(23) 聖暦一五四二年六月 パーヴィリア国王ヨナーシュ二世
今からさかのぼること、一二六年。
聖暦一四一六年三月十八日に、エルヴィーン=ブラーハによってブラーハ朝パーヴィリア王国が建国された。
バルトル王朝の血統が途絶え、五年に及ぶ争乱の果てにおける建国であった。
それから代を重ねて、第五代国王としてアンドレイ三世が即位する。
アプソロン公爵家出身の王妃ビェラとの間に長男ダーヴィトが生まれて二年後、王妃は病死。
チェペク侯爵家出身のエリシュカと再婚し、新たな王妃とした。
エリシュカ王妃は次男ヨナーシュ、三男アーモスを産んだ。
アンドレイ三世の次男ヨナーシュは十四歳にして、騎士団に入団。
王子であるにも関わらず、過酷な任務にも耐え、騎士として頭角を現す。
アンドレイ三世は外交内治に冴えた名君であり、先代国王が蓄えた国庫をさらに充実させた。
しかし、後継者を定められず、自身が年老いるにつれて、長男ダーヴィト派と次男ヨナーシュ派に別れて、諸侯家臣が争うようになる。
破局が訪れたのは十三年前の聖暦一五二九年七月三日であった。
アンドレイ三世は狩りの途中、急病で倒れた。
二六歳であったヨナーシュは自派の将軍、腹心と語らい、その夜に挙兵する。
「優柔不断なダーヴィトは公爵に兵を出すよう促されても、すぐには動けないだろう。拙速は巧遅に勝る、という。こちらの兵は少数でも、先に攻撃すれば勝機はある」
ヨナーシュの顔に異母兄を討つやましさはない。
ただ、余人を圧倒する気迫があるだけだ。
ヨナーシュが動かせる兵力は、将軍と自身が率いる騎士団五百にすぎない。
三つ年上の異母兄ダーヴィトに味方する騎士団は三百と少ないが、その従兄弟アプソロン公爵は近隣の大諸侯であり、王都で三百、自領では数千の兵士を動かせる。
公爵の兵士が王都に来られたら敗北必至であった。
大義名分は、ダーヴィトとアプソロン公爵に叛逆の意図あり、これを討つというものだ。
無論、ただの言いがかりにすぎないが、アプソロン公爵がダーヴィトにヨナーシュを討つよう、すすめていたのは事実だ。
しかし、ダーヴィトは決断しきれず、業を煮やした公爵は自家の兵士を呼び寄せようとしていた。
そんな中、ヨナーシュの兵がダーヴィト邸に襲いかかったのである。
自分に味方する騎士団を呼び寄せていなかったダーヴィトを警護するのは兵士数十にすぎない。
敗北を悟ったダーヴィトは自邸に火を放って自害した。
「次はアプソロン公爵だ! 何としても捕らえるぞ!」
ダーヴィト邸を燃やす炎に照らされたヨナーシュの顔は、凄烈なる気迫に満ち満ちていた。
ヨナーシュ率いる四百の兵士は引き続き、アプソロン公爵邸を襲う。
公爵家には三百の兵士が駐在しており、激戦となった。
ダーヴィトの死を知り、ダーヴィト派であった騎士団の将軍は他国に亡命した。
また、中立であった騎士団、魔術士団はヨナーシュに味方する。
これが、公爵邸における戦いの勝敗を決めた。
アプソロン公爵は捕らえられ、命乞いをするも、ヨナーシュはこう言い放った。
「敗北すなわち死。それすらもわかっていなかったのか」
公爵は斬首され、首はさらされた。
翌聖暦一五二九年七月四日、アンドレイ三世崩御。
第六代国王ヨナーシュ二世即位。
血塵の中で即位したヨナーシュ二世が最初に為したのは、アプソロン公爵領への出兵であった。
国王軍一万を迎えて、公爵家は抗戦派と恭順派で対立する。
公爵の遺児を旗頭にすえて、抗戦派が居城にたてこもった。
ヨナーシュ二世はこれを力攻めにせず、恭順派への工作を開始する。
堅城とうたわれし公爵家の居城も、国王に寝返った恭順派によって、内から城門が開かれた。
国王軍が門からなだれこみ、大混乱に陥った城内はまともに迎撃できなかった。
抗戦派は討ち平らげられ、遺児は哀れにも恭順派によって殺害される。
聖暦一五二九年七月十八日、名門アプソロン公爵家は断絶し、領地は全て王領となった。
各地に分散した遺臣を弾圧するかに思われたヨナーシュ二世であったが、意外にも寛容令を発布する。
「公爵家に罪あり、されど、家臣に罪なし」
この文で始まる寛容令の反応を、国王が確かめる余裕はなかった。
ヨナーシュ二世は、旧公爵家居城にて急報を受け取る。
南西で国境を接するイゴル王国の来襲である。
イゴル王国は獣人が人口の多数を占め、王家は虎の獣人であった。
二年前に即位したアードルフ王は若さと血気にまかせ、パーヴィリア王国の混乱に乗じたのだ。
急報を告げる書状を読み終えたヨナーシュ二世は顔をあげて、
「よく来てくれたものだ。歓迎してやろうではないか」
と一言話して、諸将を呼んだ。
ヨナーシュ二世は軍を南に向け、ソヴェスラフを通過して、オラヴィーロの地にてイゴル王国軍を迎撃する。
パーヴィリア王国軍は一万、イゴル王国軍は一万五千であった。
諸将がとめるのもきかず、国王ヨナーシュ二世は軍勢の陣頭にたった。
「陛下にもしものことがあれば、国は滅びますぞ!」
「王都には弟アーモスがいる。予がここで死ぬほどひ弱であれば、死んだ方が国にとって幸いというものだ」
通信魔術を通して、国王は全軍に檄をとばす。
「予は第六代パーヴィリア国王ヨナーシュ二世だ。諸卿らと共に陣頭で戦う。ここで敗北すれば、力なき女子供が蹂躙されるであろう。そのような振る舞いを断じて許すわけにはゆかぬ。この地にて侵略してきた敵軍を撃破する。勇士と自負する者は予に続くがよい!」
檄が終わると共に、ヨナーシュ二世は馬腹を蹴り、大槍をたずさえ、突撃を開始した。
全騎士団が国王に続く。
ヨナーシュ二世率いるパーヴィリア軍がイゴル軍の先鋒とぶつかった。
槍の範囲に入るや、国王は大槍を横になぎ払い、一閃する。
たちまちにして、敵兵の首が二つ飛んだ。
ヨナーシュ二世は眉が整った男らしい長身の美男子であったが、筋骨隆々というわけではない。
見る者にはすらりとした印象を与える。
そんな国王が大槍を軽々と扱えるのは、身体強化の魔法あってのことだ。
「予こそパーヴィリア国王ヨナーシュ二世。予の首をとって誉れとするか、予に討たれる誉れを受け取るか、好きに選ぶがいい!」
人馬一体となった国王は大槍を縦横無尽に動かし、敵兵を次々と討ち取っていく。
周囲にいる側近も、国王の戦いぶりに奮い立ち、敵を圧倒していった。
遠く離れた場所を観察できる投影魔術にて、国王の奮戦を見ていたパーヴィリア軍の諸将も内心驚く。
国王ヨナーシュ二世が騎士団出身であったのは知っていたが、これほどの武勇の持ち主と知る者はごくわずかであったからだ。
即位の経緯、公爵家の討伐と国王にわだかまりを持つ者は多くいたが、こうなると全力で戦わないわけにはいかなかった。
諸将率いる部隊も数で勝るイゴル軍をおしていく。
イゴル軍の総指揮官は自軍の劣勢ぶりを把握していた。
このまま敗北するわけにはいかない。
厳罰どころか、最悪、死罪となるであろう。
「ええぃっ、いまいましい敵国王周辺に攻撃魔法を撃ち込めっ!!」
「しかし、それでは迎撃している味方にもあたりますぞ!!」
「勝利のために犠牲はつきものだ! 軍令に背くか、貴様っ!!」
参謀の反論を封じ込め、イゴル軍の総指揮官は魔術士団に指示を出した。
ハイグラシアの会戦において、魔術士団は砲兵のような役割を果たしている。
会戦前に、各軍それぞれ魔法防御を高める無属性魔法をかけているので、会戦序盤ではほとんどダメージを与えることはできない。
しかし、時間がたつにつれて、魔法防御を高める無属性魔法の効果が弱まってくる。
激闘の中では、防御魔法を再度かける余裕も限られており、徐々に攻撃魔法がきくようになる。
また、攻撃魔法を一点に集中させることによって、敵防御魔法を破るといった戦術も行われた。
本来であれば味方を巻き込まないよう、敵後方に攻撃魔法を集中させて、敵の混乱を誘うのが常道であった。
だが、総指揮官の指示を受け取ったイゴル魔術士団の指揮官はためらいながらも、指示を実行に移した。
ヨナーシュ二世周辺にイゴル軍の攻撃魔法が続けざまに炸裂した。
ファイアーボール、ライトニングなど火属性、雷属性の攻撃魔法だ。
人体をたやすく黒焦げにする炎、死へと誘う電光が容赦なく襲う。
威力を相殺しないよう、他属性の攻撃は行われていない。
だが、魔法の接近を察知したヨナーシュ二世は、全魔力で魔法抵抗を強化する。
国王は白銀のオーラのようなものをまとい、全ての攻撃魔法を無効化した。
近辺にいた側近敵兵あわせて十数人が、無残な死体と化したにも関わらず。
国王の健在を確認した両軍は、一時戦いを止めた。
そんな中、国王はマナドリンクを取り出し飲み干して、びんを放り投げる。
「敵ではあったが、予にかなわないと知りながらも戦い続けた勇士達であった。そんな勇士達をあたら殺すとは。敵将は死すべき奴よな」
ヨナーシュ二世は突撃を再度開始する。
国王にのまれていた両軍の兵士も動き出した。
パーヴィリア軍は国王に続き、イゴル軍は敗走しだす。
もう、ヨナーシュ二世を迎撃する敵兵はほとんどいなかった。
敢闘しても味方からの攻撃魔法で報われるのだ。
誰が戦うというのか。
イゴル軍総指揮官は逃げ出すのが遅れた。
一合もうちあえず、ヨナーシュ二世の槍によって、首が空に飛ぶ。
「敵将はこのヨナーシュが討ち取ったっ!」
パーヴィリア軍の追撃により、イゴル軍は死者を次々と出していく。
国境を安定化させたいヨナーシュ二世は、一切手を緩めることはなかった。
かくして、オラヴィーロの戦いはパーヴィリア軍の大勝で終わった。
パーヴィリア軍は逆にイゴル国境を越え、イゴル王アードルフを威圧する。
不利を悟ったアードルフ王は賠償金の支払いで和議を申し出る。
ヨナーシュ二世は和議を受け入れ、パーヴィリア軍は王都に帰還した。
即位当初、諸侯、国民からの支持はごくわずかであった。
だが、内外に武威を示し、王都に帰還したヨナーシュ二世を王都の民は歓呼の声で迎えた。
諸侯もまた慌てて、王都に参朝する。
この時点でヨナーシュ二世は武王と呼ばれるようになる。
帰還後、中断していたアプソロン公爵討伐の後処理を行う。
所領と家産の五割は王領地とし、三割は王弟アーモスに与えて公爵とし、残り二割を功臣に割り振った。
遺臣の不満をなだめるためにも、遺臣登用を積極的にすすめた。
諸外国はパーヴィリアによる侵略を恐れるようになるが、ヨナーシュ二世が次に行ったのは、王都近くにあるヤルディラ大森林の開拓であった。
ハイグラシアでは普通、開拓というのは草原で行われていた。
森、山地には魔物が生息し、開拓するには魔物を討伐する必要があり、莫大な費用がかかるからだ。
しかし、百年以上に及ぶブラーハ王朝の統治によって、王都近隣の草原はほぼ開拓が終わっていた。
ゆえに、先代国王アンドレイ三世は南方の王領で小規模な開拓をすすめていた。
この南方王領は飛び地であり、開拓しても意味がないと考えたヨナーシュ二世は、王都近くにあるヤルディラ大森林の開拓を思い立ったのだ。
幸いにも先々代国王、先代国王によって国庫は充実しており、アプソロン公爵家から没収した家産も開拓費用として投入することができた。
また、登用しきれなかった公爵家の遺臣に潤沢な費用を与え、開拓地へと次々送り込んだ。
魔物との戦いで開拓者にそれなりの被害が出るも、ヤルディラ大森林の開拓がすすんでいく。
即位して十三年がたった聖暦一五四二年において、ヤルディラ大森林の約六割は農地へと変わっていた。
王都近くに大規模な王領地を確保できたのは極めて大きかった。
新たな地で生活することができるようになった公爵家の遺臣の不満もすっかり治まる。
もっとも、カミルが襲われたように、完全に抑えきれたわけではなかったが。
また、新たに得られた旧アプソロン公爵領の王領地は、冒険者、魔術士などを登用するのに用いられた。
普通、そういった新規登用は領地なしの騎士爵、大騎士爵授与がせいぜいだ。
新たな領地を与える余裕があるだけの国は、そうそうない。
また、あまりにも高位を与えすぎると、既存貴族の風当たりが強くなるので避けられていた。
しかし、ヨナーシュ二世は自身が持つ武威によって諸侯の不満を抑え、実力がある者には大勲爵士、勲爵士といった中級貴族待遇で新規登用する。
また、旧公爵領を惜しげもなく与えるのだ。
自由志向が強い冒険者、魔術士でもこの誘いには心を動かされる者が多かった。
確かに、実力が充実している若い間はいい。
だが、いつかは年老いる。
また、病気や大怪我の可能性もある。
わずかな年金しかない騎士爵ならともかく、三ヶ村つきの勲爵士といわれれば、登用に応じる者が何人もいた。
この措置に不満を持つ貴族は大勢いたが、新規登用された者は国王に対する忠誠心が高い。
これら新貴族の戦闘力が高いのもあって、黙り込むしかなかった。
いつしか、ヨナーシュ二世は武王ではなく、賢王と呼ばれるようになる。
武威が高いにも関わらず、一度も他国を侵略せず、内治につとめたからだ。
大開拓の推進によって経済が発展し、増税せずとも徴税額は増加した。
また、宮廷費をきりつめて、開拓で放出した国庫の蓄えもほぼ元に戻っていた。
ソヴェスラフに危機が訪れるまで、パーヴィリア王国は繁栄を喜ぶ日々であった。
◇ ◇
聖暦一五四二年六月十二日。
即位して十三年、三九歳のヨナーシュ二世は、最近聖女と名高いサオリ=ウラベとアウグナシオン教団のブラジェク大司教を呼び出し、謁見していた。
謁見の間には文武の重臣が左右に並び、玉座に座るヨナーシュ二世と中央で頭を下げる二人がいた。
「二人とも頭を上げよ。サオリ=ウラベは平民だが直答を許す。呼び出したのは予ゆえにな」
ヨナーシュ二世の低い声が謁見の間に響く。
若い時と体格はほぼ変わらず、一見痩身に見えた。
だが、王としての威厳は周囲を圧し、心身は鍛え抜かれている。
二人は頭を上げて、ブラジェクがこたえる。
「この度は陛下と謁見することがかない、恐悦至極に存じます」
国王より四歳年上のブラジェクは、国王の威厳を受け流し、悠々とした様子であった。
「サオリ=ウラベと申します。よろしくお願いします」
浦辺佐織もまた臆することはなかった。
彼女が怖れるのはただ神のみである。
「サオリよ、そなたは回復魔法に長け、病気や怪我に苦しむ民草を治してくれているそうだな」
「苦しんでいる人を助けられれば、と思っております」
「ろくに治療費も受け取っておらぬそうだな。殊勝なことよ」
「財貨のために為していることではありませんから」
そこでしばし、会話が止まる。
ヨナーシュ二世は軽く頷く。
「気に入った。サオリ=ウラベよ、予に仕えぬか。所領として村二つ、勲爵士の爵位を与えよう」
横に並ぶ重臣は一切、私語を出さない。
だが、様々な視線をサオリに向ける。
ブラジェクは顔を動かさず、正面の国王だけを見ているが、重臣達の視線を感じた。
本来であれば、大司教として断りの返事を代弁するところであった。
サオリは教団に属する者であり、たとえ国王といえど、一方的に引き抜けるものではない。
だが、レギーハとの約束もあり、サオリに関しては口を出すつもりはなかった。
それに返答は予想がついていた。
「お断りいたします。私は今の生活を変えるつもりはありません」
重臣達の視線はより厳しいものとなる。
だが、サオリもブラジェクも涼しげなものであった。
「左様か。では、予の気持ちとして、騎士爵のみを授与しよう。別に王宮に仕えずともよい」
「お断りいたします。私は爵位のために治癒を行っているわけではありません」
「ならば、勲章か財貨を与えよう。といっても……」
「勲章や財貨のために治療しているわけではありません」
「そう答えるであろうと思ったよ」
ヨナーシュ二世はククッと軽く笑う。
だが、重臣達は笑うどころではなかった。
ここまで、ヨナーシュ二世に逆らったのはサオリが初めてかもしれない。
尊敬する国王の気持ちを無下にするのかと、何人かは激怒の表情を浮かべた。
ブラジェクもまた複雑な思いである。
爵位はともかく、勲章は彼も受け取っている。
各種教団に属する神官の不文律として、爵位で縛られず勲章のみを受け取るというものがあった。
各国と折り合いをつけるためのルールだ。
口ぞえをするべきか少し考え、横目でサオリを見る。
サオリは凛とした表情を浮かべ、一点の曇りもなかった。
ブラジェクは視線を国王に戻し、口出しするのをやめることにする。
「ならば、あれを持て」
ヨナーシュ二世はそういうが否や、近侍の一人が下がり、白い花束を持ってくる。
「あれはナターリヤの花よ。可憐な聖女にふさわしいと思い、見繕っていた。位でも名誉でも財でもない。ただの花だ。予の気持ちとして受け取って欲しい」
サオリは白い花束に目を向ける。
四つの花弁を持ち、華やかというよりもしっとりとした美しさを感じさせる花であった。
「喜んで受け取らせていただきます。陛下」
その言葉と共に近侍がサオリの下へ向かおうとするが、ヨナーシュ二世が留める。
「待て、せっかくだ。予自ら手渡そう」
ヨナーシュ二世が立ち上がった。
近侍がナターリヤの花束を国王に手渡す。
花束を受け取った国王はサオリに近づく。
サオリよりおよそ二十センチも身長が高い国王は優雅に腰を曲げて、サオリに花束を手渡した。
「どうも、ありがとうございます。陛下」
サオリは初めてとまどった様子を見せる。
「どういたしまして、サオリ」
軽く笑んだヨナーシュ二世が玉座に戻ろうとしたその時であった。
「至急報であります!!」
謁見の間の大きな扉が開かれ、大声が響き渡った。
大声を出した男性は、汗を激しくかき、軍装も乱れていた。
至急報とは、いついかなる時であれ、国王に報告されるべき情報のことだ。
開国時に制定され、現在までで八回発動されていた。
これが九回目の至急報だ。
「伝令使をここに」
「はっ!」
伝令使が持つ至急報がヨナーシュ二世に渡された。
至急報を一読したヨナーシュ二世は伝令使をねぎらう。
「大儀であった。よく休むがよい」
「ありがたき幸せ!」
疲労困憊状態の伝令使は近侍に抱えられ、謁見の間から退出する。
「皆の者に告げる。ソヴェスラフが正体不明の魔物に襲われた。予自ら、援軍に向かう。早急に軍議を開く、用意せよ」
「ははっ!」
重臣達が慌てて、謁見の間から退出していく。
「大司教にサオリ。楽しいひと時であった。王都に帰還後、また会おう」
「お待ちください。アウグナシオン教団も王国のために兵を出します。むろん、無償にて」
国王とブラジェクの視線が交差する。
「国王として感謝する。予の軍は明朝出立予定だが、教団兵は多少遅れてもかまわぬ」
出立日は軍議で決していなかったが、国王はいいきった。
「いえ、教団の兵士も明朝出立いたします」
ヨナーシュ二世は顎に手を軽くあてた。
「それは頼もしいな。サオリ、そなたも来るのかな?」
「怪我人が大勢でますよね。私も参ります」
「うれしき事だな。両人とも、ソヴェスラフにて再会しよう」
「はい、陛下」
ヨナーシュ二世は背中を向け、謁見の間を退出する。
聖暦一五四二年六月十三日、パーヴィリア王国軍八千が王都を出撃し、ソヴェスラフへと向かった。




