(2) 聖暦一五四三年一月 新年の儀式(後編)
高井幸太からみて、ミロシュ=ハルヴァートという男はいけ好かない。
ハーレムを目指していた彼は、ソヴェスラフでそこそこ戦うも、目だった戦功はあげられなかった。
なので、ソヴェスラフの解放後、兵士の一人として民衆から歓迎はされたものの、特別扱いを受けたわけではない。
だというのに、ミロシュという男はソヴェスラフで英雄扱いされ、貴族になり、王族と親しく、エルフまではべらせている。
おまけに、顔まで女受けしそうなツラだった。
もっとも、名前と顔を変えているのを聞き、この作り物野郎がと思うことで、コウタは鬱憤を晴らしていた。
(チッ、そんな手があったのか。俺もさらなるイケメンに微修正しておけばよかった)
とも、思っていたのだが。
コウタは気づいてないが、仮にミロシュと同じ容貌にしようとすれば、それなりのポイントを消費しただろう。
そんなコウタはこの新年の席でパーティメンバーと別れ、女性を物色していた。
軍中だというのに、妙齢の女性はけっこう多い。
身体強化などの魔術あってこそだ。
だが、コウタはこれと思う女性に声をかけるが、うまくいかなかった。
(どいつもこいつも見る目がないな。やはり、次の戦いで大きい手柄でもたてるしかないか)
下心丸出しで女性達にひかれていたのに、コウタは全然気づいていない。
フウガと別れたミロシュはようやく次の生徒を見つけるが、それがこのコウタだった。
ミロシュはコウタとまだ一度も話していないのだが、風貌からして間違いないだろうと思う。
「どうも初めまして、ミロシュ=ハルヴァートと申します」
ミロシュはコウタに声をかける。
生徒達とできる限り、親しくなっておきたいからだ。
ミロシュの目標は果てしなく大きい。
独力で成し遂げるのはまず無理だろう。
幅広く協力者を得る必要がある。
生徒達は最低限の能力が保証され、アウグナシオンへの信仰があまりなさそうで、協力者としてうってつけだった。
なおかつ、同郷なので話がしやすいのだ。
誰とでも気軽に話せるわけでもないミロシュにとって、最高の条件が整っていた。
「……コウタ=タカイだ」
内心、ぼろくそにけなしていたミロシュに話しかけられ、コウタは少し驚いた。
「ご存知かもしれませんが、僕は名村隼人という名前でした。高坂川高校の生徒ですよね?」
「ああ、そうだ」
コウタはつっけんどんに答える。
ミロシュは相手が不機嫌そうだとは思いつつも、話し続けた。
「僕はこの世界に馴染むため、名前と顔や髪を変えましたけど、同じ世界から来たみんなと仲良くやりたいんです。これから、よろしくお願いします」
ミロシュはぺこっとお辞儀する。
「……そうだなぁ。でも、かわいいエルフとかいるし、俺と仲良くする必要なんてないんじゃないのか?」
コウタの表情も口調も冷たい。
「高井君はシモナを知ってるんですか?」
「そりゃあ、ミロシュさんは有名人だからな。俺なんかと違って」
「……いや、そんなことないですよ」
さすがにミロシュもコウタの悪意にうすうす気づく。
「あんなにかわいいんだし、いい関係なんだろ?」
「そんな関係じゃないですよ! ただのパーティメンバーです」
ミロシュの顔が少し赤くなる。
「本当かよ?」
「ええ!」
「……もしかして、たたないとか?」
コウタにとって、パーティ兼ハーレムメンバーのダリラ、イルマ、ロジータは三人ともかわいい。
でも、ちらりと見たシモナには負けてるような気がして、それも癪に障っていたのだ。
なので、ミロシュの答えはコウタからすれば信じられなかった。
「ち、違います!」
「……もしかして、童貞?」
「ど……」
ミロシュの顔色はりんごのようになる。
ミロシュからすれば、初対面の相手にこんな場でこんな質問をされるとは思わなかった。
非常識にも程がある。
「へぇ……」
コウタの表情から冷たさが取り除かれて、少しにやついたものになる。
(そうか、やってないのか。なら、俺のが上だな!)
「いや、こたえなくていいよ。よくわかった」
「……わかったって、何がですか?」
今度は逆にミロシュの表情が険しくなる。
(もう話なんていい。他にも生徒達はいるんだし)
ミロシュはすっかり、むくれてしまっていた。
「初対面の相手にする質問じゃなかったな」
「……ええ」
「俺はこっちにきてやったんだけどいいもんだぞ。最高だった。下ネタかもしれないけど、仲良くなるにはこんな話題がいいかと思って、話をふったんだよ。俺なりに考えたつもりだったが、すまなかったな」
相手が下だと思えば、コウタは優しくなれた。
話を適当に作っていたが。
「え、いえ、別にその……」
コウタの変化にミロシュは戸惑う。
「あのエルフはシモナっていうのか。かわいいけど、やりたいと思わないのか?」
「……やりたいとか、その、付き合ってもいないですし……」
「あんなにかわいいのに、好きじゃないの?」
「いや、その、何というか……」
ミロシュはあっち向いたり、こっち向いたり、落ち着かない。
ミロシュの様子を見て、コウタはすっかり面白がる。
(こんなツラしてるのにおかしな奴だな)
「ああ、これ、おいしいジュースです。甘くていいですよ」
ミロシュはテーブルの上にあるコップにジュースを注ぎ、飲み始める。
コウタから見れば、話をそらしたいのは丸わかりだった。
「そうだな。一緒に王都の娼館にでもいってみないか。美人がたくさんいて、なかなかだぞ」
ハーレムが拡大しないので、三人に飽きた時、コウタは時々行っていたのだ。
「……いや、初めてはその」
「ああ、そうだったな。俺もこだわりがないでもなかったし」
「ええ、まぁ、では僕はそろそろ……」
ミロシュはこれ以上、こういう話をしたくなかった。
「そうか。まだのままなら、死にたくないよな。部隊は違うけど、ミロシュが危なくなったら助けてやるよ。お互い、がんばろうじゃないか」
(よくよく考えると、こいつは強いだろうし、仲良くやっておくにこしたことはないな。話してみると、いけすかない奴でもなかったし、かわいい所もあるじゃないか)
コウタの表情は、コウタにしては爽やかだった。
「あ、ありがとう」
「俺はとことんラッキーだから死なないだろうが、ミロシュは死ぬなよ。同じ世界から来た仲間なんだからな」
コウタの言葉に熱がこもる。
目下と思っているミロシュに対して、コウタはどこまでも優しい。
そんなコウタの言葉に対して、ミロシュは胸がじんわりする。
「……仲間。そうだよね、僕はうれしいよ、高井君」
「おいおい、ミロシュ、コウタと呼んでくれよ。俺とお前の仲だろう、そんな呼び方だと壁ができるぞ」
コウタにとって、ミロシュとはもうそういう仲であった。
「……そうだね、僕の悪いところなんだ。コウタ、僕も君が助けられるよう努力するよ」
「おお、期待してるぞ、ミロシュ」
二人は当初の険悪な雰囲気と裏腹に、和やかな空気で別れる。
余裕のあるコウタはきっとかなり強いのだろう、とミロシュは考えていた。
先ほど話した水谷楓冬との落差があっただけに、なおさらそう思えたのだ。
(水谷君もミロシュと呼んでくれてたし、フウガって呼んでみるかな)
そんなことを考えながら、ミロシュは次の生徒を探し歩く。
そして、パーティメンバーのフィーネやリタと談笑している桐川綾香を見つけた。
ミロシュは早速、話しかける。
「ミロシュ=ハルヴァートと申します。よろしいでしょうか?」
「ミロシュ……ああ、あなたが。桐川綾香よ、よろしく」
それから、ミロシュはフィーネやリタを紹介される。
三人と多少話をするが、ミロシュはどうも壁を感じた。
趣きは異なれど、三人ともかわいい少女だ。
表向きは丁寧に接してくれるが、妙な違和感がミロシュにつきまとう。
その正体がよくわからないまま、ミロシュは話を終えた。
「楽しかったわ。また、お話しましょう、ミロシュ君」
「はい、桐川さん」
アヤカはミロシュに対して微笑んだ。
ミロシュは三人と別れた後、アヤカがフィーネやリタに向ける微笑みを見た。
自分に向けられた微笑みと比べ、明らかに華やいでいる。
(すごい仲がいいんだなぁ)
ミロシュはそう思いながら、三人から離れていった。
それから、ミロシュは佐久間亜実とも初めて出会う。
簡単に話をするが、気弱な彼女とは深い話ができないまま、別れた。
三条彰ともミロシュは話をして、水谷楓冬と同じように久闊を叙す。
ミロシュはアキラにパーティメンバーであるエットレ、オデット、レジーヌを紹介される。
そして、アキラがレジーヌと付き合っていることも。
アキラはフウガと同じ立場だ。
ミロシュはアキラがどう考えているのか気になったが、楽しそうに話をするアキラは屈託ない様子であった。
その様子を見て、ミロシュはふと漏らす。
「三条君は戦う覚悟ができているんだね」
「ああ、敵はアズヴァーラ王国だが、あいつらが攻めてきたんだ。この戦いに負けたら、今の生活を失うだろう。それは嫌だからな」
「それはそうだね」
「ミロシュも覚悟が出来ているんだろう。おいしそうにジュースを飲むその姿は余裕たっぷりに思えるぞ」
アキラも他の三人も軽く笑った。
「え、そうかな。でも、甘いジュースなんて久しぶりだし」
「見かけによらず、図太いんだな」
「いや、そうでもないと思うけど」
ミロシュは実をいうと、この戦いに敗北しても、カミルとシモナを連れて逃げるのは可能だと考えていた。
それだけの修行を行ってきたという自負もミロシュにはある。
ルーヴェストンのお墨付きもあるので、それが気楽さにつながっていた。
「ハハッ、頼もしいな。ミロシュ、戦いの後もまたこうして話をしよう」
「そうだね、今日話せてよかったよ」
「俺もだ」
ミロシュはアキラと別れ、いよいよお目当ての人物を探す。
浦辺佐織だ。
聖女と名高い彼女にどうしても会って話をしてみたかった。
ミロシュの感覚では、聖女といわれるとジャンヌダルクくらいしか思い浮かばない。
もともと、普通の高校生だったはずの彼女がなぜそこまで献身的な活動を行えるのか、ぜひ聞いてみたかった。
人ごみの中、ミロシュは探すのに苦労するかと思ったが、けっこう簡単に見つかる。
なぜかというと、彼女と話をするために順番待ちの行列ができていたから。
並んでいるのはほとんどが男性だ。
身分が高い者からただの平民まで、千差万別だった。
誼を通じたい者から、交際や結婚を望む者までいる。
サオリはそんな仰々しいことは避けたかったが、教団の神官にこうしないと混乱するといわれ、やむなく従った。
彼女にはすでに取り巻きが何人もいる。
主に、彼女によって助けられた者達だ。
崇拝や思慕が彼女を取り巻いていた。
ミロシュは事情を知ると、ジュースで満杯にしたコップを手に持ち、行列に並んだ。
ちびりちびりジュースを飲みながら、ミロシュは順番が来るのを待つ。
数十分あまりで、ようやくミロシュの順番がやってきた。
ミロシュはサオリを見て驚く。
外面の美と内面からもたらされる気高さが組み合わさり、今の彼女にはカリスマが備わりつつあるからだ。
本当に、同じ高校生だったのかとミロシュは思う。
「どうも初めまして、ミロシュ=ハルヴァートと申します」
「初めまして、サオリ=ウラベです。あら……」
サオリはさすがに疲労を感じていた。
交際や婚姻などは、はっきりと断るのだが、しつこい者が多かったからだ。
ひどい者はサオリを崇拝する取り巻きが、「サオリ様はお疲れだ」と断ってくれるのだが、それでも精神的に疲れるものがある。
もうそろそろ宴席から退去しようかと思っていたが、サオリはミロシュが叙爵された式典で顔を覚えていた。
「もしかして、高坂川高校の元生徒でしょうか?」
「はい、以前は名村隼人という名前でした。浦辺さんと話をしてみたくてここに来ました」
「そうだったんですか、お待たせしてどうもすみません」
「いえ、いいんですよ。気にしないで下さい」
「どうもありがとうございます」
サオリは微笑んだ。
ミロシュはその美しい笑みを見て、行列ができるのを納得する。
「浦辺さんの事は色々聞きました。聞いてみたかったことがあるんですけど、いいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「どうしてそこまで、献身的に振舞えるのでしょうか? そのう、元々同じ高校生だったとは思えなくて。ぶしつけな質問ですみません」
その質問はサオリにとって定番だった。
だが、同じ高校生だったという立場からすれば、自分が普通ではないことをサオリは自覚している。
ミロシュの慎ましい態度とあいまって、特に気にはならなかった。
「私は人に助けられて生きてきました。だから、私は困っている人を助けます。それだけですよ」
「……すごいですね」
ミロシュは感嘆する。
サオリの言葉は口で言うだけなら、簡単なものだ。
だが、実行するとなると、そう簡単にできるものではない。
「すごくないですよ。ミロシュさんこそ貴族になられたじゃないですか」
「それは、運が良かっただけです」
「そうですか、私はそうは思いません」
サオリはきっぱりと告げた。
「どうしてでしょう?」
サオリの確信めいた答えに、ミロシュは少し驚く。
「このハイグラシアという世界は、運が良かっただけでそこまで成功するほど、甘い世界ではないと思います。地球でも同じかもしれませんが」
「それは……、カミルやシモナにも助けられたのはあります」
「お仲間の方達ですか?」
「はい、そうです」
「共に戦われたということですよね?」
「ええ、助けてもらいました」
「ミロシュさんもそのお二人を助けられたんですよね?」
「……そうですね」
「やはり、運だけではないですよ。ミロシュさんは人を助けるだけの優しさを持ち、逆に助けられるだけの絆をその方達と結ばれたってことです」
「それは……」
「そうだと思いませんか?」
「そうかもしれません……」
「ですよね。ミロシュさんも人を助けてるじゃないですか。私もミロシュさんと同じです」
「でも、僕は見知らぬ人を何人も助けたりはしてません」
「本当にそうですか。ソヴェスラフで戦われたのも、今ここにいるのも人のためというお気持ちがあるんじゃないですか?」
ミロシュはサオリの瞳を見ていると、見透かされているような気がしてくる。
神々を倒すというミロシュの目標は、人のためという想いも当然あった。
しかし、それを口に出すのはミロシュにとって気恥ずかしいことだ。
「……浦辺さんにした質問はやっぱり失礼でしたね」
その言葉を聞いて、サオリは微笑む。
「それだと、答えになってないですよ、ミロシュさん」
「……いえ、どうにも答えるのが恥ずかしくなって。僕が逆に質問されてよくわかったんです」
「思いを口に出すのは難しいですか?」
「……恥ずかしいと思うことが多いです」
「人のために戦うって公言するのは、恥ずかしいことではないと思いますよ」
「そうでしょうか。浦辺さんがここに来たのはその……」
ミロシュは言葉を続けられなかった。
だが、サオリは答える。
「私は教団の方々にお世話になっています。それに、この戦いはこちらが起こしたものではありません。自衛する権利は当然あると思っています。戦いで傷つく方々を少しでも助けたいと思い、私はここにいます」
サオリの言葉に、周囲の神官や取り巻き達は感嘆する。
「ミロシュさんもまた、自分の為だけでここにいるのではないと私は思っています」
「僕はそんな……」
ミロシュは口ごもる。
「サオリ様、そろそろ次の方を」
神官が声をかけた。
サオリはもう少し話をしたかったが、従うことにする。
踏み込んだ話は、静かな場所でしたかったがゆえに。
「ミロシュさん、私はあなたが傷つけば助けます。しかし、そうならないことを祈っています」
「……どうも、ありがとうございます」
ミロシュはサオリの下から離れる。
サオリの印象がミロシュの胸に深く刻み込まれた。
宴席はお開きとなり、ミロシュはカミルと合流して近衛師団の野営地へ一緒に向かう。
「カミルは今日も婚約とか交際の話があったのかい?」
ミロシュは、コウタとの話に触発されて、カミルに聞いてみる。
カミルの浮いた話は聞かないが、恋愛とかはしないのだろうか、と思って。
「ああ、うんざりするほどあったな」
「カミルは好きになった女の子とかいなかった?」
「どうしたんだ、急に」
カミルは苦笑する。
ミロシュはコウタとの話をカミルに話す。
「それで聞いてみたくなったんだ」
「なるほどな。俺は前世から好きになった奴はいないな」
「そうなんだ」
「ああ、アメリカでは研究にしか関心がなかった。今はお前の目標を成功させること以外、興味はないな」
「そうなんだ、カミルはストイックだね」
ミロシュはカミルの前世が女性だとは知らない。
実験や読書に没頭する男性の姿を想像していた。
カミルはミロシュにシモナが待っているぞ、とからかおうと思ったが、やめにする。
二人はとりとめのない話をしながら、野営地目指して歩き続ける。
そんな二人を夕暮れが赤く照らしていた。




