(6) 聖暦一五四三年一月 ブラジェク大司教
聖暦一五四三年一月五日。
「よろしければ、僕を抱いていただけませんでしょうか」
天幕の中で蠱惑的な姿態を見せた美少年が甘い声でそう言う。
ブラジェク大司教とヴァステノス教団のドリディン法王に仕えるミヒェルは二人きりで対面していた。
ミヒェルはブラジェクをただ見ている。
自分が持つ美しさを知り尽くした目で。
少年が持つ美に惹かれる者にとっては我慢しきれない眼差しで。
大司教であるブラジェクにとって、よくあることであった。
立場ある者に財や色を提供することによって、見返りを求める者達は世界が異なろうと存在していた。
しかし、目の前にいるエルフのミヒェルほどの誘惑はこれまでになかった。
「ドリディン法王のお指図か」
「はい。見返りは特に求めぬとのことです。猊下は両教団の友好を願っておられます」
「左様か」
つまり、「ただ」というわけだ。
そして、「ただ」ほど高いものはない。
「いかがでしょうか。僕は大司教様に抱いていただければうれしく思います」
「そなたは美しいな」
「ありがとうございます」
確かに美しかった。
あまりにも見え透いた陥穽だというのに、はまってしまいたくなるほどに。
ブラジェクは高坂川高校の生徒達に色をあてがってきた。
彼ら彼女らを縛りつけるために。
自分に従わせるために。
ミヒェルという甘美な毒を喰らえば、自分もまた縛られるに違いない。
それがわかっていても、なお惹きつけられるものがあった。
ドリディン法王はそれをよく知っているがゆえに、派遣してきたのだろう。
美女が好きな者に美女を、美少年を好む者に美少年を、というわけだ。
「いかがでしょう、大司教様」
ミヒェルの眼に妖しげな灯火が宿され、ブラジェクはその眼をにらんだ。
いくばくかの時が二人の間に流れ、
「……お気持ちだけをいただくとしよう。猊下にはよろしく伝えてくれ」
ブラジェクが搾り出すかのようにそう言うと、ミヒェルは軽く失望したようだった。
「かしこまりました。残念ですが、お暇させていただきます」
「夜道ゆえ、気をつけるがいい」
「ありがとうございます」
ミヒェルは背を向け退出しようとするが、振り向く。
「僕を拒んだのは大司教様が初めてです。いつでも僕を召して下さい。法王様の次に好きになりました」
「それは光栄なことだ」
ミヒェルは今度こそ去っていった。
ブラジェクは吐息をもらす。
魅惑から抵抗するために精神力を大きく削られた。
彼は冷えた水を陶器のコップに入れ、それを飲み干した。
間もなく始まろうとしているパーヴィリアとアズヴァーラの戦い。
直接戦う者達だけで約七万。
さらに、神々を初めとする外側から介入する者達も数多いが、一人一人の立場は異なっていた。
当然のことだが、動いているのは策謀を練っているのは、自分だけではない。
ミヒェルの来訪により、ブラジェクは改めてその事を痛感する。
おそらく、ドリディン法王は他の要人にも誘いの手を伸ばしているだろうから。
自分もまた動く必要がある。
ヨナーシュ王、ドリディン法王、いずれも手ごわい相手だが、全知全能ではない。
倦まず弛まず布石をうっていけば、最後の勝利をつかむことができるだろう。
神々とて、手に届かないことはないはずだ。
◇ ◇
聖暦一五四三年一月六日。
頽勢挽回を期するブラジェクの下に援軍が到着する。
パトラゴン大公国のニコラ首座司教が援軍百名を寄越したのだ。
教団騎士団連隊長の一人であるエドガール=バイイ=デムランが指揮官であった。
今日の行軍が終了し、野営の準備にとりかかり始めた時、デムランがブラジェクに面談を申し入れ、すぐさま受諾された。
「大司教様、ニコラ首座司教より書状を預かっております。ヨナーシュ陛下へ贈り物と親書を渡したく、おとりなしの程を」
デムランは八の字髭を生やした四十すぎの小柄な男だ。
両手に持った刺突剣の名手として有名であった。
「大儀であった。まずは私宛の書状を読ませてもらうとしよう」
「はっ」
ブラジェクは書状の封を開けて、眼を通していく。
読み終えたブラジェクは口元がほころんだ。
「デムラン隊長、さすがはニコラ首座司教よな」
「大司教様にはとても及びませぬ」
「いやいや、どうして」
書状の大意は、百名をブラジェクに預けるので戦いで使って欲しいということ、パトラゴンのアウグナシオン教団は引き続きブラジェク大司教の指導を仰ぎ、パトラゴン大公ではなくヨナーシュ王に従うということであった。
前者はともかく、後者が極めて重要であった。
「それで、首座司教はどうしてこのような判断をなされたのかな」
「パトラゴン大公はパーヴィリアに兵糧、物資を提供しましたが、受け取りを拒絶されました。そのことを知った首座司教はこの断を下し、我々は全速力で猊下達を追いかけたわけです」
「そうか……そのタイミングでよくも間に合ったものだ」
「天使様の助力があったそうです」
「なるほどな」
天使の飛行速度をもってすれば、パトラゴンまで情報を持ち帰るのはかなり早いだろう。
だがそれよりもブラジェクが重視したのは二つ。
ニコラが天使をパーヴィリア軍にはりつけて情報を集めていたこと。
将来的にはパーヴィリアがパトラゴンに攻め入る可能性があるとニコラが判断し、そうなればパーヴィリアが勝つと判断したことだ。
ブラジェクはニノン=バタイユ=ニコラが有能だと知っていたが、彼女の評価をさらに上方修正した。
パトラゴン大公国にとって、アズヴァーラとパーヴィリア、どちらかが一方的に勝利することは望ましくない。
万一、どちらかが片方を合併してしまえば、強大な圧力をうけることになるからだ。
ゆえに、パトラゴン大公国はアズヴァーラの出兵を黙認し、パーヴィリアに援軍をださず、物資だけの提供に留めた。
どちらにも肩入れしすぎず、なおかつ戦後を見据えての両天秤であった。
しかし、パーヴィリアはパトラゴンから物資を受け取らなかった。
ブラジェクは加勢を拒絶されたヨナーシュが激怒したと聞いている。
ヨナーシュは知謀に富む冷静な男だ。
パトラゴンの魂胆など見え透いていて、ブラジェクはヨナーシュが激怒したのを不自然に感じていた。
だが、ヨナーシュが激怒をわざと周囲に見せ付けたとしたら、話が変わってくる。
アズヴァーラの次にパトラゴンを攻めるべく、激怒は攻めるための理由付けだとしたら。
パトラゴンはパーヴィリアへ様々な物資を輸出することで大きな利益をあげている。
産品の筆頭にくるのは塩だ。
海がないパーヴィリアは塩の供給を岩塩に頼っているが、自給率は五十%ほどにすぎない。
パトラゴンは海岸沿いに塩田を持ち、そこから製造される塩をパーヴィリアに輸出し、財貨を得ていた。
逆にいえば、パーヴィリアの国富がそれだけパトラゴンに流出しているということだ。
また、パトラゴンを攻め取れば、港を手に入れることができる。
ヨナーシュは街道の治安を高めることで、貿易を活発化させて利潤を拡大していた。
そんなヨナーシュであれば、パトラゴンが持つ港に魅力を感じるだろう。
ブラジェクもまた、ニコラ同様にパーヴィリアによるパトラゴン侵攻がありえると判断した。
「事情はあいわかった。早速、ヨナーシュ陛下に拝謁すべく使者を出そう」
「忝く思います、大司教様」
デムランがブラジェクに恭しく頭を下げる。
「隊長であれば、言ってもよいであろうな。この援軍の意義は極めて大きい。感謝するのは当方よ」
「それはどういう意味でございましょう」
「すでに知っていようが、グルードゥスとヴァステノスが味方した。戦力の増大は好ましいことだが、我らアウグナシオン教団の影が薄くなった。我らの存在を誇示するためにも、戦力を増強する必要があったのだ。戦いまでもはや時がなく、今からでは打てる手が限られている。私はレギーハ様に面談し、天使様の増援をお願いしていたのだ」
「大司教様はそのような手を打たれていましたか」
デムランは感嘆したかのように何度もうなずく。
「レギーハ様は了承して下さったが、もう一つ何か手をうちたかった。そんな中、隊長達が援軍としてきたわけよ。私としては干天に慈雨がきたかのようだ」
「事情について了解いたしました。我らが教団の強大さを示すべく、我々は戦場で奮戦いたしましょう」
「期待しているぞ。ニコラ首座司教には現状の説明と謝意を記した書状を出すとしよう。そして、隊長を始めとして援軍に来た者達には戦後、厚い恩賞を約束する」
「我らは信仰のために参りました。恩賞のためではありませんが、大司教様のお言葉を聞かせれば、士気は上がりましょうぞ」
「我ら聖職者とて霞を食べて生きるわけにはいかぬ。遠慮なく受け取ってもらいたい」
「ははっ」
時流の勢い、運不運というものは確実に存在する。
ブラジェクは自身がまだ運に見放されていないことを知った。
◇ ◇
ブラジェクによる謁見の申し出をヨナーシュは承諾した。
夕方、ブラジェクとデムランはヨナーシュの天幕に赴き、謁見する。
ヨナーシュの左右には諸将、高官が並んでいたが、その末席にはカミルとミロシュがいた。
ミロシュの顔を認めた瞬間、ブラジェクは視線をミロシュの顔に固定する。
ブラジェクの視線に気づいたミロシュは困惑したかのような表情を浮かべた。
ミロシュ=ハルヴァート。
旧名は名村隼人、自分がかけた網から逃れ、王の甥であるカミルに知遇を得て、大騎士爵の爵位まで手に入れた少年。
自分の思いのままにならなかった人間の一人。
そのあどけない中性的な顔立ちは秀麗さよりも純真さを感じさせ、自分の中で食指が動くのをブラジェクは感じる。
ブラジェクはミロシュの隣にいるカミルから、冷たい視線が自分に発せられているのに気づいた。
この王の甥は敏いと評判だが、自分がミロシュに持った嗜虐的な感情を薄々感じたのかもしれない。
いや、少なくともヨナーシュ王は気づいているであろう。
高官というわけではないカミルとミロシュをわざわざ左右に侍らせたのだから。
ヨナーシュが自分に向ける視線からもそう悟らざるを得ない。
ドリディンといい、ヨナーシュといい、自分の急所をついてくるものだ。
いつか返礼する、とブラジェクは強く誓う。
「拝謁がかないましたこと、自身にとって恐悦至極に存じます」
「デムラン隊長、気楽にされるがよい。書状は読ませてもらった。ニコラ首座司教は賢人と聞いているが、その評判に誤りがないことを予は今知ったぞ」
「賢王と名高い陛下の足元にも及びませぬが、誰に従うべきかは承知しております」
「その方らの助力、喜んで受け取ろう。ブラジェク大司教の指示に従うがよい」
「ありがたく思います、陛下」
デムランは安堵の色を顔に浮かべた。
パトラゴン大公国からの物資は拒絶されている。
援軍の申し出を拒否される可能性もあったからだ。
「予に贈り物があるときくが、中を改めてもよいかな」
「ははっ、ぜひご覧になって下さいませ」
侍従がヨナーシュの前に卓を置き、その上に贈り物を並べた。
絵付けが施された白磁器のティーカップ、ガラスで出来たワイングラス、精巧な細工がなされた手鏡であった。
白磁器の白さ、絵付けの精巧さ、グラスの透明感、手鏡の優美さはどれも見事というしかなかった。
居並ぶ者達が感嘆の声をもらす。
「これらはいずれもシュテック商会の品物だな」
「陛下はご存知でございましたか」
「アウグナシオン様が召喚された者達が立ち上げたと聞いている」
「御意にございます」
「精巧なばかりでなく、値段も安いそうだな。つまり、今までよりも多くの民が製品を手に入れられるわけだ」
「それゆえに、港町スピノカ周辺の建物には窓ガラスが増えております」
「うむ、パトラゴンはさらに発展して豊かになるであろうな」
ヨナーシュの何気ない一言だった。
だが、その瞬間、ヨナーシュとブラジェクは視線をあわせる。
ヨナーシュは視線をはずして、白磁器のカップを手に取った。
「実によくできた絵付けだ。ナターリヤの花が咲いているかのようだな」
「アウグナシオン様が召喚されたアカリ=ナナノの作品でございます」
「ほう、異世界よりもたらされた技巧だな。今夜はこのカップで一杯飲ませてもらうとしよう」
「彼女も喜ぶでしょう。陛下のお言葉をお伝えいたします」
「女性であったか。ブラジェク大司教、予はうらやましく思うな。優れた人材をこうも確保できるとは」
「アウグナシオン様のお陰でございます」
「しかし、予にはミロシュが仕えてくれた。予はそれだけでもアウグナシオン様に感謝しているぞ」
「陛下の優れたご器量がミロシュ殿を引き寄せたのでありましょう」
ヨナーシュとブラジェク、ひいては諸将の視線がミロシュに集中する。
ミロシュは困惑するが、
「陛下のために全力でお仕えします」
とだけ述べて一礼する。
ミロシュの隣にいたカミルが、
「アウグナシオン様のお導きと陛下のご配慮に深く感謝しております」
と、ミロシュの言葉を継ぎ足しまとめた。
「戦いでの働きを楽しみにしているぞ。それにしても、このアカリ=ナナノのカップはよいな。他にも作品はあろう。手の者をやり、買わせてもらうとしよう」
ヨナーシュの言葉にデムランは間髪いれず、
「陛下のお手をわずらわせる必要はありませぬ。当方で手配し、お届けいたします」
と、こたえた。
「そこまでしてもらってよいのかな」
「陛下に気に入られたのは望外の喜びというもの。ぜひ、献上させて下さいませ」
「それでは甘えるとするか」
鷹揚にヨナーシュはうなずく。
「それと、シュテック商会では鉄製品も扱っているようだな。よければ、一そろい見せてもらいたい」
「……かしこまりました」
武具に転用できる鉄製品はわざと贈り物からはずしていたが、ヨナーシュの言葉にデムランはうなずくしかなかった。
シュテック商会について知られている以上、うかつな事はいえないだろう。
ヨナーシュは白磁器のカップに指を滑らせながら、
「グルードゥス様とヴァステノス様が味方してくださったが、予は決してアウグナシオン教団をないがしろにするつもりはない。アウグナシオン様は最大の戦力を派遣して下さった。予はそのご配慮に報いるつもりだ」
と、滑らかに語った。
「聖戦に勝利すべく、尽力いたします」
ブラジェクは一礼する。
「パトラゴンの教団は血を流すのを厭わず、予の下に駆けつけてくれた。予はその恩義に必ずや報いるぞ」
「我らは百名にすぎませぬが、戦いにおいては必ずや役立ってみせます」
ブラジェクに続いて、デムランも拝礼した。
これにて無事に謁見が終了し、ミロシュは味方が増えたことを喜ぶ。
しかし、しばらくの間はブラジェクの視線が気にかかっていた。
教団ではなくヨナーシュ王に仕えた自分に対して、何か含みがあるのかと……
◇ ◇
紅い夕日にさらされながら、ブラジェクとデムランは帰陣する。
陣に到着後、デムランはブラジェクに謝意を述べる。
「大司教様のおかげで無事に事が運びました」
「まだ、それを言うのは早かろう。会戦で勝利してから、その言葉を聞くとしよう」
「誠に仰るとおりですな。後は戦いにて我らが力をお見せいたします」
「うむ」
二人は分かれ、ブラジェクは騎乗して高坂川高校の生徒達がいる陣へ向かう。
嵯峨領子は夕日を背景に、一心不乱に愛刀である『寂雨』(ジャクウ)を振るっていた。
紅く染まったその姿には、強さと舞いのような美しさが両立している。
女性に興味がないブラジェクにすら、惹きこむものがあった。
策謀の世界で生きる自分からすると、意のままにならない苦さがあるにしても、武のみに打ち込む彼女にすがすがしさを感じる。
鍛錬の邪魔をすまい、とブラジェクは黙って馬を進めた。
桐川綾香もまた、パーティを組んでいるフィーネやリタと訓練を行っていた。
アヤカとリタは剣で、フィーネは杖をもって。
組み合わせを変えて、二対一で打ち合っていた。
三人はブラジェクに気づき訓練をやめて、ブラジェクに近づく。
「視察ですか、ブラジェク様」
アヤカが馬上のブラジェクを見上げた。
「そうだ。戦いは間近だからな」
「二人に引きあわせてくれたブラジェク様のためにも力になりますよ」
アヤカの顔に屈託したものは一切はなかった。
「アウグナシオン様のためにも」
フィーネとリタは敬虔な信者であった。
「頼もしい限りだな」
ブラジェクは眼を細めた。
男しか好きになれないブラジェク、女しか好きになれないアヤカ。
違いはあれど、ある意味二人は同じであった。
ブラジェクはそれゆえアヤカに好意を持ち、この戦いでアヤカが失われないよう祈る。
「皆、生き残るのだぞ」
真情からの言葉をブラジェクは送った。
「もちろんです。二人との生活をこれから楽しむためにも」
アヤカは微笑む。
「二人は私が守ります」
と、戦士のリタがいえば、
「全員が生還してみせます」
と、神官のフィーネがこたえた。
それから少し歓談し、ブラジェクは三人の下を辞す。
馬を進めたブラジェクの眼に留まったのは浦辺佐織であった。
彼女は数人を従えて、祈りを捧げていた。
その祈りの姿を見るだけで、彼女の信仰は真実だと誰もが知るだろう。
ブラジェクはしばらく彼女を見続け、何も言わずに離れた。
日が落ちる直前となり、ブラジェクは自分の陣へ戻ろうとする。
その途中でエグという名の少女を連れた瀬能和哉に出会い、声をかけた。
「間もなく戦いだが、体調など問題ないか」
「心配していただいてありがとうございます。何の問題もありません」
「カズヤの召喚魔術の真価、楽しみにしている」
「僕には大した力はありませんよ」
カズヤは苦笑する。
「さて、私はそうは思わんが。アズヴァーラは精鋭ぞろいだ。しかし、カズヤにはそれをはねのけるだけの力があると私は見ている。でなければ、死ぬ事になる」
「まだ、死にたくはないのでせいぜいがんばりますよ」
切り込んできたブラジェクに対して、カズヤはいなしてみせた。
(カズヤ=セノウか。召喚された者達の中では一番、私やヨナーシュ王に近い存在だな)
慎重に振舞うカズヤをブラジェクは心中、そう評していた。
それからいくらか言葉を交わして、ブラジェクとカズヤは別れた。
ブラジェクの姿が見えなくなってから、エグがカズヤに問いかける。
「カズヤ、本気で戦うのか?」
「まさか。ほどほどに戦うよ」
「えっ、また。つまらないぞ、カズヤ」
エグはふくれっ面をする。
「これから、機会はいくらでも訪れるさ。次の戦いで終わりなんてありえないからさ」
「待つのは好きじゃないんだぞ」
「待つのはとても重要さ。覚えておいた方がいい。革命、動乱の先頭に立つ者はほとんどが死んでいく。昔のエグのようにね」
「うー、それは……」
エグのふくれっ面が渋面へと変化した。
「僕達が持つ力はハイグラシア全体に対して、まだまだ小さいんだ。機が熟するまで待つ。わかったね」
「仕方ないな、今回だけだぞ!」
「さぁ、どうだろうね」
カズヤはエグに言質を与えないまま、天幕の中へ戻った。
アズヴァーラ軍はエーケダールに到着し、行軍を停止していた。
パーヴィリア軍は後三日も行軍すれば、エーケダールに到着することになる。




