(19) 聖暦一五四二年六月 明かされた一つの秘密
ミロシュとカミルはシモナを交代で背負いながら、ルーヴェストンがこもる洞窟めざして歩み続ける。
見慣れた森も魔物との遭遇率が高まり、追い込まれた状況下ではいつもより不気味に思えた。
枝葉の陰に、強力な魔物が潜んでいるのではないかと思ってしまうのだ。
気配察知のスキルで、そんな魔物がいないとわかっていたとしても。
歩いていくと、途中でソヴェスラフへ帰ろうとしていた冒険者のパーティと出会った。
ミロシュ達三人はぼろぼろであったが、そのパーティもまた凄惨な姿であった。
髭をたくわえた三十代と思しき戦士が着ている鎧の所々は、血で染まって赤黒く、大小様々な傷が目立つ。
魔法使いらしきローブををまとった若い女性は左足を痛めているのか、神官らしき青年の肩を借りて歩いていた。
ミロシュ達はそのパーティと情報交換を行う。
そのパーティもまた、魔物の群れに襲われていた。
元々は四人パーティだったらしいが、一人は息絶えていた。
命からがら、三人だけは脱出できたのだ。
ミロシュ達は草原でヤーデグに襲われたことを、そのパーティに教える。
帰途にそのような危険が待ち受けていることを知り、戦士も魔法使いも神官も一様に顔を曇らせる。
パーティのリーダーである戦士はミロシュ達に共闘を求めるが、カミルは婉曲に断った。
ルーヴェストンの力をもらいにいくといえないカミルは、夜営して様子をうかがうと伝える。
この状況で夜営など愚策としか思えないそのパーティのメンバー達は、ミロシュ達を説得しようとするが、意思が固いのを知り、諦める。
ミロシュ達は洞窟へ、そのパーティはソヴェスラフへと向かうことになり、別れることになった。
それから、歩き続けたミロシュ達は無事に洞窟へと到着する。
着いた時には、日が落ちかかかっており、空は紅く染まっていた。
途中で遭遇した魔物はゴブリン二匹に過ぎず、ミロシュとカミルの残りの魔力で撃退することができた。
これは幸運でも偶然でもない。
魔物がグ=トヌガンに仕える天使達によって鉱山側に集められていたため、鉱山と大きく離れている方面には魔物がいなかったということだ。
ミロシュとシモナを背負ったカミルはいよいよ、洞窟の中へと入る。
いくばくか歩くと、ルーヴェストンがいる場所へつながる灰色の壁が見えてくる。
壁が目に入ると、ミロシュの表情がきりっと引き締まる。
「カミルは壁に近づかず、シモナを見ててくれないかな」
「わかった。こんな状態のシモナを放っておくわけにはいかないからな」
シモナは依然として意識を失っており、息遣いがはっきり聞こえるほど、呼吸が荒い。
「力を手に入れてくるよ、カミル。シモナはきっと治してみせるから」
ミロシュは強く意気込み、鋭い眼差しをカミル、シモナへと向けた。
「ああ、頼んだ。ミロシュ」
ミロシュは灰色の壁に手を当てる。
以前と同じように、壁から極めて強い白色光が放たれ、それがおさまると同時に転移していた。
ただ、ミロシュだけではない。カミルもシモナも転移していたのだ。
「カミル、シモナ……! どうして……?」
カミルとシモナを見たミロシュは驚く。
「……あのルーヴェストンが俺達も連れてきたんだろうな」
カミルがこたえるとほぼ同時に、かつて聞いたことのある若い男の声が聞こえる。
「その通りだ。あれから、洞窟にお前達が来たら、様子が自動的にわかるようにしておいた。わけありなんだろう。三人で俺の下へ来るがいい」
「優しいんだな」
どこか皮肉げにカミルはこたえた。
「そんなにお前を調べたのが気にくわないんだな。黙っていてやるというのに」
ルーヴェストンの楽しげな声を聞くと、カミルの表情は渋くなる。
「それから、優しいのは当たり前だろう。俺の力を受け取りに来てくれたのだからな。これくらいはサービスしてやる。さぁ、早く来い!」
「わかりました。カミル、行こう」
ミロシュはカミルを促し、通路を歩いて、ルーヴェストンの下へ向かった。
扉にたどりつき、ミロシュが扉を開けると、人型をした黒い炎が立っていた。
フィラーシアの神ルーヴェストンの精神体だ。
軽く炎がゆらめき、黒い炎という自然界でありえない現象が、どうしてもミロシュに漠然とした
禍々しさを感じさせる。
カミルはシモナを静かに下ろし、かばんを枕の代わりにして、横たわらせた。
「よく来たな。その女を助けるために俺の力を受け取る気になったのか」
「そうです。あなたの力を受け取れば、シモナを助けることができますか?」
ミロシュの口調に迷いがなく、よどみもない。
「右腕の半分がなくなって、体調が悪いだけだろう。造作もない」
「誓えますか?」
「もちろんだ。俺ルーヴェストンはフィラーシアの神としての誇りにかけて誓おう」
「どうも、ありがとうございます。なら、僕はあなたの力を受け取ります」
ミロシュは一段と声を張ってこたえ、部屋の中で力強く響いた。
「よし、手のひらを上にして、右手を出せ」
言われたとおり、ミロシュは右手を出す。
ルーヴェストンはその上に黒い炎で形成された右手を重ねる。
ミロシュは熱いのではないかと思ってびくっとするが、熱は特に感じなかった。
「ミドガロールの人間ミロシュ。フィラーシアの神ルーヴェストンの力を受け取るや否や」
これまでの軽い口調と異なり、厳粛な調子の声でルーヴェストンは問いかける。
少し間をおいて、ミロシュが、
「はい。受け取ります」
と、こたえた瞬間、ミロシュの右手から黒い炎が瞬く間に吸い込まれた。
ルーヴェストンを形作っていた黒い炎はもはやない。
ミロシュも、固唾を呑んでいたカミルも、あっけなく思えるほどだ。
「……ミロシュ、気分はどうだ?」
「……なんだろう、これは……」
ミロシュは体の奥底に何か別種の力が宿ったのを感じる。
これまでの疲労も吹き飛んでしまったようで、気分も軽快だ。
「カミル、何か力が入ったのを感じるよ」
「そうか、うまくいったようだな。シモナを治せそうか?」
「やってみるよ。その為にここまで来たんだから」
ミロシュがそう答え、シモナに近づこうとした時、声が聞こえる。
「おー、成功したな! 当然だがな、俺が失敗するわけがない!」
ミロシュもカミルも驚きの表情を顔に浮かべるが、先に反応したのはカミルだ。
「……この声、ルーヴェストンか」
「よくわかったな」
「お前の声は忘れたくても、忘れられないからな。どうやって、声を出している?」
ミロシュの口が動いている様子はない。
というか、ミロシュは少し呆然としていた。
「念話だ。俺のかっこいい声を念で再現するのは苦労したぞ。凡百の声と違うからな」
カミルはあきれた表情になる。
カミルからしたら、軽い男の声にしか聞こえない。
あっけにとられていたミロシュが話し出す。
「あなたの力は僕が受け取ったんじゃ!?」
「ああ、お前にくれてやったぞ。俺の意思ごとな。前にも言っただろう。俺が滅びるまで三年くらいかかるって。それまでよろしくな、ミロシュ」
「ええっ!? そんな……」
ミロシュの顔がブルーになる。
「俺達をだましたのか?」
カミルの声は氷以上に冷たい。
「だましてなんかないぞ。盟約の内容を細かく詮議しなかったお前達が悪い。詐欺にあわないよう、これからは注意したほうがいいぞ。口約束はやめて、重要なことは魔力をこめた書面にしたためるんだな。まぁ、俺がついている間は助言してやるから、ありがたく思え!」
自称ハイグラシアの神々に強制召喚されて、強制的な契約を結ばれたルーヴェストンの言葉だ。
説得力があるようなないような、なんともいえない感情にミロシュは襲われた。
カミルは苦虫をかみつぶしたような表情になり、押し黙る。
反論したいが、自分がうかつだったとも思っているのだ。
「ミロシュ、お前の事情はわかった。ちっと、面倒だな。あのクソ女がかんでやがるのか。だが、この様子なら何とでもなるな」
ミロシュにはクソ女に心当たりがある。おそらく、アウグナシオンの事だろう。
しかし、それよりも重要な事があり、慌ててミロシュは問いただす。
「ちょ、ちょっと待って。もしかして、僕の記憶を読み取ったのか!?」
「ああ、知識ごとな。知識と記憶を共有してないと、これからどう行動するか決めるのに不便だからな。それにしても、今のミドガロールは面白い世界なんだな。一度、行ってみたいが、今の俺だと無理だなぁ」
ルーヴェストンの声はどこまでも軽い。ミロシュの表情はどこまでも重くなる。
その言葉が意味するのは、過去の自分の失敗、隠しておきたいことなどが全て知られてしまったということだからだ。
「……まさか、僕が考える事、全て筒抜けになんじゃ……?」
ミロシュが真っ青な顔になって、おそるおそる聞く。
カミルが気の毒そうな目線をミロシュに送った。
「当然だ。感覚も共有されるからな。できる限りケガをしないように戦うぞ。痛いのは嫌だからな。それと、なるべくうまいものを食おうぜ! お前の今までの食生活は貧相だな。俺の力でばりばり稼いで、じゃんじゃん食べるぞ!」
ミロシュの顔は青から赤へと変わる。まるで信号のようだ。
「ふ、ふざけるな! 出ていけよ! 僕の身体から出ていけ!!」
余りの怒りでとっさにミロシュは叫んでしまったが、はっと気づく。
力を失えば、シモナは助けられない。
失言を悔いるが、言葉を取り繕う前にルーヴェストンの返事が返ってくる。
「もう無理だ。諦めろよ。お前の記憶からいい言葉を見つけたぞ。『人生は諦めが肝心だ』」
「ゥッ……!」
力が失われないことにはほっとするが、それはそれとして怒りはおさまらない。
ミロシュはハイグラシアに来て、初めて激怒する。
いや、これだけ怒ったのは生まれて初めてかもしれない。
ミロシュは三年間、プライバシーがなくなるのだ。
身体だけではない。心の動きまでガラス張りになる。
これで、怒らずにいられようか。
「ただで強大な力が手に入るはずがないだろう。力を手に入れるための代償だ。おいしい話はない。覚えておくんだな」
「詐欺師の説教か。ありがたくて涙が出るな」
カミルは冷眼をミロシュに向けているが、むろん、矛先はミロシュの中にいるルーヴェストンだ。
「……このクソ野郎!」
カミルは少し驚く。ミロシュがそんな汚い言葉遣いを初めてしたからだ。
ミロシュは内向的なだけに心の壁は厚い。
ゆえに、心を見透かされた状態にされたミロシュの怒りは大きく深く、おさまらなかった。
「ハハ、怒っているな。で、ミロシュ、気がついているか?」
「何がだよ?」
ミロシュはふて腐れる。
「お前、このクソ世界に来て、怒った事があったか? いや、その前でもいい。これだけ怒ったのはいつ以来だ」
ルーヴェストンにそう問われて、はっとなるミロシュ。
「それは……」
家庭が崩壊してから、悲しい事がたてつづけに起こっていた。
母親とは関係が完全にきれ、父親とも疎遠になった。
親しかった妹とは離れ離れだ。
それだけではない。
以前の学校ではそれなりに親しいと思っていた友達も、携帯解約、転居で関係があっさりときれた。
裏を返せば、それだけの関係でしかなかったのが明らかとなった。
ミロシュは心を閉ざしていく。
いつしか感情の動きがにぶくなり、物憂げな気分が一日中、続くようになる。
アウグナシオンに召喚される前、学校を何日か休むようになり、養護教諭にはカウンセリングを受けるのをすすめられていた。
あの日はたまたま、登校していたのだ。
ルーヴェストンの言葉で過去を思い出したミロシュは、陰鬱な表情となる。
「お前の知識から引っ張り出してきた言葉で言うとだな。お前はある種の鬱病になっていた。重苦しい気分が続き、感情が不安定になり、思考能力も低下していたはずだ。身に覚えがあるだろう。正確に言うと、お前はここ最近、怒ってないんじゃない。怒るだけの力もなかった」
ミロシュはうつむき、言葉を返せない。
ハイグラシアでの生活は生死に直結しており、ストレスが解消されたわけではない。
カミルやシモナとの出会いは心の傷を癒したが、完治にはいたっていなかった。
「だが、俺をとりこんだ事で、鬱病は完治させた。それだけじゃない。またお前達の言葉で言うと、内臓近くにあった小さな腫瘍やガン細胞も取り除いておいた。自覚症状はなかったようだが、運動力を低下させていたからな」
「腫瘍にガン細胞だって……」
ミロシュはそうこたえるのがやっとだった。
「大きくなれば、早死にしてたかもな。ありがたく思えよ! ああ、俺って素晴らしい神だな」
「素晴らしい神が自分のことを素晴らしいだなんて言うか」
カミルは反駁するが、口調は鋭くない。
「ハハッ、俺はいうんだよ」
ミロシュは急展開についていけず、頭を整理しようとする。
ルーヴェストンがミロシュの鬱病を完治させたのもあり、今までよりも落ち着くのは早かった。
現在のミロシュであれば、召喚された際、上級天使をあてがわれていただろう。
ただし、サララとも出会えず、カミル、シモナ、ルーヴェストンとも出会っていないに違いない。
どちらがミロシュにとって幸いだったのか、それは現時点ではわからない。
落ち着いたミロシュは静かに話し出す。もう、怒りの表情は浮かべていなかった。
「複雑な気分ですけど、身体と心を治してくれて、どうもありがとうございます」
「ミロシュにはクソ神を倒せるだけの強さを身につけてもらう必要があるからな。お前の為じゃない。俺の為にやったことだ」
ミロシュはこの言葉の陰にあるルーヴェストンの意思を少し、頭の中で感じる。
「おっ、生意気にも俺の心を読もうっていうのか。へたくそどころか、やり方を全くわかってないっていうのに」
「この感覚が心を読む……」
「ふーん、けっこう筋がいいようだな」
「ただ感謝はしてますが、心が読まれっぱなしなのは我慢できません。何とかならないんですか。過去を知られたのはもう諦めますが……」
「心のブロックの仕方を教えてやる。戦いにも必要だしな。それにずっと俺の意識は覚醒しっぱなしじゃない。休まないと、三年どころか一年ももたないだろうしな」
ミロシュが少し微笑む。
「ああ、何も話さなくていいぞ。お前の喜びっぷりがうんざりするほど、俺に流れ込んでくるからな」
「じゃあ、話は後にして、シモナを治したいんですが」
「その前に、ですます言葉をやめろ。三年もその微妙な言葉を聞きたくない」
「わかったよ、ルー。シモナを治したいんだ。少しでも早く楽にしてあげたいから」
ミロシュは顔を紅潮させているシモナに、優しい視線を向ける。
「いいだろう。この女がいなければ、お前は俺から力を受け取る気持ちが全くこれっぽっちもなかったようだからな。純真な俺をだましやがって!」
「ハハッ、お互い様じゃないか」
心軽やかにミロシュは笑う。
カミルから見て、これまでの笑い方と少し違うように思える。
より、自然な笑い方だった。
「チッ、だから、この女は治してやるよ。力の使い方レッスンその一だな」
「ルー、回復魔法のスキルを使うような感じでいいのかい?」
「そうだ、言い忘れていたな。スキルの使い方の感覚とか全部忘れろ。ステータスも見るな。身体でわかるようになれ」
「え!?」
「スキルシステムはクソ神どもの罠だ。どれだけ強力なスキルでもクソ神達には一切通用しない。どれだけ弱い神でもだ。お前には本当の力の使い方を俺が教えてやる」
ミロシュもカミルも眼が軽く見開かれ、衝撃を隠せない。
「ルー、それって……」
「だから、おいしい話はないってことだ。スキルシステムを使えば、簡単に強い力を手に入れることができる。お前もスキルの便利さを味わっただろう?」
「そうだね……」
「クソ神どもは、それを神の恩恵といって有難がらせるが、よく考えてみろよ。自分を倒せるかもしれないような力を与えるわけがないだろう?」
「……なら、スキルシステムは何のためにある?」
カミルは重苦しい表情と声で問いかける。
「大戦の時、奴らは戦力を増強したがっていた。俺を召喚したようにな。その一環だ」
「神に通用しなければ、意味がないんじゃないか」
「戦わせる相手は神じゃない。竜をはじめとする高位種族と戦わせるためだ。クソ神どもは弱小神でも確かに強いが、自分が直接戦えば、負ける可能性はゼロじゃないだろう。だから、リスクをゼロにするため、スキルシステムで育った奴らを英雄、勇者と祭り上げて、強力な高位種族と戦わせ、倒していったわけだ。当然、英雄や勇者の方が負ける確率は高くて、どんどん死んでいったがな」
ミロシュもカミルも顔をしかめる。
ルーヴェストンの言葉が正しければ、この世界の神々は悪辣としか思えないからだ。
特にミロシュは異世界人で強いとおだてられ、スキルの数々で胸を躍らせて選択していただけに、その想いは強い。
アウグナシオンの人間離れした美貌は、今でも鮮明に思い出す事ができる。
神々しい表情にある種の畏敬を感じていたものだ。
その想いはアウグナシオンの神力によって増幅されて、心に埋め込まれていたのだが、全ては色あせ、畏敬の念が打ち消される。
ルーヴェストンによって、破砕されたのだ。
今では、ミロシュは手のひらの上で弄ばれたような悔しさを感じる。
ルーヴェストンの言葉が全て鵜呑みにしたわけではない。
それでも、論理的で説得力がある言葉だった。
「ミロシュ、俺の言葉を完全には信用してないな。その慎重さは必要だ。いずれ、俺が嘘を言ってないのはわかるだろうよ」
「ルー、スキルポイントUPや経験値獲得UPといったスキルは……?」
ミロシュはその問いの回答に想像がついていたが、それでも聞いてみた。
「ああ、あの小賢しい奴な。邪魔だから、ぶっ壊しておいた。敵を倒した時に得られる精気をもっと効率よく吸収する方法を、俺が教えてやるから」
「そう、ありがとう……」
ミロシュ苦心の選択もサララの好意も水泡に帰し、ミロシュは脱力感を感じる。
「続きの話は後にするか。この女を治すぞ」
「あ、なら、どうすればいい?」
ミロシュは気持ちを切り替える。
まずは、シモナを完治させるのが先決だ。
「最初だから、俺がお前の持つ魔力と俺の神力を導いてやる。回復魔法として発動するのも俺がやる。お前は力の流し方や発動のさせ方を身体で覚えろ。今はこの女に右手を向けるだけで、後は何もしなくていい」
「わかった」
ミロシュは言われた通り、右手をシモナに向ける。
すると、身体の奥底にある力の塊から、力が引き出されるのをミロシュは感じる。
また、それとは別のより密度が高いように思える力がほんの少し分離される。
二つの力が体内で混ぜ合わされ、転換されて、白くまばゆい光となって、ミロシュの右手からシモナに注がれた。
光の粒子がシモナの右腕を再生していく。
まるで、生えてくるかのようだ。
荒かったシモナの呼吸も穏やかになり、不自然に紅潮していた頬も普段の色合いに戻る。
「う、うーん……」
シモナが意識を取り戻し、眼をうっすらと開いていく。
ミロシュとカミルはお互いを見やって、笑みをかわした。
ルーヴェストンはミロシュが純粋に喜ぶ様を感じ取り、軽口を叩こうとするが、思いとどまった。
(心底、お人好しだな。よくもあり、悪くもあるが。今は水をさす必要もないな)
この時から死ぬまで、ミロシュはスキルを使う事はなかった。
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名前:ミロシュ
年齢:表示不能 性別:表示不能 種族:表示不能
身分:平民 経験値:表示不能
レベル:表示不能
ステータス:表示不能 スキル:表示不能
称号:表示不能 特記事項:表示不能
装備:
火魔石の杖(+1)、アザリ羊のローブ(+1)
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ステータスもまた、見る事はない。




