツを始め、そこに居る全員がそう思っていた。幻影で無いことは四方を囲む魔法士からの、手信号で判明していた。
「何しに来た………、降伏か?」
ア・クラツの言葉に、少年王はにこやかに微笑んで首を振った。
「いえ、あなたは言わないと思ったから、僕が言いに来ました。僕の国に手を出すというのなら、僕はあなたたちに「宣戦布告」をします。」




