暴走する王様
今回は、流れに乗っていたら、変な方向に脱線して行ってしまいました……
どうやら、この国の情報源は多岐に亘っているようだ。アレディア教主国の情報がいとも簡単に手に入る。
「あれ? 気付いていなかったのか?」
そう問い掛けられて、落ち込むことは結構な回数に上る。
セトラ王が私の情報を頼りにして、重用されたのかと思いきや、そうではないらしい事に愕然とした。
そう、私ことベレル・グリーンは、戦場のレポートを書きたい旨の申請を王城の窓口で行ったところ、先日受理された。宿泊施設への知らせを受けて、再び窓口までやってきていたのだ。
その窓口におられた女性から次のような指示があり、私はそちらに歩を進めた。
「詳しいことを詰めたいとのことですので、あなたはこのまま左の扉に入ってください。担当の方がお待ちです。」と、ね。
「失礼いたします…………………。」
扉をノックし、入室して挨拶をしたまでは覚えているが、私はしばらく呆然としていたようだ。そこで待っていた人物は、……あろう事か件の幼年王その人だったのだ。
「ふむ、大丈夫かね?」
大人びた言葉につい笑みがこぼれるが、そこで襟を正す。
「だ、大丈夫でありますっ! 私の申請を受理して頂き……。ゴホッ。」
自分でも、ついぞ経験したことの無い緊張に舌が強ばった。
焦って仕切り直そうとして咳き込む私に、幼き王は微笑んで手を伸ばしてこられた。
その手にはガラスの器が載り、静かに言われた。
「これでも食してから、ゆっくりと話してくれ給え。」
王が差し出してきたそれは、ちまたで噂の黄色の衝撃「プリン」と言われるもので、どこから出されたのかは分からなかったが、非常に心地良い冷たさと滑らかさを保って私の喉に腹に染み込んでいった。
砂漠の真ん中というこの乾燥地帯で、これほどの褒美を頂けるとはアレディアではあり得ない話だった。
私はこの衝撃を味わいながら、口外しないようにしようと心に決めた。宿泊施設の女性陣に気付かれたら、命が危ないからな。
「ふむ、そこまで他人に考慮できるなら、もう大丈夫だね。」
何を言われたのかを理解して、私は凍った。この人には勝てない。そう思った。
「君の申請通り、戦場への同行とレポートに関して、許可をしよう。アレディアに何年も待たせている人が居るのだろう? 彼女に連絡しないでいいのかい? 下手すると、今生の別れになってしまうよ?」
本当にこの人は何もかも見通しているな。つい、苦笑いが出た。
「あなたは、本当に王ですか? 私のしてきたことを鑑みたら、そんなことなど誰も気付いてはくれないものなのですがね。それに……、ここまで手が汚れてしまうと、彼女には逢わせる顔が無いものなのですよ。」
私は申請の受理と詳細を詰めに来たはずだが、なぜ、王はこの話に持ち込んだんだろう?
そこまで考えが到ってようやく、頭に浮かんだ発想に私の顔から血の気が引いた。
目に入ったのは静かに頷く王の顔。
「まさか…………………。」
まさか、彼女がアレディアを追放されたというのか?
「幼き頃の約束を違えぬまま、ここまで来たがそれほどに………。」
アレディア教主国国王ア・クラツの弟であったがために、汚れの仕事を主に扱う部隊への配属を余儀なくされ、今はこの地への島流し状態。
だが、一体どうやって彼女の事を知り得たというのだろうか?
この幼き王は?
「ああ、彼女はこちらへの旅に出ているよ。君からの贈り物として腕輪を送っておいたから、そのうち、着いたって連絡が入るかもね。」
「はあっ?」
いきなりの言葉に目が点になった。
「腕輪って、これ? 送ったって、いつ? ていうか、何でそこまで。ここに来ても彼女とはもう………。」
驚き呆れて言葉は素に戻り、すでに自分の身と彼女とを比べて諦めたはずなのに、この王は爆弾を投げてくる。
「ほう……。だそうだよ、カオリ・アネィ。ホシィクから話は聞いたね。」
王の横に水竜様が降臨し、私の後ろに視線を送っている。
まさか……。本当にカオリ? 振り向こうとした私の耳に懐かしい声が………。
「はい、聞いております。本当にお久しぶりだね、セトラくん。」
何? セトラくん? 王に対しての言葉では無いが、何だ、この親密さは?
「何、憤慨している? この少女に対しての約束を、諦めていたお前がそこで何故、怒る?」
心外だと言わんばかりの言葉に、私も心に火が着く。
「カオリは、私のつ…………。」
「つ……、なにかな?」
お、おのれぇ! どうしても言わせたいか、セトラ王!
「つ、…………。妻になるひとだあ!」
くぅ、ついに口にしてしまった。迸ってしまった心の叫びに身もだえしていると、背中に衝撃が。
「嬉しいです、アキィムさま。」
つい、振り向いてしまった。幼き頃の面影もあり、美しくなられたその姿に、私は気後れしてしまった。
「だが、私は……」
「ほほぅ、さっきの言葉は嘘だというのかな?」
そう言って、何やらトゲトゲの貝を持っているセトラ王にドキリとする。
な、なんだ? その貝は…。問い質そうとした時、王が一つのトゲをポキリと折った。
『「カオリは、私のつ…………。」
「つ……、なにかな?」
「つ、…………。妻になるひとだあ!」』
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ。」
私の心が折れた瞬間だった。
あれから、私たちは結婚した。
今は、カオリが私のそばに居てくれて、微笑んでくれている。
非常に嬉しいことだが、彼女の腕にはトゲの付いた小さな腕輪が飾られている。
たまに耳に当てて微笑む彼女を見て、その姿に何も言えない自分が居ることに何故か満足していた。
既にアレディアに対しての想いも未練も無くなったな。
この幸せを打ち砕かんとするなら、私は全力で阻止する!
「カオリ、愛しているよ。」
「アキィム、わたしも。」