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(4) 聖暦一五四二年四月 冒険者心得

 聖暦一五四二年四月十三日早朝、ミロシュは目覚め、顔を洗うために外へ出る。


 日の出が始まっており、徐々に明るくなろうとしていた。

 空には雲一つなく、雨は降りそうにない。

 初めて魔物を倒しにいく日だ。晴れてよかったとミロシュは思う。

 井戸で水を汲み、顔を洗い口をすすぐ。水が心地よく気持ちいい。


 野外へ出かけるための準備を整え、ミロシュはギルドへ向かう。

 今となっては勝手知ったる道だ。ミロシュは迷うことなくギルドに着く。

 ギルドにはすでに多くの冒険者がいて、依頼掲示板を見たり、パーティ内で話し合いをしていたりする。

 ミロシュは冒険者達を横目にユディタがいる受付へ向かう。

 先客が何人かおり、しばらく並んで待つ。

 客がはけてミロシュの番となり、ユディタへあいさつした。


「今日は依頼をうけようかと思います。説明をお願いします」

「ついに依頼をうけるのね。なら、後ろの皆さんに断りをいれないと」

 ユディタの口調は当初よりかなり柔らかい。

 毎日、ギルドに通ううちにいつしかこうなった。

 ユディタはミロシュの後ろに並んでいた冒険者達に、ミロシュへの説明が長くなるから、他の窓口へ並ぶよう促す。

 冒険者達は何人か不満そうにした。


「どうもすみません」

 冒険者のほうへ向かって軽く頭を下げ、ミロシュはわびを入れた。

 こんなことで恨まれたくはない。


「いいのよ、ミロシュ君。ここにいる人達はこんなことで怒るような人達じゃないから。この人達も初心者の時代があって、同じように説明してきたのよ」

 ユディタにそう言われると、冒険者達はけちのつけようがない。

 しぶしぶと他の窓口へ向かう。

 そもそも、ユディタ狙いでユディタと話をしたいがために、ここへ並んでいる冒険者が多かった。

 ユディタに嫌われたら、元も子もない。


「さてと、まずは依頼書の見方ね」

 ユディタは二枚の紙をミロシュに見せる。

 ハイグラシアの紙は現代日本ほど、品質はよくない。

 純白には程遠くごわごわとしており、破れやすい。

 しかし、それほど高価でもなく用いられている。

 もっとも、二度使いなどは当たり前だ。高級紙は純白で丈夫だが、高価だった。


===


 ☆六-二十

内容:ゴブリン退治

報酬:一匹あたり五百セルドス

依頼者:パーヴィリア王国


===


 十二-十八-二千

内容:ワイバーンの皮の収集

報酬:報酬内容と条件について要相談

依頼者:ワジウス防具店


===


 ミロシュは依頼書を見るが、内容があまりにも違うと感じた。

 ワイバーンはおそらく飛竜の一種だろう。

 今の自分がそんなのと戦えるわけがない。

 命がいくつあってもたりないだろう。


「じゃあ、ゴブリンの方から説明するわね。六-二十っていうのはギルドランク六までの冒険者なら、一匹ごとにギルドポイント二十が加算されるって意味。ギルドランク七以上の冒険者はこの依頼を受けることができないの」

「それは、低ランクの冒険者に仕事を渡すためですか。高ランクの冒険者が仕事を独占してしまわないように」

 ミロシュの言葉にユディタは頷く。


「ミロシュ君はわかりがいいわね。もう一つ理由があるんだけど、簡単な依頼を受けるだけでは高ランクになれないようになってるのよ。例えば、このシステムだとゴブリンをいくら退治してもギルドランク七になれても、八にはなれないでしょ」

「ああ、確かに」

「普通はそっちに気づくことが多いんだけど、ミロシュ君は気づきにくい方に気づいたわね」

「ゴブリンが倒されすぎたら、いなくなると思ったので」

「ゴブリンの繁殖力はすごいから、そんなことにはならないと思うけどね。でも、低ランクの冒険者の収入が減るのは間違いないから、こうしてるのよ」

「食べていけなくなったら、冒険者がいなくなりますからね」

「ええ」

 ミロシュが収入や仕事の確保に敏感なのは、父親がリストラされたからだ。

 あれから、考え方が変わったのはミロシュも自覚している。

 無邪気な子供ではいられなくなった。


「じゃあ、次はワイバーンの方ね。十二-十八-二十っていうのは、最低でもギルドランクが十二でないとこの依頼は受けられないってこと。ミロシュ君はまだ無理ね」

「僕はまだ死にたくありませんよ」

 冗談ではない。ミロシュは渋い顔をする。


「その気持ちは大事よ。続きだけど、十八-二千は十八ランクまでなら、ギルドポイントが二千ポイント加算されるって意味。さっきのゴブリンと同じね。一つ違うのは、ゴブリン退治の依頼書には数字の横に☆があるでしょう」

 ユディタがゴブリン退治の依頼書にある☆を指差す。


「☆がついているのは常時依頼で依頼を受けることをギルドに申し出なくても、依頼を受けられるの。そのかわり、さっきも言ったように指定ランクまでしか依頼を受けられない。それで、☆がついてないのは通常依頼。依頼を受けるには掲示板から依頼書をはがして窓口に持ってきて手続きをする必要があるわ。でも指定ランクよりランクが高くても依頼をうけることができて、ギルドポイントが入らないだけで報酬はもらえるの。わかったかな?」

「つまり、常時依頼は低ランク冒険者のために仕事を残すけど、通常依頼は依頼者の依頼達成を優先するってことですね」

「ミロシュ君相手だと話がスムーズで助かるわ」

 ユディタは軽く微笑み、ミロシュは少し照れる。


「このソヴェスラフは鉱山あっての都市よ。鉱山を守るためにも鉱山まわりの魔物を常に倒し続ける必要があるの。低級な魔物の退治とポーション原料になる薬草の採取が常時依頼じゃなくなることはまずないわ」

 ミロシュは本で仕入れた知識を思い出す。

 空気中にある魔力は平原よりも森や山の方が濃い。

 山が高くなるほど、森の奥深くにいくほど、空気中の魔力が強まる。

 魔物は魔力を吸って強くなっていく。進化する魔物すらいる。

 また、魔物同士で殺しあうこともあり、勝った魔物は人間と同じように経験値をためて強くなる。

 なので、低級な魔物を定期的に倒していく必要があるのだ。

 今は低級な魔物でも魔力を吸うか戦いに勝ち続けるかで強くなるのだから。

 ある意味、魔物と人間とで経験値を奪い合っているといえるだろう。


「わかりました。当分は常時依頼をこなしていきます」

「それがいいと思うわ。常時依頼は掲示板右側にまとまってはってあるから、確認して。それと、魔物と薬草に関する情報はそこの書棚に資料があるから、読んでいくといいわ。持ち出しは不可だけどね」

「ありがとうございます」

「他に何か質問があるかな?」

「倒した魔物の証明はどうやってするんでしょうか?」

「いけない。その説明をするの忘れてたわね」

 ユディタはうっかりしたという表情をする。


「魔物を倒したら、ギルドカードの裏側に倒した魔物の記録が残るようになってるわ。だから、報酬がもらいたくなれば、ギルドカードを窓口に提出して。記録に基づいて報酬を渡すから」

「すごいシステムですね。それもカフュース様の神力ですか」

「ええ、そうよ」

 神力の万能さにミロシュは唖然とする。

 その一方、ある疑念が頭をもたげる。


「もしかして、人殺しとかしたら、それも記録に残るんですか?」

「あら、ミロシュ君は殺したい人がいるのかしら」

「とんでもない。疑問に思っただけですよ」

「フフ、冗談よ」

 軽く笑った後、ユディタは真顔になった。


「質問の答えだけど、殺した相手の種族が記録されるようになってるの。例えば、人間一人、エルフ二人とかね。例外として、冒険者ギルドに所属している人を殺した場合は名前が出ます」

 思ったよりも精密なシステムにミロシュは驚く。


「なら、悪いことはできないですね」

「そうね。魔物以外の殺害記録を発見した場合、ギルドは事情聴取を行うわ。場合によってはギルドから除名になり、官憲へ通報します」

「という事は、ギルドメンバーはある程度信頼できるということですか」

 ミロシュはある種の人間不信だった。

 母親が父親を裏切って以来、完全に信頼できる人間は妹以外にいない。

 家族ですら裏切るのだ、ましてや他人など……と思ってしまう。

 なので、他の冒険者に対しても少し恐怖心を抱いていた。

 向こうがその気になれば、かけ出しの自分などあっさり殺されるだろうから。

 MMOでPKされるのと同じように。

 しかし、このシステムがあれば、ある程度の歯止めになるのでは、と期待した。


「ある程度は、ね。でもギルドカードを所持してなければ、殺害記録は残らないのよ」

「あ……」

 盲点だった。カフュースの神力も絶対ではないわけだ。


「だから、信用できそうにない人をギルドメンバーだからってだけで信用しちゃダメよ。高価なものをパーティで入手したとき、トラブルが起きやすいの。ギルドの窓口を担当する私がいうのも変な話だけどね」

「注意するようにします」

「ギルドカードを持っていればうかつなことはできないから、シビアな交渉をするときはギルドカードを見せあう慣習があるのを覚えておいてね」

「なるほど、覚えておきます」

 確かにそれならば、ある程度信用できるだろう。絶対ではないにしても。


「それがいいわ。そうそう、北のマレヴィガ大森林に行くんでしょうけど、林道から離れたらダメよ。それと、赤いリボンが結ばれている木の奥に行くのもダメ。今のミロシュ君だとまだ危ないから」

「そうします。できる限り、危険は避けたいので」

「みんな、ミロシュ君みたいにものわかりがよければいいんだけど。男の子って危ないことをしたがるから」

「僕にそんな勇気は全くありませんから」

 ユディタは苦笑した。

 ミロシュの毛色が他の冒険者達と違うのは何回かのやりとりでわかっている。

 だが、そうまで断言するのは変わっているといわざるを得ない。


「私からはこれくらいね。他に質問はあるかな?」

「いえ、今は特に。何か聞きたいことがあれば、質問にきます」

「ええ、気軽にきてね。死んだり大怪我しないように気をつけるのよ」

「はい。ありがとうございます」

 ミロシュは窓口から離れて掲示板の常時依頼を確認しにいく。


 常時依頼されている魔物退治は野犬、狼、ミドルアント、巨大ねずみ、歩行蔦、ゴブリンだ。

 採取を常時依頼されているのは、ポーションの原料になるバリルダン、ボレスダン、毒消しの原料になるプクヤン、プロニヤンという名前の植物だった。


 確認が済むと書棚の資料を調べる。

 ミドルアント、巨大ねずみ、歩行蔦はそれぞれ、あり、ねずみ、植物が魔力を吸収して魔物化したものだ。

 野犬と狼は魔力を吸うと強力なウォードッグ、ウォーウルフに進化するので、王国としては進化前に倒すのを奨励している。


 ゴブリンは体長百二十センチほどの小鬼だ。

 ゴブリンもまた、魔力を吸うか経験値をためれば、メイジ、シャーマン、ウォーリアーなどに進化する。

 繁殖力が強く数が多いゴブリンの勢力が強化されるのを防ぐため、王国は退治を常時依頼しているのだ。

 魔物と薬草に関して調べ終えたミロシュはギルドを出た。


 ユディタはギルドを出るミロシュに気づく。

 ミロシュの後姿を見て、ユディタは思う。

 ミロシュが成長すればきっと強くなるだろう。

 毎日、あれだけの鍛錬を続けられる人はそういない。

 冒険者にとって、体は資本であり、鍛錬は当たり前。

 しかし、ミロシュが鍛錬にあてる時間も密度もやる気も群を抜いているだろう。

 ミロシュの鍛錬する姿を少し見ていたユディタはそう考えている。


 しかし、ミロシュを見ていると何かはかなげに見える。

 容姿が女の子っぽいだけではない。

 パーティを組む仲間がいないのが原因と思うが、他にも何かあるかもしれない。

 おせっかいかもしれないが、ミロシュの為に動こうと思う。

 将来有望な少年を助けるのは有意義なことだし、ギルドメンバーのサポートは自分の仕事だから。

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