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(17) 聖暦一五四二年六月 力なき身はただ翻弄されるのみ

 ボグワフ鉱山にて魔術師長が己を燃やし、多くのヤーデグや魔物を道連れにした時から、少しさかのぼる。

 ミロシュ達三人はソヴェスラフに帰還すべく、ボグワフ鉱山の脇を通過する林道を歩いていた。


「上だよ! 空の方から気配がする」

 ミロシュは振り返り、杖を掲げる。


「空か!」

 カミルは空を見上げた。

 シモナもまた、ミロシュが杖を向けた方に目を凝らす。


 その結果、三人とも巨大なトンボのようなもの、つまりヤーデグ二匹がこちらへ向かってくるのに気づいた。


「何あれ!?」

 シモナが叫ぶ。


「……僕は初めて見るよ」

「俺もだ。だから、どれだけの強さかわからない。走って逃げるぞ」

 カミルの言葉に二人は頷き、三人は身体を強化して、全力で林道を走った。


 しかし、三人の全速力よりも、ヤーデグの方が速かった。

 三人は時たま振り返り、ヤーデグを見るが、その姿は徐々に大きく見えるようになる。


 つまり、近づいてきているということだ。

 髪を乱して走り続ける三人の顔に、緊迫感が張り詰めるようになってくる。


「このままじゃ、追いつかれるわ!」

「森に入ろう。あの巨体じゃ、森の中まで追ってこれないだろう」

「わかった!」

 ミロシュとシモナはカミルの言葉に従い、三人は左手の森に入った。


 すると間もなく、ヤーデグ二匹は三人がいた地点に到着し、速度と高度を落として、二回、三回と旋回する。


 三人は木陰から、息を殺してヤーデグを見つめる。

 体長およそ二メートルのとんぼ二匹が、六本の足をうごめかせ、奇怪な顎をぎしぎしいわせていた。

 青みを帯びた巨大な複眼には、表情は一切浮かばない。

 それが逆に、三人にとっては異様な圧迫感を感じさせる。


 複眼が向きを変えるたびに、日光の当たり具合が変化し、色合いも微妙に変化する。

 その色合いの変化だけなら、ある種の美を感じさせるかもしれない。

 だが、現実はあの複眼でもって、獲物を探しているのだ。


 その迫力、気持ち悪さはただごとでなく、三人は息をのむばかりであった。


 ヤーデグが獲物を物色する時間はとても長く感じられたが、実際には二分もたっていない。

 巨大な複眼は三人を見つけられなかったのか、見つけたとしても翅が邪魔して森の中へ入っていけずあきらめたのか。

 どちらか三人にはわからなかったが、二匹とも高度を上げて、ボグワフ鉱山の方へ向かっていった。


 ヤーデグが去り、三人は息をつく。


「……助かった」

「……ええ」

 シモナはすわりこんだ。ミロシュもまた、シモナの隣に座る。


「二匹とも鉱山の方へ向かっていったな」

 カミル一人座らず、ヤーデグが飛んでいった空を見つめていた。


「そうだね」

「これから、どうするかだな。林道に戻ってあれに見つかるのはぞっとしない。林道沿いに森の中を歩いてソヴェスラフへ戻るか」

「それがいいと思うわ。案外弱いかもしれないけど、なるべく戦いたくないから」

「僕も賛成するよ。無理をしたくはないから」

 どちらかというと、シモナはヤーデグを生理的に嫌い、ミロシュは未知の敵と戦うリスクを嫌っていたが、二人とも結論は同じだった。


 三人は林道沿いの森を歩くが、林道を歩くよりも当然、スピードは遅くなる。

 近くにいる敵がヤーデグだけであれば、それでも問題なかったが、現実はそうではなかった。


 ミロシュは気配察知で新たな敵の接近に気づく。


「左手から、こっちに向かってくる魔物がいる!」

「数は!?」

 カミルに問われ、ミロシュは意識を集中して、接近する敵を探る。

 すると、五、十、十五と気配の数が増えていく。

 ミロシュの顔つきが険しくなる。


「……少なくとも二十をこえるよ。オーク、スパイダー、いろんな魔物の群れだ。戦うには数が多すぎるよ!」

「早く逃げないと!」

 ミロシュの言葉を聞いて、シモナは血相を変えた。


「林道へ出て全力で逃げるしかないな」

「空からあいつに襲われたらどうするの!?」

「その時はミロシュに気配を探ってもらい、もっとも魔物が少ない方向に行く。今は少しでも魔物と離れつつ、ソヴェスラフに近づくのが先決だ」

「それしかないね。今の状況は明らかにおかしいよ。一刻も早く、ソヴェスラフに戻るべきだ」

「……そうね。早くいきましょう!」

 意見がまとまるやいなや、三人は素早く森から離れ、林道へ出る。


 再び、三人は身体を強化して全力疾走を開始した。

 生き延びるために、走って、走って、ひたすら走る。


 走り続ける三人の息はあがり、汗がほとばしる。

 心肺機能を極限まで酷使し、体が悲鳴をあげる。

 三人とも、顔が激しくゆがんだ。


 それでも、死にたくなければ、走るしかなかった。

 正面から戦って勝つ力がなければ、逃げて逃げて、逃げ延びるしかない。


 空を飛ぶヤーデグも地を進む魔物の群れも、グ=トヌガンがボグワフ鉱山を襲わせるために手配したものだ。

 つまり、ミロシュ達が遭遇したヤーデグも魔物も南西へ向かって移動している。

 それに対して、三人はソヴェスラフ北東門に向かう鉱山ぞいの林道を走っていた。

 向きでいえば、南東だ。


 三人が鉱山へと走っていれば、魔物やヤーデグの大きな群れと出くわし、恐らく三人とも命を落としていただろう。

 だが、三人の目的地は鉱山ではなくソヴェスラフの北東門であり、走れば走るほど、距離をかせぐことができた。


 三人の疾走は無駄にはならなかった。

 間一髪で魔物の大きな群れにのみこまれずにすんだ。


 しかし、ヤーデグも魔物も、軍隊のように完全な統率下にあるわけではない。

 グ=トヌガンに仕える天使達もすでに撤退していた。

 つまり、全てのヤーデグと魔物が鉱山に襲いかかったわけではなく、鉱山近くを徘徊している個体や小さな群れがいた。


 そんなヤーデグの一匹が三人を発見した。

 獲物と認識したヤーデグは二対の翅を激しくふるわせ、三人へと向かう。


 ミロシュはヤーデグの気配をいち早く察知する。

 走りながらであったにも関わらず、命の危機が感覚を研ぎ澄ませていた。


「二人とも、空からまたあいつが来た!」

「わかった! ひとまず右手の森だ!」

 三人は林道から右手の森へと入り込み、ひとまず木陰で休憩する。

 走りづめで、三人とも息が荒い。

 ヤーデグが来なくとも、そろそろ休憩が必要であった。

 陸上競技のように手ぶらならまだしも、冒険者としての装備を身にまとっている。

 装備の重さが三人に負担を強いていた。


「シモナ、大丈夫か?」

 杖を持ち、ローブを着ているカミル、ミロシュに比べて、槍を持ち、革鎧をまとったシモナの装備がもっとも重い。

 シモナに問いかけるカミルの眼には気遣いの色が浮かんでいた。


「大丈夫よ。これくらい、何てことないから!」

 シモナは強がるが、顔色はあまり良くない。

 三人の中で息がもっとも荒いのもシモナだ。


「そうか……」

 カミルの冷静な観察眼はそれに気づいていたが、一言かえしただけだ。

 鎧も槍も代わりに持つわけにはいかない。

 せめて、小物類だけでも持とうかとカミルが提案しかけた時、ミロシュが声をあげる。


「森の方から、魔物が接近してくる……」

「チッ! 何体だ?」

 カミルが珍しく舌打ちする。


「四、いや、五体。おそらく、オーク。オークウォーリアが混じっているかも」

 ミロシュは目をつぶって少したってから、目を開けてそうこたえた。


「こうなったら、戦いは避けられないわね」

 シモナは首筋と額の汗をタオルでぬぐい、眼に力をこめる。


「未知の敵に勝てるかどうかはわからない。しかし、ウォーリアが混じっていてもオーク五体なら勝てる。オークを倒そう」

 カミルの提案に同意した二人は呼吸をできる限り整え、シモナを先頭にしてオークの方へ向かう。


 まもなく、木々の間から、オークの群れを視認できるようになった。

 豚頭人というべきオークはピンクの肌でみすぼらしい革を身にまとい、ぼろぼろな錆びた剣を持っている。

 全部で五体。

 一体は一回り大きく、上位種のオークウォーリアであり、ミロシュが確認した通りだ。


「あたしが、ウォーリアを足止めするから、その間にカミルとミロシュは残りのオークをやっつけて!」

「任せたぞ」

「わかったよ!」

 シモナは二人の返事を受け取るやいなや、槍を構えて、オークウォーリアと相対していく。


 オークウォーリアは普通のオークと同じように肥え太っていたが、皮膚が浅黒く精悍な印象を与える。

 豚鼻を軽くひくつかせ、「フゴゴッ」とオーク語で他のオークに指令を出すと剣を構え、シモナへ突進していく。


 先ほどまでの全力疾走でシモナは疲労しているが、槍でもってオークウォーリアを迎撃する。

 槍と剣では当然、間合いが異なる。

 シモナは内に入られるまでにオークウォーリアを倒すべく、槍をふるう。

 突き、はらい、フェイント、疲労をものともせず、オークウォーリアを倒すべく奮戦する。


 対するオークウォーリアは剣で槍をさばき、シモナに肉薄せんと試みる。

 内に入ってしまえば、勝利が見えるのだ。


 このように中央では、一人の冒険者と一体の魔物が槍と剣で命をチップにして、戦い続けていた。

 左方では、カミルめがけて、二匹のオークがさびた剣を掲げつつ、突進していく。

 だるんだるんの体で脂肪をゆらせ、豚口から「フガッ」と喊声をあげ、新人冒険者なら圧倒されそうな迫力であった。


 だが、カミルはもちろん新人ではない。

 のまれることなく、杖をにぎりしめ、迎撃する方法を考えていた。

 ここは森の中であり、木々がところどころに生え、カミルと二匹のオークの間にも何本か木が生えている。


 平野であれば、カミルはすでに光球を放って、オークを倒していただろう。

 しかし、木々が射線をせばめるため、そう簡単にはいかなかった。

 ひとまず、カミルは後退して距離をとる。


 退くカミルに追いすがる二匹のオーク。

 オークの知能がもう少し高ければ、カミルの意図に気づいたかもしれない。


 しかし、カミルの意図に気づかないまま、二匹は十分な射線を確保できる場所へ誘い出された。


「助かったな」

 カミルが光球を続けさまに放ち、オーク二匹に命中する。

 直撃した光球はオークの生命を奪うに十分な威力だった。

 オーク二匹の死を確認したカミルはシモナに加勢すべく、急いで戻った。


 ミロシュもカミルと同じ状況であった。

 火球を放ちやすい場所へとオークを誘導する。

 カミルとの差異は、経験、体術の差によって、ミロシュの方が時間がかかったということだけだ。

 オーク二匹はミロシュの火球によって、物言わぬ焼け焦げた屍へと変わり果てた。


 シモナとオークウォーリアは一進一退であったが、シモナがややおしていた。

 そこに戻ってきたカミルの光球がオークウォーリアに炸裂し、体勢を崩す。

 すかさず、シモナが突きをみまって、オークウォーリアの喉に槍が突き刺さった。

 オークウォーリアの体全体が軽く痙攣し、倒れて絶命した。


「カミル、ありがとう! ふぅ、てこずらせて」

 シモナは新たに吹き出た汗をふきとり、息をつく。

 間もなく、ミロシュも戻り、三人がそろった。


「疲れているシモナには悪いが、ソヴェスラフへの帰還を最優先にしよう。空からあいつが近づくまで、林道を駆け抜けないか」

 カミルには、魔物を倒したという安堵感はない。

 まだ危地にいるという危機感だけを漂わせている。


「あたしなら、大丈夫だから。早く戻りましょう」

 シモナは確かに疲れていた。

 だが、この危険な場所から少しでも早く離れたかった。

 なので、無理をしてでも走り抜けるつもりだ。


「持てる荷物は持つよ、シモナ。行こう」

 そんなシモナを気遣わしげに見ながら、ミロシュも同意する。

 三人の全力疾走は再開された。


 この全力疾走と魔物との遭遇戦は三回ずつ繰り返された。

 日頃の魔物との遭遇率よりも明らかに高い。

 魔物の大きな群れにのみこまれるのは避けられたが、小さな群れとの遭遇戦は避けられなかった。


 走るだけ、戦うだけであれば、疲労はまだ抑えられただろう。

 しかし、まともに休めず、両方を強いられる三人はみるみる消耗していった。


 だが、三人の労苦は報われる。

 まもなく森を抜け、草原を渡れば、ソヴェスラフに戻れるというポイントまで到達したのだ。


 険しかった三人の表情がようやく明るくなる。

 もう少しでソヴェスラフに戻れるのだ。

 そうすれば、ゆっくり休めるだろう。三人の思いは同じだった。


 一方、ボグワフ鉱山では、守備隊が壊滅していた。

 魔術師長が自己犠牲によって多くの魔物をなぎ倒し、部下と民間人が逃げる時間をわずかだが稼いだ。

 だが、まだヤーデグと魔物の勢いは激しく、逃げ出す人々を追って、戦場、いや虐殺の舞台は鉱山からソヴェスラフ北西部へと移動しつつある。


 その事を三人はまだ知らない。


「シモナ、後少しだ。ほら、森を抜けるぞ」

「うん……」

 さすがに疲労を隠せず、シモナの声は小さく、口数はかなり少ない。

 だが、三人の視界に草原があらわれ、シモナの口元が少しほころぶ。


「ここをこえれば、ソヴェスラフだね」

「そうだよ。戻ったらゆっくり休もう」

 シモナにこたえるミロシュの声も小さい。

 ミロシュとカミルが分担して、シモナが持っていたポーションなどの小物類を持っている。

 シモナほどではないが、ミロシュも疲れきっていたのだ。

 カミルも疲労の色を隠しきれていない。


 どんな苦労も終わると知っていれば、まだ耐えられるものだ。

 三人はソヴェスラフへの帰還という終わりを目指して、林道を抜け、草原へ入ろうとしていた。

 だが、そんな三人を嘲笑うかのように、ヤーデグが姿をあらわした。


 三人の右手上空を飛んでいたヤーデグは、三人目指して向かってくる。

 ここで三人は選択を迫られる。迎撃するか、森に戻るかだ。


 森に戻れば、ヤーデグは入ってこられないが、やりすごすまで待たなければならない。

 ソヴェスラフまで後一歩だというのに。

 軽重あれど、苛立ちが三人の顔に浮かぶ。


 だが、カミルは冷静さを保ち、森に入るよう指示を出す。

 二人はカミルに従い、三人は森へと入った。

 カミルは言葉を続ける。


「ミロシュ、火球であいつを攻撃できないか」

 カミルにそういわれて、ミロシュは考え込む。

 木陰から、約二十メートルほど離れた動く二メートルの的を狙う。

 難しいができない訳ではない、とミロシュは算段する。


「必中とはいかないだろうけど、何発か放てば、当てられると思う」

「やっぱり、それくらいか。ここまでソヴェスラフに近づいたら、残す魔力はそんなに多くなくていいだろう。二人であいつを倒さないか?」

「やろう! 倒してしまえば、道が開く」

「二人とも、がんばって!」

 話はまとまり、カミルとミロシュはヤーデグに狙いをつける。

 ヤーデグは森の前をゆっくり旋回して、獲物である三人を探していた。


 その旋回が三回目に入り、二人の前に長い体をさらしたその時、カミルの光球とミロシュの火球が放たれた。


「いけっ!」

「くらえっ!」


 的は大きかったが、距離がある木陰からの攻撃ということもあり、真ん中に命中とはいかなかった。

 だが、光球も火球もヤーデグをかすめることに成功した。

 光球は胴体と翅の連結部あたりを、火球は尾のあたりに命中する。

 ヤーデグは「クエッ」と怪音を発し、翅の動きがおかしくなる。

 速度が落ち、飛び方が明らかに不安定になった。


「チャンスだな。追い討ちをかけるぞ」

「一気に決めよう!」

 速度が落ちて、狙いやすくなったヤーデグめがけて、二人は光球と火球を続けざまに放った。

 次々とヤーデグに命中し、青い体液を噴き出して翅の動きが止まり、落下し始める。


 ヤーデグの巨体は頭から地面に衝突し、巨大な複眼は砕け散った。

 足を何本かひくつかせるが、少しして止まった。


「倒せたよ!」

 ミロシュの声は喜色一杯だった。


「やったな」

「待って。カードを見てみる」

 ミロシュがギルドカードを調べると、ヤーデグ一体撃破と記載されていた。


「ヤーデグを一体倒したって書いてある。こんな名前初めて見るし、間違いないよ」

「あいつはヤーデグって名前か。間違いなさそうだな」

 カミルの顔にも笑みが浮かんだ。


「やったじゃない! 案外、たいしたことなかったわね」

 三人の中で、シモナが一番、喜びを露にした。


「一方的に攻撃できたからな。だが、草原で上空から襲われるとかなりきついぞ」

「……それもそうね。でも、草原をつっきらないと戻れないし」

「もし遭遇したら、土魔法で壁をつくって、少しでもヤーデグの視界や行動の自由を縛って、戦うしかないんじゃないかな」

 三人はしばらく相談するが、


「……他にいい方法を思いつかないな」

 と、カミルは結論を出した。

 現在の三人の強さでは、他にいい手立てがなかった。


 間もなく、夕方になろうとしている。

 夜の森は強力な魔物が出る可能性が高まるので、夜営をしたことは一度もない。

 次々と魔物に襲われた現状から考えても、夜になるまでにソヴェスラフへ戻る必要があった。


 かくして、三人はソヴェスラフに戻るべく、最後の力を振り絞って、草原へと走り出した。


 グ=トヌガンが召喚したヤーデグは八十匹だ。

 鉱山での戦いにおいて、四十匹が死に、先ほど三人が一匹を殺した。

 残りの三十九匹は新たなえさを求めて、ソヴェスラフを目指していたが、かなりばらけはじめていた。


 およそ二十数匹は逃げ惑う人々を追って、ソヴェスラフ北西部で新たな捕食を始めていたが、残り十数匹は、草原からソヴェスラフ北東部へと散開し始めたのだ。


 グ=トヌガンに仕える天使の理力による誘導はボグワフ鉱山までであり、以後はヤーデグが持つ本能によるものであった。


 三人が草原を走り出して、五分が過ぎようとした頃、その十数匹と遭遇する。

 ミロシュが気配を察知するまでもなかった。

 十数匹が出す羽音で、三人はヤーデグの接近に気づく。


 空を見上げた三人は、ヤーデグの群れが近づくのが見える。


「何匹いるのよ、あれ……」

 シモナが呆然とする。


「あの数じゃ、土魔法なんて使っても……」

「ソヴェスラフまで逃げ切るのは無理だ! 森へ戻るぞ! 急げ!」

 カミルの声はこれまでになく厳しい。

 最後の最後で死地に陥り、カミルは罵声をあげそうになる。

 だが、ぐっと我慢し逆戻りして、森へと走り始める。

 リーダー役の自分が冷静さを失えば終わりだ、とカミルは知っていたのだ。

 ミロシュもシモナもカミルに続いた。




 ミロシュもカミルもシモナも、新人の冒険者や一般人より遥かに強い。

 野犬やゴブリン、オークのような弱い魔物であれば、危なげなく勝てるだろう。


 しかし、より強大な存在には全くの無力だ。


 アウグナシオンが始めたヴルドヌス大陸テラヴォーリ王国の内乱に端を発し、グ=トヌガンが作り出したソヴェスラフにおける争乱は、神と比べてちっぽけで無力な三人をあっさりとのみ込みつつある。


 罪がないにも関わらず、咎がないにも関わらず。


 ハイグラシアにおいて、力なき身はただ翻弄されるのみ。


 三人は身をもって、それを証明していた。

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