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(29) 聖暦一五四二年六月 ミロシュの叙爵

 聖暦一五四二年六月二十一日から二十四日にかけて。


 ヨナーシュ二世率いる王軍はソヴェスラフから出撃し、ボグワフ鉱山へ向かった。

 事前に数多く斥候を出しており、強大な魔物が姿を見せていないことは確認していた。

 偵察結果通り、弱い魔物しか存在せず、人海戦術で掃討し、鉱山全域を奪回する。

 その後、防護柵、防御結界などを大至急補修し、守備兵を残した後、帰還した。


 それにあわせて、国境を接する三国、南東のアルノーシュ王国、南のチェスライ王国、南西のイゴル王国との国境を厳重に警戒させる。


 六月二十五日から二十八日にかけて。


 典礼大臣が論功行賞案を、ヨナーシュ二世に上奏する。

 幾度かの修正を経て、ヨナーシュ二世が上奏案を裁可した。

 大幅な欠員が出たソヴェスラフ駐在の騎士団、魔術士団、警備隊に人員を補充して、欠員を埋めていく。

 王都在住の部隊から人員を派遣する形となり、昇進、人材の新規登用が促進されることになった。


 ソヴェスラフへの魔物襲来で、パーヴィリア軍は一定のダメージを受けた。

 それに乗じた南部三国からの敵襲を警戒していたが、いずれの国も動かなかった。

 エルフが治めるアルノーシュ王国、人間が治めるチェスライ王国はともかく、獣人が治めるイゴル王国とは、ヨナーシュ二世即位時にも戦いが起きており、侵攻の可能性があったが懸念に終わった。


 鉱山関連に勤めていた人たちが仕事場に戻り始める。

 ようやく、ソヴェスラフは復興作業にとりかかれる状態となった。

 しかし、魔物襲来によって鉱山に受けた傷は深く、完全復興への道はまだ遠い。


 聖暦一五四二年六月三十日。


 ヨナーシュ二世は王都へ帰還する前に、論功行賞に関する式典を本日執り行う。

 ソヴェスラフ駐在各部隊への幹部叙任式も兼ねるのがわかっていたため、ソヴェスラフで開催するのが妥当だと、国王は当初から考えていた。

 より効率的に、より早く。

 ヨナーシュ二世の統治における大原則であった。


 式典は午後すぐより、ソヴェスラフ政庁大広間にて行われる予定だ。

 式典の段取りは二十一日からつめられ、細部は三日前から準備されていた。


 式典会場となる大広間は、豪華なタペストリー、細緻な模様のレースで飾りつけられている。

 玉座から褒賞を授与される者が入場する入り口までは赤色の絨毯、周りは青色の絨毯がしきつめられた。

 参加者は正装での参加となるため、昇進、昇爵内示を受けた者の何人かは慌てて、昇進後の爵位、役職に相応しい正装を急きょ用意した。

 アウグナシオン教団に属していた高坂川高校の生徒達は当然、正装など持参していない。

 彼らも全員参加となるため、ソヴェスラフにある教団神殿において、正装を用意した。

 ミロシュ達も同様であったが、ドレイシー執政官の好意で正装を整えている。


 褒賞を授与するヨナーシュ二世、彼を輔弼する重臣達、褒賞を受け取る功績ありし者達、そして、式典の用意に従事した裏方達。

 思いは様々なれど、時を告げる大鐘が鳴り響き、かくして式典は始まることとなる。


 玉座にはヨナーシュ二世、左側には将軍、准将を始めとする武官重臣、右側にはカドルチェク公爵、典礼大臣、ドレイシー執政官ら諸侯と文官重臣がずらりと並んでいる。


 侍従が名前を呼ぶと、褒賞を受け取る者が入り口から入場し、重臣達に挟まれた中、褒賞が授与される。


 筆頭で名前を呼ばれたのは、ソヴェスラフ騎士団副長、大騎士爵のレオシュ=ボジェクであった。

 彼は、魔物襲来時に門を防ぎきった軍功により、騎士団長へ昇進し、第二等勇戦勲章を授与された。


 パーヴィリア王国における勲章は以下の八種で構成されている。


 一:第一等王冠勲章

 二:第二等王冠勲章

 三:第一等英雄勲章

 四:第二等英雄勲章

 五:第一等勇戦勲章

 六:第二等勇戦勲章

 七:第一等功労勲章

 八:第二等功労勲章


 第一位の第一等王冠勲章がもっとも上位の勲章であり、建国されてから三人しか授与されていない。

 レオシュが授与された第六位の第二等勇戦勲章からは、一代限りとはいえ、終生年金が支給される。

 なので、第七位の第一等功労勲章までは、それなりの功績をあげれば、比較的簡単に授与されるが、第二等勇戦勲章からはそう簡単に得られる勲章ではなかった。


 ヨナーシュが玉座から腰をあげ、侍従より第二等勇戦勲章の正章を受け取る。

 レオシュの下へ歩き、正章のリボンを自らレオシュの首にかけた。


「頭を上げよ。よく似合っているぞ」

 レオシュは失礼にならないよう、視線をヨナーシュの胸元に留める形で頭を上げた。


「ありがたき幸せです」

 勲章はリボンで首から吊るす正章と、ピンバッジ形式の略章でワンセットだ。

 夜会などでは、略章を胸につける。

 第二等勇戦勲章は赤い宝石と緑の貴石が星型に組み合わされた意匠だった。


「卿よ、門前で死したる民達は卿の咎にあらず」

 ヨナーシュの声を聞いて、レオシュは思わずヨナーシュの顔を直視した。


「卿の勇戦がなければ、門は落ちていたであろう。門前で大勢の民を殺したのは魔物達だ。責任があるとすれば、民の守護者たる予にある。卿にあるのではない」

「陛下、そのような……」

「何も申すな。卿はソヴェスラフ騎士団長にふさわしい働きを示したゆえ、騎士団長に叙任した。卿の今以上の働きを予は期待している。その時は、今以上に卿に報いよう」

「……ははっ!」

 レオシュは強く頭を下げて、涙をこらえる。

 彼は幾度も修羅場をこえてきたが、民をあのような形で死なせたのは初めてだった。

 あの時における民衆の死に様は、心に深く刻み込まれている。


 だが、ヨナーシュは北西門、北東門に赴き、死んだ多くの民のために花を手向けてくれた。

 さらに、自分へここまでの配慮を示してくれたのだ。

 レオシュはヨナーシュに感謝すると共に、忠誠の念を厚くし、重臣達の後ろに下がった。


 左右に控える重臣達とくに武官達がヨナーシュとレオシュのやりとりを聞くと、ヨナーシュを見る表情に畏敬の念を強く漂わせる。

 即位時こそ、臣下との関係が思わしくなかったヨナーシュ二世であったが、現在では様相が大きく異なる。

 十三年の在位期間において、抜擢を繰り返し、重臣達の顔ぶれをほぼ一新させている。

 現在では、ヨナーシュの武勇、知性、そして大きな器量に真なる忠誠を捧げている者がほとんどであった。


 続いて、ドレイシー執政官の名前が呼ばれる。

 重臣一同の列から進み出て、ドレイシーはヨナーシュの前で立礼を行う。


 侍従がドレイシーの功績を述べる。


「第一に、魔物の急な襲来にも関わらず、的確に対処し、ソヴェスラフを防衛したこと。さらに、適切な情報の提供を続け、王軍の進軍を助けたこと。これらの功績によって、シュテファン=ベルキ=ドレイシーに第一等勇戦勲章を授けることとする」

 冷静沈着なドレイシーであったが、意表をつかれた表情をする。

 重臣達の多くも、同様の表情となる。

 ヨナーシュが侍従から第一等勇戦勲章の正章を受け取り、ドレイシーの首にリボンをかけた。


「卿よ、予は卿をソヴェスラフの執政官に任命したことを誇りに思っている。引き続き、予を助けて欲しい」

「ははっ、このシュテファン=ベルキ=ドレイシー、陛下とパーヴィリア王国に全てを捧げます」

「夜会にて、ピンバッジをつけた卿の姿、楽しみにさせてもらうぞ」

「風采にあまり自信はありませぬが、栄えたる勲章に恥じぬようにいたします」

 ドレイシーは一礼し、重臣の列に戻った。


 第七位である第一等功労勲章までは、軍功以外の功績でも授与される。

 文官、学者、商人、大農家などにも授与されることがままあるのだ。

 しかし、勇戦勲章、英雄勲章を拝受するには名前通り、軍功をあげなければならない。

 王冠勲章に至っては、救国クラスの大功をあげなければ授与されることはないだろう。

 なので、文官である彼が第五位勲章である第一等勇戦勲章を授与されるのは、大いなる名誉であった。


 ドレイシーは内心、大臣格である自分が現時点でこれ以上の出世は難しいと考えていた。

 大臣ポストに空きがないのも承知している。

 また、男爵への昇爵も難しいだろう。

 だから、おそらくは名品もしくは褒賞金の授与に留まるだろうと推測していた。


 将来における出世や昇爵への足がかりになれば、それでよかったのだ。

 しかし、ヨナーシュは彼が想像する以上の褒賞を渡してくれた。

 ドレイシーは勲章を拝受した嬉しさに頬が緩みそうになる。

 彼はすでにヨナーシュを無二の主君と考えていたが、ここまでの心配りをされ、その思いを新たにした。


 引き続いて、役職、爵位が高い者から次々と名前が呼ばれ、褒賞の授与が行われていった。

 褒賞を受け取った者達は、重臣達の後ろへ下がっていく。

 いつしか、大広間は百数十人の人々で埋まった。


 全員に聞こえるよう、王宮魔術師がヨナーシュの声量を上げる魔法を使い、ヨナーシュ二世が皆に声をかける。


「これで褒賞を授与するのは残り二組となった。いずれも大功をあげた者達だ」

 論功行賞に関する式典ではよくあることであった。

 大功をあげた者ほど、多くの者達の前で賞賛されるのだ。


 侍従が紹介を行う。


「続きましては、ソヴェスラフの戦いにおいて、大きな貢献を果たしたアウグナシオン教団の方々です」


 その声とほぼ同時に、ブラジェク大司教を筆頭にして、瀬能和哉、嵯峨領子、三条彰、水谷楓冬、桐川綾香、浦辺佐織、佐久間亜実、高井幸太の八人が入場する。

 この八人は当然、ヨナーシュの指名によって選ばれていた。

 だが、いずれも戦い方は異なるが、抜群の働きであり、不自然な指名ではない。


 ブラジェクは粛然と、カズヤは飄々と、リョウコは左右を眺めながら、アキラとフウガはやや緊張した面持ちで、アヤカは目線を落として、サオリは姿勢を正して、ツグミはおずおずと、コウタはにやけながら、入ってきた。


 彼らが玉座の少し手前で立ち止まると、侍従の紹介が引き続き行われる。


「教団の功績としてあげられるのは、王軍と共に進発し、多くの天使から支援を引き出し、先陣をつとめ、戦いぶりが見事であったこと。また、多くの物資を貧窮した民衆に与えたこと。以上であります。ブラジェク大司教には第二等勇戦勲章、リョウコ=サガには第一等功労勲章、サオリ=ウラベにはファオナの花束、他六名には第二等功労勲章が授与されます」

 大広間にいた多くの者達は怪訝な顔をする。

 しかし、国王の御前とあって、私語を出す者はなかった。


 彼らが抱いた疑問は二つ。

 ブラジェク大司教はともかく、リョウコ=サガという無名の者がいきなり第一等功労勲章を拝受したことだ。

 試案では他の者達同様に第二等功労勲章であったが、ヨナーシュがリョウコの剣技を認めて授与されることになったのだ。

 もう一つは、サオリ=ウラベという者にファオナの花束が授与されることについてだ。

 ファオナは五つのピンクの花弁を持つ花で、別段高価なものでも何でもない。

 それがなぜ褒賞として与えられるのか、不思議に思ったのだ。


 教団関係者に褒賞を与えるにあたって、当局と教団で前もって打ち合わせをしていた。

 その結果、以上の褒賞となっていた。

 第二等勇戦勲章についてくる終生年金は、辞退することとなっている。


 まずはヨナーシュがブラジェクの首に第二等勇戦勲章のリボンをかける。


「大司教の戦いぶりは見事であった。予に仕えて欲しかったものだ」

「申し訳ございませぬ。私の忠誠はアウグナシオン様に捧げておりますゆえに」

「承知している。これからも、アウグナシオン教団と歩調をあわせていきたいものだ」

「私もそうありたいと考えております」

 ヨナーシュとブラジェクは軽く視線をあわせ、互いにすっとそらした。


 次に、ヨナーシュがリョウコの首にリボンをかけ、ヨナーシュが声をかけた。


「卿の剣技は素晴らしいものであった」

「ありがとうございます」

「一度、武術大会に出てもらいたいものだな」

「僕もそうしたいと考えていました」

「そうか、それは楽しみだな」

 ヨナーシュが軽く笑う。

 リョウコが逡巡するかのような素振りを見せるが、意を決したように話す。


「陛下も大会に出られるのでしょうか?」

「いや、予が出るわけにはいかぬからな」

「ならば、一度、手合わせをする機会をいただきとうございます」

 リョウコの言葉でつい、後ろの方で声を出した者が何人かいた。

 重臣達の視線は厳しいものになる。


「予と戦ってみたいか」

 ヨナーシュの声に面白がる響きがあった。


「陛下はお強いでしょうから」

 リョウコの瞳は純粋な輝きを発していた。


「わかった。考えておこう」

「ありがとうございます」

 リョウコは腕白少年めいた笑みを浮かべて、一礼した。


 続いて、ヨナーシュはサオリにファオナの花束を渡す。


「気に入っていただけたかな」

「はい、とてもきれいな花だと思います」

 手に持つピンクのファオナの花束が、サオリの容姿を引き立てていた。


「それはよかった。見事な回復魔法であった。聖女の名が真実であること、この目で確かめさせてもらったぞ」

「これからも、一人でも多くの方々を助けていきたく思います」

「そなたがパーヴィリアに参ったこと、うれしく思う」


 引き続き、ヨナーシュは残り六人への授与を滞りなく終える。

 最後のコウタは、こんなおっさんじゃなくかわいい王女様にもらいたかったな、と思いながらも口に出さなかったため、何事もなくすんだ。


 アウグナシオン教団の面々は、重臣達の一列後ろに空けられていたスペースへ下がった。

 彼らが下がったのを確認した侍従が最後の紹介を行う。


「最後に褒賞を授与されるのは、カミル=ダニェク=ブラーハ様、ミロシュ殿、シモナ殿です」

 侍従の声と共に、ミロシュ達が入場する。

 カミルは普段通りであったが、ミロシュとシモナは気負って、決然とした表情を浮かべている。


 現在のハイグラシアにおける男性の正装は、いわゆるスーツを基調にして、それにフリルやレースを施したものだ。

 首にはゆるく長い布を巻き、上着の前面はボタンを二列で止める形式だった。

 ファッションに興味がある人々は、色合いとフリルやレースの細緻さにこだわることとなる。


 女性の正装はいわゆるドレスだが、首のあたりはそれほど詰めず、スカートの膨らみはそれほどでもないのが一般的だった。

 こだわりがある人は、思い思いにふくらませているので、歩きづらいのではないかというドレスもある。


 カミルを中心に、左にミロシュ、右にシモナという配置で入場してくる。

 カミルは赤中心に、ミロシュは青中心に、シモナは白中心にまとめてある。

 ミロシュもカミルも夜会に出れば女性達に騒がれるだろうし、シモナはいくらでも男が寄ってくるだろう。


 広間にいる何人かは見とれているような目つきをしているが、驚いている者達も多くいた。

 何といってもカミルの本名が呼ばれた時、ブラーハという家名で王家出身だということがわかる。

 当然、重臣達はすでにカミルへの挨拶をすませていたが、役職が高くない者達の中にはカミルがいることを知らない者もいたからだ。


 次にエルフであるシモナの存在だ。

 矜持の高いエルフが、人間の王国であるパーヴィリアに仕えるのかどうかに興味をもった。

 現時点では、ミロシュの存在が一番地味である。

 もっとも、すぐに覆されることになるが。


 ミロシュ達が入場し終わった後、ヨナーシュが広間の皆々に話しかける。


「ここから先は、予自らが話すとしよう。今回の論功行賞では魔物襲来時において、多大な功績をあげた者を厚く遇している。ソヴェスラフの戦い以降は勝利が約束されていた。それについて深く語る必要はあるまい。ここに集う諸君達は決戦に参加し、敵味方における死傷者の数を知っているはずだ。また、ボグワフ鉱山における奪還作戦も同様であった。


 だが、魔物襲来時は多くの臣下が命を失い、守るべき民達も守りきれなかった。情報もさだかではなく、恐怖と危険が皆の行動に縛りをかけていた。ゆえに、この時に優れた行動をとれた者を予は高く評価するのだ。予の言葉に異論がある者は申し出よ。遠慮はいらぬ、予に反対したから、罰することなどはしない。王者として誓おう」


 ヨナーシュは言葉をきり、皆を見渡す。

 大広間には百数十人がいたが、反論する者は一人もいなかった。

 王者に威圧されて不平不満を抱きながら、黙り込んでいたのではない。

 ヨナーシュの言葉が正しいと心から認めていたがゆえに、反論がでなかったのだ。

 各々の納得した表情を見れば、誰もがそれを理解できた。

 もっとも、自分が目立ちたいコウタのような者もごく少数いたが、粛然とした雰囲気にのみこまれて、声をだせなかった。


「異論はないようだな。ならば、話を続ける。次にカミル達があげた功績について述べるとしよう。カミル達三人は、魔物襲来時に猛威を奮ったヤーデグを多数撃破し、ソヴェスラフの防衛に多大な貢献を果たした。門が閉ざされた後の北辺において、救助活動を自主的に果たし、民二人の命を救った。これは武人の誉れというべきである。


 さらに、あまりにも危険が高く誰もが断ったマレヴィガ大森林の偵察を引き受け、無事に情報を持ち帰っている。そして、ゴブリンジェネラル二体とオーガジェネラル一体を討ち果たした。もし仮にこの三体を放置して、キングとなり集団を率いて攻撃されれば、ソヴェスラフは陥落していたかもしれぬ。カミルは予の甥だ。だからといって優遇はしない。客観的に考えても、カミル達三人が此度において、第一の軍功をあげたと予は考えている。自分はこれ以上の戦功をあげたと考えている者がいれば、申し出よ」


 すでにこの戦功を知っていた者達は、特に表情を変えなかった。

 しかし、初めて聞かされた者の何人かは顔に感嘆の色を浮かべる。


「誰もおらぬか。ならば、一人ずつ褒賞を授与することにいたそう。カミル=ダニェク=ブラーハは、大勲爵士に叙爵し、王領より七ヶ村を割いて所領とする。また、第一等功労勲章を授与する」


 カミルの眉がほんの少し動く。

 勲章については話がなかったからだ。

 私語禁止であったが、褒賞の大きさに軽いどよめきの声が何人かの口からもれる。

 王族であることを考えれば、大勲爵士という爵位は軽いと考えている者も何人かいたが。


 侍従が第一等功労勲章の正章をヨナーシュに渡した。

 ヨナーシュはカミルの首に正章のリボンをかける。


「カミルよ、予はそなたに期待している」

「期待にこたえられるよう、尽力いたします」

「そなたが予の甥として生を受けたこと、うれしく思うぞ」

「私も陛下の甥であることを誇りと思います」


 ヨナーシュとカミルの語らいについて、重臣達は一言一句聞きもらさないよう、耳に神経を集中させていた。

 カミルは王位継承権を返上していたが、これだけ大きな軍功をたてて臣下として加わるのだ。

 王子二人が凡庸なのをよく知っていたため、カミルの動向に注意を払う必要があった。

 現在は大勲爵士という中級貴族にすぎなくても、将来を考えればそうせざるを得ない。


「そなたに一つ問おう」

 ヨナーシュは軽く笑い、逆にカミルは緊張する。


「政務と軍務、どちらに興味があるかな?」

 別にこの場で問うべき事柄ではなかった。

 だが、あえて臣下が集まるこの場で質問したのだろう、とカミルも重臣達も推測する。


「軍務です。しかし、私はまだ若輩の身。優れた武官の方々にご指導を仰がねばなりませぬ」

 カミルは武官一同が並ぶ方に身体を向けて、一礼する。

 将軍を始めとする武官重臣一同も答礼を行った。


「そうか。そなたに課す役職、任務に関しては検討するといたそう」

「ご配慮、かたじけなく存じます」

 カミルの挙措を見て、重臣達はカミルに対する評価を一段上げる。

 自分の息子がこれだけの振る舞いができるかどうかを考えると、優れた若者だと思わざるを得なかった。

 武官の何人かは、カミルを自分の部下に持ちたいと願い始めている。

 そうすれば、優れた部下が得られて、ヨナーシュとのつながりも強くなるのだから。

 すでにヨナーシュに対して、どう言上すべきか考えている者までいた。


「では、次だ。シモナは騎士爵に叙爵し、第一等功労勲章を授与する」


 ヨナーシュはカミルの時と同様、侍従から正章を受け取り、シモナの首にリボンをかける。

 やはり、どよめきの声が周囲からあがる。

 エルフが、ハイエルフが王族ではない国に仕えるのはまれだからだ。


「そなたの槍働きを一度、見せてもらうとしよう。武官としての働き、期待しているぞ」

「どうも、ありがとうございます。がんばります」


 シモナは緊張で硬くした表情でうけ答える。

 またも、周囲がどよめいた。

 ハイエルフが王族ではない国に仕えるエルフは、ほとんどが魔術師としてだからだ。

 もし、シモナが騎士団に所属するようになれば、パーヴィリア王国で初めてエルフの騎士が誕生することになる。


「カミルを寄り親とする。何事もカミルを頼るがいい。また、エルフであるそなたにとって、なかなか慣れない習慣もあるだろう。予もできる限りの配慮をいたそう」

 ヨナーシュはシモナを安心させるかのように、眼差しが優しくなる。


「陛下にそこまでしていただき、光栄に思います」

 シモナの緊張がほぐれ、軽く笑みを浮かべた。

 周囲にいる男性達の多くは、シモナの美少女ぶりに惹きつけられた。


「やはり、女性は笑っている方が美しいな。夜会を主催する際、招待させてもらうぞ」

 ヨナーシュは笑うが、シモナは困惑したような表情になる。


「……そのような場に出たことはありませんから、カミルにマナーを学んでからであれば」

 シモナが言葉をかろうじて絞り出す。


「カミル、頼んだぞ」

「はい、かしこまりました」

 カミルが軽く一礼する。


「その時が楽しみだな。では、次の者に参るとしよう。その前に、皆に告げることがある。最後の褒賞授与者となるミロシュこそ、カミル達の中心になって活躍した者だ。つまり、一個人として考えれば、ミロシュが最大の大功をあげたことになる」

 ヨナーシュの言葉を聞いて、ミロシュに視線が集中する。


 ミロシュは自分に向けられる多くの視線を感じる。

 以前の自分であれば、緊張のあまり萎縮したかもしれない。

 だが、緊張は自覚していたが、足が震えることもなく、視線を受け止めている自分がいた。

 比較的冷静さを保っている自分を感じ、ミロシュは少し自信がつく。


「予はミロシュの大功に報いねばならぬ。ミロシュを大勲爵士に叙爵し、五ヶ村を所領として下げ渡すことにする」

 今まででもっとも大きなどよめきがあがった。


 ミロシュはヨナーシュの言葉を聞き間違えたのかと思った。

 謁見での話とまるで違うからだ。

 ミロシュの顔に困惑が広がる。

 カミルもシモナも重臣達も、ミロシュとヨナーシュを交互に見やった。


 王族であるカミルはともかく、一平民にすぎないミロシュにはあまりに過大な褒賞だった。

 高名な冒険者、魔術師を大勲爵士として迎え入れたことはある。

 それでも、拝受した所領はもっとも多い者でも三ヶ村にすぎない。


 ヨナーシュはミロシュがこの褒賞に対し、どう返答するかで器量、性格を見定めようとしていた。

 この褒賞をそのまま受け取れば、周囲の嫉視が激しくなるだろう。

 弱者を助けたいというミロシュの言葉は飾りに過ぎず、欲望の大きさを吐露することになる。

 ミロシュがそれらについて気づくかどうか、ヨナーシュは知りたかった。

 また、敏いカミルは自分の意図におそらく気づくだろうが、衆人環視の中でもミロシュにうまく助言できるかどうかにも興味があった。

 カミルの判断力のみならず、決断力や咄嗟の機転を知ることができるからだ。


 ヨナーシュは、カミルが自分を見る視線の中に棘があるのに気づく。

 それに対して軽い笑みをヨナーシュは返す。

 ヨナーシュが重臣達を見渡すと、多くがミロシュを険しい目で見ていた。

 その中で、ドレイシーだけは憂慮の色を漂わせており、自分が思っているより、ドレイシーはミロシュに肩入れしているのを知る。


(ミロシュはドレイシーの心もつかんでいたのか。大したものだが、どういう返答をしてくれるかな)

 ヨナーシュはドレイシーに向けていた視線をミロシュに移した。


 カミルはミロシュに声をかけるかどうか迷った。

 ミロシュが所領につられることはないのを知っているが、男爵を目指すミロシュにとって、大勲爵士の爵位は魅力的だからだ。

 しかし、それを受け取るデメリットはかなり大きい。

 褒賞辞退を助言したいが、この場では言葉を選ぶ必要がある。

 国王が与える褒賞を他者が口出ししてやめさせるなど、無礼極まりないからだ。

 ミロシュが自主的に辞退してくれるのが、一番望ましかった。


 ミロシュの沈黙が長くなり、ヨナーシュが声をかける。


「どうしたのかな、ミロシュ。この褒賞では不服かな」

 それにもミロシュはこたえず、カミルはついに声をかけようかと思ったその時、ミロシュがようやく話し出す。


「私には大きすぎる褒賞です。無礼だとは思いますが、考え直していただけないでしょうか」

 ミロシュの返答に再び、周囲がどよめく。

 カミルとドレイシーは安堵し、シモナは心配そうな目線をミロシュとヨナーシュに送る。

 重臣達は褒賞辞退という無礼に対して、ミロシュにきつい視線を送ったり、ヨナーシュがどう返答するのかうかがう。


 ミロシュはおおむね、カミルの推測通りに考えていた。

 所領には全く心ひかれなかったが、大勲爵士という爵位には心が動いた。

 大勲爵士になれば、目標とする男爵まで準男爵を挟むのみだ。

 これはかなり魅力的だった。


 だが、結局のところ、辞退へと考えがまとまる。

 この戦功をあげるにあたって、ルーヴェストンに頼りきりで自分の力で果たしたものではないからだ。

 ミロシュの中にある潔癖さを求める心の動きが、この判断を導いた。


「予としては特に大きすぎる褒賞とは思えないが、そなたの言葉に従おう。皆の者、ミロシュは大功をあげた。予は特に無礼だとは思っておらぬ」

 ヨナーシュの言葉を聞いて、重臣達の表情から険がとれた。


「ならば、所領授与はとりやめとし、大騎士爵に叙爵する。ミロシュ、それでよいかな」

「つつしんで、褒賞を受け取ります」

「うむ。それと、第二等勇戦勲章を授与する。これを拒絶するのは認めぬぞ」

「……ありがたくいただきます」


 ヨナーシュは侍従から正章を受け取り、ミロシュの首にかける。

 周囲がミロシュを見る視線にわずかながら、嫉視の色合いがこもる。

 終生年金がつく第二等勇戦勲章にはそれだけの重みがあった。


「そなたもカミルの寄り子とするゆえ、諸事、カミルに相談するがいい」

「ご配慮、ありがとうございます」

「大したことではない。そなたはアウグナシオン様に異世界から召喚されたにも関わらず、予の臣下となるのを選んでくれたのだからな」

 ヨナーシュの言葉はさりげなかったが、周囲を驚かせた。


 ミロシュ達はこの場で素性を明かされるとは知らされておらず、またも困惑させられる。

 ブラジェク大司教の眼は見開かれ、ミロシュを凝視した。

 他の高坂川高校の生徒達も同様だった。


「ブラジェク大司教、ミロシュは盟約を結んだ天使の許可を得て、予に仕えることとなった。祝福してくれるかな」

「……教団とパーヴィリア王国は協調関係にあります。むろん、私に異存はありませぬ」

「それは重畳」

 ヨナーシュは笑みを浮かべているが、ブラジェクの表情は硬い。


「ミロシュは初対面であろう。あの者がアウグナシオン教団のブラジェク大司教で、隣にいるのがそなた同様召喚された者達だ。これから助け合うこともあろう。言葉をかけてやるがよい」

 ミロシュはヨナーシュにふられて、どう話すか少し迷う。


 サララはエフセイにミロシュの仕官について話し、賛同を得ていた。

 エフセイはサララの盟約者であるミロシュが教団に所属せず、国に仕官するのを歓迎する。

 パーヴィリア王国の教団にはレギーハの影響が強い。

 また、ライバルであるエマーファは首席上級天使であり、その職責で教団に指令を下せる。

 そういう訳で手駒と考えているサララの盟約者が、教団に縛られるのはまずかった。

 彼の盟約者であるマユカが教団に属さず、グナイゼル王国という国に食い込むようにしたのも、そのためだ。

 ミロシュが出世すれば、サララを通してパーヴィリア王国への影響も強めることができる。

 エフセイはそういう図を頭に描いていた。


 なので、他の天使に素性を明かしているミロシュは遅かれ早かれ、教団にあいさつをする必要があるとは考えていた。

 挨拶をする機会が早まっただけだと割り切り、ミロシュはブラジェクの方を向いて話し出す。


「どうも初めまして、ミロシュと申します。カミルに陛下の偉大さを教わり、陛下に仕えることとなりました。高坂川高校の皆さん、私はこの世界に馴染むために名前と風貌を変えました。元々は二年生だった名村隼人です。といっても、転校してきて間がないので私を知っている人は少ないと思いますが。これから、よろしくお願いいたします」

 ミロシュは話し終えて、一礼する。

 生徒達の多くは呆気にとられていたが、返礼した。

 ブラジェクも一礼し、返答する。


「私はアウグナシオン教団のブラジェクと申します。アウグナシオン様に召喚されたミロシュ様にはできる限りの便宜を図りますので、ぜひ神殿にいらして下さい」

「機会を見つけてそうさせて頂きます。陛下、私を紹介していただき、どうもありがとうございました」

「いや、当然のことをしたまでだ」

 ヨナーシュは鷹揚に頷く。


 ブラジェクは表情を取り繕っていたが、まさか容姿を変えていた者がいたとは、という思いを抱いていた。

 あげた戦功といい、言動といい、ミロシュは優秀なのだろう。

 掌中の玉を取りこぼしたことに、ブラジェクは悔しさを感じる。


 生徒達のほとんどは顔に好奇心を浮かべて、ミロシュを見ていたが、一人だけ違った。

 瀬能和哉だ。

 彼はスキル<識別の眼>を使っても、ミロシュの能力を見ることができないのに驚く。

 ミロシュを見る彼の視線は、観察するかのようであった。


「カシュバル将軍」

「はっ」

 ヨナーシュの声に対して、質実剛健さを感じさせる初老の将軍が返事をする。

 彼は五十四才であり、ヨナーシュが異母兄を討った際にも腹心として活躍した。

 伯爵にして、近衛師団指揮官であり、武官の筆頭として名があげられる。

 金髪に若干、白髪が混じっているが、老いを感じさせなかった。


「ミロシュにはそういう事情で家名がない。だが、大騎士爵ともなれば家名が必要だ。よければ、将軍の家名をミロシュに与えて欲しい」

 将軍の本名は、カシュバル=アンドルシュ=ハルヴァートだ。

 彼は、ハルヴァート将軍ともハルヴァート伯爵とも呼ばれる。


 家名を与えるということは、血がつながっていなくとも、一族に取り込むということになる。

 カシュバルはヨナーシュの言葉とはいえ、即答できなかった。


 たった三ヶ月の経験でこれだけの功績をあげたミロシュを、ヨナーシュはかなり高く買っている。

 ましてや、成長力の高さも他の生徒達を見て折り紙つきなのだ。


 また、心をそう簡単に開かないカミルや、エルフであるシモナとの強い絆も評価していた。

 ドレイシーに肩入れさせているのも大きい。

 優れている容姿もあいまって、外交官のような任務にも適性があるのではないかとヨナーシュは考えていた。


 ヨナーシュは第一の側近であるカシュバルを通じて、ミロシュとのつながりをより強くするつもりであった。

 さすがに、王家の家名であるブラーハを与えるわけにはいかないからだ。


 ヨナーシュはブラジェク大司教を過小評価していない。

 隙あらば、ミロシュを取り込もうとするだろう。

 大勲爵士も所領も、ミロシュが受け取るのであれば、そのまま渡すつもりだった。

 彼の中でミロシュの評価は下がっていただろうが。


 カシュバルはミロシュと視線をあわせる。

 軽く頷いて、カシュバルは返答した。


「陛下のお言葉なれど、誰にでも家名を与えることはできませぬ。しかし、ミロシュ殿であれば、喜んで家名を与えましょう。ミロシュ殿、これからは一族としてよろしくお願いいたす」

 カシュバルはミロシュの武勇のみならず、今日の謙虚な振る舞いを見て、家名を与えて問題ないと判断した。


「感謝するぞ、将軍。これからはミロシュ=ハルヴァートと名乗るがいい」

「ミロシュ=ハルヴァート……」

 ミロシュは小さな声でつぶやくが、すぐさま返答する。


「陛下、どうもありがとうございます。将軍閣下、私は異世界出身でまだ不慣れなところがあります。しかし、将軍にご迷惑をおかけしないよう、努力して参ります」

「何かあれば、カミル殿だけでなく、遠慮なく私にも相談するといい。もう、一族の一員なのだからな」

「将軍の優しいお言葉をうれしく思います」

 今日は何度困惑させられたかわからないミロシュであったが、それゆえに耐性がついてきて、よどみなく受け答えできるようになった。


「これからの働きを期待させてもらうぞ、ミロシュ」

 ヨナーシュの声を聞き、ミロシュはヨナーシュに向き直る。


「ご期待にそえるよう、尽力いたします」

 ミロシュはヨナーシュと視線を交えるが、ヨナーシュの眼差しに暖かみを感じる。


 今日は何度も驚かされ、自分が試されていたことをミロシュはうすうす理解していた。

 しかし、基本的に自分が不利になるようなことはなかったと思う。

 家名についてなど、よくよく考えれば、かなり手厚い待遇だろう。


 ミロシュはヨナーシュに感謝する。

 その気持ちが、ヨナーシュへの深い一礼として表れた。

 ヨナーシュはミロシュに頭を上げるように言ったが、ミロシュにはその声も優しく感じられた。


 居並ぶ重臣達は、ミロシュという少年が主君の寵臣となるのではないかと推測する。

 カドルツェク公爵も典礼大臣も、強い視線をミロシュに向けていた。

 その様子をカミルはさりげなく観察し、シモナはほっとした表情を浮かべた。


 かくして、ハイグラシアにミロシュ=ハルヴァートという人間が誕生する。

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