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(1) 聖暦一五四二年三月 初めての異世界

 大いなる創造神が世界『ハイグラシア』とその地に住まう多くの神々、動植物を創造した。

 創造神はハイグラシアを去り、残されし神々にハイグラシアを委ねる。

 神々は協力し、ハイグラシアを治めた。


 しかし、少しずつ神々の間で不和が醸成され、長きに渡る年月で臨界点を超えた。

 その結果、神々の間で大戦が起きる。

 神々の戦いは激しく、ハイグラシアは荒廃した。

 戦いに巻き込まれた多くの動植物が死に絶え、神々すらも滅びていった。


 あまりの被害に厭戦気分が高まり、ついに和平が成立する。

 戦いに参加した者達全ての間で『黄昏条約』が結ばれた。

 条約に従い、神々はハイグラシアより退去し、神界を拠点とした。


 この時より、ハイグラシアは神々以外の種族が支配する地となる。

 多くの神々は自分を信仰する教団を通じて、ハイグラシアにおける影響力を保持していた。

 ハイグラシアは大戦終結後、かつての大戦ほどの大きな戦いは起きていない。

 だが、小さな戦いは絶え間なく続き、世界全てが平和になったことはまだ一度もないのだ。

 ハイグラシアは力が支配する世界であった。


 『黄昏条約』締結時を聖暦元年とし、ミロシュ達が召喚されたのは聖暦一五四二年三月十二日である。


 日本と気候は似ており、三月の今は暑くもなく寒くもなく快適だ。

 そよ風が吹いており、軽く匂いがする。


(草木の匂いなんだろうか)

 ミロシュにとっては新鮮な匂いであった。決して不快な匂いではない。

 サララと別れてから、街道目指して歩いていたミロシュは街道にたどりつく。


 降りる前に読んだ本で調べた赤光石と碧光石をポーチから取り出す。

 魔力をこめるとうっすらとだが赤色と緑色に光る石だ。

 赤光石は約三十分、碧光石は約一時間で光が消えることから、簡易な時計代わりに用いられている。ちなみに他にも何種類かの光石がある。

 ミロシュは石を握って魔力をこめてみると、赤色光と緑色光が確認できた。

 ステータスを確認すれば、魔力が一減っている。

 これくらいの消耗なら問題ないだろう。


 ハイグラシアでは高価だが、いずれは機械式か魔力式のより精密な腕時計を買いたいと考えている。


(やっぱり、まだ日本人なんだろうな。時間がわからないと困る)

 ミロシュは心中、苦笑した。


 サララに言われた通り、街道についてから右手の方向目指して歩く。

 パーヴィリア王国の大都市ソヴェスラフが目標だ。

 サララの言葉が正しければ、赤光石の光が消えるころにソヴェスラフが見えるだろう。

 街道は石畳で舗装されており、アスファルトの道に慣れているミロシュにとっては多少歩きにくい。

 だが、この歩きにくさに慣れなければいけない。これがハイグラシアなのだから。

 このあたりは視界良好で、気配察知を使わずとも外敵が接近したらわかるだろう。


 魔物や盗賊を警戒しながら、ミロシュは歩き続けた。

 体感で約十分ほど歩くと、荷馬車隊が視界に入る。

 おそらく商人だろうが、一応警戒する。

 かなり近づき、荷馬車隊の様子がはっきりとわかる。

 三台の荷馬車に護衛がつき従い、総勢十五人ほどだ。

 ミロシュにとって、初めて見るハイグラシア人である。

 ぶしつけにならないよう、視線を固定するのは避けながら、商隊を観察する。


 革鎧を装備し、剣を腰に下げている若い男性。

 いかにも冒険者っぽい。

 その横には秀麗な容貌の女性がいた。耳をよく見ると細長い。

 もしかして、エルフだろうか。

 ミロシュは内心興奮した。初めて見る異種族だ。


(エルフ!? エルフの実物を見られるなんて! やっぱり、美人なんだな)


 ミロシュは表情に出さないよう苦労する。

 さらに、身長が子供並みでもがっしりしたひげもじゃの迫力ある男性がいた。

 ドワーフではないかと推測する。

 他にも戦士や魔法使いらしい護衛が荷馬車の脇を固めていた。


 商隊側もミロシュの方を見てくる。

 観察するような視線にさらされ、ミロシュは緊張してきた。

 どことなく身体の動きがぎこちなくなる。

 だが、視線に敵意はこもっていないようなので安心する。

 護衛として近づく人間を観察してくるのは当然だろう。


(警察よりも威圧感がある。考えたら、当たり前か。戦いのプロなんだろうから)

 何事もなく、ミロシュと商隊はすれ違い、別れた。

 これがハイグラシア人との初めての邂逅だった。

 特に事件があったわけでもない。

 しかし、ミロシュの脳裏にこの光景が刻み込まれていた。

 後日でも、鮮明に思い出すことができるほどに。


 さらにミロシュは歩き続ける。

 ソヴェスラフ目指して。

 もう一つ、商隊とすれ違った後で、土壁らしきものが見えてくる。

 おそらくソヴェスラフだろう。


 ミロシュがこれだけ歩いたのは久しぶりだ。

 ずっと、家で塞ぎこんでいたのだから。

 だが、運動して軽く汗をかき、気分はすっきりした。


 ポーチから赤光石を取り出す。赤い光はかなり弱まっていた。

 歩き続けて、門まで約十メートルのところで光が完全に消える。

 これで、サララの言葉も赤光石の性能も確認できた。

 ミロシュは再び、赤光石に魔力をこめて赤い光を灯す。


 門には門番が二人たっていた。ミロシュは身分証明証を取り出し、門番に渡す。

 二十代くらいに見える若い男の門番は身分証明証を簡単に確認して、

「よし、とおっていいぞ」

 と、ミロシュに告げる。門番はミロシュに身分証明証を返す。


「どうも、ありがとうございます」

「学園入学志望か? それとも冒険者になりにきたのか?」

 門番は気のいい表情をして、ミロシュにたずねる。


「どちらも考えています。当分はこの都市に滞在すると思いますのでよろしくお願いします」

 礼儀正しく、ミロシュは返答する。


「育ちがいい子だな。もしかして、貴族……ではないか」

 門番は身分証明証の名前を思い出すが、ミロシュという名前しか記載がなく、名字がないのでそう判断した。


「貴族なんてとんでもありません。神殿で養育されていました。神殿の方に礼儀を教えていただけましたから」

 ミロシュは如才なく振舞う。

 同年代相手よりも年上相手のが、ミロシュは受け答えしやすかった。性格上のものだろう。


「なるほどな。十六歳になったから食べていくために冒険者ってわけか。危険な仕事だ。気をつけてがんばれよ」

 門番の激励にミロシュは感謝の言葉を返し、門を通過していった。

 魔物や盗賊と出会わなくて安堵する。


 土壁の向こうには麦畑が一面に広がっていた。

 ところどころ、野菜畑や牧場が見える。

 本に書いてあった知識では、麦を主食にしているようだ。

 ソヴェスラフの住民を養うための畑だろう。

 引き続き歩きながら観察していくと、民家がちらほら見える。

 民家には畑を耕している人が住んでいるのだろう。

 少し歩くとまた土壁があり、左折を余儀なくされる。

 壁沿いに歩くと門が見えて、門をくぐっていく。

 この門には門番がたっていない。


 ミロシュは推測する。

 農地を拡張すると防衛のために土壁を作っていく必要がある。

 以前はこの土壁が最外郭だったのだ。

 外に新しい土壁が完成しても、この土壁を完全に崩さないのは、万一のための防備だろう。

 しばらく歩くと川に到着する。川幅は約十五メートルで橋をわたる。

 川から水路が何本もひかれていた。農業用水や生活用水に使われているのだろう。


 ミロシュはそういうわけで所々土壁に遮られ迂回しながら、ソヴェスラフ中心部に向かって歩き続けた。

 光石で確認したところ、約一時間半で土壁ではなく、煉瓦と石で造られた壁が見えてきた。

 土壁は高さ約三メートルほどで土を盛っただけだ。

 しかし、この壁は高さが約八メートルはある。

 土台は石で造られ、その上は煉瓦造りのようだ。

 ここの門にはやはり門番がたっていた。

 最外郭と同じように、身分証明証を見せて、チェックを受ける。

 同じようなやりとりをして、ミロシュは通過を許された。


 門をくぐると、さっきまでの農村の風景から一変して、都市が広がっていた。

 道はほとんど、石畳で舗装されている。

 建物の外壁は煉瓦かモルタルが多い。

 ほとんどの建物が平屋もしくは二階建てだが、ところどころ三階建て以上の建物もある。


 往来にはけっこう人が歩いており、露店もいくつか並んでいる。

 歩いている人はほとんどが金髪碧眼で、次に多いのが茶髪だ。

 若干、赤髪、青髪、黒髪などもいたが、そういう髪の色だとやはり目立つ。

 人間が多いが、何人かはエルフやドワーフのようだ。

 さらに、獣人もいた。わかりやすいことに耳が獣の耳をしているのだ。


(猫耳に犬の耳、本当に異世界に来たんだな)

 新鮮な異世界の風景をミロシュは心から楽しんでいた。


 おのぼりさん丸出しできょろきょろしながら、ミロシュは門番から場所を聞き出していた冒険者ギルドへと歩いていく。

 やがて、三階建てくらいの高さで白壁の大きな建物が見えてきた。

 これが冒険者ギルドだろう。

 その建物は二つの建物がくっついたような形をしていた。


 冒険者ギルドは自由の神カフュースが、大戦後に自分を信仰する者達に作らせたものである。

 大戦後、神々が去って直接の庇護がなくなり、魔物による被害が拡大していった。

 それを憂えたカフュースは自衛組織が必要と考え、自分を信仰する教団に冒険者ギルドを作らせた。大戦後の混乱も落ち着き、各国の軍隊が整備されていっても冒険者ギルドは存続した。


 大きな理由は二つある。

 一つ目の理由は、国々の騎士団や魔術士隊が整備されていっても数に限りがあることだ。

 主要都市や国境を守るのに手一杯で農村部を完全に守るのは困難であった。

 軍備を拡張しすぎると財政が破綻する。

 二つ目の理由は、自由の神カフュースは国々による支配を嫌い、国に所属しない自由の精神をもつ武力が必要だとして冒険者の存在を守っている。

 必要性と神による守護、この二つで冒険者ギルドは存続していた。


 ほとんどの冒険者ギルドにはカフュース教団の神殿が併設されている。

 なので、二つの建物がくっついたような形をしているのだ。

 冒険者ギルド本部はカフィネイア教国にあるが、カフュース神殿本殿もまた同じ場所にある。


 ギルドも教団も国々の戦争には絶対中立を貫いている。

 カフュースは神格の高い上級神で強力な後ろ盾だ。

 だが、戦争の背後には神々が力を貸している場合も多い。

 カフュースとて、複数の神々が敵になるのは避ける必要があった。

 冒険者の必要性を認める他の神々と連携することによって、千年以上の歴史を積み重ねていったのだ。


 ミロシュは冒険者ギルドの前に立ち、建物を見上げる。

 生きていくためにも、ここで基盤を確立させなければならない。


(いくぞ!)


 ミロシュは緊張で身体を強張らせながら、ギルドの扉を開いていった。

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