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(3) 聖暦一五四二年三月 鍛錬の日々

 ミロシュが目覚めた時はまだ朝早かった。

 出かける用意をすませ、長屋の外に出て道路を歩いても、ほとんど人とすれ違わなかった。

 目的地はギルドだが昨日と違う道を歩き、土地勘を少しでも養う。


 昨日は南西の外郭門からソヴェスラフ農村部に入り、内郭を通過して都市南西部にあるギルドに到着した。

 ミロシュはギルドと長屋を中心に活動することになる。

 この地区には一般の平民が居住しており、住宅と平民相手の商売をする店がほとんどだ。


 ミロシュが歩きながら左右を見渡すと、民家や店の他に大小さまざまな神殿が目に入る。

 いかにも神殿という豪壮な大理石造りの神殿もあれば、普通の民家に神殿の看板があがっているだけという神殿もあり、見ただけで教団規模がわかる状態だ。


 ミロシュ達を召喚した人間の守護女神アウグナシオンの神殿もあり、かなりの大きさで大理石造りである。

 あれだけの召喚を行える神だ。神格も高く教団規模も大きいのだろう。

 ミロシュはまだ行ったことないが、都市南東部には王家の離宮、貴族の邸宅などがある。

 一般の平民は通行許可証がないと入れない。


 都市の地理を頭に入れながら歩いていたミロシュはギルドに到着する。

 ギルドは日の出と共に開き、日の入りと共に閉められる。

 今日から当分は訓練場が目的だ。

 今はユディタの姿が見えないので、他の受付で銀貨一枚を支払い、訓練場へと入る。


 訓練場には試合ができる広場と個別に使える訓練スペースがある。

 他にはまだ誰もいなかった。

 ギルドの依頼掲示板コーナーには結構人がいたが、こちらはあまり人気がないようだ。

 考えてみたら、それも道理だろう。戦闘こそが最大の訓練だ。

 魔物討伐依頼をこなせば、経験値を稼ぎながら、お金も得られる。

 また、わざわざ金を出して訓練場を使うよりは野外で訓練するという方法もある。


 しかし、ミロシュは訓練場の利用を選んだ。

 危険性を減らすというのもあるが、野外への往復にはそれなりの時間もかかる。

 魔術の鍛錬だけを考えるなら、訓練場の利用が望ましいと考えた。

 できれば、火属性魔法スキルを三にしてから、野外に出たい。


 石垣で区切られた個別訓練スペースを、ミロシュは利用することにした。

 火属性魔法の鍛錬といっても、漫然とやっていては効果が薄い。

 まずは、一発あたりの威力上昇を目的とした鍛錬を行う。

 炎の威力を上げるにはやはり温度を上げるのがいいだろう。

 炎の温度が高くなれば青白い炎になるはずだ。

 ミロシュは火属性魔法を放つ際、高い温度の炎というイメージではなくて、青白く温度が高い炎を放つようイメージする。


「青白き炎よ、いけっ!」

 言葉に力をこめて、魔法を発動する。

 ミロシュのイメージどおり、左手から青白い火球が生み出され、石垣に命中した。


「やったっ! いける! やっぱり、魔法は面白いな」

 魔法の発動に伴う魔力の減少で身体がだるくなったが、ミロシュは愉快に笑う。

 その後、少し赤面する。自分が独り言を言ってたのに気づいたからだ。

 だが、独り言を言ってしまうくらいに魔法を使うのは楽しかった。

 使えば使うほど上達するのがわかり、面白いのだ。


 高揚感を抑えてステータスを確認する。魔力が思ったよりも減少していた。

 今度は普通の赤い炎をイメージして、火球を先ほど命中した箇所の隣に放つ。

 だるくなるのは同じだが、さっきよりはましだ。

 ステータスをみると、青白い炎を出したときは倍の魔力を消費していた。


 石垣に近づき、ミロシュは魔法が命中した箇所を調べる。

 青白い炎が命中した箇所は石垣の表面が溶融してガラス状になっていた。

 赤い炎が命中した箇所は多少黒ずんだだけだ。

 威力の上昇がわかり、ミロシュは手ごたえを感じる。


 続いて、魔法の速度と精度を高めるべく、魔力が続く限り、石垣に魔法を放ち続ける。

 数発うつと脱力感がひどく、ステータスを確認した。

 魔力が残り一となっており、魔法をうつのをやめる。

 魔力がゼロになれば気絶する。それは避けなければならない。


 ハイグラシアに降りる前は疲労なく魔力無限回復で訓練を行えたので、訓練効率は今よりかなりよかった。

 訓練効率の低下を残念に思うが、降りる前に少しでも訓練できたのは幸いだ。


 魔法を訓練するための魔力が必要だ。

 ミロシュは瞑想スキルで魔力回復を試みる。

 あぐらを組み目を閉じて、精神を集中させる。

 ハイグラシアでは空気中に微量の魔力が存在する。

 ミロシュはその魔力の存在を感じ取り、体内に吸収していく。

 身体に欠乏していたエネルギーが満たされていくのがわかる。

 光石で時間をおおまかに計測したところ、一時間で魔力が約二十回復していた。

 回復した魔力を訓練に費やしていき、また魔力がゼロに近くなった。


 今度は、瞑想スキルを用いずに気配察知スキルを使って気配をつかみとる訓練を行う。

 移動する人間の気配がなんとなくつかめる。

 スキルレベル一では気配をつかむべく集中しないと、なかなか気配を察知できないようだ。

 三十分ほど気配察知スキルを使っている間に回復していた魔力をステータスで調べてみる。

 魔力が五回復していた。となると、一時間で十回復する計算になる。

 精神を集中させて瞑想スキルを用いれば、二倍の速度で魔力が回復するのがわかった。

 その後、魔法訓練と瞑想を二回繰り返すと空腹を覚えた。


 ミロシュはいったん訓練場を出て、ギルド前に出ていた露店で買ったサンドイッチを昼食として食べる。

 空腹なのとあいまって、とてもおいしく感じる。

 昼食後はひたすら魔法訓練と瞑想を繰り返し、日の入りを迎えてギルドを出た。


 ミロシュは昨日食べた食堂へ行き、夕食を食べることにする。

 今日の献立は焼肉にコンソメスープと野菜炒めであった。

 コンソメスープを飲むと、疲労した身体にしみこんでいくようだ。

 がつがつと食べ、パンはおかわりをする。

 気のいい食堂のおばさんが食べっぷりをほめてくれるが、ミロシュは少し照れて「いえ、おいしいので……」と小さな声で言った。


「育ち盛りはそれでいいんだよ。まだ、食べるかい?」

 ミロシュは少し悩むが、


「お願いします」

 と、返事をする。


「あいよ。サービスだよ」

「え、いいんですか?」

「そのかわり、常連になってくれるとうれしいね!」

 優しいようでちゃっかりしているおばさんだ。ミロシュは少し笑い、


「はい、そのつもりです。ここはおいしいですから」

 食べるのをやめておばさんを見ながら、そうこたえる。


「うれしいこと言ってくれるね。さぁ、どんどん食べな」

「はい」

 ミロシュは食べるのを再開し、全て平らげた。

 勘定を支払い、ミロシュは店を出る。

 夜遅くはなるべく出歩きたくない。

 治安が悪いとは聞いていないが、現代日本ほどよくもないだろうから。

 なので、早足で長屋へと戻り、今日一日を終えた。


 翌日も鍛錬を行った。

 その翌日は雨が降った。ハイグラシアで初めての雨である。

 油膜処理を施したレインコートを着て、ミロシュはギルドに向かい、鍛錬を行った。

 その翌日も、その翌日も、その翌日もミロシュは鍛錬を行った。


 時折、サララは姿を消して、ひたすら鍛錬するミロシュの様子を窺っていた。

 ミロシュは盟約者としてふさわしいと考えていたが、完全に信用したわけではない。

 サララの立場からしたら、当然の行動であった。

 ミロシュの様子にサララは満足する。鍛錬だけでは成長速度は遅い。

 しかし、ミロシュは一般人だった。冒険者として活動するには鍛錬が必要だろう。


 満足げにサララはミロシュを見ていた。ずっと、飽きることなく。

 その眼差しは取り繕う必要なく優しいものであった。


 ミロシュは似たような生活を二十七日間、続けた。

 もちろん、訓練内容は日々変わっている。

 威力、速度の上昇だけではなく、一対多の状況に対応できるよう複数の炎を同時にだせないかなども試みた。

 また、無詠唱が必要になるかもしれないので、それも訓練している。


 結果的に前者はある程度成功し、後者は厳しい結果だった。

 同時に二つの火球もしくは炎の矢を制御して、速度、威力を保ったまま、目標に命中させることができるようになった。これはいい。

 しかし、無詠唱では最大威力が推定で約四割ほどしかでなかった。

 魔法をイメージして発動するにおいて、どうしても言葉の力というのが大きいようだ。

 スキルレベルが二では限界があるのかもしれない、とミロシュは推測する。

 火球と炎の矢の同時制御も二つまでが限界なのだ。

 三つとなると、うまくいかない。


 なのでスキルレベルが上昇することをミロシュは期待していたが、ついにそれが訪れた。

 ミロシュの火属性魔法スキルは訓練二十七日目にして、スキルレベル三になる。


 さらに四日間、ミロシュは訓練を続ける。

 その間に瞑想スキルがレベル二となった。

 回復する魔力量が一時間あたり二十五と上昇する。

 魔攻が一、魔力も三上がっている。

 同時制御できる火球と炎の矢が三つになった。

 無詠唱による魔法の威力も五割にまで上昇した。


 ミロシュは訓練が終わるといつもの食堂で夕食をとった後、長屋へと戻る。

 寝支度をすませて、毛布に包まる。

 闇に目を凝らしながら、ついに決断するか考え続ける。

 そう、依頼をこなすために都市の外へ出るかどうかの決断だ。

 所持金は家賃一月分などを追加で支払い、五万五千セルドスにまで減った。

 もう一ヶ月と少しはこの金で暮らせるが、余裕はなくなってきている。


 ついに決めた。都市の外に出て戦う、と。

 そうと決まれば、今日はしっかり寝なければいけない。

 だが、そう思えば思うほどなかなか寝られないものだ。


 寝られない中、ハイグラシアに着てからの毎日を振り返る。

 今まで生きてきた中でこの一ヶ月は、最も真剣に過してきた。

 転校前の高校はそれなりの名門で、高校受験のために勉強漬けだった。

 その時もまじめに取り組んでいたが、今の魔法訓練ほどではなかった。


 ここまでがんばれたのは、家庭が崩壊して日本での生活が追い詰められていたからだろう。

 家庭崩壊前なら、ここまでわりきって鍛錬に集中できたか疑問だ。

 地球、日本に帰りたいという気持ちを募らせていただろうから。

 皮肉なことだとミロシュは思う。


 今はこの世界にただ一人。

 盟約を結んだサララはいるが、家族はいない。

 しかし、孤独感よりも解放感のが強い。

 いずれは人恋しくなるかもしれないが。


「やれる限りのことをやろう」

 つい小さく声がもれてしまうが、ミロシュは気づかない。


 まだ死にたくはない。生きるためにも力を蓄えよう。

 選べる選択肢を増やすために。

 父親がリストラされた時も、自分に経済力があれば話は違っていた。

 妹と別れることなくもっといい選択ができたのだから。


 ◇ ◇


 アウグナシオンに仕える天使達は、主の為に世界の情報を収集していた。

 アウグナシオンは上級神であり、視野は広く深い。

 しかし、ハイグラシアはとても広く一人ですべてを見ることはできない。

 また、常に世界を観察するのは不可能だ。

 他にもやるべきことはあるのだから。

 ゆえに天使達に世界の最新情報を調べさせていた。

 人間、魔族、竜、神々、ありとあらゆることを。


 サララも天使である。アウグナシオンの命により、世界を飛び回っていた。

 アウグナシオンに謁見し、調べた情報について報告した。


「よくやってくれたわね。サララが集める情報は精密で助かるわ」

「お褒めにあずかり、光栄です」

 アウグナシオンのねぎらいに対し、サララは冷静にうけこたえる。

 アウグナシオンの神気に圧倒されるのは相変わらずだが、それを顔には出さないようにはなってきた。


「ほうびに他の召喚された者について教えてあげるわ。ミロシュの成長と比べるためにも興味あるでしょう?」

「ありがとうございます」

 任務におわれて、召喚された他の者に関する情報をあまり集められていない。

 サララにとってありがたい話だ。


「一番レベルが上がった人間はレベル十五よ。大したものね。そう思わない?」

「レベル十五ですか。それはすごいと思います」

 サララは珍しいことに驚きを顔に表した。

 普通、約一ヶ月でレベル十五にはなれない。

 どんなトリックを使ったのかサララは興味を持った。


「レベル十以上にしたのが十六人いるわね。召喚した中に優秀な人間が大勢いて喜ばしい限りよ」

「大慶至極に存じます」

 一月でレベル十に上げるのも至難の業だ。

 サララは自分が思っていたよりも、召喚された中に優れている人間が多いことを知る。

 もしくは任務をおろそかにして、盟約を結んだ天使がサポートに力を入れていたのかもしれない。


「サララと盟約を結んだミロシュはまだレベル二ね。彼は大丈夫なのかしら」

 アウグナシオンは意地の悪い顔をする。

 皮肉な質問だが、アウグナシオンにとって必要な質問だった。

 サララにはっぱをかけるためだ。

 ミロシュの成長を促進するよう、サララを動かす必要がある。


「ミロシュは大丈夫です。自分に必要な鍛錬を続けています。怠惰に流れてはいません」

 サララは自信をもってこたえる。

 ミロシュの行動は迂遠かもしれないが、間違えていないと考えている。

 まだレベル二だが、焦る必要はない。最後に笑えばいいのだから。


「そう。仕事を少し減らすから、ミロシュの面倒を見てあげなさい。それも大きな仕事よ」

「ありがとうございます、アウグナシオン様」

 任務に励んだ甲斐があった。

 アウグナシオンに少しは信用してもらえたのだろう。

 サララは自由に使える時間が増えて、内心ほくそ笑む。


「下がっていいわよ」

「かしこまりました」

 サララはアウグナシオンのもとから退く。

 何から手をつけるべきか考えながら。


 ◇ ◇


 アウグナシオンは謁見が終了し、自室で思索していた。

 豪奢な椅子に座って、グラスに入れた神の雫を口に運んで喉を湿らせながら。

 現状にはおおむね満足している。

 召喚した人間の何人かは予想以上に強くなってきた。

 自分を信仰する人間勢力の強化に役立つだろう。

 後は全体の底上げが必要だ。使える手駒は多ければ多いほどいい。


 盟約を結んだ人間に多くの理力を消費したサララのような天使は、盟約者をサポートする時間を増やしたほうが効果的だろう。

 盟約者が死ねば、消費した理力が失われるにもかかわらず、より強い力を手に入れるために賭けたのだ。

 天使達の親というべき自分が配慮してやるべきだろう。

 それが自分の為にもなるのだから。


 思索をやめ、神力を使って、召喚した中で有望な人間の様子を覗き見る。

 強力な魔物相手に奮戦していた。

 数分もたつと勝利して、倒した魔物から抜け出したオーラのようなものを吸い上げるのが、アウグナシオンには見える。

 そのオーラのようなものが経験値であり、命の源。

 人間や一介の天使には見えなくても、アウグナシオンのような上級神には見えるのだ。

 まさに力もつ勝者が全てを奪っていく構図であった。


「せいぜいがんばりなさい。私のために」

 満足げにアウグナシオンは微笑する。

 その微笑は神々しさよりも畏怖を感じさせるものであった。


===============


名前:ミロシュ

ギルドランク:1-0

所持金:55000セルドス

年齢:16 性別:男 種族:人間

身分:平民 経験値:120/200

レベル(残りポイント0):2

体力:36/36 魔力:40/40

腕力:20 持久力:20 敏捷:22

器用:19 魔攻:25 魔防:23

スキル(残りポイント0):

 翻訳読み書き(万能)、

 経験値獲得UP(1.5倍)、

 スキルポイントUP(2)、瞑想2、

 気配察知1、火属性魔法3

称号:

 異世界人、天使の盟約者

特記事項:

 入信:アウグナシオン、盟約:天使サララ

装備:

 火魔石の杖(+1)、アザリ羊のローブ(+1)


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