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(12) 聖暦一五四二年五月 様々な出会い

 聖暦一五四二年五月二十四日。

 その日は、グァルイベンから助けたダリボル達と再会を約束していた日だ。

 ダリボルのおごりで、酒場で酒を飲む事になっていた。


 ミロシュは減った魔力をのぞけば、体調は完全に回復しており、酒を飲むくらいなら問題ない。

 もっとも、現代日本ではまだ飲酒できない年齢だが。


 カミル、シモナと共に何度か酒場に入ったことはある。

 アルコール度数が低くて甘いエールをなめるように、ちびちびと飲むくらいにしていた。


 二人と一緒に戦うようになってから、警戒感は多少薄れていたが、へべれけにならないよう気をつかっている。

 酔いつぶれてから、誰かに襲われないとも限らない。

 それに、父親がアル中になりつつある姿を見ており、酒に抵抗感があったのも事実だ。


 ミロシュは、知識を少しでも広げるためにも、自分には好意的と思えるダリボル達と話をするのは乗り気だった。

 いつ、悪意がある相手と話さざるを得なくなるかはわからない。

 それまでに、自分が持つ知識を広く深くしておくべきだろう。


 ただ、ダリボルが連れていた女戦士達は首輪をしていた。

 かなりの確率で奴隷に違いない。

 問題は、冒険者が連れている奴隷に対して、どう対応していいかわからないということだ。


 ミロシュはカミルに相談してみたら、


「ミロシュがいなければ、ダリボル達は死んでいた。向こうもそれをよく理解している。だから、気にしなくていい」

「それでも、これだけは触れない方がいいって話題はないのかな?」

「そうだな。奴隷になった経緯とかは複雑だろうから、過去を詮索しなければいいだろう」

「わかった。そういう話題はださないようにする」

 と、こたえてくれた。


 ついに当日がやってきて、ミロシュ達はダリボル達と再会した。

 冒険者、一般大衆向けで数十人は入ることができる木造作りの酒場だ。

 板枠で簡単に仕切られて、詰めれば十人は座ることができそうな一角に入った。


 まずは自己紹介が始まり、名乗っていく。

 ダリボルが連れている女戦士達は、アルリット、ブノワト、ドゥニーズという名前だった。

 やはり、全員、隷属の首輪をしている。

 奴隷の証だ。


 だが、暗い雰囲気はなく、表情は明るい。

 ミロシュから見ると、三人ともお姉さん系の美人で、眩しいほどだ。

 戦っている時は余裕がなくてそれどころではなかったが、アルリットの耳は柴犬のような形をして、銀色の毛でふわふわだった。

 アルリットの瞳は黒く、髪は銀色で倒れていた女性だろう。

 ブノワト、ドゥニーズの二人は金髪碧眼だった。


 ミロシュはうまく話ができるか不安だったが、杞憂にすぎなかった。

 カミルが如才なく、会話をリードしてくれた。

 また、スキンヘッドで見た目がいかついダリボルも座談の名手だ。

 迷宮での面白い話、強力な魔物との戦いなどを面白おかしく話してくれる。


 ダリボルをリーダーとするこのパーティは、四人がそろってもう三年も一緒だとミロシュ達は聞く。

 四人の様子を見ていると、信頼しあっているのが、ほぼ初対面のミロシュ達でもわかった。

 冒険者同士で獲物の奪い合いを経験したダリボルは、奴隷を購入してのパーティ結成に踏み切ったらしい。


「……あの時のことは思い出したくねぇんだよ。欲に目がくらんで死んじまいやがってな」

 そう言った時、ダリボルは微かに俯き、沈痛な翳りをたたえていた。


 テーブルの雰囲気が湿っぽくなる前に、カミルが別の話題を持ち出し、女性達がそれに応じる。

 ダリボルも気分を切り替え、がはは、と豪快な笑いを見せた。

 ミロシュ達はアルコール度数が低いエール中心だが、ダリボル達は度数が高い蒸留酒をがんがん飲んでいく。

 顔色が赤くなり陽気になるが、ダリボルはもちろん、女性達もつぶれる様子はなかった。


 宴が盛り上がったところで、ミロシュからするととんでもない話題が出てくる。

 アルリットが真顔で


「ミロシュ君、報恩のためにもよかったら私を抱いてくれないか。奉仕させてもらう」

 と、切り出してきたのだ。


 ダリボル達はすでに話をすませてあったのか、平然としていた。

 だが、ミロシュ達は違った。

 物事に動じないカミルですら、目を見開いて、アルリットを見つめている。


「えっ……!? ゴホンッゴホンッ……」

 ミロシュは飲んでいたエールを噴出し、むせ返った。


「そ、そんなのって、いいの!?」

 シモナが真っ赤になって問いただす。


「ああ、我らの部族では恩義にこたえるものだ。私は奴隷の身で高価なものは持っていない。ミロシュ君が私に魅力を感じないというのであれば、他の手段を考えないとダメだが。私は醜いか?」

「い、いえ、そんなことありませんよ」

「よかった。うれしいものだな、やはり」

 アルリットはほのかに笑い、眼差しが艶っぽくなった。

 大人の色香に当てられたミロシュはぽーっとする。


「ミロシュッ! そんなのダメよ!」

 シモナがテーブルを軽く叩いた。


「なぜ、ダメなのかな? ああ、もしかして、二人は恋人同士なのか?」

「……いや、違うけど」

「なら、問題ないじゃないか」


 シモナは一瞬詰まるが、


「まるで身体目当てで助けたみたいじゃない。そんなのって不純よ! ミロシュはそんな気持ちで助けたんじゃないでしょう!!」

 と、視線の先をアルリットからミロシュに変え、目尻を吊り上げて語調強くいいきった。

 ミロシュはシモナの迫力におされ、


「う、うん、そうだよ。僕にそんな気持ちはなかったから」

 と、頷きながら、こたえた。


「ミロシュ君は寝込んでいたんだろう?」

「ええ、もう大丈夫ですよ」

「つまり、確実な勝算があったわけではないということよね?」

「……そうですね」

「だというのに、ミロシュ君は私達を助けてくれた。自分が死ぬかもしれないというのに、だ。私はそんな人間を今まで見たことがない。ご主人様には悪いとは思うけども」

「いや、いいぜ。俺はミロシュのような行動をとれねぇよ。死にたくないからな。逆にそうだからこそ、俺もブノワトもドゥニーズも、本当に感謝してるんだ」

 ダリボルも真顔になる。

 聞き役に回っていたブノワトもドゥニーズも頷いた。


「……僕は皆さんの関係がわからないんですが、ダリボルさんの奴隷であるアルリットさんと僕がそんな関係になって大丈夫なんですか?」

「ミロシュッ! 戦いの報酬でその人と、そんな関係になるつもりなの!」

 ミロシュの言葉にシモナが血相を変えた。


「シモナ、まずは話を聞こう」

 カミルがとりなし、シモナはぶすっと脹れるもひとまずは黙った。

 視線は「納得していない」と語っていたが。


「ああ、順番で公平にやってるしな。アルリットの番じゃなければ、問題ねぇよ。へるもんじゃねぇし」

 ダリボルは豪快に笑った。

 さすがに、女性達は赤面する。


「……そういうものですか」

「そういうもんだな。まぁ、誰でもいいってわけじゃねぇよ。俺達全員の恩人であるミロシュだから、問題ねぇんだ。ブノワトやドゥニーズが好みなら、その二人でもいいぞ」

「ええっ!?」

 ブノワトとドゥニーズも色香漂う視線になり、動転したミロシュを見つめる。


「は、破廉恥にも程があるわよ!」

 シモナが今まで以上に大きな声で叫んだ。


「シモナ、落ち着けよ。事情はわかった。ミロシュ、どうする?」

 カミルはミロシュからすると憎らしいまでに冷静だった。


「……どうするって?」

「ダリボル達の気持ちを受け取るかどうかだ。俺もシモナも口は挟めない。お前が決めることだからな」

 カミルがシモナに釘を刺す。

 シモナはにらみ殺そうかという目つきでミロシュを見つめている。

 ミロシュは落ち着きを取り戻し、


「皆さんは本当に魅力的だと思います。でも、そのお気持ちを受け取るつもりはありません。僕はやはり、本当に好きな女性としかそういう事をしたくないので」

 と悩むことなく、そう言った。

 魅力的な提案だったけども、彼の中のモラルが性欲を打ち倒した。


 ミロシュの眼差しがやや遠くなる。

 愛し合っていたはずの両親は別れ、家庭はバラバラになった。

 彼には男性としての欲望はもちろんあるが、絶えずそれがつきまとい、女性や恋愛に対する障壁として立ちはだかっている。


「……そうか、残念だ」

 アルリットの表情がやや暗くなる。

 対照的に、シモナの表情が明るくなった。


「そうよね、そういうものよね」

 彼女は何度も頷く。


「こうなったら、別の形で借りを返そうじゃねぇか。何かあったら、いつでも言ってくれ。俺達は当分、ソヴェスラフにいるからな」

「ありがとうございます」

 ダリボルの言葉に、ミロシュは軽く頭を下げた。


 この後も宴会は続き、和気藹々とした雰囲気のまま、散会する。


 別れ間際、シモナはミロシュに、


「……その、ミロシュは」

 と問いかけようとするが、「なんでもない」とミロシュがこたえる前に問いをうちきった。


「じゃあ、また明日ね!」

「ああ」


 シモナは早足で駆け去っていく。

 その後姿が見えなくなるまで、ミロシュは見つめていた。


 繁華街の道には街灯が整備されている。

 夜の店は思い思いにライトアップされていた。

 様々な光石を精製して作成した発光板を並べているのだ。

 もちろん、魔力をこめ続ける必要があり、魔力を込めるのは冒険者の仕事の一つになっていた。

 なので、街灯は店の営業時間が終わる頃には光がきれ、現代日本のように夜の間、ずっと照らしているわけではない。


 ミロシュは街灯の光がきれるまでに長屋へ戻るべく歩いていた。

 そこで、ある四人組をみかけ、ミロシュは凝視することになる。


 男性一人、女性三人で、女性達はいずれも首輪をつけていた。

 四人とも武装しており、冒険者のようだ。

 ダリボル達と話をしたことで、ミロシュはその光景への抵抗感が薄れている。

 奴隷といっても虐げられているわけではなく、パートナーに近いものだと。

 特に冒険者の場合、生死に直結するので劣悪な待遇などもっての他というのが理解できた。


 だから、気になったのは首輪ではない。

 ミロシュが気になったのは男性だ。

 百七十五センチほどの身長。

 二重まぶたの涼やかな双眸で髪を短く切っていた。

 問題は、黒髪黒目で日本人のような顔立ちだということだ。


(もしかして、高坂川高校の生徒!?)

 ミロシュは内心の驚きを表情に出さないようにし、ひとまず歩くのを止めた。

 彼は今まで、高坂川高校の生徒っぽい人間をソヴェスラフで見たことがない。

 ソヴェスラフ近郊に降りたのがミロシュ以外、いなかったわけではないのに。


 理由は簡単だった。

 アウグナシオン教団パーヴィリア本部のブラジェク大司教が、ミロシュ以外の生徒達を王都パーヴィリアに招きいれていたのだ。

 そのため、ミロシュは自分以外、ソヴェスラフに降りていないと錯覚していた。


 ミロシュはどうするか迷う。

 接触して情報交換してみたいが、ハイグラシア人としてうまく溶け込んでいる現状を崩したくない。

 迷っている間にも彼らは歩くのを止めず、ミロシュから離れていく。


 尾行するのも考えたが、ミロシュは尾行などやったことがない。

 ばれた場合、相手は四人の冒険者だ。

 危険が高すぎた。

 ミロシュは思い悩んだが、彼らを見送った。

 冒険者であれば、ギルドで違和感なく接触できる可能性がある。

 数日前に無茶をしたこともあり、ミロシュは慎重になっていた。


 ミロシュは彼らと接触することなく、長屋へと戻った。


 ◇  ◇


 影浦徹平カゲウラテッペイは、パーヴィリア王国の南東にあるアルノーシュ王国に降りた。

 アルノーシュ王国はエルフが治める国であり、人口の約七割はエルフだ。

 彼は、アルノーシュ王国を出国し、今日、パーヴィリア王国ソヴェスラフにやってきた。


 立ち止まっているミロシュを見やったが、彼は視線を少しとどめたにすぎない。

 金髪碧眼へと容姿を変えたミロシュが同郷人ということに気づかず、


(やっぱり、こっちの世界のがルックスは上だよな)

 と、思っただけだ。


 彼らはそのまま歩いて、ある高級な宿屋に宿泊した。


 明朝、テッペイは仲間を伴い、仕事を探すために冒険者ギルドに赴く。

 そこで、彼も別の高坂川高校の生徒と出会うことになる。


「カズヤじゃないのか!?」

 テッペイは友達の瀬能和哉セノウカズヤを見かけ、声をかけた。


「ああ、テッペイか。久しぶりだな」

 丸顔で髪が天然パーマの少年が、愛嬌よくその声にこたえる。

 その横には十歳くらいの少女を連れていた。

 紅い瞳に銀髪で、磨き上げられた宝石のような美しさだ。

 貴族が着るような赤色の華麗なドレスを身にまとい、周りの人々の視線を集めていた。


「久しぶりじゃねぇよ! もっと驚けっての」

 テッペイがにやりと笑う。


「そう言われてもさ。同じ世界にきたんだ。死ななければ、いつかは出会うものだろう」

 カズヤは柔和な表情だった。

 だが、彼の連れである少女は無表情だ。


「……この世界はとんでもないだろ。まさか、お前は戦わずにすんだってわけじゃないよな?」

「いや、もちろん戦ったよ」

「なら、わかるだろ。いつ死ぬかわからないし、ばらばらに降ろされた俺達が再会できる確率はかなり低いってことがさ」

 テッペイの表情が厳しくなる。


「そうかもしれないね。でも、僕達はそれなりに強いし、テッペイもうまくやってきたんじゃないのかい」

 カズヤはテッペイが連れている首輪をした女性達を見やった。

 彼女達は猫耳、ウサギ耳、犬耳といずれも獣人で容姿が整っている。

 猫耳の少女は微笑みを浮かべていたが、残り二人は無表情だった。


「……このハイグラシアも悪くないところはあるさ。お前が連れている女の子もそう……」

 テッペイの語尾がかすれ、消えていく。

 カズヤが連れている少女は首輪をしておらず、十歳くらいとさすがに幼すぎる。

 あまりに鬼畜すぎる、とテッペイはそれ以上口に出すのを控えた。


「テッペイ、立ち話もなんだから、情報交換しないか。僕達にとって、極めて重要なことだと思うよ」

 カズヤはテッペイの言葉を気にする様子を見せなかった。

 横にいる少女の眼差しは氷のようだったが。


「ああ、そうだな。カズヤと出会えてよかったぜ!」


 影浦徹平と瀬能和哉は、お互いの連れに宿屋へ戻るよう促し、二人で喫茶店に入ることになる。

 二人とも、地球人のみで深い話をしたかった。


 その情報交換にミロシュは加われない。

 彼はそういう選択を行ったのだ。

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