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(27) 聖暦一五四二年六月 ソヴェスラフの決戦(後編)

 南東門を攻める王軍の先陣に、シグネ=ハディマ=ダニェクという名前の少女が参加していた。

 ダニェク伯爵家の次女であり、戦死したソヴェスラフ魔術師長の妹だ。

 さらに、カミルと同年齢の従姉妹にもあたる。

 カミルの本名はカミル(名前)=ダニェク(母の家名)=ブラーハ(父の家名)で、カミルの母はシグネの叔母であった。


 シグネは騎士団に所属していた。

 この従軍は任務であり、戦死した姉の仇を討つためのものでもある。


 シグネは二刀流の使い手だ。

 利き手の右手に長剣、左手には大きな鍔のついた短剣を持っている。


 彼女は右手の長剣で思う存分、ゴーズァイ達を切り裂いた。

 仇を討つの一念で凝り固まった彼女の剣は重く速い。


 左の短剣は強敵相手では防御に用いるのがもっぱらだった。

 しかし、ゴーズァイ相手では槍先をいなした後、何度も刺殺に用いられた。


 化粧をしてドレスで着飾れば、彼女は社交界の華だ。

 軍務で鍛え抜かれた肢体はスタイルもよく、流れるようなアッシュブロンドの髪を持つ。

 成長すればまさに貴婦人といわれるべき美貌だった。

 しかし、社交界が苦手な彼女は軍務になるべく専念するようにしていた。

 姉もまた、おそらくそうだったのだろう。

 ソヴェスラフ勤務は姉が望んでいたものだ。

 王都から離れたかったのだろう。

 でも、それゆえに――姉は死んだ――


『シグネは私のようになってはダメよ。あなたはとてもかわいく、美しくなるのだから』


 姉の言葉を懐かしく思い出す。

 ここは戦場だというのに。


 シグネはかぶりを振って、眦を決し、ゴーズァイを何匹も切り倒していく。

 姉が戦死したのはボグワフ鉱山であって、ゴーズァイ相手ではないのを知っていた。

 だが、同時に攻撃してきたゴーズァイが同心していたのは間違いないのだ。


(姉さまはきっと幸せになれた! なのに!)


 彼女は鬼となって、ゴーズァイを斬り殺していく。

 容赦する必要は一切なかった。




 カドルチェク公爵は自軍の戦いぶりを中ほどから見ていた。

 ゴーズァイは情報どおり弱体で、自軍の損傷は極めて少ないだろう。

 得られた情報が正しかったことと、被害が少なくてすむという両方に彼は満足する。


「予定通り、左前方をあけよ。道を作ってやれ」

「はっ、かしこまりました」

 近侍が離れ、公爵の指示を魔術士に伝えた。

 魔術士は通信魔術で左翼指揮官に公爵の指示を伝え、指示通りに公爵軍の左翼が後退していく。

 それで開いたスペースに他の諸侯軍が入り、ゴーズァイ達との戦闘が始まっていた。


「これでよい。私が手柄を独占したといわれても困るからな。陛下はそうしてもらいたかったかもしれぬが」

「……めったなことを言われない方がよろしいのでは」

「陛下もすべて承知のことよ。とにかく被害を少なくするように戦え。もうこの戦いは終わっている。その後に備えねばならぬ」

「はっ、各指揮官に伝えます」

 近侍が再度離れ、魔術士に公爵の指示を伝えていく。

 公爵の眼差しは戦場に向けられず、もっと遠くを見ているようであった。




 ヨナーシュ二世は投影魔術で戦況を把握している。

 彼の前には、全部で五面のスクリーンのようなものが映し出されている。

 彼が指示すれば、映し出される場所が切り替わっていくのだ。


 投影魔術は空間属性魔法のスキルを伸ばして、派生スキルをとれば使えるようになる。

 入手するのに必要なスキルポイントが多くて、誰もが使えるというわけではない。

 投影魔術が使える魔術士は紛れもなく一流といえ、待遇は極めてよい。

 それと、将帥の眼として用いられるだけあって、彼らを失うわけにはいかず、戦いにおける生還率が極めて高い。

 なので、魔術師を目指す人々の多くが目標としている。


 ヨナーシュ二世は表情豊かだった。

 リョウコの突撃を見たときは最初、笑い出した。

 近侍達もつられて笑みを浮かべる。

 それだけあの突撃は突拍子もないものだった。

 だが、リョウコの快進撃が続くと、もう少し拡大するように指示を出す。

 彼はリョウコの剣技を見続ける。

 顔から笑みが消え、気配に鋭いものを漂わせる。


 軽く頷いた後、彼は画面を切り替えるよう指示を出し、満遍なく各所の戦いぶりを見ていく。

 公爵軍が諸侯に道をゆずったのを見た彼は、フン、と言って顎に軽く手をあてた。


 彼は通信魔術で、攻撃を加えるべき箇所に部隊を動かすよう、何度も指示を出した。

 効率よい攻撃が行えていれば、彼は満足げな表情を浮かべる。

 部隊の動きが少しでも緩慢に思えれば、厳しい表情となった。


 即位当初、彼はイゴル王国軍を敵としたオラヴィーロの戦いにおいて、自身の武勇で勝利している。

 だが、彼は何度もそのようなことが行えるとは思っていない。

 たとえば、相手がハイエルフ率いるアルノーシュ王国軍であれば、あんな突撃は絶対に行っていないだろう。

 彼の魔法防御を突き破るだけの攻撃魔法が殺到してくるからだ。


 なので、彼は戦士ではなく将帥として戦う経験を積むために、この戦いを演習代わりに用いていた。

 おそらく、間もなく起こるであろう戦いに備えるため、必要なことであった。


 ヨナーシュ二世の視線は、かなりの比率でアウグナシオン教団に注がれていた。

 リョウコの突撃ばかりではない。

 異世界から召喚された戦士達の戦いぶりを見定めるためだ。

 彼から見てぎこちなさもあるが、戦い始めて三ヶ月と考えれば、恐るべき成長力に思えた。


 彼はアウグナシオンによる大規模召喚に関する情報を集め出していた。

 異世界人はいずれも資質が高く、盟約を結んだ天使との相乗効果もあり、かなりの速度で強くなっている。

 そう聞いていたが、彼は事実だと確信した。

 でなければ、あのブラジェクが無理やりにでもかき集めないだろう。


 ヨナーシュ二世が見るスクリーンには、陣頭で戦うブラジェクの姿が映し出される。


(私がオラヴィーロの戦いで武勇を見せたように、同じことをしているわけだな)


 彼はブラジェクという四つ年上の大司教に、以前から注目していた。

 実に行動が似ているのだ。


 大司教に就任するにあたり、ブラジェクには大きなライバルといえる男がいた。

 だが、その男はベッドの中で娼婦と共に死んでいたのを発見される。

 ヨナーシュ二世は偶然そうなったなどと一度も考えたことがない。

 自分が異母兄を殺したように、ブラジェクもまた手を汚したのだろう。

 やり方が異なるだけだ。


 冷たい目線でブラジェクを見ていたが、ヨナーシュ二世はソヴェスラフの城門を映し出させる。

 間もなく、ソヴェスラフからも出撃するからだ。

 合図となる赤い炎が魔法で打ち上げられた。


 ◇  ◇


 ドレイシー執政官は開戦前、自室にてミロシュ達と話がしたいと申し出、ミロシュ達は当然快諾する。

 ソファーにて執政官とミロシュ、カミル、シモナは対面する。

 サララは姿を消して、外の様子を調べていた。


「王軍の総攻撃が始まった後、合図と共に我らも城門を開け、出撃します」

「いよいよですね」

 ミロシュの返答に緊張感が漂う。


「ですが、カミル様達は出撃されないほうが望ましいと思います」

「もう、戦功は十分あげたからですか?」

 ミロシュとシモナは顔色を少し変えたが、カミルは淡々とこたえた。


「ご慧眼です。私が行った上奏によって、すでに殿下達が第一位の戦功をあげたのは間違いありません」

「これからの決戦で一切戦わなくてもですか?」

 ミロシュが質問する。


「はい。陛下はそういう考え方をされます。また、実力を見せる時はこれからいくらでもやってくるでしょう。完勝間違いなしの戦場で経験を積めないというデメリットはありますが、目立ちすぎて出過ぎない方がいいでしょう。いかがです?」

 ドレイシーなりの助言であった。

 出過ぎれば、嫉視される。

 出世したければ跳ね返していくしかないのだが、敵を増やしすぎれば対処しきれなくなるのだ。


「ミロシュ、どう思う?」

 カミルは自分で決断を下すのをやめ、ミロシュにふった。

 いつまでも自分が決断していれば、ミロシュのためによくない。

 やがて、ミロシュには様々な大きな決断をしてもらわなければならないのだから。

 道を誤りそうになれば、助言するだけでよいのだ。


「執政官様のご好意に甘えよう。それでいいかな、二人とも」

「ああ、それがいいだろう」

「せっかく槍がうなるかと思ったんだけど、仕方ないね」

 二人はミロシュに賛同する。

 ミロシュは今、ルーヴェストンに頼っているだけの状態だ。

 こんな不安定な状態で、戦いたくはなかった。

 それに、大きな戦いに不安を感じないといえば、嘘になる。

 力をつけるまで、自重すべきだろう。


「私の意見に賛同していただき、ありがとうございます。それでは、城壁の上からご観戦下さい。万一のことがありますので、盾をお持ちになられて」

「ありがとうございます、執政官様。お忙しいと思いますが、何かありましたら、またご助言をいただければ、うれしく思います」

 ミロシュは一礼する。


「わかりました。できる限りのことはいたしましょう」

 ドレイシーはミロシュの素直な態度に少し心がほだされる。

 それなりの家柄出身ではないかと、推測した。

 ミロシュはただ、いつもどおり振舞っていただけだ。

 同年齢よりも年上相手のが話しやすいのは、ハイグラシアでも変わってないようだ。




 退出したミロシュ達は、城壁の上にあがって、サララと合流した。


「どうだった、サララ」

「間もなく決戦が行われます。それに、空には多くの天使がいて、理力による支援を行うでしょう。アウグナシオン様のみならず、ファバイダン、闘神グルードゥスなど、十柱以上の神々に仕える天使達が集結しています」

「そんなに!?」

 ミロシュのみならず、カミルやシモナも驚く。


「支援のためじゃなくて、ただ監視しているだけの天使もいるようですが、全ては探れてません」

「役にたたねぇなぁ」

 ルーヴェストンが茶化した。


「あなたの力を使わないでくださいね。ばれたら、あなただけでなく、私達も殺されるんですから。できることなら、ミロシュ以外とは念話すらしないほうがいいでしょう」

「チッ」

 それだけ言って、ルーヴェストンは黙り込んだ。


「この戦いはそれだけ様々な勢力に注目されているのか。戦いに出なくて正解だな」

「そうよね。戦いたいけども、ミロシュの事を考えると無理はできないし」

「本当によかったと思うよ。それだけの天使達に見られながら、戦うなんてぞっとしないから」

「戦いが始まりました」

 サララの声で全員、農村部の方を見る。


 パーヴィリア軍とゴーズァイ達の決戦が始まった。

 上から見るミロシュ達には細部がわからない。

 しかし、パーヴィリア軍が優勢なのは明らかだった。

 黒色のゴーズァイ達の塊がみるみるうちに削られていってるからだ。


 それだけ、パーヴィリア軍の軍装色が農村部へと入り込んでいく。

 アウグナシオン教団の蒼、王軍、諸侯軍の赤、緑、青、黄など。


 もはや、ゴーズァイ達がこちらに矢を飛ばす余裕など全くないのは明らかで、ミロシュ達は盾を下に置いて、より見やすいほうへ歩く。


「せっかくですから、今後の参考のために、少しでも戦いぶりを見ておきましょう」

 サララがそう言うと、ミロシュ達の前方に縦三メートル、横六メートルほどの大スクリーンが映し出された。

 理力を用いて、投影魔術の代わりとしたものだ。

 というよりも、並の術者が出すスクリーンよりも遥かに大きい。


 ミロシュ達は大スクリーンに映し出された凄惨な様子にひきこまれる。

 ほぼ一方的に、ゴーズァイ達が王軍に蹴散らされていた。

 首がとび、腕がちぎれ、胴体が両断され、黒い体液をいたるところにまき散らしていた。


「これは……」

 ミロシュはその後、続きの声が出ない。


「ソヴェスラフは陥落しそうになった。当然の報いだろう」

「……そうね。私はヤーデグに殺されそうになったし」

 カミルとシモナは無表情にそう言った。


「このハイグラシアでは、各地でこのような戦いが行われています。私もヴルドヌス大陸でアウグナシオン様が起こした戦いに参加していましたから」

 サララの声はいつもと同じだった。


「……それはわかっているよ。わかっているつもりだよ。僕がいた世界でも戦争はあったんだから」

 ミロシュの声は小さい。




 ミロシュ達が観戦している間も時は流れ、王軍から合図の炎があげられる。

 それと共に、ソヴェスラフの城門が開かれ、騎士団、警備隊、冒険者達が出撃する。


 彼らは陥落の恐怖、死の恐怖を幾日幾夜も味わった。

 それをもたらした一方の相手、ヤーデグは全滅し、魔物達は森の奥へと引っ込んだ。

 なので、この鬱憤を晴らす相手はもう、ゴーズァイ達しか残ってなかった。


 城門方面の敵を支えるのはヨラン王近くにいる残り数百だ。

 しかし、女子供が多く含まれ、ほとんど戦力にならない。


 ほぼ一方的にソヴェスラフから出撃した軍隊は、ゴーズァイ達を殺していく。

 王軍、諸教団、諸侯軍も呼応すべく、勢いを激しくしていった。




 だが、前線で戦っていたリョウコは、刀をふるうのをやめた。

 もうすでにゴーズァイ達は逃げ惑い、反撃してこなかったからだ。

 納刀して、引き上げようとし、コウタのパーティとすれ違う。


 コウタはパーティを率いて、逃げ惑うゴーズァイ達を次々と殺していく。


「俺ってやっぱり幸運だぜ! こんなに楽して強くなれるんだからな! 街では魔物を退治した英雄として迎えられるわけか。楽しみだ!」

 パーティメンバーの女の子達も、コウタに染められ、完全に行動を共にしていた。


 リョウコはコウタ達をちらりと見た後、興味なさげに歩き続け、馬上のブラジェクと出会う。


「リョウコさん、戦わないんですか?」

「命がけで戦う敵はもういなくなったから」

 ブラジェクの返答を待たず、リョウコは後方へ下がった。


「本当にわからないな」

 とだけ、ブラジェクは言い、指揮に戻った。




 ヨラン王は周りの様子を見て、もはやこれまでと悟る。

 王位を示す輝石でできた冠、腕輪をすべてはずし、槍を手に持つ。

 ハイグラシア人からみたら、極めて粗末な冠と腕輪だが、ゴーズァイにとっては宝物だった。


 ヨラン王は、妻と幼子二人がいる方を向いて、


「あいつらに殺されるよりも、せめて、わしがすぐに楽にしてやろう」

 と、言って、槍を突き出した。

 ヨラン王の妻は座って背中を向け、幼子二人も同じ姿勢にした。


 ヨラン王の槍は妻と幼子二人の首を斬り落とす。

 王は槍を手放し、妻子の顔三つを両手で抱き、それぞれに口付けた。

 そっと三つの首を地面に置き、槍を再び持って出撃した。


 ゴーズァイ最後の王ヨランは、ソヴェスラフで戦って死んだ。

 旅立った同胞が少しでも多く生き残るよう。

 最期にそれだけを祈りながら。




 ミロシュ達はスクリーンを通して、全てを見た。

 ヨランが妻子を殺し、出撃していった姿の全てを。


 ヨランが王だと、ミロシュ達はわからない。

 妻子だともわからない。

 言葉も聞こえない。


「……こんなのってないよ!」

 ミロシュが涙を流して叫ぶ。

 カミルもシモナも顔をそむけた。

 サララはじっとスクリーンを見つめている。

 真実はわからない。

 だが、ミロシュ達は父親が妻子を殺した後、戦死したというのは推測できるのだ。


 サララがスクリーンで映す場所を切り替えていく。

 どの場所でもゴーズァイ達が殺されていた。

 もうすでに戦いではなく、逃げ惑うゴーズァイ達の殺戮となっている。

 母親が何人も子供を守ろうとして、子供ごと殺されていった。


「止めてよ、サララ! 僕はもう見たくない!」

「なぜですか、ミロシュ? これがハイグラシアですよ!」

 サララの声は激しい。


「それでも、見たくないんだ!」

「……見なければ、何もなくなるわけじゃないんですよ。何も知らなかった私はエマーファに殺されかけました。ミロシュは何も知らないままでも、ただ強くなればいいと思ってるんですか?」

 最後のほうは、いつもの声音に戻っていた。


 ミロシュは両手で顔を覆い、座り込んだ。

 シモナがミロシュの横に座って話しかける。


「そのう、ミロシュ。ソヴェスラフは人が大勢殺されて、陥落しそうになったんだよ。私みたいにヤーデグとかに殺されそうになった人達もたくさんいると思う。身内を殺された人もいるんじゃないかな」

「……だから、小さな子供を守ってるだけの母親っぽいゴーズァイも殺すのかい?」

 ミロシュの低い声にシモナは反論しなかった。

 反論しようと思えばできただろう。

 ただ、隣から右手で、ミロシュの左手を握り締めただけだ。

 振りほどかれるかと思ったシモナだったが、ミロシュは握られるままにしていた。


 カミルがシモナとは逆側に座って、声をかける。


「ミロシュ、それだけじゃない。軍隊や冒険者は何の意味もなく、ゴーズァイ達を殺しているわけじゃない。軍功狙いもあるが、強さを手に入れるためだ。森で魔物と戦えば、強くはなる。だが、命がけだ。ルールを作って浅い場所を探っていても、この前のような事が起これば、死んでしまう。だからといって、むやみやたらに人や動物を殺せないだろう。法律やモラルで縛られている。だから、確実に強くなれるこういう場では少しでも多く殺そうとする」

「……強くなるために?」

「ああ」

「……皆殺しに?」

「おそらく、そうなる」

 ミロシュは答えなかった。

 しばらくして、ミロシュは、


「……狂ってるよ、このハイグラシアは!!」

 と、大声で叫んだ。

 その声に誰も応えなかったが、ルーヴェストンが全員に念を流す。

 サララは少し顔を動かしたが、何も言わなかった。


『だから、言っただろう。クソ世界にクソ神だと。神の俺から見たら、人間もゴーズァイも別にかわらねぇ。だから、俺が戦えるなら、ゴーズァイに味方していただろうな』

「……えっ?」

『俺とゴーズァイは同じだからさ。ゴーズァイはおそらく異世界にいたんだろう。ってことは間違いなく、クソ神の誰かに召喚されたってことだ。ヤーデグもその可能性が高かったよな。ソヴェスラフを襲わせるためにクソ神の誰かが連れてきたんだよ。偶然、こんなことが起こるなんてありえねぇよ』

「そんな……」

 ミロシュは顔をあげて声を絞り出した。


「……おそらくそうでしょう。異世界から生物を召喚できるのは神々だけです。ソヴェスラフを襲わせることでメリットがある神の誰かがしたことに違いありません」

 サララはヴルドヌス大陸でアウグナシオンが、向こうの神々に恨みを買っていたのは知っている。

 グ=トヌガンの存在もむろん知っている。

 だが、グ=トヌガンが行ったという証拠はつかんでおらず、疑いがある神の一柱としか思っていなかった。


「パーヴィリア王国でもっとも力があるのはアウグナシオン様です。アウグナシオン様に恨みがある神々の可能性が一番高いですが、証拠がない以上、あまりにも数が多すぎて絞りきれません」

 実を言うと、この事件の真相を調べていた多くの者達の結論が、サララの言葉だった。

 ヨナーシュ二世も、ドレイシー執政官も、ブラジェクも、そして、アウグナシオンの考えも。


『ミロシュ、お前も同じだ。クソアマに召喚されて命がけで戦わされている。俺がクソ神どもを殺したい気持ちがよくわかっただろう? ここがクソ世界ってのも理解したよな?』

「……ソヴェスラフで殺された人達も、ゴーズァイ達も神々のせいでみんな死んだっていうのかい?」

『そうだ。俺の言葉に間違いがあると思う奴は反論するがいい』

 カミルもシモナも、そしてルーヴェストンと一番うまがあわないサララも黙っていた。


「ルーは神々に恨みがあるから、僕を積極的に神々と戦わせたいんだろう?」

 ミロシュの声音は弱い。


『クックッ。実をいうとな。俺は力ずくでもこの身体を動かせないことはない。少し面倒だがな』

「ええっ!?」

 ミロシュは思わず立ち上がり、誰もが驚きの表情を浮かべる。


『でもな。お前も俺と同じだ。クソアマに召喚されてここに来た。知識や記憶を探った時にそれがわかったからな。だから、あえてお前がその気になるまで我慢しているってわけだ。ありがたく思えよ!』

「そうだったんだ……」

 また、ミロシュは座り込んだ。


「僕は……ね。みんな」

 そう言って、ミロシュはしばらく黙った。

 皆はミロシュが続きを話すのを待つ。


「両親や妹と仲良くして、それなりにいい会社に就職して、好きな人と結婚して、子供を育てて、大好きな家族と一緒に生きていければ、それでよかったんだ。それだけだったんだ……でも、両親とはもうどうにもならなくなって、大好きな妹とも二度と会えなくなった。もう、疲れきっていたけど、ハイグラシアでもう一度がんばってみようって気になったんだよ。ルーいわくまだ心がおかしかったようだけどね。


 サララと出会えてよかったよ。サララがいなければ、僕はもう死んでたから。カミルとシモナにも出会えて本当によかった。僕に初めてできた親友だから。それに、二人がいなければ、身体はともかく心がもっとぼろぼろになっていただろうからね。そして、ルー。僕の身体と心、シモナの右腕を治してくれてありがとう。身体を奪わないでくれてありがとう。ああ、何も言わなくてもいいよ。嘘だと思ってないから。


 ……神々のせいで大勢の人達やゴーズァイ達が死んでいったんだろうね。多分、僕はもっと前から理解していたよ。過去に大戦があったんだ。現在の神々が清廉潔白だなんて思ってなかった。僕らもむりやり召喚されたしね。でも、それを認めると、僕はそんな神々なんて大嫌いでたまらなくなる。戦うしかなくなる。でも、怖いんだ。僕はさっき言ったような希望しかもってなかったんだよ。政治なんて考えたこともなかった。家族のことで精一杯ってこともあったけどね。そんな僕が神々と戦うなんて想像しただけで恐ろしかった。だから、逃げていたんだ。


 ああ、今でも僕は両親や妹と楽しく暮らす転校前の生活を夢見るよ。でも、もう戻れないんだよね。理解したくなかったけど、今こそ理解したよ」


 ソヴェスラフの決戦はもう終結していた。

 ゴーズァイ達は全滅し、後始末に入っていた。

 だが、ミロシュ達はそれに気づくことはなかった。


「……僕は決めた。神々と戦うよ。ルーがいる以上、勝ち目がないわけじゃないからね。ごくわずかでも勝算があれば、戦えるよ。それに、今のハイグラシアなんて元から大嫌いだったんだよ、僕は! ハハッ、前から言ってみたかったんだ。力、力って、馬鹿げてるってね!」

 カミルは思った。

 今浮かべているミロシュの笑みは、なぜか灰色のように感じる、と。


「ルー。力を手に入れるための指導をしてくれるかい?」

『ああ、鍛えてやるさ』

「カミル、僕は予定通り、男爵を目指すよ。すぐに神と戦えるだけの力なんて手に入らないだろうから。それに、少しでも弱い人達にできるかぎりのことをしてあげたいんだ。政治などを教えてくれるかな?」

「俺が知っている限りのことを教えてやるよ」

「シモナ、僕が成功するとは限らない。シモナは今なら……」

「あたしだけ、置いていくっていうの! ありえない!」

「なら、死ぬ事になっても、一緒に来てくれるのかい?」

 ミロシュの表情に翳がさす。


「うん、私はそう決めているから!」

「……ありがとう。僕はうれしいよ。生死を共にしよう」

 ミロシュは両手でシモナの両手を握った。


「……ええ」

 シモナは顔が赤くなり、うつむく。

 それを見るサララの表情が冷え込んだ。

 ミロシュはシモナの両手をそっとはなした。


「サララ、僕は盟約を果たしてみせるよ」

「今までそのつもりはなかったんですか?」

 サララの表情がさらにきつくなる。


「さっき言ったように、逃げる気持ちがあったのは認めるよ。でも、もう迷わないよ。たとえ死ぬ事になっても、神々と戦うさ」

「本当ですか……?」

「ああ、一緒に戦おう」

「……では、カミルさんとシモナさんは親友だそうですが、私はなんですか?」

 サララはミロシュを見つめる。


「決まっているさ。パートナーだよ」

「……パートナー」

 ミロシュは微笑み、サララは俯き、シモナはむっとする。


 今ここに、ミロシュ達と神々との戦いが静かに始まった。

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