(2) ミロシュの誕生
隼人は視線を遠くにやって、過去を思い出していた。
軽く頭痛がするも、頭をふって痛みを追い払う。
過去をふりきり、サララに向き直った。
「わかりました。ハイグラシアに関して詳しく知りたいです。地球の歴史でいえば、どのあたりがもっとも近いでしょうか?」
「魔法があり技術体系が違いますので、地球と直接比べるのは無理ですね。しいて言うなら、中世後期から近世ヨーロッパが一番近いでしょうか」
「なるほど。生きていくためには仕事をして働いていく必要がありますけど、ゲームにあるような冒険者ギルド、ハンターギルドみたいなのがありますか?」
「ほとんどの国に冒険者ギルドがあります。魔物の討伐、資源の採取、護衛などの依頼を達成することで資金を稼げます。アウグナシオン様がおっしゃったように、隼人様は一般人よりも強くなるでしょうから、おすすめですよ」
複雑な表情で隼人は考え込んだ。
(命がけでなんか戦いたくない。いくら強くても負けるかもしれないし、その時は死ぬんだ……。そんな仕事は絶対に嫌だ)
隼人は強くそう思う。
だが、向こうでは何の資産もない。
農業をするには農地がいる。商売を営むには資本がいる。
生産系スキルを手に入れて職人という道があるが、隼人は不器用で美術などはまるでダメだ。
(やっぱり、冒険者しかないのか。なら、できる限り考えて、死ぬ確率を減らすしかない)
隼人の眼差しに力がこもる。
「それしかないようですね。やはり、貴族などの身分制度、奴隷制度もあるんですよね?」
「存在します。犯罪をおかした人、戦争で負けた国の住民、盗賊にさらわれた人などが奴隷にされます」
過酷なことをサララはかわいい顔でにこにことしながら述べた。
隼人は少し眉をひそめる。
サララは事実を述べているだけだ。
しかし、話す内容と可憐な容貌のギャップを隼人はどうしても感じてしまう。
「僕たちの身分は平民でしたね」
「はい。平民としての身分証明書を渡します」
「降ろされる場所はランダムですよね?」
「ええ。アウグナシオン様がおっしゃった通りです」
「降ろされる場所を選べるボーナスはありますか?」
隼人の言葉を聞き、サララの微笑みが改まる。
取り繕ったものから自然なものへと。
「はい。一ポイント消費すれば、場所を指定できますよ」
貴重なポイントだが、ここでポイントを消費すると隼人は決めた。
簡単な話だ。
極地や砂漠、とても勝ち目がない強力な魔物がうようよするところに降ろされたら、すぐに死にかねない。
人間強化のために自分達を召喚したのだから、そこまで無茶はないだろう。
しかし、降ろされる場所に多少の差があるのは間違いない。
「わかりました。なら、人間が支配種族で政情が安定、温暖な気候、近くにいる魔物が比較的弱く、冒険者の需要が高い大都市をピックアップしてもらえますか」
自分にとって最適と思う環境を選択し、隼人はサララに告げた。
隼人の言葉を聞いたサララは、得たりとばかりにうなずいて答える。
「ならば、パーヴィリア王国の王都ザハリッシュ、あるいは二番目の大都市ソヴェスラフがその条件にあてはまります」
「そうですか。なら、ソヴェスラフ近郊に降ります」
「わかりました。一ポイント減らしますけど、かまわないですね」
「はい」
王都は確かに活気があって冒険者の需要もありそうだ。
しかし、王族貴族なども多くてトラブルにあう可能性も高まるだろう。
隼人はハイリターンよりもローリスクを選んだ。
リスクを減らすために隼人の選択は続く。
「顔をかえるのは可能ですか?」
「ポイントを消費すれば、より美形になれますよ。でも……」
サララは首を傾げながら言葉を続けようとするが、隼人はそれを遮り、
「いや、そうじゃなくてパーヴィリア王国に住む人と同じような髪の色、瞳の色、顔つきになりたいんです。なるべく目立ちたくありませんから」
と述べた。
顔つきが鋭くなり、隼人はさらに付け加える。
「異世界へ行くにあたって、生まれ変わった気持ちで行きたいというのもあります」
隼人の声には決意の色がにじみでていた。
「なるほど、そういうことですか。美形度を高めるのでなければ、ポイントを消費せずに変えられますよ」
「なら、お願いします」
「わかりました」
サララが右手を上げると光が放たれた。
隼人の顔に光が当たり、またたくまに顔が変化する。
「終わりました」
「え、もう!?」
隼人は驚き、右手で顔をさわってみる。
「どうですか? 鏡を用意しますね」
隼人の前に姿見があらわれ、隼人は自分の顔をまじまじと見つめる。
黒髪黒目だったのが金髪碧眼になっていた。
もともと二重まぶたで、眼の形はほとんど変わっていない。
隼人はただでさえ中性的な顔立ちだったが、新しい顔は髪を伸ばせばさらに女っぽく見えるだろう。
「前より美形になってないかな? ポイントを消費してなければいいんですけど」
「隼人さんはもともと綺麗な顔立ちですからね。ポイント消費はしてませんよ。安心して下さい」
「なら、少し女っぽいけども、この顔でいいかな。ありがとうございました」
さらに女顔になっていたのは微妙だったが、隼人はうなずいた。
「いいえ、どういたしまして」
サララは隼人の新しい顔立ちに“少しだけ”自分の趣味を反映させている。
自分の理力をほんの少し使ったが問題ないと考えていた。
サララは可憐な見た目に反する性格だった。
「それと、この名前だと目立ちそうですね。パーヴィリア王国に住む男性の名前でありふれた名前をいくつかピックアップして下さい」
「えっと、ダニエル、ドミニク、ミロシュ、アラン、ラデク、カミル、ヴィクトル、ロベルト、こんなところでしょうか」
隼人は腕組みして、思案する。
「ミロシュにしよう。ミロシュに改名します。平民は名字なくてもおかしくないですよね。ポイント消費なしでいけますか」
「はい、平民は名字がある人ない人半々くらいです。消費なしで大丈夫ですよ。最後のステータス確認でまとめて確認してください」
「わかりました」
この瞬間、地球人名村隼人はいなくなった。
新たに、ハイグラシア人のミロシュが誕生したのだ。
家庭が崩壊するまでなら、名字や名前を捨てることにためらいがあっただろう。
しかし、今となってはためらいなどない。
むしろ、過去と決別できていいくらいだ。
(僕の名前はミロシュ。ハイグラシアのミロシュだ)
ミロシュが容姿や名前を変えたのにはもちろん、他に大きな理由がある。
『ハイグラシア』に自分達が七百二十人も入り込むことで、ミロシュは大きな変化があると確信していた。
七百二十人もいれば、あっけなく死ぬ者もいるだろうが、優秀な者もきっと存在する。
現代地球の知識や大きな力を使って、様々な変革、改革を行う者が何人も出てくるだろう。
元地球人が主導する改革に従う者もいるだろうが、きっと反発する者もでてくる。
改革者に対する保守派の抵抗は歴史の必然だ。
異世界人に対して反発する人の数が増えれば、危険に巻き込まれるかもしれない。
ミロシュはそれを避けたかった。
ミロシュの目標は、ほどほどのいい暮らしを営むことである。
苦しい生活はしたくないが目立って敵を作り、早死にするリスクは背負いたくなかった。
今のミロシュの器量は小さいかもしれない。
「そうそう、ステータスにはアウグナシオン様に入信とありましたけども?」
「ああ、それは地上にあるアウグナシオン教団が、あなた方の最初の身元保証者になりますからね。能力値に与える影響は特にありません」
「そうですか。他にも教団はありますか?」
「日本には八百万の神様方がおられますよね。それと同じようにハイグラシアにも数多くの神様方がおられて、大小あれど神様方を信仰する数多くの教団が存在します」
「仲が良い教団、悪い教団とかありますか?」
「地球と同様です。一般常識が書かれた本を降りる時に渡しますので、後でゆっくり読んでください」
サララの微笑みが制御されたものとなったのに、ミロシュは気づいた。
ミロシュは天使であるサララには語りにくい事情があると察し、これ以上の詮索を避ける。
(次はレベルアップとポイントの仕様を確認するか)
「レベル横に表示されているポイントは体力、魔力、腕力、持久力、敏捷、器用、魔攻、魔防のどれかにわりふれるんですよね?」
「はい、そうです。レベルアップごとに三ポイント得られます。ただ、体力と魔力はレベルが上がると自動的に上がりますし、この二つだけは一ポイント割り振れば、数値が五上がります」
「体力がゼロになれば死んで、魔力は魔法を使うのに必要か。腕力は攻撃力、持久力はそのまま、敏捷が上がれば素早くなるだろうし、器用は武器で攻撃した時の命中力や何か造るときに必要かな」
「そうですね。魔攻は魔法を使ったときの威力、魔防は魔法攻撃を受けた時の防御力です」
「となると、自分を格闘タイプにするか魔法タイプにするかを考えてから、わりふりを決めるべきですか」
「それがいいと思いますよ。ちなみにスキルポイントはレベルアップごとに二ポイント得られます」「わかりました。レベルアップが早くなったり、得られるレベルポイントやスキルポイントが多くなるスキルはありますか?」
ミロシュはシステム的にこの手のスキルがもっとも有用だと考えていた。
ただし、大器晩成型になり、初期値は厳しいことになるだろうが。
「ありますよ。一覧表をだしますね」
サララは楽しげな雰囲気で答えた。
ミロシュの脳内にスキル一覧表が表示される。
経験値獲得UP(1.2倍):20
経験値獲得UP(1.5倍):50
レベルポイントUP(1):10
レベルポイントUP(2):20
レベルポイントUP(3):30
レベルポイントUP(4):40
スキルポイントUP(1):25
スキルポイントUP(2):50
「経験値獲得UP系は取得する経験値の量を増やします。ポイントUP系はレベルアップ時にもらえるポイントを増やせます。これらのスキルはここでしか取得できません。レベルアップ時に取得できませんから注意して下さい」
「レベルアップに必要な経験値は高レベルほどたくさん必要になってくるんですよね? それと、レベルに上限はありますか?」
「はい、そうです。レベルには上限はありません。スキルレベルも同様です」
「そうですか。考えさせてください」
「はい、まだ時間はたくさんありますからね」
ミロシュは再び思案にふける。
全体的な成長を早める経験値系か、それぞれのポイントだけを重点的に上げるポイント系か。
どれだけこれらのスキルにポイントをつぎこむか。
つぎこめばつぎこむほど高レベルで強くなれるが、初期能力が低すぎて成長する前に死んだら、意味がないどころかただのバカである。
考え込むミロシュをサララは観察している。
女神アウグナシオンによって創造された天使サララは、アウグナシオンのサポートが使命だ。
現在の任務はアウグナシオンによって召喚された人間ミロシュのサポート。
しかし、サララには与えられた任務の他にかなえたい願望がある。
その願望をかなえるためにミロシュが使えるかどうか、見極めようとしていた。
(あなたは私が求めている人なんでしょうか? ミロシュさん)