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ハイグラシア新歴全書  作者: 火藤煌士
プロローグ
5/55

(5) 旅立ち

 ミロシュは残り時間を火属性魔法の鍛錬に費やした。

 サララに動くかかしを標的として出してもらい、実戦にできる限り近づけた鍛錬だ。

 疲労せず魔力が瞬時に回復する仕様をフルに生かして、威力、速度、命中力を高めるべく、全力を尽くした。


 効率的な鍛錬の結果、火属性魔法のスキルをレベル二に上げることができた。

 魔力も一だけだが上昇する。

 ミロシュはこの成果に喜ぶ。


 残り時間が約一時間となり、ミロシュはハイグラシアの一般常識について書かれた本を降りる前に受け取る。

 いきなり、魔物がいるところに降ろされることはないだろうが、本を読んでいる間に魔物が近寄ってくるかもしれない。

 降りる前に一般常識を習得する必要があった。

 ハイグラシアの簡単な歴史、主な神々と国々、風習、産物など、一通りのことが書かれていた。

 ミロシュは残り時間でざっと目を通す。

 気になったことがあり、ミロシュはサララにたずねる。


「この本は誰が書かれたのでしょうか?」

「異世界人の召喚はこれが初めてではありません。召喚された人にハイグラシアを簡単に説明できるよう、大昔の賢者が書いた書物があったそうです。それに内容を追加したり、改訂したりしてその書物ができました」

「そういうことですか」

 サララの説明にミロシュはうなずいた。

 ただ、合理的だとは思うが、神々や天使がマニュアルを使っているのは少しイメージが違っていたけども。


「いよいよ、ハイグラシアに降ります。よろしいですか?」

「はい、お願いします」

 サララの呼びかけでハイグラシアに行く時がきたと知り、ミロシュは気を引き締める。

 魔物が跳梁跋扈する世界だ。

 油断は命取りだろう。


 サララが右手を上げると光が発せられ、ミロシュの視界は光に包まれた。

 光が消えると共に風景が一変していた。

 視界の右には大森林が広がり、奥には山地があるのがわかる。

 左を向くと地平線が見えていた。

 ところどころ低木が見えるが、大草原だ。


 ふと気づくと、学生服からウールのような布でできた黒のローブに着替えていた。

 腰にはベルトが巻かれ、下着も着用していて、木綿っぽい着心地だ。

 足を見ると革靴をはいている。


「これをどうぞ」

 サララから木の杖を渡される。

 杖の先端には直径五センチほどの赤い石がはめこまれていた。


「ありがとうございます」

 杖を受け取り、ミロシュは礼を言う。


「その杖にはめこまれている魔石を使えば、火属性魔法の威力を少し強化できます。火属性魔法を使う際は、その魔石から炎を出すようイメージして下さい」

「わかりました。高価そうな杖ですね」

「それほど高価ではありません。その魔石は大して強力ではありませんから。でも、本来なら、魔石つきの杖ではなくて普通の杖を渡す予定でした。盟約者であるミロシュへのサービスです」


 自然な感じの微笑みでサララはそう述べた。

 その言葉は嘘ではない。

 あまりにも強力な装備は神や同僚である天使の手前、渡すことはできないが、できる限りのことをするつもりである。

 ミロシュに死んでもらっては困るのだから。


「サララさん、ありがとうございます」

「いえ、そうそう、私のことはサララと呼んでください。もう盟約をかわした仲です。私はミロシュと呼んでいますよ」

「わかりました。サララ」

「それで結構です。それと、そのローブには最低限の防御魔法が施されています。衝撃や攻撃魔法の威力を若干、和らげてくれるでしょう。大した効果ではないので過信しないようにして下さい」

「ありがとう、サララ。大事にするよ」

「お金がたまったら、気にせず強力な装備にかえていって下さい」

「そうするよ」

「これもどうぞ」

 ミロシュはサララからリュックサックとポーチを渡された。

 リュックサックを背負い、ポーチをベルトに固定する。


「この中には、ポーション、毒消し、ナイフなど冒険者として最低限必要なものが入っています。それと、この世界のお金をポーチに入れておきました」

 ポーチを開けると、いくつかの雑貨と四種類の硬貨が入っているのを確認できた。


「お金の単位はセルドスです。金貨二枚、銀貨五十枚、銅貨五十枚、陶貨十枚、入っています。陶貨十枚で銅貨一枚にあたり十セルドス、銅貨五十枚で銀貨一枚にあたり五百セルドス、銀貨百枚で金貨一枚にあたり五万セルドス、金貨十枚で聖銀貨一枚にあたり五十万セルドスです。都市に住む平民の五人家族なら、金貨二枚あれば、つつましい生活になりますが、一月暮らせるでしょう。農村なら、金貨一枚ほどあれば暮らせると思います」

「思ったよりも、たくさんもらえるな。もしかして、これも?」

「ええ、金貨一枚増やしています。もっと援助したいのですが、あまり派手にもできませんから」

「いや、十分だ。ありがとう」

 ミロシュはサララを見つめ、ぎこちなくも微笑する。


 二人の盟約は信愛や友情で結ばれたものではない。

 あくまでも打算で結ばれた盟約だ。

 サララの援助は好意というよりも打算で行われたもの。

 ミロシュはそう考えている。


 しかし、それでもうれしいという気持ちが全くないわけではない。

 これからの付き合いも考えれば、親しくなっておいた方がいいに決まっている。

 人付き合いがあまりうまくないミロシュなりに、笑うことで感謝の気持ちをこめてみたのだ。


「……いえ、当然のことをしただけですから」

 サララの頬が少し赤くなる。

 やや硬いながらも透明感があるミロシュの微笑みは、サララの目には美しく見えた。

 ミロシュの顔はサララが自分好みに整えたものだから、そう思うのも当然かもしれない。

 だが、造形美以上の何かをサララは感じていた。

 それが何かは今のサララにはわからなかった。


「もし、危機に陥ったときは私の名前を強く念じてください。盟約者である私にはそれが伝わります。しかし、私は神ではなく、一介の天使にすぎません。いつでもどこでも助けられるというわけではないのです。私の助けを最初から計算に入れて、行動するのは避けて下さい」

「もちろん。死ねば終わりというのを忘れるつもりはないから」


 ミロシュの笑みに少し心を動かされたのは事実だ。

 しかし、ミロシュを最優先させるわけではない。

 自分が危険な状況になるようなら、ミロシュを見捨てるだろう。

 貼り付けた笑みの下でサララはそう考える。


「それでは、ひとまずのお別れですね。こちらの方向へまっすぐ歩いてください。そうすれば、五分もせずに街道が見えます。街道についたら、右手に向かってください。三十分ほど街道を歩けば、ソヴェスラフが見えてくるでしょう」

 サララは草原の方を指差し、進路をミロシュに告げた。


「わかった。また会おう、サララ」

「ええ、ミロシュ」

 ミロシュはサララに背を向け、街道目指して歩き出す。


(僕は今日からハイグラシア人のミロシュ。腐りつつあった日本人の名村隼人じゃない。奇跡的に与えられたこのチャンスを生かそう。無駄死にはしたくない。精一杯、生きてみるんだ)

 眼差しに決意の色を浮かべ、心中でミロシュは発奮していた。

 不安は大きい。

 しかしそれよりも、まだ見ぬ異世界が楽しみだった。


 ◇ ◇ ◇


 天使サララはミロシュと別れた後、神界に戻った。

 召喚された人間をサポートした七百二十名の天使は、女神アウグナシオンへ報告しなければならない。

 天使がかわるがわるアウグナシオンに報告を行う中、サララは自分の番が来るのを待っていた。

 そして、自分の番がきて、一通りの報告を行った。


「ご苦労様でした、サララ」

「いえ、私の務めですから」

 アウグナシオンはサララの報告を受け、ねぎらいの言葉をかけるが、興味深げな表情に変わる。


「ミロシュのどこが気に入って、盟約を結んだのかしら?」

「将来性があるように思えましたので」

「どうしてそう思えたの?」

「状況が激変したにも関わらず、冷静さを保っているように思えました。また、スキルの選択も優れていたと考えます」


 サララは女神がもつ神気におされ、緊張していた。

 ミロシュと話していたときの余裕はなく、作り笑いを浮かべることもできず、表情は硬い。

 これが、神の中でも神格の高いアウグナシオンと一介の下級天使にすぎないサララとの差である。


「確かにそうかもね。将来に期待しましょう。下がっていいわよ」

「失礼いたしました」

 サララは頭を下げ、アウグナシオンの前から下がった。


 アウグナシオンにはサララの心情が手に取るようにわかっていた。

 ミロシュとの盟約で力をつけて、下級天使を脱したいのであろう。

 それでいいのだ。そう考えるように造ったのだから。


 元々アウグナシオンに仕える天使だけでは、召喚した地球人のサポートをするには数が足りなかった。

 そこで、新たに三百ほど下級天使を創造した。

 全ての天使に上昇志向をもたせてある。

 そうすれば、自分の理力を増やすべく、積極的に地球人へ協力するだろうから。

 神力を消耗したが、自分を信仰する人間が増えれば、補ってあまりあるだけの神力が得られる。


 神力は自ずから持つ力と信仰する者の数と信仰の強さ、全ての総計で決まる。

 この召喚は人間を守護するために行われたのではない。

 アウグナシオンが神力を増すために、この召喚は必要だったのだ。


 アウグナシオンは自分の手駒となる天使と、神力をこめた言葉で心にくさびをうちこんでおいた地球人が、ハイグラシアで活躍することに期待する。

 人間の勢力全体を強くするのが目的ではない。

 自分を信仰する人間の勢力だけが強くなるのが望ましいのだ。


 人間を守護する神はアウグナシオンだけではない。

 他にも人間の守護神は存在する。

 人間全体が強くなれば、他の人間守護神の神力も強化される。

 それは、アウグナシオンにとって避けなければならない。

 アウグナシオンのみが強くならなければいけないのだ。


 引き続き、アウグナシオンは策謀を練り続ける。


 絶対神となるために。


 ◇ ◇


 サララは神界からハイグラシアに降り、大木の枝に座っていた。

 日は落ちて、空一面に星が広がっている。

 無数の星が瞬く美しい夜空を見上げながら、サララは想う。


 アウグナシオンには自分が強くなりたいという気持ちを悟られているだろう。

 自分を創造したのはアウグナシオンなのだから。

 しかし、自分の気持ちをどこまで知られているのだろうか。


 サララはハイグラシアの歴史を思い出す。

 かつて神々の間で大戦が起こり、上級神を含む神々の約半数が滅びた。

 大戦終結後、神々はハイグラシアの直接支配を断念して、神界に退去した。

 アウグナシオンはその大戦を生き残り、上級神達の一柱として君臨している。

 しかし、この過去が意味することは、上級神とて全知全能ではないということだ。

 全知全能であれば、大戦で滅びることなどなかったであろう。


 そう、アウグナシオンも全知全能ではない。

 自分の全てを把握できてはいまい。

 でなければ、アウグナシオンに仕える天使を脱して、神になりたいと考えている自分は存在を抹消されているだろうから。


 サララは自由に行動したかった。

 アウグナシオンに縛られているのを苦痛に感じる。

 自由への渇望が身を焼く。

 渇ききった者が水を求めるがごとく、自由を欲するのだ。


 なぜそう想うのかはわからない。

 天使として生を受けた時から、そう感じていた。

 そもそも全知全能であれば、天使である自分にこのような欲望を持たせないだろう。


 この苦痛から解放されるには天使を脱し、神になるしかない。

 その為には力が必要なのだ。


 サララは慎重に行動するつもりである。

 現在、アウグナシオンとの力の差は比較するのもバカらしい。

 単なる上昇志向と思われるのは問題ないが、本心を悟られてはすべてが終わる。


「悔いなき道を歩まないとね。私を創って下さったアウグナシオン様のためにも」

 皮肉でもあり、本心でもあった。

 自分を創造してくれたことは感謝しているのだ。

 しかし、自由を求める気持ちはより強い。

 比べる必要もなく。


 想いをかなえるために、サララは行動を開始する。


===============


プロローグ終了時ステータス:


名前:ミロシュ

年齢:16 性別:男 種族:人間

身分:平民 経験値:120/200

レベル(残りポイント0):2

体力:36/36 魔力:37/37

腕力:20 持久力:20 敏捷:22

器用:19 魔攻:24 魔防:23

スキル(残りポイント0):

 翻訳読み書き(万能)、

 経験値獲得UP(1.5倍)、

 スキルポイントUP(2)、

 瞑想1、気配察知1、火属性魔法2

称号:

 異世界人、天使の盟約者

特記事項:

 入信:アウグナシオン、盟約:天使サララ

装備:

 火魔石の杖(+1)、アザリ羊のローブ(+1)


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