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(13) 聖暦一五四二年五月 力の誘惑

 影浦徹平と瀬能和哉は喫茶店に入り、コーヒーと紅茶を頼んで、向かい合わせで座っていた。


「不思議に思わないかい。異世界だというのに、コーヒーや紅茶は同じだ。他の農作物や製品も似通ってるのが多いし」

 カズヤが紅茶にミルクと砂糖を入れながら、テッペイに問いかけた。


「そうだな。ここがゲームの世界とかなら、わかるんだが。同じ地球人が作ったものだからな」

 テッペイはコーヒーに何もいれず、ブラックのまま飲んでいる。


「大いなる創造神にでも聞いてみないと答えはでないだろうね。エルフが治めるアルノーシュ王国はどうだった?」

 カズヤはミルクティーをふぅーふぅー冷ましながら、本題に入った。


「カズヤはエルフにどんなイメージを持ってた?」

「魔法が得意で華奢な美形って感じだね。それと長命かな。おおむね、それは当たってるようだけど」

「それらはあってたな。だけどさ、俺は長生きな分、個体数が少ないから、戦いのたびに衰退していくようなイメージを持ってたんだ。それと閉鎖的で小さな集落を営んでるってところか。そういう設定のゲームや物語を知ってただけだがな」

「違っていたのかい?」

「……全然、違っていたな」

 テッペイはコーヒーカップを皿に戻して、表情が微かに険しくなる。


 影浦徹平が語ったアルノーシュ王国とは、ハイエルフの王族が絶対王政を布いている国だ。

 ハイエルフの寿命は約五百年。

 シモナのような普通のエルフの寿命は約二百年。

 ハイエルフはエルフ全体の約一%しか存在しないが、強大な魔力と長命によって得られる熟練した魔法技術によって、支配者として君臨している。


 ハイエルフは個体数が少ないことによる不利を熟知していた。

 また、魔法に優れているが、戦争や戦いになった際、前衛となる兵士に不足するというエルフの弱点もわきまえていた。


 なので、ハイエルフはその欠点を補うべく、前衛となる兵士には他種族をあてていた。

 獣人がもっとも多く、続いて人間、竜人、魔族の順番となる。


 それらの兵士は全て、奴隷だった。


 ハイエルフは他種族を信用も信頼もしていない。

 冷厳なる力の統治を貫いている。


 ただし、隷従兵士と呼ばれる他種族の兵士の待遇は、かなり良かった。

 ハイエルフからすれば、戦いの際に従順であれば、問題ないのだ。

 戦う意欲を保つためにも、待遇には配慮している。


 バルナシュト大陸東方でもっとも大きな奴隷市場は、アルノーシュ王国王都にある。

 もちろん、エルフの奴隷を扱うのは禁止されているが。


 アルノーシュ王国はここ数百年、侵略したこともされたこともない。

 その平和はエルフの強大な魔力と強力な軍隊によって支えられていた。


「……そういうわけでさ。エルフを見ると少し怖くなった」

 テッペイは苦笑する。


「極めて合理的だね。このハイグラシアでは弱者として目をつけられたら、あっという間に滅ぼされるだろうから。それにしても、テッペイはそんな国に降りて苦労したんだろうね」

「スキルがなければ、どうなってたかなんて考えたくもねぇな。だけど、治安は悪くなかったし、冒険者としてはそこそこ順調だったんじゃねぇの。死にかけたことはあったけどさ」

「そうみたいだね。レベルが二十こえてるなんて大したものだよ」


 カズヤの言葉にテッペイはぎょっとする。

 二ヶ月以上、冒険者としてすごしてきたテッペイはシビアに考えるようになっていた。

 もう、普通の高校生の考え方ではない。

 それは、召喚された生徒達全員にあてはまることであったが。


 カズヤは友達だが、手の内を必要以上に明かすつもりがなかっただけに、テッペイは驚く。


「……お前、人の能力がわかるのか?」

「僕はスキル<識別の眼>を持っているからね。内緒にしておいてよ。テッペイだから話したんだ。この情報を誰にでも明かさないのはわかるよね」

 カズヤは相変わらず、のほほんとした感じでミルクティーを飲んでいる。


「おう、そこまで信用してくれてうれしいよ、俺は」

 テッペイの表情が明るくなる。

 彼は考え方がシビアになっていただけに、信用信頼できる人間関係に飢えていた。

 アルノーシュ王国からパーヴィリア王国に来たのは、それが大きな理由だった。

 エルフは結局のところ、異種族に心を開かないと彼は考えていた。

 例外がいないことはないのだが、彼はそういう存在に出会わなかったのだ。


「今度は、僕がパーヴィリア王国について教える番だね」

 カズヤもまた、ティーカップを皿に戻して、語り始める。


 パーヴィリア王国は王家が約四割の領地を支配し、諸侯が約六割の領地を支配する封建国家だ。

 王家は王都の経済力、ソヴェスラフの工業力を基盤にして、国を治めていた。

 現在の国王はヨナーシュ二世。

 賢王として知られているが、王権強化主義者であり、諸侯としばしば対立している。


「内乱とか起きねぇだろうな?」

 テッペイの瞳に不安の色がにじむ。


「今のところは大丈夫だよ。賢王って呼ばれるだけあって、さじ加減が上手っぽいね」

「……なら、いいけど、話を続けてくれ」

「ああ、いいよ」


 カズヤは、アウグナシオン教団パーヴィリア本部のブラジェク大司教について触れる。

 彼はテッペイに教えられるもっとも重要な情報だと考えていた。


「僕を含めて、大司教の下に高坂川高校の生徒が九人いるよ」

「本当かよ、それ?」

「ああ。部下を総動員して、かき集めたんだ。大司教は能力も野心も大きい人だよ」

「……俺達を利用するつもりか?」

 テッペイは喉の渇きを覚え、コーヒーに口をつけた。


「間違いなく」

「それがわかってて、どうしてそこにいるんだよ!」

「僕も彼を利用してるからさ」

 カズヤはテッペイを見ながら、笑った。

 その笑みは、テッペイにとって、少し薄気味悪いものだ。

 瀬能和哉は三年生で学年トップの学力を誇る。

 東大入学も確実といわれていた。

 テッペイはカズヤが何を考えているのか、わからないことがままあった。


「……残り八人もそうなのか?」

「どうだろうね。あまり、話をしないから。飼われてる事に気づかないまま、その快適さに浸ってる人もいるかもね」

 カズヤの辛らつな言葉にテッペイは息をのむ。


「……俺が知ってる奴はいるのか?」

「うーん、嵯峨さんは知ってるでしょ?」

「あの剣道バカか!?」

「そう、嵯峨領子さん」

「……あいつも、飼われてるのか?」

 飼うという言葉に抵抗感を感じながらも、テッペイは口にした。


「いや、彼女はマイペースだよ。大司教が手中におさめきってない生徒が何人かいるけど、彼女は間違いなくその一人だね」

「ハハッ、そりゃいいや」

 テッペイは今日の会話で初めて、心から笑えた。


「で、君も神官から誘いが来るよ。黒目黒髪ってだけで本部に連れて行くよう、お達しがでてるから。もっとも、二ヶ月以上たってるので、気が緩んでると思うけどね」

「黒目黒髪はこの国じゃ目立つけど、俺達以外にも全くいないわけじゃないだろ。それでも連れて行くのか?」

「そうだよ。間違えてもいいって布令も出してあって、徹底してるんだ」

「……俺はごめんだな」

「快適な環境だよ。僕達の心を読んだ大司教が欲しい物を何でも与えてくれるから」

 テッペイは目を大きく見開く。

 心が読まれるのを想像するだけで、嫌悪感で鳥肌が立つ思いだ。


「……カズヤはこの国に残るんだな?」

「ああ、快適だからね」

「……せっかく会えたのに悪いが、俺はこの国を出て行く」

「残念だね。大司教がテッペイが来たのを把握するのに十日はかかると思うから、それまでにどこへ行くか考えたらいいよ」

「わかった。くそっ、ようやく再会できたのに」

「状況が変われば、また再会しよう」

 カズヤは穏やかにそう言い、テッペイは真摯な表情で頷いた。


「そうだな。情報をくれて助かった」

「こちらも、エルフの話は面白かったよ」


 二人はそれからも少し話をして、喫茶店を後にする。


 影浦徹平は旧友の有難味を胸に抱きながら、帰路についた。


 ◇  ◇


 カズヤはテッペイと別れて、街路を歩いていると、小声でぼそりとつぶやく。


「宿屋に戻るよう言ったじゃないか。盗み聞きはよくないな」

「カズヤなら、その眼でわかるだろう。だから、盗み聞きではないのだ」

 少女の声がカズヤの耳元でささやかれる。


 カズヤはその声にこたえず、宿屋の一室に戻った。

 大司教から潤沢な資金を得ている彼は、遠慮なくスイートルームに陣取っている。


「<透明化>の多用はやめるように言っただろう」

「……だって、何を話しているか気になったから」

 カズヤの前には、連れの少女がいた。


「どこに誰がいるかわからないんだ。エグに注目されて、正体がばれるのだけは避けたいんだからね」

「私の正体を看破できる奴なんて、そこらに転がってない!」

 エグは胸を張って断言する。


「まぁいいや。変なのと出くわさなかったし。予定を変更するよ。僕が召喚できる存在を増やしながら、十日後に王都へ戻る。テッペイのことを大司教に教えないといけないから」

 瀬能和哉は召喚魔法を習得していた。

 盟約者である上級天使の理力も使って。


「いいのか、教えても?」

「問題ないよ。猶予は十日とテッペイには伝えてあるし、僕は大司教に貸しができる」

 カズヤはさわやかに笑った。


「カズヤは悪い奴だな」

 少女もクスリと笑う。


「僕なんてかわいいものだよ」

 その言葉と共にカズヤは荷造りをはじめる。

 宿屋から引き払うために。


 瀬能和哉は<識別の眼>でミロシュを見る前に、ソヴェスラフを発った。


 ◇  ◇


 聖暦一五四二年五月二十九日。


 マレヴィガ大森林で、ゴブリンウォーリアー、ゴブリンシャーマンなどのゴブリン強化亜種が多数散見されるようになる。

 ソヴェスラフ政庁はその情報を入手するや否や、冒険者ギルドにゴブリン殲滅系の依頼を多数発注し、依頼料金を従来の倍に引き上げた。

 強化されたゴブリンが、ボグワフ鉱山に大規模な襲撃をかけてくるかもしれない。

 その危険を防ぐために、年間数回はこういう依頼を発注している。


 ミロシュ達は、政庁が出した依頼の一つである「ゴブリンの巣窟殲滅」を果たそうとしていた。

 三人そろえば、ゴブリンが数十体いても、もう恐れることはない。

 強化亜種がいれば厄介であったが、幸いにもミロシュ達が襲撃した巣窟にはいなかった。


 かくして、ミロシュ達三人は、ゴブリンの殲滅に成功した。

 今、ゴブリンが巣窟としていた洞窟を探索している。

 政庁からの依頼では、ゴブリンをできる限り駆除すること、となっていた。

 隠れ潜んでいるゴブリンも討ちもらすわけにはいかないのだ。


 ミロシュは気乗りしなかった。

 レベルアップするために行ったサララとのゴブリン退治を未だに覚えている。

 だが、そんなわがままを言うわけにはいかない。

 この世界では、自分が抱いているためらいは間違いなのだから。


 洞窟の中を、三人はカミルが出した光球を頼りに歩いていた。

 光の属性魔法に長けたカミルが出した光球はとても明るく、二つほど前後に並べるだけで、視界は良好だった。

 洞窟の高さは約五メートルほどで、幅は約三メートルから約十メートルほどと場所によって違う。

 ほぼ直線だが、ところどころ蛇行している。


 足元はかなりでこぼこしており、三人はつまづかないよう気をつけながら、歩いていた。

 無論、敵襲に備え、三人の表情は厳しい。


 茶色い岩肌がえんえんと続き、枝分かれはなかった。

 ところどころ、ゴブリンが残したらしい石器や陶器が落ちている。

 破損しているものがほとんどで、使えそうなものはない。


 ミロシュの体感で約二百メートルほど歩くと、岩肌の一部の色合いが変わっていた。

 ごつごつとした茶色い岩肌が、灰色のなめらかな壁となっているのだ。

 その壁は幅約二メートル、高さ約四メートルほどだった。


「これはどう見ても、人工的に造られたものだな。特に細工はないようだが」

 カミルが壁の下を見ながら、そう言った。

 足元は茶色い岩石で、誰かの手が入った様子はない。


「誰かが何のために?」

 シモナが槍で壁を軽く突付いてみる。

 特に何も起きなかった。


「何か文字でも書かれてないかな」

 ミロシュがそう言って、壁に軽くふれたその時だった。


 壁から極めて強い白色の光が発せられ、三人の視界を覆った。

 三人は眼がやられないよう、とっさに腕で眼をかばう。


 ミロシュは光がおさまったのを薄目で確認して、腕を戻した。

 すると、隣にはカミルだけがいて、シモナがいなかった。

 しかも、周りの壁が全て、白色の壁だ。

 壁は微かに発光しており、明かりは必要なかった。


「これは一体!?」

 ミロシュが大きく声をあげた。


「……転移したようだな」

 カミルの表情も声も渋い。


「……シモナは大丈夫かな」

「俺達二人だけが転移したのなら、シモナはむしろ安全だろう」

「だといいんだけども……」

 そういって、ミロシュが振り返ると、背後は白色の壁だった。

 進める方向は一つだけだ。


「前に進むしかないな。ここにいても仕方がない」

「……そうだね」

 カミルの提案にミロシュが賛成し、二人は前へ歩くことにした。


 二人は歩み続ける。

 その道はずっと直線だった。

 傾斜もなく、枝分かれもしていない。

 ミロシュは<気配察知>を使って用心するも、何者の反応もなかった。


 約五百メートルほど歩けば、目の前に扉があった。

 おそらく、扉なのだろう。取っ手がついていたのだから。

 しかし、その扉は壁と同じ材質だった。


「本当なら、罠がないか確認したいが、ここは開ける以外の選択肢がないな」

「この扉は押すべきかな、それとも、引くのかな」

「やってみれば、わかるだろう」

 カミルがそう言い、取っ手に手をかけ、押してみるもびくともしなかった。

 逆に引いてみたが、やはり扉は動かない。


「……そういや、ミロシュが壁に触れて転移したな。ミロシュ、扉を開けてみてくれないか」

「やってみるよ」

 ミロシュが扉を押してみると、あっさりと扉が動く。

 扉を完全に開ける前にミロシュは手を止めた。


「……このまま押せば、開くよ」

「誰かわからないが、ミロシュを呼んでいるってことだな」

「僕を……?」

 ミロシュは眉根を寄せる。


 ミロシュには心当たりがないこともない。

 自分はアウグナシオンに召喚された異世界人だ。

 カミルやシモナとの違いといえば、それしか考えられない。


「ミロシュ、行こう。相手が敵意を持っているかもしれないから、気を引き締めてな」

「わかった!」


 ミロシュは扉を押して、完全に開いた。


 すると、約十メートル四方の広間になっていた。

 幅も奥行きも高さもおそらく同じだ。

 壁の材質は通路の壁の材質と同じだろう。

 白くほのかに発光していた。


「……誰もいないのか?」

 カミルは左右を見渡す。


 すると、部屋の中央の床から、黒色の炎が吹き出た。

 闇の炎というべきそれは、人型をとる。

 途端、禍々しい邪気のようなものが発せられる。


「……!?」

 ミロシュは杖を構え、魔法を発動しようとする。

 カミルも同様だった。


「待て待て、俺は敵じゃねぇぞ! よく来てくれたな!」

 炎がゆらめき、若い男の声が聞こえてくる。


「……お前がここに呼んだのか?」

 カミルがそう聞くと、黒き炎は、


「……なんで、このクソ世界の奴が入ってきてんだ?」

 と、かえした。

 炎が激しく揺らめき、ある種の波動がカミルをうつ。

 空間が歪にゆがむ様が二人に見えた。


「クッ!?」

「カミル!?」

 ミロシュがカミルを心配するも、カミルに異状は見受けられなかった。


「……何をした?」

「てめぇを調べた。ここに来れた理由がわかったぜ。なるほどな」

 炎の言葉を聞くと共に、カミルは杖を構えた。

 カミルの双眸が放つ迫力は苛烈としかいいようがない。


「凄むなって。俺に用事があるのはてめぇじゃないから、もう何もしねぇよ」

「…………」

 カミルはひとまず杖を下げるも、熾烈な眼光を宿したままだ。


「さてと、本当によく来てくれたな。もう、誰も来ないまま、俺は滅びてしまうかと思ったぜ」

「……あなたは一体?」

 ミロシュの声は不安に揺れていた。

 戦いになれば勝てないだろう。

 いや、戦いにならないに違いない。

 力量の差が明確に感じられるのだ。

 ゆえに、ミロシュは前にいる黒い炎に怯えていた。


「そうだな。自己紹介といこうか。俺はフィラーシアの神ルーヴェストン。この忌まわしいハイグラシアのクソ神達に召喚されて、このざまだ。長ったらしいから、ルーと呼んでくれ」

 二人とも炎の言葉に驚きを隠せない。


「……僕の名前はミロシュです。もう少し、説明してもらえると助かります」

「ああ、それだけじゃわからねぇだろうな。俺はここのクソ神達の戦いに巻き込まれて、二十数柱がかりで強制召喚されたんだ。で、無理やり戦わされた挙句、身体を全部失い、精神体だけは落ち延びることに成功した。それが目の前にいる俺だ」

 黒い炎の左手が顔のあたりを指す。


「……つまり、あなたは千五百年以上前の大戦を戦ったんですね?」

「そうだ。クソむかついたから、三十数柱くらい、滅ぼしてやったがな。もっとも、俺を召喚した奴らには、制約のお陰で攻撃できなかったのが悔しいけどよ。でもまぁ、そいつらも半分くらい大戦で滅びたから、ざまぁみろだな、ハハッ」

 黒い炎が両手を広げてゆらゆらと揺らめく。


「……それで、どうして僕を呼んだんですか?」

「お前に俺の力を全部やる。全盛期の〇.一%も神力は残ってないがな」

「……なぜです?」

「このままだと俺は滅びる。そうだな、もう三年も持たないだろう。このクソ世界で何もできないままおっ死ぬくらいなら、ハイグラシアの奴ら以外に俺の力を残したかったってところだな。お前はミドガロール人だろう」

 ミロシュの表情は暗くなる。

 カミルに自分が異世界人だとばれたのだ。

 自分達の世界がミドガロールと呼ばれていることを知る驚きよりも、その恐れが遥かに強かった。

 ミロシュはカミルを横目で見るが、カミルはミロシュに眼を向けず、黒い炎を見つめていた。


「ハイグラシアの生物だと、あの壁は反応しないようにしてたんですね」

「ああ、そうだ。本当は外へ出たかったが、クソ神に見つけられたら、今の俺だとなぶり殺しにされるからな。もうほとんど諦めてたんだが、俺はついてるぜ。さぁ、盟約を交わして俺の力を受け取れ! めちゃくちゃ強くなれるぞ! お前にとっても、こんな幸運は二度とないからな!」

「…………」

 ミロシュは内心、暗澹としている。

 まず、この言葉が正しいかどうかわからない。

 嘘をつかれていても真偽の判別がつかないのだ。

 もし、全てが本当だとしても、神々に恐れられている力を受け取ったのがばれれば、自分も狙われるだろう。

 冗談ではなかった。


 『断る』


 これしか、ミロシュの頭にはない。


 だが、相手は神を名乗るだけあって、恐ろしい力を感じる。

 不興をかえば、何をされるかわからない。

 自分は相手にとって貴重な存在だから、危害は与えられないかもしれない。

 しかし、力を受け取るつもりがないと知られれば、自分の価値はなくなる。


 ミロシュは思い悩んだ末、慎重に言葉を紡ぐ。


「……考えさせて下さい。そんな決断を今すぐに下すのは無理です」

「……なぜだ? 俺の力を受け取って鍛え続ければ、神を倒すのも容易いんだぞ! 何でも思いのままだ! どうして、受け取らない!」

 炎が激しく燃え上がり、怒りをあらわす。


「……僕はひ弱な人間です。すぐに決断できません」

 ミロシュは「神を倒す力なんていらない!」と言いたかった。

 この炎の言葉が事実だとしても、三十数柱の神は倒せたが、その後は身体を失っている。

 そんな力に何の意味があるのか。

 だが、怒らせないためにも、本音は漏らせなかった。

 逃げ口上を並べるだけだ。


 炎とミロシュは言い争うが平行線をたどったままだ。

 カミルは一切、口を挟まなかった。


「……仕方ねぇな。二人とも、俺のことを話さないと盟約しろ。考える時間をくれてやる。このクソ世界で過ごせば過ごすほど、力が欲しくなるからな。お前の気が変わるのを待ってやるよ」

「どうも、ありがとうございます」

 ミロシュが軽く頭を下げる。


「……いいだろう。盟約を結ぼう」

 カミルも同意した。


「ミロシュにカミル、俺ルーヴェストンの存在を誰にも漏らさないと誓え」

 人型をした黒い炎は手をのばし、黒い炎の欠片を二人の方へ飛ばした。

 二人は驚くも、近くにきた黒い炎からは熱を感じない。

 人魂のごとく二人の傍を舞っていた。


「誓います」

「誓おう」

 二人が言葉を発すると、黒い炎の欠片は二人の身体に入り込んだ。

 それに伴う違和感は、二人とも感じられなかった。


「扉を潜れば、元の場所に戻れるようにしてある。早く力を受け取りに来いよ、ミロシュ」

「……考えておきます」

「行けっ」


 ミロシュとカミルは炎に背を向け、扉を潜った。


 すると、半泣き状態で座り込んでいるシモナがいた。


「帰ってこれたのね!? あたし、二人とも戻ってこなかったらどうしようかと思ってっ! 槍で突いても叩いてもびくともしないし。あたし、不安で不安で……」

 シモナの目から涙があふれそうになる。


「心配かけてごめん。転移魔法で飛ばされて、ぐるぐる回ってると、また転移して戻って来れたんだ」

 ミロシュはとっさに嘘を並べた。

 心苦しかったが、誓約がある以上、真実を話すわけにはいかない。


「ああ、俺もどうなるかと思ったよ」

 カミルがミロシュに話をあわせる。


「そうだったんだ。でも、無事でよかった。あたしには二人以上の仲間なんていないんだから……」

 シモナは途中で恥ずかしくなって、顔が赤くなる。


「ありがとう。僕もそう思っているよ」

「俺も同じ気持ちだ」

 二人の言葉にシモナは元気を取り戻し、


「そうよねっ! さぁ、帰りましょうっ!」

 と、高らかに言った。


 二人はその言葉に頷き、三人は帰還する。


 ミロシュは帰路でこれからどうすべきか考え続けていた。

 まずはカミルと二人で話をして、ミロシュの出自を黙っていてもらうよう話をしたい。

 それと、ルーヴェストンという神が実在していたのか知りたかった。

 力を受け取るつもりはないが、言葉の真偽を確認しておきたい。


 ミロシュには相談すべき相手がいた。

 サララだ。

 ルーヴェストンという固有名詞を出さないよう、どう話をするか。

 ミロシュはそれで頭が一杯だった。

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