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(4) 集いし者達(前編)

「まだ死ぬ気はないし、ハイグラシアって世界でがんばってみるかな」

 高坂川高校の一年五組に所属していた上月鷲一コウヅキシュウイチは、明るい口調で目の前の天使に話した。

 彼もまた、アウグナシオンによって召喚された生徒達の一人だ。

 上級天使のナゼールは彼の案内役で、額に垂れてきた前髪を指でかきあげて返答する。


「前向きなのはいいことですね。では、説明していきましょう」

 ナゼールはハイグラシアという世界、スキルシステムやポイントの利用方法などの概要を、理路整然と説明していく。


「わかりやすかった。サンキュー」

「どういたしまして。では、どんなスキルをとっていきますか。質問を承りますよ」

「その前にさ、このスキルシステムの歴史はどれくらい?」

「大戦時から使われてますので、約千六百年くらいでしょうか」

「なら、うまく使って台頭していった奴らがいるよな?」

「何人もいますね」

「どんなスキル構成だったか、知ってたら教えてくれ」

 ナゼールがシュウイチを見る眼の色が少し変わった。


「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶといいますが、私はいい人に巡り会えたようですね」

 ナゼールの声に感心したような調子が入り混じる。


「お世辞はいいよ。それにさ、最初から有効なスキルを教えてくれた方が楽なんだけど」

「そんなことをしたら、あなたの器量がわからなくなるじゃないですか」

 ナゼールは薄く笑い、容貌が整っているだけに見る者によっては小憎らしく思うだろう。

 シュウイチは苦笑する。


「学校から解放されても、テストは続くんだな。さぁ、教えてくれ」

「スキルラーニング、経験値獲得UP、スキルポイントUP、レベルポイントUP、これらが基本となるでしょう。ただし、ポイントを大きく消費しますから、低レベル時のリスクが高くなります。これらを持っていても、育つ前に死んだ人は数え切れないくらい、います」

「安全に生き延びたければ、戦闘用スキルでがっちり固めるってことか」

「そうなりますが、スタートが強いだけで成長力は凡人と変わらなくなりますよ」

「ナゼールさん、煽るなぁ」

 シュウイチがからっとした声を出して、軽く笑った。


「事実を述べただけですからね」

「嘘だとは思ってないよ。似たようなゲームをやったことがあるし、理解できたと思う。全校生徒が七百二十人だったか。競争が激しそうだなぁ」

「怖気づいた……わけではないようですね」

 シュウイチの爽やかさを感じさせる顔立ちに、落ち込んでそうな表情は浮かんでない。


「強制的に殺し合いをさせられるわけじゃないし。ぶつかることがあっても、折り合いをつけていけばいいんだ。それより、降りるポイントのことだけどさ」

「何でしょう?」

「ランダムって聞いたけど、ポイント使えば、降りる場所選べないかな?」

「……どうして、そう思いました?」

「ランダムに降ろすメリットが全くないから。俺達を召喚するにも恐らく神の力か何か消費するんだろう。いきなり、魔物の群れの真ん中や海の上とかに降ろされたら、すぐに死ぬよ。あの女神も力を消費して召喚したのに、すぐに死なれたらたまらないよな。だとしたら、何か理由があって、俺達をばらばらに降ろす必要があるのは本当だとしても、完全ランダムっていうのは嘘だとすぐにわかった。ある程度、配慮して降ろすはずだ。なら、ポイントを使えば、操作できるのかなって思ったんだ」

 シュウイチが話し終えると、ナゼールは拍手し始める。


「どうしたんだよ、一体」

 シュウイチがナゼールを変な目で見た。

 ナゼールは拍手をやめて、返答する。


「感心したんですよ。あなたの資質が高いのは知っていましたが、理解力に優れているようですね。ならば、もっと情報を提供しましょうか。その方がよりよい選択ができるでしょう」

「だから、最初に出してくれよ」

 シュウイチはまたも苦笑する。


 ナゼールは、持つ資質によって案内する天使のランクが異なること、自分が上級天使であること、天使との盟約、ポイント消費で降りるポイントが選べることを、シュウイチに話す。


「上級天使に案内されて、喜ぶべきなんだろうな」

「ええ。もし生まれたばかりの下級天使が案内役なら、スキルシステムの歴史などは知りませんでしたよ。もちろん、存在を知らないスキルもかなりあります。あなたがこれからする質問の答えも、満足な答えが返ってくるかどうかわかりません」

「……下級天使に案内される奴らは気の毒だな」

「ハイグラシアでは力が全てです。力が乏しければ、それなりの待遇しかされません。上級天使や中級天使の数は限られていますから」

「無理やり召喚しておいてな。だけど、これ以上言っても……」

 シュウイチは顔を背けた。


「未来を考えた方がいいですよ。先ほどのあなたは前向きだったじゃないですか。私はあなたが気に入りました。盟約を結んで、一緒に強くなりませんか?」

 背けていた顔を戻して、シュウイチはナゼールと視線をあわせる。

 ナゼールの方が十センチほど背が高く、百七十二センチのシュウイチは見上げるようになる。

 眼光炯々としてナゼールを射すかのようだが、ナゼールは涼しげな様子だ。


「……ナゼールが召喚したわけじゃないか。盟約を結ぼう、ナゼール。これから、よろしくな。俺のことはシュウって呼んでくれ」

 シュウイチは表情を一変させ、爽快な笑顔を見せる。


「わかりました、シュウ。私はナゼールと呼んで下さい」


 ミロシュがサララと結んだように、シュウイチとナゼールは盟約を結んだ。


「まずは、私の理力でスキルポイントUP(2)を進呈します。どういう道を進むにしても、これは必須でしょう」

「サンキュー、俺もそう思うよ」

「で、どういうスキルをとりますか。まだ時間はありますし、ゆっくり考えてもいいですが。もちろん、相談にものりますよ」

「その前に降りるポイントの話だけどさ。友達二人と同じ場所に降りられないかな?」

「全く同じ場所は無理ですね」


 ナゼールは黄昏条約と、条約で異世界からの召喚に規制があることを、シュウイチに教える。


「なら、できる限り、近くでいいよ。降りた後で合流するからさ」

「……どういうメリットがあるのか教えて下さい。色々と手間がかかりますし、ポイント消費量も増えますから、ただ一緒にいたいだけだと賛成できません」

「千六百年も運用されてきたシステムなら、もう効率的なスキル取得方法は決まってるわけだろう。さっきのスキルポイントUPとかさ」

「そうですね。とはいっても、レベルを上げていけば、選択肢は無数にありますよ」

「でも、得られる強さに限界があるわけだ」

「人間が得られる強さの上限が、ある程度推測できるのは確かです……」

 ナゼールは髪をかきあげ、シュウイチから視線をはずし、周りを見る。

 青い空と見渡す限りの平野が広がっていた。


「だからさ。単純な話だよ。三人になれば、もっと強くなれる。それに、俺一人の知識なんてしれてるからさ。三人の知識を足し合わせて、画期的な製品を作りたいんだ。それを売って暮らしていく。それと、俺一人で強くなるのに限界があるなら、数でカバーすればいい。納得してくれたか?」

 シュウイチの言葉にナゼールは向き直る。


「今言うべきかどうかはわかりませんが、あえて聞いておきましょうか。苦労を共にできても、富貴を共にするのは難しいことですよ?」

 シュウイチはナゼールの言葉をのみこむと、口がごく小さく開いて、下を向く。


「……そこまで考えてなかったな。でも、そんな質問をするってことは、俺が成功すると思ってくれるのかい?」

「だから、盟約を結んだんですよ」

 ナゼールは微笑むも、うつむくシュウイチには見えなかった。

 しかし、シュウイチは顔を上げ、微笑みをナゼールに返す。


「サンキュー。俺はあいつらを信じてるよ。……でも、もし、考えたくもないけど、そんな時が訪れたらさ、その時に考えるよ。いきあたりばったりでダメかい?」

「よくはありませんが、いいでしょう。時間はあるでしょうから、私も盟約者として考えておきますよ」

 ナゼールの微笑みに迫力が宿り、シュウイチは肩をすくめる。


「怖いな!」

「怖がらせるつもりはありませんでしたが」

 ナゼールの表情が平常に戻り、シュウイチは軽く吐息をもらす。


「じゃあ、話をつめていこう」

「そういたしましょう」


 ナゼールとの話し合いの結果、シュウイチはパトラゴン大公国の都から西にある町の近郊に降りた。

 パトラゴン大公国は、ミロシュが降りたパーヴィリア王国の北東に位置する国だ。

 シュウイチの友達である藤中邦章フジナカクニアキ臼杵哲ウスキテツはそれぞれ、都の南と東に降りている。

 ナゼールがアウグナシオンの了承を得て、両者の案内役である天使とかけあい、実現できたものだ。


 クニアキもテツも、シュウイチからの提案に一も二もなく、飛び乗った。

「それがベストでしょうね」

「シュウが言うなら!」

 クニアキは眼鏡を右手の中指でクイッとあげながら、テツは勢いよく返答したものだ。


 ナゼールが上級天使でなければ、実現できなかっただろう。

 また、両者につけられた天使がいずれも中級であったことが、実行を容易にした。

 三天使の間でも、できる限り協力しあうよう、話がまとまっている。

 実力者であるナゼールが音頭をとれば、クニアキと盟約を結んだデルフィーヌもテツのパートナーであるヤニックも、否やはなかった。

 むしろ、上級天使のナゼールと誼を通じるのは、二天使にとって喜ばしいことだ。


 ナゼールがパトラゴン大公国の教団に連絡し、三人が降りる地点に迎えをださせ、都で落ち合うことにする。

 三人は都の神殿で無事に合流できた。


「クニ、テツ、無事だったか!」

 シュウイチの声は弾むかのようだ。


「八ポイント消費してまで合流を選んだんです。無事でなければ、バカみたいじゃないですか」

 クニアキは身長がシュウイチと同じくらいで、痩せ気味だった。

 眉目は整っているというよりも、鋭く尖ったような印象を周囲に与える。


「おおっ! シュウも元気そうでよかったぜ!」

 テツは二人よりやや背が高くがっしりとしており、柔道部に所属していた。

 濃い眉で顔は彫り深く、豪放そうな少年であった。

 シュウイチと彼らは小学生の頃からのつき合いだ。


 三者三様の表現で再会を喜ぶも、いつまでもそうしてはいられない。

 これからについて、三人は話し合い、合意する。


 三人の知識を融通しあって、ハイグラシアにない製品を作ることで、暮らしていく。

 生産スキルの習得は最小限に留め、戦闘スキルを習得する。

 三人で分割すれば、生産スキルばかり取る必要はないからだ。

 戦闘スキルを習得するよう、盟約を結ぶ天使からの要望があった。

 しかし、それだけが理由ではない。

 バトル漫画を読み、ゲームをプレイしていた高校生らしく、魔法や武術に興味を持っていたからだ。


 三人がそろったので、パトラゴン大公国のアウグナシオン教団総責任者と会うことになる。

 神殿内部は、アウグナシオンが好む蒼、水色、白で色合いが統一されていた。

 三人は応接室で、ニコラ首座司教と対面した。


「どうも初めまして、ここの責任者である首座司教のニコラと申します」


 典雅な落ち着きを身にまとった美しい女性だった。

 黒髪を見慣れたシュウイチにとって、ニコラのプラチナブロンドは絹糸のようで目映く思うほどだ。

 テツはニコラの知性あふれる眼差しと視線があって、顔が赤くなる。

 冷然としているのはクニアキのみだ。


「どうも初めまして、よろしくお願いします」

 三人はめいめい、挨拶する。


「皆様、ようこそ、パトラゴンへ。三人を歓迎いたします」

 その後、四人は自己紹介を兼ねて雑談する。

 ニコラ首座司教のフルネームは、ニノン=バタイユ=ニコラ。

 三四歳で伯爵家出身というのを、三人は知った。

 テツはニコラが二十代に見えたので、内心の驚きを隠しきれず、表情に少し出る。


「ニコラ様、俺達は元の世界の知識を生かして、新製品を造りたいんです。そのスポンサーになってもらえませんか」

 頃合とみて、シュウイチは本題をきりだす。


「いいですよ。できる限りの費用は負担いたします。ナゼール様には便宜を図るよう、伺っておりますから」

 ニコラは坦々とした調子でこたえた。

 もしかしたら、断られるかも、と気構えていた三人はあっけにとられる。


「鍛錬されるのでしたら、教団騎士を護衛につけましょう」

「どうも、ありがとうございます」

 話がうまくいきすぎて、シュウイチは逆に実感がわかなかった。


「新しい物を造るなら、本拠地をスピノカにした方がいいかもしれませんね。スピノカにはヴルドヌス大陸を始めとする他国からの船が多く入港します。それだけに、売られている品数はあちらのが豊富です。皆様の参考になるでしょう」

「そうですか。なら、お言葉に甘えて、そういたします」

 シュウイチは素直に従うことにする。

 ニコラの言葉は道理であった。


 後は、細部に関する話をして、面会終了となり、シュウイチ達は退室する。

 三人は神殿の客間で一泊した後、教団に護衛されて、東のスピノカへ向かうことになった。


 面会室に残ったニコラは部下の神官を呼び、三人の支援に関して手配させた。

 部下が退室した後、ニコラはソファーの手すりに左手をかけて、深く座る。

 壁にかけられている都パトラゴンを描いた風景画に視線をやるが、ニコラの意識は内面へと向かっていた。


 七百人以上もの異世界人を召喚する。

 これほどの大規模な召喚は大戦後、初めてであった。

 少なくとも、ニコラが知る歴史の中では。


 ニコラが仕えるアウグナシオンは好戦的な神だ。

 大きな戦いを始める予兆と、彼女は考えざるを得ない。


 アウグナシオン教団では、大司教は一大陸に一人、首座司教は一国に一人、司教は一国に数名、叙階される。

 首座司教であるニコラが仮に上を目指すとすれば、大司教を目指すことになる。


 そうなると、バルナシュト大陸で大司教に叙階されたければ、ブラジェク大司教を何らかの手段で失脚させる必要がある。

 思考がそこまで至って、彼女は自嘲めいた表情を浮かべた。


 バルナシュト大陸でアウグナシオンの信者がもっとも多いのは、パーヴィリア王国だ。

 パトラゴン大公国の信者数はパーヴィリア王国のそれと比して、半分にも満たない。

 ブラジェク大司教の手腕に、自分では到底及ばないことを自覚している。


 そして、ブラジェクは大司教叙階にあたって、ライバルを恐らく謀殺しているのだ。


 ニコラは、軽く首を横に振る。

 乱世を利用してブラジェクを追い落とす可能性よりも、動乱に巻き込まれて命や今の地位を失う可能性の方が高いという結論に至らざるを得ない。

 ゆえに、彼女は乱世を望んでいなかった。


 しかし、否が応でも迫り来る現実に対処しなければならない。

 彼女は判断を誤らないよう、情報収集の拡充を決める。

 平時では凡庸な対応でも大事に至らない。

 だが、乱世では判断一つ間違えば、死もあり得るのだから。


 上級天使であるナゼールとつながりができたのも、彼女にとって極めて大きい。

 シュウイチ達三人も、今は子供に過ぎないが、やがては大きく成長するだろう。

 今後に備えて、彼女は彼らとの関係をできる限り良好に保つつもりだ。


 思案がまとまったニコラは自室に戻るべく、ソファーから静かに立ち上がる。

 誰も見ていないというのに、彼女は気品のある端正な仕種で退室した。




 パトラゴン大公国の港湾都市スピノカに、シュウイチ達は到着した。

 スピノカはニコラの言葉通り、貿易によって様々な物が売られ、製品開発に向いている都市だ。

 また、都パトラゴンよりも経済的には豊かで、購買力が高いのも重要であった。

 いくら良い品物ができても、買い手がいなければ、意味がないからだ。


 シュウイチ達は教団が用意した都市中央部にある一軒家に住むことになる。

 部屋が八つあり、食事や掃除をするメイドまで手配されていた。


 まず、シュウイチ達はスピノカで出回っている工業製品の品質把握から始めることにした。

 売れる新商品といえば、従来品より品質が優れているか、品質が同じで安いかのどちらかだ。

 あるいは、地球で存在している製品で、ハイグラシアでは存在しない製品を売り出すか。

 どの道をたどるにしても、現状を把握できなければ、何もできなかった。


 ニコラが惜しみなく予算と人員を提供したので、極めて短期間で製品調査が終了する。

 調査結果は簡単にいうと、安物は低レベルのスキルもしくはスキルなしで製作され、高級品は高レベルのスキルが投入されていた。


 例えば、陶磁器だが、庶民が使うコップや食器は厚手で灰色や黒色の陶器がほとんどだ。

 しかし、貴族などが用いる高級品となると、薄手の白い器となる。

 その白い器がどうやって製作されているかというと、薄手で焼かれた灰色の陶器に高レベルの精製スキル、練成スキルを使用して、割れにくくきれいな白色にしているのだ。


 つまり、ハイグラシアでは磁器は作られてなくて、当然、製造技術もない。

 というよりも、必要ないのだ。

 スキルがあれば、高品質の磁器に極めて近い物が製造できるのだから。

 しかし、高レベルのスキルを獲得できる人間は希少であり、値段は極めて高くなる。

 他分野でも、似たような事例が極めて多かった。


 スキルや魔法のお陰で、ある分野ではハイグラシアは現代地球より優れている。

 だが、その為に技術の発展が阻害されていたのだ。

 異世界である地球から来た三人であるがゆえに、その事実をつきとめられた。


 となれば、次に三人が目指すのは手持ちの知識で製造できる新製品開発だった。

 クニアキの提案がもっとも早かった。


「僕は磁器に興味があったから、製造方法をある程度覚えている。原材料となるカオリンを確保する必要があるが、ハイグラシアの既存技術とスキルを組み合わせれば、製造可能だろう。成功すれば、今よりもはるかに安価な白磁器を売り出せる。大儲け間違いなしだ」

「よし! それやろう!」

「おお、いいな!」

 シュウイチとテツが勢いよく同意する。


「お前達、いつも思うが楽天的すぎるだろう。まだ机上の空論にすぎないんだぞ」

「でも、クニが言うからには、できるんだろう?」

 シュウイチがそう言うと、


「……ああ、やってやるさ!」

 クニアキはメガネを指であげ、そう言い放った。


「なら、一つは決まりだ」

 テツはこの二人の似たようなやりとりを何度も見ている。

 またか、と思った。

 次に提案したのは、そのテツだ。


「俺の家はガラス屋だろう。だから、ガラスで勝負したいな。マジックミラーとかないようだしさ、高級品でいけるんじゃないかって。それと、コスト削減も少しはできると思うんだよな」

「面白そうだな!」

「テツなら、他に選択肢はないだろうな。ガラス工房もあるようだし、教団に紹介してもらえば、成算は見込めそうだ」


 これで二つが決まり、残りはシュウイチだけとなり、口を開く。


「難しいかもしれないけど、ナノ材料や高純度の金属材料が作れないかな。例えば、鉄とか不純物をできる限りとりのぞけば、さびにくくなるだろう。ハイグラシアにしかない聖銀とかに応用すれば、面白いと思わないか。工業機械とかないから、地球の製造方法を再現するのは無理だと思う。でも、精製スキルとかを利用してさ。ハイグラシアにはそういう発想がないから、画期的な物が作れると思う」

「おお、すっげーな。一番面白そうだぞ、シュウ!」

 テツが大声をあげた。

 クニアキはシュウイチから少し眼をそらして、


「スキルに関することだ。天使達に相談すべきだな。それに、方針もほぼ決まった以上、スキルを取得する必要があるから、ちょうどいいだろう」

 と、静かな口調で話した。

 三人は相談し終えるまで、ポイント消費を最低限に留めていたのだ。


「つまり、賛成してくれるんだな、クニ」

「……ああ、面白いと思うよ」

「お前がそう言ってくれるなら、安心だ!」

 シュウイチが軽やかに笑う。


「俺も賛成しただろう!」

「いや、重みが違うからさ」

 テツとシュウイチがわいわい言い合った。

 そんな二人、いや、シュウイチを見るクニアキの眼差しがやや暗い。


(学力テストでは僕が一位で、シュウは十位から二十位にすぎない。だが、僕はシュウに一歩及ばないような気がする。僕もナノ材料などは当然知ってる。でも、先に思いついたのはシュウだ。悔しいな……)


 翌日、ナゼール達三天使が合流し、シュウイチ達は一軒家のもっとも大きい部屋で昨日の話を伝えていく。

 三天使はナノ材料、分子、原子の概念を聞かされ、精製スキルの利用まで話が進むと、感嘆する。

 シュウイチが話し終えると、ナゼールは軽く拍手して、話し始める。


「とても興味深い話を聞かせていただいて、ありがたく思いますよ。早速、実験してみましょう。いくつか用意してきますので、少しお待ち下さい」

「ナゼール様、よろしければ、お手伝いします」

 デルフィーヌがそう申し出る。

 ヤニックも続いた。

 中級天使である二天使は、上級天使のナゼールに対して、極めて恭しい。


「いえ、すぐにすみますから。お二方は待つ間、クニアキさんとテツさんに必要なスキルを取得させて下さい」

 ナゼールの言葉に反駁せず、二天使は従う。


 クニアキとデルフィーヌ、テツとヤニックはペアを組んで、スキルを習得していく。

 スキルの試行はすませてあったので、スムーズに進む。

 運動神経に全く自信がないクニアキは、魔法スキルを身につけていく。

 逆に体力に自信があるテツは、武術を中心にスキルを習得した。


 二人のスキル取得が終わるのと、ナゼールが戻るのはほぼ同時であった。


「聖銀剣と聖銀の盾を用意しました。簡単な実験です。精製スキルを用いて、聖銀の品質がどれだけ向上するかを調べます。シュウ、精製スキルを取得しますか?」

「もちろん!」


 剣も盾も銀色に輝いている。

 ナゼールは簡単に言うが、金貨十枚で聖銀貨一枚にあたるほどだ。

 とても高価なもので、ニコラといえども簡単に用意できる品物ではない。

 だが値段だけの価値はあり、耐魔法性、物性が鉄より遥かに優れ、冒険者や軍人にとって垂涎の品物だ。


 二人は相談して、精製スキルのレベルを四まで上げる。

 ここまで上げると、ポイント消費量も大きくなるが、シュウもナゼールも問題にしてなかった。

 それだけ、この実験に入れ込んでいたのだ。


「精製スキルの発動は、精製したい物に手を触れて、念じるだけです。しかし、魔法もスキルも、使う際のイメージが重要です。シュウはハイグラシアの人間と違って、分子と原子の概念を知っています。できる限り、その概念を利用して、不純物を取り除くようイメージして下さい。そうすれば、従来とは異なる結果が得られるかもしれません」

「わかったよ、やってみる」


 剣の刀身に右手を当て、シュウイチは目をつぶり集中する。

 その様子を、ナゼールら天使達もクニアキもテツも固唾をのんで見守る。


 シュウイチは、聖銀の分子を想像し、不純物の分子、原子を取り除くイメージを脳内で築き上げていく。

 そのイメージを具現化するよう念じながら、シュウイチは精製スキルを発動した。


 途端に、剣の刀身から放たれる輝きが大きくなる。

 発動前の輝きと比べ物にならず、長く直視できないほどの輝きだ。


 天使達も三人も驚愕するが、あまりに眩しくて時折、刀身から視線をはずす。

 特にナゼールは、その輝きに魅入られたような表情をしていた。

 彼だけが輝きを直視し続けている。


「精製レベルが四程度では、何の変化も現れないはずです。しかし、シュウによって私の常識は覆されました。後は確かめるだけですね。もう結果は見えていますが……」


 ナゼールは剣をつかみ、立てかけた盾に右上から斜めに斬り下げた。

 高い金属音が鳴り響き、盾はすぱっと両断される。

 皆が口を半開きにして、呆然とするが、シュウイチが逸早く快哉をあげる。


「やったぞ、クニ、テツ!」

「すげぇな、シュウ!」

「……お見事です」


 デルフィーヌとヤニックは賛嘆に近い表情を浮かべる。

 二天使にしてみれば、武具防具の革命が目の前で起きたのだから、無理もない。

 それを一番早く深く、理解していたのはナゼールだった。


「盟約を結びましょう。この秘密を他者にもらしてはいけないという盟約です。これを利用すれば、極めて大きな武器となります。私としては、慎重に慎重であるべきだと思っています。他にも多くの召喚された方々がいる以上、同じ発想にたどりつく方がいないとも限りませんが、独占できる限り、独占すべきでしょう」


 ナゼールの提案に二天使が直ちに同意する。

 シュウイチ達も特許制度を知り、知的財産の保護が重要なのは知っているので賛同する。

 しかし、三人とも一つだけ気になることがあった。


「盟約を破るとどうなる?」

 クニアキが疑問を口にする。


「盟約を破ろうと考えただけで、死ぬかと思うような激痛が全身に走り、数日は行動できなくなるでしょう。それに耐えて、盟約を破れば、本当に死にます」

 ナゼールの言葉はシュウイチ達の肝を冷やした。


「絶対に破らないからな、俺……」

 テツがそうつぶやき、残り二人も心から同意する。


「鉄製品だけ手がけて、物になれば販売したらいいでしょう。今後に備えて、色々と実験すべきです。私が必要な材料と実験場所を用意いたします。教団にはニコラを通じて、立ち入らないよう釘をさしておきますから。この剣はいざという時、シュウが使えばいいでしょう。普段は目立つので私が預かります。では、盟約を結びましょうか」

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