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(24) 聖暦一五四二年六月 決戦に至るまで

 ソヴェスラフから王都ザハリッシュまで、直線で約六十ファクタ<約三百キロメートル>ある。

 パーヴィリア王国で最大の街道であるバレイゴス街道で結ばれていた。

 王都ザハリッシュはソヴェスラフのほぼ真北に位置し、気候的に涼しい。


 早馬制度によって、ソヴェスラフから王都ザハリッシュまで約一日で魔物襲来の至急報を届けることが出来た。

 これは、街道沿いの宿場に備え付けの馬を交換して用い、伝令の移動速度を少しでも高めるべく定められている制度だ。

 馬に身体強化の魔法をかけることによって、少しでも速度が速まるようにしている。

 歴代国王は、魔法の使用などによってさらなる速度上昇を試みたが、うまくいかなかった。

 通信魔法を用いれば、歴史的に数人登場した大魔導師の力をもってすれば、長距離伝達が可能であった。

 しかし、その魔導師が死去すれば、情報伝達が寸断されることになる。

 また、それほどの魔導師が情報伝達専属で雇われるのはありえない話なので、現在も早馬制度が用いられているわけだ。

 ほとんどの他国でも、ほぼ同様の制度が用いられている。


 至急報でソヴェスラフ襲来を知った日の翌日に、軍を出すことが出来たのにも仕組みがあった。

 騎士団、魔術士団は翌日に出撃可能な人員を優先して、編成されていた。

 巡回任務などに出ていた者は従軍できなかったので、帰還後、悔しい思いをする。

 軍を出す際には、軍隊のみならず、食糧などの補給が必要となる。

 これを翌日までに、ソヴェスラフまで必要な量を全て整えて、馬車などに積み込むのは無理であった。

 なので、一日分しか用意されていない。

 翌日から必要な食糧は次の補給地点で受け取る。

 これをソヴェスラフまで続けていくことになる。


 ヨナーシュ二世が即位後、主要街道の要地に補給所を設立し、物資を蓄積させていたので、可能となった軍事行動であった。

 当然、軍が王都を出発する前、補給所各地に伝令が出されていた。


 ヨナーシュ二世は、大軍を揃えるよりもソヴェスラフに急行することを選んだ。

 敵が撃破可能であれば、一刻も早く撃破する。

 そうすれば、ソヴェスラフの被害が少なくなるからだ。

 諸侯にも動員令を出しているが、街道沿いの諸侯にしか出していない。

 もし、大敵であれば、途中で軍の進行速度を遅らせて、大動員令を出す予定であった。


 現在のハイグラシアにおいて、これだけ早く出撃して進行速度が速い軍隊はほとんどない。

 それだけに、ヨナーシュ二世はアウグナシオン教団の兵団が共に出撃できたことに一目おく。


 アウグナシオン教団の兵団は総数二百五十。

 総指揮はブラジェク大司教。

 アウグナシオンが好む蒼の旗をなびかせ、蒼一色の軍装を整えていた。

 王軍八千に比べれば、もちろん少数であるが、整然と行軍しているその姿は決してみすぼらしいものではない。


 他教団も兵団を組織していたが、出発は半日遅れ、一日遅れとなる教団がほとんどであった。

 なぜかというと、ソヴェスラフまでの補給物資を集めるのに苦労したからだ。

 王軍の物資をわけてくれというわけにもいかない。


 だが、アウグナシオン教団はパーヴィリア王国における最大の教団だ。

 バレイゴス街道沿いの信徒に兵団を賄うだけの物資を用意するよう、ブラジェク大司教は昨夜のうちに手配していた。


 行軍速度だが、上記のような事情で補給物資を減らしているのが速度向上につながっている。

 また、身体強化などの魔法も用いることが可能だ。

 それで、一日あたりの行軍距離は五十キロとなり、初日は五十キロを踏破した。


 そして、ブラジェク大司教を初めとする各教団の代表者は連絡役となる天使に、天使による理力の補助が受けられるよう、神々に申し入れていた。

 二日目からは天使たちによる理力の補助が受けられるようになる。

 これで一日あたりの行軍距離は八十キロとなった。

 およそ、五日で王都ザハリッシュからソヴェスラフに到着することになる。


 ヨナーシュ二世は、神々の恩寵に対して感謝を捧げる簡略な儀式を行った。

 完璧な儀礼で捧げられたヨナーシュ二世の神々への感謝。

 各教団の代表が代表してそれを受け、神々へと捧げ奉る。

 その儀式によって神々への信仰がどれだけ高まったのか、それは誰にもわからなかった。


 行軍して三日目の六月十五日から、各地の諸侯が続々と合流してくるが、その中に大諸侯が一人いた。

 五十四歳のエンシオ=レプカ=カドルチェク公爵だ。

 約四百年続いているカドルチェク公爵家は、前王朝のバルトル朝から存続する名門であった。

 領地は王国領土の約十%。

 ヨナーシュ二世に取り潰されたアプソロン公爵家に匹敵する。


 約千の軍勢を率いてかけつけたカドルチェク公爵に対して、ヨナーシュ二世は丁重に出迎えた。


「公爵自らが参戦してくださるとは思いませんでした。どなたかを派遣して下されば、それでよかったものを」

「そういう訳にも参りますまい。ソヴェスラフに万一の事があれば、パーヴィリアにとって一大事。全力をもって、対処させていただきますぞ」

「かたじけない仰せ、このヨナーシュ、ありがたく思います」


 国王と国有数の大貴族は儀礼上、何の問題もない会話を続けていた。

 ヨナーシュ二世はカドルチェク公爵の両手をとって、感極まった表情を浮かべる。

 対する公爵も「犠牲多き先陣でも喜んで務めて参りましょう」と受け答えた。

 しかし、国王は「そんなわけにはいきますまい」と丁重に断る。

 裏事情を知らなければ、国の大事に対して結束している主従とみえるだろう。


 ソヴェスラフのドレイシー執政官が送った伝令はもちろん、最初の一報だけではない。

 新しい情報が入るたびに、小刻みに伝令を発している。

 情報というのは連続して入らなければ、ほとんど意味がないものだ。

 それをこの能吏はよく知っていた。


 六月十五日現在、公爵と会談しているヨナーシュ二世が知っている情報は以下の通りだ。

 当初の危機は免れ、六月十三日にはカミル達によって、北辺の危機が完全に取り除かれていること。

 南方から攻撃してきた正体不明の魔物の名前はゴーズァイ。

 ゴーズァイを倒した冒険者のギルドカードより、名前を知ることが出来た。

 おそらくは異世界の魔物だが、単体ではそれほど強くない。

 また、東門、西門を塞ぐこともせず、ゴーズァイは包囲という概念を知らない。

 知能はおそらくそれほど高くなく、戦術でもみるべき面はない。

 散発的な攻撃がたまにあるが、いずれも簡単に防戦できている。

 ゴーズァイは南方の農村部を占拠しており、総数はおそらく五千~六千。

 挟撃される可能性はほとんどなくなり、ソヴェスラフが陥落することはまずない。


 以上となる。

 王都を出撃してきた時より、危険度は一気に低下している。

 ヨナーシュ二世は諸侯を動員して、失敗したとすら考えていた。

 諸侯を動員した以上、それなりの礼をする必要がある。

 謝礼にかかる費用は無意味な出費となるわけだ。


 おそらく、カドルチェク公爵も独自に情報を収集して、似たような情報を手に入れたのだろう。

 だから、自身が援軍となり、先陣になるとまでいったと、ヨナーシュ二世は推測している。

 恩を着せておいて、ゴーズァイの経験値も自軍でいただくということになる。

 そう、このハイグラシアでは楽に勝てる戦いは、自分もしくは自軍が一気に強くなれるチャンスであった。

 ここが、地球と大きく異なるところだろう。

 地球では勝ち続けてもいつかは軍が疲弊する。

 しかし、ハイグラシアでは疲弊する度合より、強くなる度合が高ければ、連戦連勝が可能となる。

 歴史において大帝国を築いたのは、何らかの手段でそういった連戦連勝を可能にした英雄達だ。

 ハイグラシアにおいて、皇帝を名乗れるのは一つの大陸全土を統治している人物のみである。


 現在では、帝国は一つもない。

 過去に三つあったのみだ。

 未来においては――


 ヨナーシュ二世と公爵の会談は和やかな雰囲気で終了する。

 なにしろ、異母兄との争いの中で、もっとも早くヨナーシュ支持を表明して軍を出したのは、カドルチェク公爵であった。

 表向きは、最高の関係といえる。

 ヨナーシュ二世の生母の実家であるチェペク侯爵家よりも早かったのだから。


 ヨナーシュ二世が行った宮廷費の切り詰めは、見栄を張るのが重要な貴族と高級品を扱う商人にとって極めて不評だった。

 しかし、率先して従ったのはカドルチェク公爵だ。

 この効果は大きく、ヨナーシュ二世の歳費減額はスムーズにすすんだ。

 開拓事業も同様であった。

 公爵家もそれを財源にして、独自で開拓事業を行っていた。

 つまり、公爵は開拓推進による経済力向上も、歳費切り詰めによる財政良化という果実も手に入れていることになる。


 ヨナーシュ二世とカドルチェク公爵は最高のパートナーのように見える。

 誰の眼からでも国王を熱烈に支持しているように思える。


 だが、絶対王政を志向するヨナーシュ二世と、公爵家の勢力温存を図るカドルチェク公爵の関係は実のところ極めてよくない。

 感情の問題ではない。

 絶対的な立場の相違であった。

 彼ら二人がそれを一番理解していた。


 ◇  ◇


 高坂川高校の三年三組にいた安藤波留真アンドウハルマは、王都ザハリッシュで出征する瀬能和哉セノウカズヤを見送っていた。

 カズヤの横には十歳くらいの少女がいる。


 ハルマは美術、技術が得意で芸大にでも進学しようかと考えていたところに、ハイグラシアへ召喚された。

 もちろんショックだったが、彼は現状をあっさり受け入れる。

 あっさりすぎるほどに。


「なら、ハイグラシアになくて地球にある技術を移殖して儲けるっかな。他の奴らと競争になりそうだけど」

 その彼の言葉に案内をする青年の中級天使は渋る。

 盟約を結んで強くなって欲しい彼に、生産系スキルだけをとられても困るのだ。

 彼らは会話を続けて、妥協線を探る。

 その結果、盟約を結んで生産系スキルの他に防衛系、逃走系スキルをとっていくことにする。

 ハルマはアイデアを提供した後は、アイデア料で食べていくつもりだった。

 なら、生産系スキルはほどほどでもいい。

 襲われた時のために備えるスキルが必要というわけだ。

 天使も一応強くなれるので、妥協する。

 彼らがかわした握手はがっしりとした強いものだ。


「後はパトロンがいるな。誰かいい人いる?」

 ハルマの言葉に天使が出した名前は、ブラジェク大司教であった。


 それから、ハルマは王都ザハリッシュにて教団お抱えの商人、職人相手に新商品のアイデア提供を行っている。

 約三ヶ月がたった今、いくつかの新商品が販売され、かなり利益をあげるようになった。

 ブラジェクは資金力、人脈、理解力全てにおいて、最高のパトロンだった。


 そんなハルマがクセッ毛を右手でひねりながら、カズヤに問いかける。


「お前が戦いの道に行くなんて思わなかったな。勝ち続ければいくらでも強くなれるけど、いつかは負けて死ぬっしょ。賢いお前がそんなのわからないわけねーよな?」

「誰でも最後まで勝てると思っているものさ」

「お前もそう思ってんの?」

「そうだね」

「あっそ。パトロンが死んだら困るからさ。がんばって戦えよ」

「そうするよ。僕もあの人に死なれると困るしさ」

「そっか。じゃあな」

 ハルマとカズヤは別れようとするが、思い出したかのように、


「お前も一応死ぬなよ」

 と、ハルマが一言投げかけた。


「そのつもりだよ」

 カズヤは振り返って、にっこり笑った。

 横にいた少女は無表情だ。


 今度こそハルマとカズヤは別れる。


(いつか聞いてみたいけど、怖いんだよな。あの女の子との関係)

 ハルマは心の中でそうつぶやいた。




 三条彰サンジョウアキラは、高坂川高校二年五組に在籍していた。

 聖暦一五四二年六月十五日現在、彼はアウグナシオン教団に所属する。


 父母自分弟の四人家族だった彼は、地球での生活に何の不満もなかった。

 勉強もスポーツもよく出来て、身長百七十五センチ、二重まぶたで容姿もけっこう整っていた彼には中学時代からつきあっていた彼女もいた。

 だが、アウグナシオンによる突然の召喚で、彼はその生活を強制的に打ち切られた。


 彼の案内役であった中級天使のアネットに何度も帰りたい、と彼は懇願するが、受け入れられることはなかった。


「ごめんなさい、私にそんな力はないんです。そのかわりにあなたのためなら、何でもしますから……」

 アネットはアキラより十五センチほど身長が低くて、華奢でホワイトブロンドを長髪にしていた。

 アキラから見て、可愛らしく守ってあげたくなるような女の子だった。


「何でもって、どんなことでもできるのかよ!」

 やけになって、アキラがそう言うとアネットは


「……はい」

 と言って、俯いた。

 その姿はどことなくアキラの嗜虐心に火をつけるが、炎となることはなかった。


「……なにもしねぇよ」

 アキラは目の前にいる少女の姿をした天使にあたった自分を恥じた。

 状況を考えれば、決して八つ当たりとはいいきれないだろうが、彼は優しさと自制心を併せ持っていた。


「くそっ……」

 どうにもならないことを悟ったアキラは座り込み、両手を地に打ちつけて、泣き出した。

 そんな彼をしばし見つめていたアネットだったが、やがて彼の頭を両手に抱いて彼女も静かに泣いた。


 やがて、冷静さを取り戻した二人は話をして、盟約を結ぶことになる。

 それが、ハイグラシアで生き残るには最善の選択と思えた。


「決して、あなたを死なせません。終生お守りいたします」

「ああ、俺もアネットを守ってみせる」

 彼ら二人が盟約を結んだ際に交わした言葉だ。


 アキラは王都近郊に降りてすぐに、アウグナシオン教団によって王都に連れてこられた。

 ブラジェク大司教はアキラとの面談後、アキラのためにパーティメンバーを紹介する。

 エットレ、オデット、レジーヌの三人だ。

 ブラジェクは性格があわなければ、他のメンバーをいつでも紹介するし、できる限りのことはするとアキラに優しく述べた。

 アキラはブラジェクの対応にある程度、信頼できるものを感じた。


 四人はそれからパーティを組むが、アキラは現在までずっと行動を共にすることになる。

 協力し合って四人で冒険するのが心地よかったからだ。

 地球での生活に未練がないといえば嘘になるが、四人との生活も楽しかった。


 それに、スキルシステムのお陰で着実に強くなれるのがアキラにとってかなり面白い。

 スキルポイントUPのお陰で、三人よりも成長が早いのは優越心がくすぐられるものがある。

 アキラは決して尊大な人間ではなかった。

 それでも、そういう思いを全く抱けないほど、人間らしさを捨ててもなかった。


 彼は現在、魔法使いのレジーヌに恋愛じみた感情をもっている。

 レジーヌも自分を意識してくれているように思える。

 地球に彼女がいるけども、もう会えない……

 ならば、問題ないじゃないかと思えるけども、完全にはふみきれなかった。

 エットレとオデットもアキラから見て、そういう関係になっているようだ。


 そんな彼はブラジェクに請われて、ソヴェスラフ救援軍に参加している。

 今では三人を紹介して、王都での生活を整えてくれるブラジェクをアキラは信頼していた。

 そんなブラジェクの要請であり、ソヴェスラフに住む人々を魔物から助けるというのは、彼の心にかなう事柄だった。

 だから、彼は快諾してパーティと共に遠征軍にいる。

 ブラジェク大司教がお膳立てしたパーティと共に。


 エットレもオデットもレジーヌも性格忠良で能力が高く、ブラジェクが期待していた人材だ。

 それでもって重要なのは、信仰が厚い上に家族もまた教団の仕事で生活しているという事だ。

 つまり、アキラの性格上望むだろうメンバーをあてがっておいて、ゆるく教団に縛り付けた。

 エットレもオデットもレジーヌも、ブラジェクの思惑など知らない。


 だから、彼らの繋がりは純粋にして暖かく、強靭なものだ。

 偽りではない、真実の絆だ。


 しかし、何か事あれば、エットレもオデットもレジーヌも優しいがゆえに家族は見捨てられず、教団に従うことになる。


 その際は、三条彰も行動を共にすることになるだろう。

 ブラジェク大司教がそう望んでいるように。


 アキラがレジーヌへの想いを伝えるべきか悩みながら、レジーヌを少し見ると、彼女と視線があった。

 レジーヌはアキラに微笑む。

 アキラは心が満たされるのを感じる。

 その微笑みには、レジーヌの偽りなき愛情が込められていたからだ。




「なんで、このステータスに運勢がないんだよ! これはクソゲーだろ!」


 アウグナシオンに召喚された際、高井幸太タカイコウタがステータスと念じてみた際に発した言葉だ。

 一年三組に在籍していた彼は、自分の才能に自信があった。

 中学まではトップクラスの成績だったからだ。

 しかし、進学校である高坂川高校に入学してからは、ぱっとしない成績となった。


 彼はその理由を考えるが、自分の才能が他人に劣るとは思わない。

 自分の勉強している箇所が、運が悪くてテストに出ないだけだと思うようになる。

 彼はいい成績にならなくて面白くなくなった勉強をやめて、オンラインゲームにうちこむ。

 こちらは時間をかければかけるだけ、強くなったので満足する。

 また、彼の家は資産家なので、小遣いも多くて課金し放題だ。

 なので、いくらでも強くなれて活躍できた。


「みろ、俺はやっぱりすげーんだ!!」


 しかし、彼の成績はぐんぐん下降していく。

 当然といえば当然なのだが、彼は自分が不運だと思うようになった。

 そんな中、彼はアウグナシオンに召喚される。

 アウグナシオンの説明を聞いて、彼は悪くないと思った。

 自分の才能が生かせる世界なら、どこでもいいのだ。


「よし、俺に欠けてるのは運だけだ。全部のスキルポイントを運関係のスキルにぶちこむぞ!」

「え?」

 彼を案内する下級天使のミルルは、かわいい声を出して戸惑う。


「いえ、戦闘系のスキルが必要ですよ……」

「レベルポイントを全部、力にぶちこむからな。俺なら、それでやれる。俺に必要なのは運だけだ」

「え?」

 コウタとミルルはこんな会話をえんえんと続ける。

 ミルルの声が半泣き状態になって、ようやく彼らの会話は終焉に達した。


「ラッキー系スキルは全部で5つ取得できたか。俺がいくら天才でも戦うのは初めてだしな、少しは戦闘系のスキルもいるか。お前の言うことに一理あるのを認めてやろう。あ、そういや、盟約結べば、もっとポイントくれるんだよな?」

「え? ……私、そんなこと言いましたっけ?」

 ミルルの両目は明後日の方向を見ていたが、コウタはだまされてくれなかった。


「間違いなく言ったぞ! さぁ、盟約を結んで二人でもっと強くなろう!」


 二人はめでたく結ばれ、コウタはさらに強くなった。


 コウタが降りたのはパーヴィリア王国北部辺境であった。

 ブラジェクの部下に見つけられ、彼は王都に連れてこられる。

 コウタもまたブラジェクにパーティメンバーに紹介された。

 肉感的なダリラ、コケティッシュなイルマ、どこかいじめたくなるロジータの三人であり、いずれもタイプは違えど、美人であった。


(さすがは幸運系のスキルをとっただけのことはあるな! かなりきてるぜ! このまま、ハーレムだ!)


 コウタは目尻がおちんばかりに下げながら、三人とパーティを組むことになる。

 ブラジェクは欲望丸出しなコウタには、特に工夫せず自分の手駒をあてがった。

 アキラほど手がこんだことをせずにすむとふんだからだ。


 スキルがきいてるかどうかは定かではないが、コウタは苦戦せずがんがん強くなる。

 容姿がさっぱりだったコウタは三人で筆おろしをすませ、まさに絶頂を味わう。


 そんな中、コウタはブラジェクに請われて、二つ返事で引き受け、ソヴェスラフ救援軍に入った。


(魔物から助けた英雄として扱われるわけか。うへへ)


 ハーレムを目指すも三人以外とは関係がなかなか発展せず、いらついていたコウタはソヴェスラフで新たなハーレム要員獲得を目指していた。




 桐川綾香キリカワアヤカは中学の卒業式で幼馴染に告白し、失恋した。

 幼馴染の名前は、牧原美優マキハラミウ、同い年の女の子だ。


 アヤカはいつのまにかミウが好きになっていた。

 自分なりの気持ちを、精一杯こめた言葉をミウにぶつけた。


「ごめんなさい」


 だが、どれほど言葉をつくしても、この一言がかえってくる。

 アヤカは諦めるしかなかった。

 ミウとは別の高校に行くのがせめてもの救いだ。


 いや、断られるのはわかっていた。

 だから、別の高校に進学する今、告白できたのかもしれない。


 アヤカは女子バスケット部に所属し、部活に懸命にうちこんだ。

 その結果、インターハイに出場することができた。

 むろん、チーム全員の努力が実った成果だ。

 彼女一人の力ではない。

 だが、彼女がインターハイ出場の原動力となったのは間違いない。

 一年生にしてレギュラーとなったのだから。

 勉強の成績も上位だ。

 まさに文武両道だったが、心の奥底には晴れ晴れとしないものが常に潜んでいた。


 アヤカは高校二年生となり、自覚せざるをえなかった。

 自分が女性しか好きになれないことに。


 身長が百七十七センチある彼女は、すらりとした体型で整った眼がきゅっと吊り上り、男女共に人気がある。

 だが、男子とはどうしてもそういう関係になれなかった。

 彼女が心ひかれるのは、幼馴染のミウと同じような華奢でかわいらしげな女の子にだけだ。

 慕ってくれる後輩とけっこういい雰囲気になり、告白すべきか彼女は迷うがミウとの経験が彼女を踏みとどまらせた。


 鬱々としていたなか、彼女はハイグラシアに召喚される。

 彼女はセリノと名乗った美青年の上級天使と対面した。

 普通の女の子であれば心ひかれながらかわしたであろう会話も、彼女はビジネスライクにすすめていく。


 彼女はセリノと盟約を結んで、ミロシュと同じソヴェスラフ近郊に降り立った。

 だが、彼女はミロシュと出会うことなく、神官に連れられ、王都にてブラジェクと面会していた。


 彼女は数度ブラジェクと話をしてから、パーティメンバーを紹介される。

 小柄でつぶらな瞳をして、サラサラのブロンドを肩まで伸ばしたフィーネと、生意気そうな眼が特徴的でややくせのある赤毛のリタだ。

 二人を見たアヤカは絶句する。


「気に入ってくれたでしょうか、アヤカ」

 ブラジェクの低い声はとても聞き取りやすかった。

 だが、それどころではないアヤカは言葉が出せない。

 自分の性癖を読み取られたのかと思うくらい、二人は彼女のタイプだった。


「ブラジェク様、お呼びでしょうか」

「ここに来てくれ、シェル」

 ボーイソプラノの声がして、ブラジェクの隣に十代前半っぽいホワイトブロンドの美少年がやって来る。

 ブラジェクはその少年に、今まで見せたことのない優しげな眼差しを送る。

 その後、意味ありげにアヤカを見やった。


「……ブラジェク様、とても気に入りました。フィーネ、リタ、私はアヤカ=キリカワです。よろしく」

 アヤカはフィーネ、リタとパーティを組んだ。


 パーティを組み冒険に出て、三人は力をあわせて様々な危難を乗り越える。

 アヤカとリタは剣を手にして、フィーネは杖をもって。

 三人は生死を共にした者にしかわからない絆で結ばれた。


 死線を潜ったアヤカはもう、躊躇することはなかった。

 明日には、いや、数分後には死んでいるかもしれない。

 気持ちを押し隠したまま死ぬのは、あまりにもバカバカしいではないか。


 アヤカが二人に気持ちを打ち明ける。

「私は二人と結ばれたい。心だけではなく体でも」


 フィーネもリタもアヤカと同じ感情を抱いていた。

 三人は身も心も結ばれることになる。


 十五日夜半、救援軍に参加していたアヤカはブラジェクの夜営を訪れていた。


「ブラジェク様、この戦いは勝てそうですか?」

「問題はその後だな」

「わかりました。その後もご指示を下さい」

「期待している、アヤカ」

 脇にはシェルを伴っていたブラジェクは、満足そうな目線でアヤカを見やっていた。

 アヤカはブラジェクの思惑がわからないでもない。

 それほど愚かではなかった。


 だが、ブラジェクはアヤカの心を癒してくれたのだ。

 アヤカはただそれに報いるだけであった。


 ◇  ◇


 聖暦一五四二年六月十四日から、ミロシュの日々は劇的に変化した。

 『宝くじが当たれば、親戚と友人が増える』

 それと似たような言葉を、ミロシュは何通りも思い出す。


 冒険者ギルドでユディタと再会するまではよかったのだ。


「ミロシュくん、よかった!」

 そう言うなり、ユディタはミロシュを抱きしめた。

 ミロシュの顔が赤くなる。

 シモナの両目がややつり上がるが、ユディタの両目がうっすら涙でにじんでいるのが見え、それもおさまった。

 ユディタが体を放した後、旧知のダリボル達とも再会して、和気藹々と話をしていたのだ。


 だが、途中で話は中断された。


 上級貴族から下級貴族まで、豪商から旅商人、様々な有力者の使いが何人も話に割り込んできたのだ。


「ぜひ、館にご招待したく」

「お話をお聞かせ願いたい」


 彼らの口上はおおむね上記のようであった。


 王弟三男であるカミル、気高きエルフのシモナを友にしたミロシュの英雄譚が真実に近いものから、でまかせに近いものまでソヴェスラフに流布していた。

 ドレイシー執政官の部下が流したものに、尾びれ胸びれまでついたものだ。


 有力な冒険者の評価はとても高い。

 力こそほぼ全てといえるハイグラシアにおいては。


 ミロシュはあたふたするが、カミルが身分を利用してうまくさばいた。

 ひとまずはお引取りを願ったわけだ。

 さすがに逆らえるだけの身分を持った者はいなかった。


「有力者と話すトレーニングでもするか。俺が横についていてやるよ」

 カミルが面白げにそう言うと、ミロシュは、


「いいよ。まだ仕官したわけじゃないし」

 間髪いれず断った。


 いつかは必要になるのだが、カミルは無理強いしなかった。

 ドレイシー執政官に掛け合い、政庁客間を手配してもらう。

 もう、今までの借家に住むわけにはいかないのだから、と。

 ミロシュは少しぶすっとしていたが、カミルの言葉に従わざるを得なかった。


 今度はいつ会えるかわからないし、ユディタや食堂のおばさん、ダリボル達ともう一度話をしてから、ミロシュは政庁に向かう。


 ミロシュが平民として過ごす最後の日々となった。


 ◇  ◇


 聖暦一五四二年六月十八日

 ソヴェスラフ政庁にて、ドレイシー執政官はヨナーシュ二世から届いた書状を読み終えた。


 もうすでに王軍は近隣まで到着しており、明日には農村部にいるゴーズァイ討伐作戦が決行されることになる。


 執政官は、ゴーズァイが思ったより弱いとわかってから、騎士団、警備隊、冒険者のつきあげをかわすのに力を割いていた。

 弱くても総数五千から六千と見積もられ、ソヴェスラフ残存兵力のみで決戦は行えない。

 しかし、城門から突撃して、一撃与えてからの撤退を繰り返すのは可能ではないか、という献策だ。


 理と利がないこともなかったが、それは武官である彼らからみての話であった。

 執政官に求められているのは、戦功ではない。


 陥落寸前であったソヴェスラフを守りきった時点で、ドレイシー執政官が賞賛されるのはすでに約束されていた。

 なのに、勝利がすでに約束されているにも関わらず、彼らの言葉に従い出撃して戦功を積んでも、功績は増えないだろう。

 逆に、国王からの覚えが悪くなる可能性は高い。


 満ちれば欠けるともいう。


 ドレイシー執政官は決戦が行われるまで、武官をおさえきった。


 決戦で王軍が勝利するのは間違いない。

 諸侯らの参加で約一万四千にまで膨れ上がっている。

 天使達の理力による支援まであった。

 ゴーズァイ六千では敵ではない。


 問題はこの後、どう動くかであった。

 諸外国が。

 諸教団が。

 天使を派遣している神々が。


 決戦に勝利したとしても、ソヴェスラフ駐留軍が大きく傷ついたのは間違いない。

 諸勢力がそれを完全に把握した後、どう動くのか?

 最悪の場合、侵略されることになる。

 それだけを執政官は考え続けていた。

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