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(2) 聖暦一五四二年三月 冒険者ギルドにて

 ミロシュが扉を開けると、銀行の待合室のような空間が広がっていた。

 奥には窓口がいくつかあり、その前には丸いテーブルと椅子がいくつもおいてあった。

 十数人ほど歓談しているのが見える。冒険者のパーティだろうか。

 何人かがミロシュの方を見る。

 視線をあびるとどうしても緊張するが、なるべく普通を心がけて、ミロシュは窓口の方へと歩く。


 なかなか視線がはずれない。

 冒険者の方を向いて視線があうと目をそらす者もいるが、真っ向から見てくる者もいる。

 新顔だからある程度は注目されてもおかしくないだろうが、思ったより注目を浴びていることにミロシュは少し動揺する。


 ミロシュは目立たないよう顔や髪の色、瞳まで変更した。

 装備も多少はいいものかもしれないが、サララの話だとそれほど高級なものではない。

 ミロシュは注目をあびる原因を考え続けるが、どうしてもわからなかった。


 だが、答えは簡単である。ミロシュが名村隼人だった頃も整った顔立ちだった。

 なのに、サララが理力を加えて整形した今のミロシュの顔は、より美形となっている。

 短髪なので、女と間違えられる可能性は低い。

 しかし、少しでも化粧をするか長髪にすれば、女性と間違えられるだろう。

 元々、顔立ちが整っていたがゆえに、新しい顔は多少美形になったという程度にしか思わず、かなり目立つということに気づけなかった。


 街道でも往来でもその顔立ちに視線を集めていたのだが、警戒していたがゆえ観光気分になっていたがゆえに、気づいてなかったのだ。

 ミロシュは怪訝に思うも、とりあえず無視して窓口の前にたつ。

 受付の女性が声をかけてくる。


「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか」

 女性は二十くらいでミロシュの目にはとても綺麗に見える。

 胸が大きくてどうしても視線がそちらに向かってしまうが、女性に気づかれてはまずいので慌てて視線をはずす。


「冒険者ギルドに登録したいと思いまして、お願いできますか」

「新規登録ですね。こちらの書類に記載をお願いします」

「はい、わかりました」

 ミロシュは書類を確認する。名前、性別、種族、この三項目しかない。

 あまりにも単純明快すぎて驚くが、記載して女性に渡す。


 受付の女性が書類を受け取るが、手の指が白く美しい。

 ブロンドに輝く長髪とあいまって、まさに絵になる女性だ。

 そんなことをミロシュが考えている間に、女性は書類のチェックをして、一枚のカードをミロシュに掲示する。


「こちらのカードに血を一滴たらして下さい。血を使ってミロシュさんの魔力をこのギルドカードに登録します」

 女性に言われて、ミロシュはナイフをポーチから取り出す。

 ナイフで軽く指を傷つけ、血を流してカードに垂らし、女性に返却する。


「どうも、ありがとうございます」

 女性はカードを受け取って奥に下がり、何らかの作業をしていた。

 数分ほど待つと、戻ってくる。


「お待たせしました。こちらがミロシュさんのギルドカードです。お受け取りを」

 ミロシュは礼を言い、女性からカードを受け取る。

 カードは灰色で外枠が緑色だ。

 何も書かれてなかったので裏返すと、以下のように記載されていた。


名前:ミロシュ ギルドランク:1-0

年齢:16 性別:男 種族:人間

レベル:2 預金:0セルドス

称号:

 異世界人、天使の盟約者


 ミロシュはこれを見て眉をひそめた。

 年齢や種族などは見られてもかまわないが、称号は見られたくない。

 異世界人であることを知られないようにした配慮が水の泡だ。

 レベルも知られたくはない。低レベルな現状が筒抜けになる。


「カードの説明をしますね。消えてほしい部分を指でおさえて消えるよう念じると、表示されなくなります。レベルや称号、預金は他人に見られると困る場合がありますからね。名前だけを表示している方もおられますよ」

「わかりました。やってみます」

 ミロシュは言われたとおりに指でおさえて消えるよう念じる。

 すると、レベル、預金、称号の欄は全て表示されなくなった。


「うまくいきました。でも、この情報ってギルドは知っているわけですよね」

「このギルドカードは自由の神カフュース様の御力で運用されています。なので、カフュース様には全てを知られますが、レベルと称号に関してはギルドで記録をとっていません。カフュース様の御心に従い、ギルドは冒険者の自由を出来る限り、束縛しないようにしています。私もまた、ミロシュさんの記録は見ていません。申し遅れましたが、私はギルド受付のユディタと申します。個人情報が部外者にもれていると思われましたら、私の名前を出して告発して下さい」

「いえ、ユディタさんがそんなことをするとは思っていませんから」

 凛とした感じでユディタが告げると、ミロシュは慌てて答える。

 すると、ユディタの表情が一変して、


「信用していただき、ありがとうございます。ミロシュさん」

 と、笑みに変わり、ミロシュは少しどぎまぎした。


「それでは、他の説明に移りましょうか」

「あ、はい」

 ユディタに見とれていたミロシュは生返事をする。

 笑みをおさめていたユディタはその様子を見て、また軽く微笑む。


「冒険者ギルドには様々な依頼がきます。冒険者の方は依頼を達成すれば、ギルドが依頼主から預かっていた報酬をもらえます。ただし、国に納める税金とギルドの手数料を差し引いています。問題ないですか?」

「問題ありません」

 脱税するつもりはないし、ギルドも運営するために資金がいるだろう、とミロシュは思う。


「また、依頼を達成することによりギルドポイントが得られて、ギルドランクを上げることが出来ます。ギルドランクが上がれば、様々な特典があります。また、高ランクの冒険者にはギルドから名指しで依頼することもあります。ここまではわかりますか?」

「はい、わかります」

「早速、依頼を受けるつもりはありますか?」

「いえ、まだ依頼を受けるつもりはありません」

 ミロシュは金が続く限りまで鍛錬をしてから、外に出て依頼をこなすつもりだった。

 危険性をできる限り減らす。この方針を貫いていく。


「なら、初依頼を受けるときに依頼についての説明をしたほうがいいですね。その時は私のところまで来て下さい。どこまで説明したかわかっている私の方がいいでしょうし」

「はい、その時はお願いします」

 同じ説明を受けるなら、おじさんよりも綺麗な女の人の方がいい。

 思春期の少年にふさわしい思いをミロシュもまた抱いていた。


「預金についてですけども、ギルドにお金を預けることが出来ます。預けたお金はカードがあれば、どこのギルド支部でもおろせますので、ぜひご利用ください」

「カードをなくした場合はどうしたらいいんでしょうか?」

「ミロシュさんの魔力が登録されてますから、再発行可能です。ただし、再発行の時は千セルドスいただきます」

「なるほど、出来る限り、なくさないようにします」

「後は、ギルドには訓練場があります。一日につき銀貨一枚、五百セルドスで利用可能です」

「火属性魔法の訓練はできますか?」

 これができなければ、意味がない。

 火属性魔法の使い手ということまでは隠しきれないし、教えても問題ないだろう。


「もちろん、可能です。ほとんどありませんが、先着順で定員オーバーになると入れなくなりますので、早めに来たほうがいいですよ」

「わかりました。早めにきます」

「他に何か質問はありますか?」

「僕はこの都市に着たばかりで、泊まるあてがありません。新米冒険者にふさわしい宿はないでしょうか?」

「宿屋がいいですか、それとも、長屋がいいですか? 一軒家の借家もありますけど、高くなります」

「宿屋より長屋の方が安いですよね?」

「ええ、その代わり長屋だと一月ごとの契約しか出来ません。宿屋だと一日ごとに精算できますけど」

「長屋でお願いします」

 ソヴェスラフから移動する予定は当面ない。

 出費をできる限り抑えられる長屋の方が望ましい。


「わかりました。なら、ギルドが経営している長屋に空きがありますよ。よければ、一緒に見に行きますか」

「ぜひ、お願いします」

 ユディタは同僚に外出する旨を伝え、カウンターから出てくる。


「では、参りましょう」

 ユディタに連れられ、冒険者達の注目を浴びながら、ミロシュはギルドを後にした。


 十分ほど歩くと、二階建ての長屋に到着する。

 ユディタが鍵で扉を開け、中に入った。


「どうですか。綺麗に使われてるでしょう?」

「そうですね」

 実際、モルタルの白壁は汚れてなく、木の床板もきれいなものだった。

 玄関と小さなかまど、約六畳くらいの部屋があるだけという極めてシンプルな造りだ。

 一人暮らしでほとんど寝るだけだろう。特に支障はない。

 だが、気になることもあり、質問する。


「家賃はいくらですか?」

「一万五千セルドスです。先払いですので契約するときはギルドで支払って下さい」

 手持ちは十二万五千六百セルドスだ。

 食費がかかるから、一月あたりの出費はもっと大きくなる。

 それを考えても払える家賃だろう。


「トイレや水はどうしてますか?」

「共同トイレがあります、あれですよ。共同で使う井戸は裏手にあります」

 ユディタが指差した方向に小屋があった。

 トイレがついた家の家賃はおそらくかなり高いだろう。

 現代日本と違うのだから。


「なるほど。風呂なんかは?」

 おそるおそる聞いてみる。

 中世ヨーロッパと同じなら、風呂なんて入らないからだ。

 だが、やはり日本人として風呂は欲しい。


「やはり、風呂を使われるんですね?」

 納得したようにユディタがこたえる。


「え?」

「いえ、そんなきれいな肌をされてますから」

 ミロシュは顔が真っ赤になる。

 こんな美人にそんなことを言われたのだから。


「ユディタさんのがきれいですよ」

 とこたえるのがやっとだ。


「お上手ですね。でも、ミロシュさんって最初は女の子かと思いましたよ」

「ええっ!?」

「ギルドにいた冒険者の方も何人かそう思ってるんじゃないですか」

「そんなっ!?」

 ついに真実を知るミロシュ。

 妙な視線を感じた理由はわかったが、この顔に変えたのは失敗したかと思い、憂鬱になる。


「かわいらしくて、私はいいと思いますよ」

 ユディタの視線に少し色っぽさが感じられ、ミロシュは内心動転する。

 好意をもってもらえるならうれしいけども、それが勘違いだったらとんでもなく恥ずかしい。

 からかわれている可能性もある。

 ミロシュの様子を見て、ユディタは楽しそうな雰囲気になる。


「そういえば、風呂の話でしたね。共同浴場が近くにあります。一回の入浴につき、千セルドス。銀貨二枚必要ですね。けっこう高いので、毎日入られる人は限られます」

 ユディタは話題をかえて説明に戻った。

 確かに高い。

 計算すると毎日入浴をすれば、一月に三万セルドスはかかる。

 家賃の倍だ。


「けっこうしますね。それでも、風呂があってよかったです」

「よければ、少し遠回りになりますが、共同浴場を見ていきますか」

「お願いします」

「わかりました。では、この長屋を契約されますか?」

「はい。契約することにします」

「では、ギルドに戻ったら、支払いをお願いします」

 二人は長屋を後にし、共同浴場の前を経由して、ギルドに戻った。

 長屋を見る前よりも、歩いているときの会話がはずんでいた。

 お互いの口調も、硬さが少しずつとれていくのがわかった。


 ギルドで家賃の支払いをすませ、部屋の鍵をもらう。

 その後、様々な店をまわって、毛布、水桶など生活必需品を購入し、自分の部屋へ持っていく。 これで所持金は約十万五千セルドスになった。

 夕方となり、さすがに空腹を感じてユディタに教えられた食堂へ向かう。


 食堂は木造でモルタルが塗られて壁は白い。

 三十人ほど座るスペースがあるが、半分以上埋まっていた。

 ミロシュは店員の誘導であいている席に座り、店推薦のメニューを頼む。

 こちらの料理がよくわかるようになるまでそれが無難だろう。

 それが二百セルドスでパンとシチュー、簡単なサラダがセットになっている。


 やがて、注文した品がミロシュのもとに運ばれる。

 シチューと水は厚手で灰色の陶器に入っていた。

 上薬も使われていて、すべすべだ。

 パンは何かの植物を編んだ籠の中に入っていた。


 パンはフランスパンのような感じで思ったよりかたくなく、おいしかった。

 鶏肉のような味がする肉が入ったシチュー、レタスのような野菜が中心のサラダもおいしく、ミロシュは満足できた。

 当分の間、食事はここで食べると決めた。


 食べ終わって店を出ると空が薄暗くなっており、夜を迎えようとしていた。

 長屋に戻るころにはかなり暗くなっていた。


 ミロシュは水桶にくんだ水で身体をふき、買ってきた夜着に着替えた。

 さすがに疲れていたので、毛布にくるまって寝ることにする。

 夜は少し肌寒いが、毛布があれば問題ない。


 寝る前にミロシュはこの世界ハイグラシアについて考える。

 暦、動植物、食べ物などかなり地球に似通っているが、偶然なのだろうか。

 全くの異世界であれば、ここまで同じになるのはおかしいと思う。


 また、地球にはエルフ、ドワーフなど存在しないが、伝説、伝承として伝えられている。

 これも考えてみればおかしな話だ。

 なので、ミロシュは仮説をたてる。

 ミロシュ達とは逆に過去、ハイグラシア人が地球に召喚され、伝承を残したという仮説を。

 この仮説であれば、エルフやドワーフなどの伝承が地球にある説明がつく。


 ここまで考えたところでミロシュは眠気が強くなり、思考を中断する。

 明日から鍛錬の日々がはじまる。

 よく寝て疲労を回復させなければいけないのだから。

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