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(8) 聖暦一五四三年一月 エーケダールの戦い<1>

 はるか昔に行われたハイグラシアの大戦で、ある一つの別世界フィラーシアから神であるルーヴェストンが召喚された。

 彼はミロシュに対して、太陽系に位置する惑星地球のことをミドガロールと呼ぶ。

 そのミドガロールこと地球の歴史において、数千年前から地球に住まう人類によって大小様々な戦いが行われてきた。


 戦いにおける勝者は全てを手に入れ、敗者は全てを失う。

 最悪の場合、自身が死ぬだけでなく、家族、民族全てが滅ぼされる。


 古代においては洋の東西を問わず、戦いの前に占いを行っていた。

 吉兆でなければ、戦いを避けるようにしていた。

 敗者が背負う過酷さを想えばのことである。


 しかし、時が流れるにつれて、人間は神頼みから脱し、戦いで勝つための戦略、戦術を模索するようになる。

 古代中国においては、孫子、白起、曹操、日本においては源義経、上杉謙信。

 西洋に目をむければ、アレクサンドロス大王、ハンニバル、ナポレオンといった名将が有名だろう。


 それに、技術の進歩が画期的な新兵器を生み出してきた。

 石器から青銅器へ、さらに鉄器へと。

 また、長槍、弩、長弓、鉄砲、大砲などの発明は戦いの様相を一変させた。


 だが、これらの根底にはある重要な事実がある。

 ミドガロールこと地球においては、生身の人間個人が保有できる武力に限界があるということだ。

 力押しでは勝てないがゆえに、戦略、戦術を駆使する。

 遠く離れた敵を倒すために兵器を使用するのだ。


 古代中国において、万夫不当の豪傑とうたわれた項羽、呂布。

 戦国時代の日本では本多忠勝らが有名だろう。

 しかし、彼らとて大軍に押し寄せられれば、やがて力尽きる。

 それに、正面から戦う必要もない。

 飛び道具である弓矢や鉄砲を用いれば、たやすく彼らを倒せるに違いない。


 しかし、ハイグラシアでは違う。

 魔術によって、筋力を強化することができる。

 強大なシールドを張れば、飛び道具を無効化することも可能だ。

 さらに天使が用いる理力、神力ともなれば、より強大な力を行使できる。


 つまり、大いなる武力は戦略、戦術を圧倒し得るのだ。

 それゆえに、ミドガロールこと地球ほど戦略、戦術はハイグラシアでは発達していない。


 ハイグラシアにおいては戦略、戦術を、個人が保有する戦闘力で凌駕することが多々あった。

 才能と鍛錬があわされば、それが可能となるのだ。

 なので、名将、軍師として歴史に名を残す者よりも、英雄、武人として名を残す者が数多い。


 ハイグラシアで最初に皇帝を名乗ったセリノ創始帝もまた、剛勇無双の武人として名を馳せた。

 魔族出身のセリノは六大元帥を始めとした屈強な部下を従え、二つの大陸を支配した。

 戦略、戦術ではなく、卓抜した個人の武力によって。

 だが、セリノ帝が創建したエスクデーロ帝国はセリノ帝、六大元帥らが死して十年もせずに瓦解した。

 帝や部下達の武力で創られた帝国は、死による武力の喪失と共に失われる運命にあったのだ。


 神々の間で行われた大戦ではその傾向がより顕著であった。

 大いなる神力の差を戦術で覆した事例は、極めて少ない。


 しかし、だからといって、戦略、戦術が全くないというわけではない。

 ハイグラシアにおいても、包囲戦術、一点突破戦術などは常識であった。

 ただ、個人が保有する戦闘力を覆すのには限界があるというだけだ。


 もっとも、ハイグラシアとて不変の世界ではない。

 人間の守護女神であるアウグナシオンは、異分子である高坂川高校の生徒達を召喚した。

 彼ら彼女らには、ミドガロールこと地球の戦略、戦術に関する知識がある。


 鳳の資質を持った生徒達の誰かが成長し、権力を保有して大兵を運用するようになれば、ハイグラシアは大きく変化するかもしれない。


 しかし、エーケダールの戦いが行われる聖暦一五四三年は、雛はまだ雛のままであった。

 ごく一部の雛が翼を広げようとしていたが。


 ◇  ◇


 聖暦一五四三年一月十日。


 エーケダール平原に、北からアズヴァーラ軍、南からパーヴィリア軍が到着する。

 山も野も粉雪によって白く化粧が施されていた。

 しかし、両軍が通過した道は、天使の理力によって雪が溶かされ、地肌が見えている。


 両軍の間は一ファクタ<約五キロメートル>もなく、激突は間近であった。

 アウグナシオン、グルードゥス、ヴァステノスに仕える天使達はパーヴィリア軍に、シャルリーゼに仕える天使達はアズヴァーラ軍に理力を用いて、魔術に対する防御シールドをかけた。

 また、両軍に属する魔術士団も同様の作業を行っている。

 

 この作業を行っていないと、魔術士団による魔術攻撃によって、接近する前に倒されてしまう。

 ハイグラシアにおける戦いでは必須の作業であった。


 パーヴィリア軍中央には諸侯軍と教団の兵団、左翼右翼には王軍が配備され、粛々と北上している。

 中央の中ほどには、パーヴィリア王国屈指の大諸侯であるカドルチェク公爵の軍がある。

 王軍に匹敵する装備が施され、精鋭を数多くそろえていた。


 指揮官である五十五歳のエンシオ=レプカ=カドルチェク公爵は自軍の様子を確認すると共に、先ほどのヨナーシュ王と諸侯達との軍議に思いを馳せていた。

 ヨナーシュ王は北部諸侯に中央先陣を担うよう命令し、諸侯達は恭しくその指令を承諾した。


「先陣とは武人として望外の幸せ。必ずや、アズヴァーラ軍を撃破します」

 諸侯達はそうこたえたものだ。


 だが、望外とはどのような意味であったろうか、とカドルチェクは思う。

 諸侯達の冴えない顔色からして、先陣など望んでいなかったであろう。

 小競り合いならともかく、まもなく行われるエーケダールの戦いは激戦必至だ。

 損害が多数出る先陣は避けたかったに違いない。


 しかし、アズヴァーラ軍に敗北すれば、北部諸侯こそもっとも被害が大きくなる。

 それを考えれば、先陣を指示されても拒否できなかった。

 中央部、南部の諸侯達は王命をもっともだと思ったであろう。

 ゆえに、誰もヨナーシュ王の指令に対して、反論しなかったのだ。

 そう、私も。


 先王まで国王といえど、諸侯に対して一方的な指令は難しかった。

 長々とした軍議の後、どう軍を配するか決したであろう。

 されど、ヨナーシュ王は己の実績と智謀と武力によって、諸侯に対する指揮権を確立したのだ。


 カドルチェク公爵は思考を中断し、きびきびとした動きを見せる自軍を見つめる。

 天使や魔術士によって、防御魔術を付与されていた。

 そして、自分に対しても同様に柔らかな光が包まれた。


「ありがとう」

 付与魔術を施されたカドルチェクは、部下である魔術士に礼を述べた。

 傲慢さを一切見せずに。


「いえ、当然のことであります!」

 敬愛している主君に対して、青年の魔術士は力みかえっていた。


「この戦いでの働き、期待しているぞ」

「ははっ!」

 魔術士は他の者に防御魔術を付与すべく、走り去った。

 

 初々しい若者を見て、カドルチェクは目を細める。

 かつては自分もこのようであったか、と。


 優しげな眼差しはやがて厳しくなる。

 中断されていた思考が再開されたのだ。


 北部諸侯の中には歴戦の強者もいる。

 しかし残念ながら、数が足りない。

 何人かの顔を思い出せるが、数えるほどだ。

 凡庸な者の方が多かった。


 当然のことだった。

 諸侯は世襲だ。

 ハイグラシアは力の世界。

 力なき者は蹴落とされる。

 さりとて貴族として生まれると、なまぬるい環境によって腐ってしまっても、地位が保全される事は多い。


 敵の中央先陣は老いたとはいえ、武勇名高いシードル=ブロームであるのが斥候によって確認されていた。


(……おそらく北部諸侯では、ブローム公の猛攻を支えきれまい)


 今から行われるエーケダールの戦いは国運を賭した大会戦であった。

 ブローム公ほどの将だ。

 当然、そのことを理解しているだろう。

 つまり、決死の勢いで攻撃を仕掛けてくる。


 そして、それをヨナーシュ王も承知しているのだ。


(私の左には精鋭がそろった諸教団。右にはチェペク侯爵。侯爵の軍も精鋭ぞろいだ)


 これらの意味することは明確であった。

 中央先陣を捨てて、中団で敵の猛攻を受け止め、左右から半包囲するつもりであろう。


 カドルチェクは身を引き締める。

 ヨナーシュ王の思惑はどうあれ、生き延びるためにはブローム公の猛攻を防がねばならないのだ。


 五五歳となった彼の髪や髭は、金色から白色に一部変化しつつあった。

 されど、エンシオ=レプカ=カドルチェクの心身は老い朽ちず、英気が漲っている。


(先祖より受け継ぎしカドルチェクの家を、私の代でつぶすわけにはいかん。なんとしてでもしのいでみせる)


 ◇  ◇


 ミロシュ、カミル、シモナはこの戦いに限って、近衛師団に組み込まれていた。

 ヨナーシュの指令によって。

 ソヴェスラフで見せた活躍と王の甥であるカミルの存在。

 将軍であるカシュバル=アンドルシュ=ハルヴァートがミロシュの後ろ盾であることが重なり、不平不満をいう者は誰もなかった。


 ヨナーシュは近衛師団を決戦兵力と考えている。

 勝利を決する時に前線へ投入するつもりだ。

 その為にも、一人でも多くの精鋭を抱えて、師団の攻撃力を高める必要があった。

 ミロシュ達ほど、近衛に加えるのに適した人材はそういないというのがヨナーシュの評価だ。


 国王本陣はハルヴァート将軍を始めとする側近の武官が勢ぞろいしていた。

 粛々として、私語一つない。

 ミロシュ達は端の方で直立していた。


 ヨナーシュの御前にて、魔術士官達が投影魔術を用いて味方の様子を映し出す。

 六面のスクリーンがヨナーシュの前に展開された。


 まずは両翼の王軍が映し出された。

 歩兵も騎兵も隊列を乱さず、練度の高さが一目瞭然だった。


「カシュバル、統制に問題なさそうだな」

 ヨナーシュは満足げな表情を浮かべる。


「御意。戦意も旺盛で陛下の期待にこたえてくれるでしょう」

 二十年以上ヨナーシュに仕えるカシュバルは、将軍首席にして最大の腹心だ。


「フリドルフ将軍は剛毅に、グロシェク将軍は冷静に振舞っているな」

 スクリーンには、歩兵で構成される第一師団と第二師団の本陣が映し出されていた。

 左翼先陣である第一師団将軍のフリドルフも、右翼先陣である第二師団将軍のグロシェクも、通信魔術を用いて部下に指示を出している様子が見える。


「お二方とも、歴戦の武将です。ぬかりはないでしょう」

 フリドルフは五五歳、グロシェクも四八歳。

 鋭気よりも円熟味が勝る年齢だ。

 二人とも譜代名門貴族であり、剣で王家に仕えているという自負と誇りがあった。


「そうでなければ、将軍に任命などせぬ。後方の部隊を写せ」

「はっ」


 ヨナーシュの指令に魔術士官がこたえる。

 騎兵ばかりの第三師団、歩兵中心の第四師団、第一魔術士団、第二魔術士団、後方支援連隊と映し出されていく。


「レネーは気負ってるようだな」

 ヨナーシュは口角を上げた。

 第三師団を率いる准将のレネー=ハヴェルは騎乗しており、矢継ぎ早に部下を呼び寄せ、指示を出している。

 形相を見ただけで、激しい言葉を放っているのがわかった。


「若さゆえに。しかし、敵軍を突破するのに必要な猛気に不足はないかと」

 レネー=ハヴェルは二五歳にして、平民から準男爵・準将にまではいあがった男だ。

 家柄にとらわれず登用するヨナーシュの下でなければ、ありえない栄達だった。


 しかし、それだけの能力をみせて、功績をあげなければ、出世できなかっただろう。

 敵となった者達を血で染め屠り、この地位まで到達したのだ。


「今となっては、期待に応えてくれるよう祈るばかりだな」

 ヨナーシュは誰に祈るかまではいわなかった。


 ◇  ◇


 北風が吹いている。

 軍旗が風でなびいていく。

 アズヴァーラ軍にとって追い風であり、矢の勢いが増すだろう。

 シードル=ブロームの狙い通りだった。


 アズヴァーラ軍中央先陣は、シードル=ブロームが率いている。

 馬まで鎧を着せた重装騎兵を先頭に突撃して、パーヴィリア軍を食い破るつもりだ。


 齢六〇を過ぎ、髪も髭も白くなったシードルだが、重装騎兵の指揮をとる。

 さすがに、指揮官である以上、突撃の先頭にはたてない。

 狙い撃ちにされるであろうから。


 しかし、乱戦となれば、自分の武勇で道を切り開いていくつもりだ。

 老いたりとはいえ、シードルが最強だった。

 その力を利用しないわけにはいかないだろう。


 それに、自分の身体をはらない者に誰がついてこようか。

 国を守るため、家を守るため、部下でもある民を守るために、シードルは覚悟を決めていた。


 孫娘であるリュドミラの反対をおしきってまで。


「おじい様、危険です!」

「わかっている。だから、お前は後衛弓兵の指揮をとれ」

「私だけが後ろだなんて!?」

「私に万一があっても、お前がいればブローム家は安泰だ。万一に備えて、重臣に遺言を渡してある。私の遺言に従い、家を守れ」

「……おじい様、死ぬおつもりですか?」

 リュドミラは暗澹とした表情で、目に涙がにじんでいた。


「いや、死ぬつもりはない。私が死ねば先陣総崩れとなり、敗戦が決まるからな。だが、この決戦で勝つためには死中に活を求める必要があるのだ。虎口に飛び込まねばならぬ」

「しかし、おじい様自らがいかなくても……」

「私には責任がある。それに、私以上の適任者もいない。死ぬつもりはないが、戦いとはどうなるかわからないものだ。ゆえに、遺言を残したまで。アズヴァーラを守護するブローム公爵家の当主として命じる。リュドミラよ、後方で指揮をとり、万一の際は私の後を継ぐのだ」


 厳正なシードルの声を聞き、リュドミラはうつむく。


「……承知いたしました、おじい様」

 いやいやながらにも、リュドミラは言葉を搾り出す。


「ならば、弓兵隊の下へゆけ。部隊長にはすでに伝えてある」

「かしこまりました。おじい様、御武運を祈ります」

「その言葉で私はどこまでも戦えよう。行け、リュドミラ」

「はい」


 リュドミラは馬首を返し、後方へと下がっていった。


「これで思い残すことはない。後はただ、敵を倒すのみだ」


 シードルの視線の先にはパーヴィリア軍があった。


 ◇  ◇


 サララは仲間の天使達と共にいた。

 魔術防御の支援は終わり、後は戦うまでだ。

 敵は竜人の守護女神であるシャルリーゼに仕える天使達。


 天使は人間に手を出せない。

 しかし、他の天使を殺すのは可能だ。


 こちらは、アウグナシオン、グルードゥス、ヴァステノスに仕える天使達の連合軍。

 圧倒的に優勢であり、サララは楽観していた。

 天使を何体か倒せば強くなれる。


 目的をかなえるためのステップとして望ましいとすら思っていた。

 だが、そんなサララの楽観を打ち破る新たな敵が出現した。


 エーケダールを取り囲むようにして、飛竜が二十体も出現したのだ。

 シャルリーゼによって召喚された竜達だ。


 『黄昏条約』に違反することなく、知性が乏しい竜を距離をあけて召喚した。

 細かな作戦など必要ない。

 誰が敵かを教えて、襲わせればいいのだ。

 戦闘力さえあれば十分だった。


 アウグナシオンに仕える上級天使であるレギーハに飛竜来襲の報が届く。


「やってくれるな。しかし、何もなければ戦いじゃなく虐殺になっていた。戦力バランスが整って、ちょうどいいかもな」

「ふぅ。相変わらず、のんきな物言いですね。どうしますか?」

 闘神グルードゥスに仕える上級天使クロディーヌが、ため息をついて問いかける。


「竜達に対応する奴らと敵天使に向かう奴らと分ける。竜達にパーヴィリア軍が攻撃されると危ない」

「やはり、それしかありませんか。では、我々とヴァステノスに仕える天使達とで竜を迎撃しましょう」

「了解だ。結局は当初通りか。でも、魔術防御に関してはこちらが手厚くかけられた。それだけでも差が出るだろうさ」

「仰るとおりでしょうね」

「なら、お互いに気張るとするか」

「ええ、勝利を献上するといたしましょう」


 レギーハもクロディーヌも部下の天使達に指示を出すべく、話を切り上げた。


 サララは状況が楽観視できなくなったのを知る。

 浮ついていた気持ちが緊迫感へと塗りつぶされる。

 それはサララのみならず、他の天使達も同様であった。


(私は何が何でも勝ってみせます。こんなところで死ぬなんてありえないですから!)

 サララは剣を抜く。


 敵の天使達との距離が近づき、空の上でも戦いが始まろうとしていた。


 ◇  ◇


 シードル=ブロームが軍中で声を張り上げる。


「聞けっ! この戦いはアズヴァーラ王国を守るための戦いだ! だが、それ以前に己や愛する家族を守るための戦いなのだ! 我らは竜人ぞ、パーヴィリアは人間が支配する国だ。力尽き敗れることとなれば、敗戦後はどんな仕打ちをうけるかもわからぬ! 国を家族を竜人という種族を守るために、限界の限界まで戦い抜くのだ! 勝利すれば、金も土地も爵位も何もかも褒美として渡すことをブローム公爵として約束する! 私は前線でお前達と共に最後まで戦い抜くであろう。私は勝利できるのであれば、命をも捨てる覚悟だ。アズヴァーラの勇者達よ! 私に続けぇっ!!」


 シードルは右腕を上げて、前へ振る。

 通信魔術で重装騎兵先鋒へと伝えられ、突撃を開始する。

 喚声と共に馬蹄の轟きが辺りに鳴り響く。

 猛烈にして激越にして凄絶たる突撃であった。


 ◇  ◇


 ヨナーシュの前にあるスクリーンは、アズヴァーラ軍の騎兵突撃を映し出していた。


「来たか。敵将ながら、見事なものだ」

 感銘の念がヨナーシュの声にこもっていた。


 カシュバルを始めとする武官達はその光景に見入っている。

 ミロシュ達も同様であった。


 ミロシュもカミルもシモナもこんな大規模な戦場は初めてだ。

 重装騎兵が押し寄せる様は、例えスクリーンの中とはいえ、迫力あふれるものだ。

 まして、アズヴァーラ軍があげる大音声はここまで聞こえる。


 のまれていたミロシュに心の中で声をかけたのはルーヴェストンだ。


(こんなので驚いてどうする。しっかりしろよ)

(初めてみるんだ。驚いて当たり前だろう)

(クソ神達に比べたら、しれたもんだ)

(わかってるよ。でも、こんな大きな戦いは初めてなんだ。いきなり慣れるのは無理だよ)

(早く慣れるようにしろよ。実力も出せずに苦戦するなんてバカバカしいからな)

(ああ、修行の成果を出してみせる)

(それは楽しみだ)


 ミロシュがシモナの顔を見ると、明らかに強張っていた。


「シモナ、大丈夫だよ。何かあれば、僕が守ってみせるから」

「ミロシュ……、いや、あたしこそ、この槍でミロシュを援護するから」

 シモナの顔から強張りがとれ、眼光に強さが宿っていく。


「三人で助けあおう。混戦となれば、どこから攻撃されるかわからない。三人で死角を消して、確実に敵を倒していけばいい」

 カミルは泰然としていた。


「さすがはカミルだね。落ち着いてて。その冷静さが僕にも欲しいよ」

 ミロシュはカミルを頼りに思う。


「ミロシュにはミロシュの良さがあるさ。もちろん、シモナも同じだ」

 そうでなければ、今も一緒に行動していない。

 心の中でカミルはそう付け足す。


「そうね。そうよね」

 発奮するため、シモナはカミルの言葉を受け入れる。


「ありがとう、カミル。いつかは僕達に戦うよう命令がくるんだね。いつでも出撃できるよう、心構えをしておこう」

 ミロシュの言葉に二人がうなずく。


 地上でも空の上でも、人間も竜人も天使も飛竜も全力で戦い、力つき果てた者から死んでいく。

 そんな凄惨な戦いがエーケダールの地にて始まった。

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