(16) 聖暦一五四二年六月 鉱山への襲撃
ヴルドヌス大陸の闘神グ=トヌガンは苛立つ。
もうすでに、テラヴォーリ王国における内乱は、事実上終了していた。
共和政府の最後の拠点スキヴィアを落とせば、残党狩りをするだけだ。
いや、もういくつかの地域では残党狩りが始まっていた。
アウグナシオンが主導した侵略を打ち破ったというのに、彼はなぜ苛立つのか。
もうすでに戦後処理が始まっていたのだが、彼の意にそぐわなかったからだ。
彼は強硬派を形成し、テラヴォーリ王国にあるアウグナシオン教団の解体と神殿全破却を主張した。
だが、穏健派の神々と、何よりもテラヴォーリ王家がそれを望まなかった。
アウグナシオンの権威はこの敗戦によって、テラヴォーリ王国内外でかなり落ち込んだ。
すでに彼女に対する信仰は衰えている。
これ以上、彼女を刺激するのは避けたかった。
再度、このような企てが為されれば、テラヴォーリ王国は疲弊しきってしまう。
ヴルドヌス大陸にある国はテラヴォーリ王国だけではない。
これ以上、国力が低下すれば、外国からの侵略を招くだろう。
そういう動きが、すでに起きているのだ。
他国の間諜が盛んにテラヴォーリ王国へ入り込んでいるのだから。
共和政府に参加した人間は厳しく処罰されていた。
その一方で、王国政府は寛容令を発布している。
大まかにいえば、王国内で種族差別をすれば処罰するという内容だ。
人間もテラヴォーリ王国の民だ。
ましてや、人口の約半分を占めている。
王国政府は先を見据え、外国からの侵略を防ぐため、国内融和をはかった。
もし、諸外国との戦争になった場合、今は味方してくれている神々が敵に回るかもしれないのだ。
利害が変われば、敵味方もまた変わる。
テラヴォーリ王国政府としては、柔軟な対応が必要だった。
王家が主張を押し切り、アウグナシオン教団には復興援助金の拠出を打診するのみとした。
教団は事実上の賠償金支払いに応じ、決着をみる。
これは、王家がアウグナシオンへ送るある種のメッセージだ。
『利害が一致するのであれば、今度は手を結びましょう』と。
アウグナシオンからの返事もすでにきている。
教団は要求された金額より上乗せして、政府に納めていた。
『その際はよろしくお願いします』ということだ。
ハイグラシアの歴史上、良くあることであった。
勝ち目がないことを悟った共和政府は降伏する。
テラヴォーリ王国における内乱は終結した。
支援に駆りだされていたサララは、テラヴォーリ王家が主導した穏健外交に助けられた。
エマーファの思惑と異なり、彼女が到着した後で激しい戦いはもうなかった。
だが、彼女はアウグナシオンにとって重要な人間の逃亡を支援させられたり、様々な雑務に追われることになる。
(……早く帰りたい。でも、ここでの任務は完璧にこなさないと)
サララは、まだ気を緩めることは出来なかった。
アウグナシオンに味方していた神々に仕える天使達は、ほぼ撤収している。
敵に回っていた神々に仕える天使達も、先を考えて激越な行動をとらなくなっているが、テラヴォーリ王国は依然、敵地だからだ。
だが、グ=トヌガンは気持ちがおさまらない。
この企てが成功していれば、彼は下級神になっていただろう。
アウグナシオンに徹底的なダメージを与えなくては、気がすまなかった。
彼は配下の天使達と策を練り、ある一計を行うことにする。
「アウグナシオン、異世界からの召喚は貴様だけが行えるものではない。わしとて、可能なのだ!」
グ=トヌガンは異世界の一つ「ヴィゾグレン」に分身を送信する。
彼は四本腕を持ち、筋骨隆々の男性神だ。
ミロシュ達高坂川高校の生徒達が彼を見れば、明王像などを思い出すだろう。
神々であれば、どの異世界からでも召喚できるというわけではない。
何らかのつながりが必要だ。
中級神であるグ=トヌガンがつながりを持つ異世界はそれほど多くなく、「ヴィゾグレン」が今回の計画において、もっとも望ましい世界であった。
その「ヴィゾグレン」は滅亡を迎えようとしていた。
砂漠化、寒冷化が進み、生物が住める環境ではなくなり、数多くの骸が大地に転がっている。
海は黒くにごり、魚などはすでに全滅だった。
この世界を創造した神は神格が高くない。
元々、生態系も貧しく、世界の寿命は短かった。
ざっと、一億年ほどでそれが尽きようとしているのだ。
ヴィゾグレンにはもうすでに神はいない。
この世界を見放し、去っていた。
グ=トヌガンはヴィゾグレンで生きるヤーデグという生物に目をつけた。
ぎょろりと大きい複眼、成体で体長約二メートル、二対の翅、六本の足を持つ。
つまり、大型のトンボというべき生物だ。
ヤーデグは肉食で、ヴィゾグレンにおける生態系の頂点に立つ。
もう餌となる動物がほとんど残っていない現状、ヤーデグは共食い状態であったが、まだ全滅はしていない。
グ=トヌガンはそのヤーデグを次々と捕らえる。
ヴィゾグレン最強の生物といっても、あくまでもヴィゾグレンでの話だ。
ハイグラシアにおいては、大した強さではない。
少なくとも、グ=トヌガンにとっては容易く捕獲できるような生物であった。
次に、ヴィゾグレン唯一の知的生命体であるゴーズァイの王と、グ=トヌガンは交渉する。
ゴーズァイは成体で身長約百三十センチ、皮膚は黒色で、姿形は人間に酷似している。
ただし、単眼で頭には二本の角が生えていた。
人間ほどの知能はなく、寿命は約三十年。
簡易的な農業を営み、陶器や石器を使って、細々と暮らしていた。
だが、植物が育たなくなり、飢えによってゴーズァイ達も滅びようとしていた。
「わしはハイグラシアの神グ=トヌガン。この世界はまもなく滅び、貴様らも全滅するであろう。だが、助かる方法がある。わしの世界ハイグラシアに来ることだ。貴様らがよければ、ハイグラシアに召喚しよう」
グ=トヌガンの威容はゴーズァイの王ヨランを圧倒する。
「偉大ナル神ヨ。シバシ、考エル猶予ヲ下サレ」
「よかろう。他に選択肢はないがな。二日待とう」
「アリガタキ幸セ」
グ=トヌガンの分身は消え去った。
ヨラン王は親族、高官を招集し、会議を行い、結論を出した。
グ=トヌガンの召喚に応じるという結論だ。
もはや、ヴィゾグレンはまともに住める環境ではなかった。
死にたくなければ、ヴィゾグレンから脱出するしかない。
グ=トヌガンとヨランは話を詰め、一箇所にゴーズァイ五千人を集めた。
ゴーズァイ一人一人に召喚に応じたい、と強く念じさせる。
そうすることによって、消耗する神力が少しでも減るからだ。
高坂川高校の生徒達が第二種知的生命体であれば、ゴーズァイは第四種知的生命体だ。
大型トンボに酷似したヤーデグは第三種生命体に分類される。
ヤーデグやゴーズァイの召喚は、生徒達の召喚に比べれば、消耗する神力も世界に与える影響も小さい。
しかし、それでも中級神にすぎないグ=トヌガンからすれば、消耗する神力を少しでも減らしたかった。
「いくぞ!!」
グ=トヌガンが叫ぶと共に、神力が発せられ、ヤーデグやゴーズァイがヴィゾグレンから姿が消え去る。
ゴーズァイ六千人は生徒達と同じように、だだっ広い草原でグ=トヌガンに仕える天使達から鉄製の槍と弓矢を受け取り、ハイグラシアに関する説明と軍事教練を受ける。
生徒達と違うのは、ゴーズァイは一箇所に集められていたということだ。
説明といっても、簡単であった。
近くにある畑から食物を奪い、都市を占領して、そこで住めばいいというだけだ。
ヨラン王は強制的に戦わされるのに難色を示すが、もう後にはひけない。
そもそも、ヴィゾグレンに残っても死んでいた。
ゴーズァイ達はそう割り切り、生き残るために戦意を高める。
降りる場所はパーヴィリア王国ソヴェスラフ近郊。
ミロシュ達が住む都市だ。
ヤーデグが放たれる場所は、ソヴェスラフにあるボグワフ鉱山。
アウグナシオンへの信仰は、バルナシュト大陸が六大陸の中では一、二を争う。
バルナシュト大陸東方の要はパーヴィリア王国だ。
だから、パーヴィリア王国をテラヴォーリ王国と同じように混乱させればよい、とグ=トヌガンは考えた。
だが、王都の守備は堅いだろう。
せっかく召喚したのに、すぐに鎮圧されては意味がない。
なので、パーヴィリア王国の第二都市であるソヴェスラフを標的にした。
本来、異世界からの召喚はこのような意図ではほとんど用いられない。
神力を消耗するだけで、長期的な展望がないからだ。
グ=トヌガンも、最終的にはゴーズァイやヤーデグが全滅すると考えていた。
王都から、パーヴィリア王国軍が出征すれば、ゴーズァイもヤーデグも勝ち目はない。
しかし、それまでにソヴェスラフの都市機能やボグワフ鉱山が壊滅すれば、それでよかった。
そうなれば、パーヴィリア王国の国力は低下し、諸外国の侵略を招くだろう。
また、ソヴェスラフがそうなれば、王家の力が失墜し、諸侯との関係もおかしくなる。
内乱にでもなれば、グ=トヌガンにとっては最上だ。
どう転んでも、アウグナシオンを信仰する人間どもが減るのだから。
グ=トヌガンは自分自身へのメリットが一切ないのは百も承知で、この召喚を行う。
それだけ、アウグナシオンへの怒りが強かったのだ。
彼は笑いながら、ゴーズァイとヤーデグによって、ソヴェスラフが崩壊するのを期待する。
だが、それによって悲惨なことになるのはアウグナシオンではない。
彼女は、信仰する人間が減ることによって、神力が減少するだけだ。
残酷な運命が待っているのは、最終的には全滅させられるゴーズァイとヤーデグ。
それと、ソヴェスラフの住民達だった。
彼らに何の罪も、失敗も、咎もない。
ただ、神々の戦いに巻き込まれただけだ。
それだけで、運命は流転することになる。
その多くが、負の方向へと――
◇ ◇
聖暦一五四二年六月十一日。
ミロシュ達はマレヴィガ大森林で魔物を討伐していた。
パーティを結成してから、一ヶ月と少し。
彼らは着実に強くなり、パーティ戦にも慣れてきている。
このままもし何事もなければ、三人はソヴェスラフで名が売れた一流の冒険者パーティとなったであろう。
だが、テラヴォーリ王国における内乱の影響がソヴェスラフにも波及し、三人の運命も大きく変転する。
ミロシュ達はグァルイベンとの戦いを経験して、安全第一で行動するようになった。
つまり、奥深く進むのは避け、今まで進んでいたラインよりも手前側までしか踏み込んでいない。
また、ボグワフ鉱山近くのエリアを探索するようにしている。
鉱山近くの魔物は、騎士団と魔術士隊が鉱山防衛のため、定期的に魔物を駆除している。
また、万一の際、鉱山側に逃げ込むという選択肢もとれる。
それだけ、安全性が高くなるということだ。
むろん、長所と共に短所もある。
定期的に駆除されているということは、出てくる魔物の量も少ないということだ。
収入と得られる経験値が減少するのは仕方ないと、三人は割り切った。
この選択は結果的に失敗となる。
だが、アウグナシオンへの復讐のために、グ=トヌガンがボグワフ鉱山にヤーデグを放つ、などと三人に予想できようか。
酷な話であった。
しかし無情にも、その残酷な現実が三人に襲い掛かる。
その羽音にもっとも早く気づいたのは、シモナであった。
「何か、ブーンって音がしない?」
シモナが二人に問いかける。
「うん? そうだな、聞こえる」
「なんだろう、この音は?」
やがて、カミルもミロシュもその音に気づいた。
三人は音源を探るべく、耳をすませて、あたりを見回す。
五秒。
十秒。
二十秒。
時が経過するごとに音が少しずつ大きくなるが、音源がわからない。
「……気味が悪いな。ソヴェスラフに戻ろう」
「ええ、あたしもそれがいいと思う」
「賛成するよ」
カミルの提案に二人は即座に同意する。
戻るには、ボグワフ鉱山の脇を通過する林道を歩かねばならない。
三人が林道を歩くごとに羽音が大きくなってくる。
「二人とも、油断するな。いつ何がきてもおかしくない」
カミルの言葉に二人が頷く。
槍や杖を持つ手に力が入り、汗ばんでくる。
そして、ついにミロシュが持つ気配察知のスキルで、何かの存在をとらえる。
大きな気配を出す個体が二つ。
ミロシュ達の方に異様な速度で接近していた。
◇ ◇
グ=トヌガンはヤーデグ八十匹をボグワフ鉱山近くに放った。
『黄昏条約』を破らずに、一箇所で召喚できる最大限の数だ。
知性を持たない生物の規制は緩い。
力があっても知性なき生物は、やがてハイグラシアにのみこまれて、死を迎えるからだ。
むろん、保有する力が大きくなれば、規制は厳しくなる。
グ=トヌガンに仕える天使達は理力を用いて、ヤーデグを鉱山側に誘導する。
また、近隣の魔物もできる限り、誘導する。
闘争心を高ぶらせて、騎士団や魔術士隊の近くに移動させるだけで、後は勝手に襲うだろう。
やるべき事を全てやった天使達は帰還する。
長居は無用であった。
アウグナシオンを始めとする他の神々の天使達と交戦になっては、勝ち目がないからだ。
ここは、グ=トヌガンに仕える天使達にとって敵地なのだから。
ついに、ヤーデグ八十匹と近隣の魔物どもがボグワフ鉱山を襲撃する。
鉱山にはパーヴィリア王国に所属する騎士団百五十人、魔術士隊百人が詰めていた。
その内、正騎士は五十人、魔術師は三十人であり、残りは従士、魔術士だった。
彼らは精鋭だ。
特に正騎士、魔術師となるには、よほどの実力が要求される。
ヤーデグのみであれば、魔物どものみであれば、彼らは犠牲を出しながらも撃退できただろう。
だが、現実は同時に攻撃されたのだ。
歩哨をしていた従士、魔術士が真っ先に狙われる。
ヤーデグを確認した魔術士は驚愕した。
「こいつ、魔力を持ってないのか!?」
魔術士はスキル<魔力察知>を用いて、周囲を警戒していた。
ヤーデグはハイグラシアの生き物ではない。
魔力を持っていないのだ。
それが彼にとって不運だった。
魔術士は、飛び掛ってくるヤーデグに風魔法を放つ。
「ち、畜生! 風よ、この化け物を切り裂けっ!」
彼がこめた渾身の魔力が風の刃となり、上から襲ってくるヤーデグを迎撃した。
刃は、ヤーデグの身体を切り裂く。
だが、受けた傷は致命傷に程遠い。
ヤーデグは止まらず、彼の頭をかじり食らった。
哀れな彼の頭をヤーデグは咀嚼する。
血が噴出した彼の身体には、他のヤーデグが左半身、右半身と食らいついていき、身体はなくなっていった。
別の従士は魔狼に襲われる。
スキル<気配察知>で、群れを探知した彼は慌てて逃走した。
とうてい、勝ち目がなかったがゆえに。
だが、任務は忘れていない。
盛んに警笛を鳴らしながらの撤退だ。
各地で彼と同じような状況の歩哨がいるのだろう。
笛の音が各地で響き渡る。
だが、逃げる彼よりも、理力で強化された魔狼のがはるかに速い。
彼は牙の餌食となり、分割され、魔狼の胃袋におさまった。
「警報の笛だ! 魔物かっ!! 総員、第一級装備をまとえ!!」
騎士隊長、魔術師長が異状をつかんで、部下に指示を出す。
合計二百五十人の内、歩哨が五十人、宿舎詰めが二百人だ。
それまで、部下達は談笑していたり、カードゲームに興じていたり、リラックスしたものだった。
だが、隊長の指示がとんだ瞬間、彼らは戦士の顔となり、即座に武具防具を身につけて、準備を整える。
宿舎詰めの二百人は宿舎から飛び出し、チームを組んで迎撃にあたる。
歩哨をしている五十人の仲間を、一刻も早く助けたいのは山々だった。
だが、単独で飛び出していっては、結局、仲間も自分も死ぬことになる。
彼らは訓練された兵士であり、軍隊だ。
生存者を少しでも増やすために、確実に勝てるよう行動する。
また、ソヴェスラフ都市部にいる部隊に援軍を頼むべく、伝令を出す。
本来ならば、これで事足りていた。
弓の名手が繰り出す強弓。
一本では落ちずとも、数本も命中すると、ヤーデグは倒せた。
胴体や翅が傷つき、落下する何体ものヤーデグ。
熟練魔術師が放つ炎魔法。
「大いなる業火よ、焼き払いなさい!」
炎の波が顕現し、魔狼数頭、灰色熊が消し炭となっていく。
名高い剣士が放つ連撃。
「くらえぇっ!!」
ワームやスパイダーが切り裂かれ、絶命する。
だが、ヤーデグや魔物の攻撃は、騎士団や魔術士隊より熾烈だった。
攻撃の質ではない、量の問題だ。
一対一なら、正騎士や魔術師以上であれば、ほぼ勝つだろう。
しかし、ヤーデグと魔物の数は合計すれば、二百五十どころではなかった。
また、一番凶悪だったのが、グ=トヌガンに仕える天使達が理力でヤーデグや魔物を強化していたことだ。
もちろん、短期間しかきかない。
だが、この戦いにおいてはそれで十分なのだ。
彼らは経験豊富なだけに、どれだけのダメージを与えれば倒せるか、力、速さなどを熟知している。
それが仇となった。
倒せるはずのダメージを与えても倒せなければ、想定していたよりも速ければ、隙や恐怖を生むことになる。
「なんで、倒れねぇんだよ!」
「嘘ッ!? 速い……!?」
乱戦となっている鉱山各地で、苛立ちや戸惑いの声があがる。
戦いにとって、極めて大きなマイナス要因だ。
「うろたえるなっ!」
隊長が叱咤するも、効果は薄い。
団員、隊員の士気は低下していく。
その理由は他にもあった。
ここは鉱山だ。
ということは、非戦闘員の鉱夫や技術者、それらの人々相手の商人などもいる。
緊急警報が発令され、彼らは一目散に逃げていた。
だが、騎士団や魔術士隊ではカバーしきれず、何人もがヤーデグや魔物に食われ犠牲となる。
鉱山特有の金属臭、煙の臭などに加えて、大量の血臭がブレンドされていくのだ。
また、彼らの悲鳴も各所であがり、地獄めいた様相を帯びてくる。
彼らが守るべき人たちが倒れ、いや、食われていく姿が隊士達の心を蝕む。
それでも、騎士団、魔術士隊は有能であり、勇敢であり、献身的に戦い続けた。
「……もう、魔力がほとんどないわね。なら……」
王都に両親と妹を残していた魔術師長は、スキル<魔力転化>を用いる。
生命力を魔力に変換するスキルだ。
彼女の身体が命とひきかえに、白く青く輝き始める。
彼女は顔を少し俯け、過去に思いを致す。
優しき両親との語らいを――
彼女の前では甘えたがりな妹の言葉を――
鍛錬に鍛錬を重ねてきた厳しき日々を――
そして、秘め続けてきた想いを向けていた男性の顔を――
「……悔いはない」
顔をあげた彼女の周りには、倒れ伏した部下達と魔物の死骸が点々としている。
その間を縫って、彼女をしとめるべく、魔狼、灰色熊、オークウォーリアーらが忍び寄る。
数体が彼女に飛びかかろうとしたその時。
「わが身にやどりし全魔力を持ちて、全てを焼き払い、滅びの裁きを与えたまえ!」
彼女の詠唱と共に、彼女の周囲十メートル以上が炎に包まれる。
周囲にいた魔物は全て絶命した。
彼女自身と共に――
壮絶な戦いの末、騎士団、魔術士隊はほぼ全滅した。
しかし、ヤーデグも魔物も半減している。
彼らの戦いに意味がないわけではない。
逃げ延びるのに成功した人々も大勢いるのだ。
といっても、まだ助かったかどうかはわからない。
ヤーデグも魔物も逃げ惑う人々を追い続けていた。
戦場はボグワフ鉱山から、スラム地区へと移動する。




