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(11) 聖暦一五四二年五月 限界を超えた代償

 カミルとシモナはマントを地面に置き、その上にそっとミロシュを寝かせた。

 その後、二人はミロシュの容態を確かめる。

 脈拍はしっかりしており、呼吸は止まっていない。

 だが、顔色の悪さからして、楽観できる状況ではない。


「ミロシュは魔力回復を持ってたよね。大丈夫よね」

 心配そうな顔でシモナがカミルに問いかけた。


「普通の奴よりはな。だが、それだけに期待するわけにもいかないだろう」

 カミルはポーションが入ったびんを取り出し、気道に入らないよう注意しながら、ミロシュに飲ませていった。


「何それ?」

「マナポーションだ。一番安い奴だがな」

「カミル、そんなの持ってたの!」

 シモナが驚くのも無理はない。魔力を回復できる系統のポーションはかなり高価だ。

 シモナ達のランクであれば、持っていないパーティのがはるかに多いだろう。

 しかし、万が一に備えて、カミルは一本だけ用意していた。


 慎重な手つきでカミルがミロシュにポーションを飲ませ終わった。

 ほんの少しだがミロシュの顔色に血の気が戻ったように見えた。


「少し顔色よくなったわよね! ね!」

「ああ、だが……」

 すがるような目つきのシモナに対して、カミルの表情はまだ厳しかった。


 そんな二人にスキンヘッドの大男が声をかけてくる。


「俺はダリボルっていう。命を助けてくれて、感謝するぜ」

「俺はカミル、そっちがシモナ。そして、ミロシュだ」

 カミルが対応するも、シモナの目はミロシュの顔から離れなかった。


「よければ、これ使ってくれ」

 ダリボルはポーションを取り出し、少しだけ自分で飲む。


「このとおり、毒じゃない。品質はそんなによくないが、魔力を少し回復できる」

「とても助かるよ。遠慮なく使わせてもらおう」

 カミルがダリボルから薬品瓶を受け取り、少しずつミロシュに飲ませていく。

 今度は明らかにミロシュの顔色がよくなってきた。

 ダリボルに対して、事務的に対応していたカミルの表情が目にみえて和らいだ。

 シモナにいたっては、


「あなた、見かけよりずっといい人ね!」

 と、ミロシュの回復を喜びながら、一言余計な返答をかえした。


「なんだよ、その言い草は!」

 とダリボルはかえすも、目は笑っていた。


「代金はいくらだ。払わせてもらうよ」

 カミルはそう提案するも、


「命を助けてくれた礼だ。それを考えたら、マナポーション一個なんてお釣りがくるぜ」

「わかった。もうそれで貸し借りはなしでいい」

 カミルが対応している間、シモナはミロシュの顔や首周りをタオルで拭い、汗や汚れを落としていた。

 まるで生まれたての赤子を扱うかのごとく丁寧な手つきだ。


 ダリボルはカミルの返答に少しあきれたような表情をする。


「おいおい、欲がなさ過ぎるな。報酬とかは後でまとめて話そうや。本当ならすぐにずらかりたいが、俺らもお前らも万一に備えて、金がいるだろう。グァルイベンの使える部位を回収しねぇか」

「……そうするか」

「その坊主はミロシュって名前だったか。すげぇ魔法だった。大したもんだ」

「すまないが、魔法のことは伏せておいておくれ」

 カミルが鋭い視線でダリボルを射抜く。

 ダリボルは、カミルを見返して


「わかった。奥の手だろうからな。誓おうじゃねぇか。大いなる世界よ、ダリボルはその事について何も言わないことを誓う」

 と、厳粛な調子で言った。

 見た目がいかつく、普段の口調が荒いだけに真摯に聞こえた。


「助かるよ」

 カミルの剣呑な雰囲気が解かれた。


「よし、急ごうじゃねぇか。連戦はごめんだぜ」

「そうだな、今日はもう戦いたくない」

 話はまとまり、グァルイベンを解体していく。

 ミロシュの魔法を直撃してなくて、使える部位をはぎとっていった。

 この魔物の毛皮は魔法耐性をもつ上質の革鎧の原料となり、高値で売却できる。


 ダリボルの仲間である二人の女戦士が倒れた女戦士を介抱していた。

 脳震盪を起こしていたが、命に関わるほどの重傷ではなかったようだ。


 グァルイベンの素材を回収し終えた後、カミルとシモナが交代でミロシュを背負い、ダリボル達と共にソヴェスラフへと帰還した。

 幸運なことに、帰途では強力な魔物と遭遇せずにすみ、信仰を持つ者は神に感謝した。


 カミルとシモナはギルドでの手続きをすませた後、ダリボル達と再会の約束をかわした。

 その後、ミロシュを長屋へと運び込む。

 二人は相談して、今晩はミロシュと共に寝ると決めた。

 ミロシュの装備をはずして、全身をタオルでふいていく。

 普段着に着替えさせ、ミロシュを寝かせた


「まず、これでもう大丈夫だろう」

「後遺症とかはない?」

 心配そうな表情でシモナがカミルにきく。


「……それは、ミロシュが起きてからの話だな。何らかの悪影響はあるだろう」

「……そう」

 二人をしばらくの間、静寂が包む。


 シモナがその静寂を破った。


「でも、回復したら、また三人で戦えるよね!」

 シモナは明るく装うも、瞳がそれを裏切っていた。


「ああ、そうだな。まずは食事とか色々用意して、俺達も休もう。今日は少し疲れた」

「ええ、私も。そうしましょう」

 二人は食事をとり、ミロシュが起きた時に必要となる様々な用意をすませた。

 その後、二人は毛布に包まり、ミロシュの横で寝ることにする。

 激しい疲れもあり、二人が眠りにつくのはとても早かった。


 ハイグラシアでは四つの月が昇る。

 その内、三つ目の月が昇ったころ、ミロシュの部屋に少女が姿を現した。

 サララであった。

 ほのかな蒼白い光を全身にまとい、可憐な容貌の彼女はとても神秘的で感嘆できるものであった。


 本来であれば。


 彼女の表情は常になく、険しかった。

 その表情が、美しさよりもある種の怖さを強調していた。

 彼女は盟約を結んでいたミロシュの異変に気づき、できる限りの速さでミロシュの下へ向かい、今到着したのだ。


 三人とも寝息をたてているが、カミルとシモナが起きてこないよう、理力を使って二人の睡眠を深くしている。


 サララは険しい表情のまま、ミロシュの枕元にたつ。

 理力でミロシュの状態を調べると、魔力の使いすぎによって、魔力が欠乏していた。

 それだけではない。

 ミロシュは魔力を放出する機能、魔力を蓄積する機能などに障害が生じていた。

 彼女の険しい表情はいっそう険しくなる。

 ミロシュの顔を多少見つめた後、彼女は指先をミロシュの額にあて、理力でミロシュを回復していく。


 ミロシュの回復を終えると、彼女は指先をはなした。

 サララは眠る三人の姿を見る。

 すると、表情の険しさがとれ、能面のような無表情となった。

 無表情なまま、奇妙なほどに彼女は三人を見つめ続けた。

 異様な姿であった。


 彼女は召喚者をサポートさせるために、アウグナシオンが創造した天使だ。

 なので、年齢としては満一歳に満たない。

 無論、天使と人間は異なる。

 彼女にはもうすでに十分な知能、理力、密かな欲望が備わっていた。

 下級天使の中では、トップクラスの能力だろう。


 だが、彼女にはいくつか欠けているものがあった。

 彼女は明敏だが、そのことに自覚していなかった。


 アウグナシオンの配慮で、時間に多少余裕ができたサララは色々調べられた。

 その結果、上級、中級天使達が持つ理力と召喚者への配慮をある程度知ることになる。


 上級天使の実力は想像していたよりもはるかに強かった。

 ある意味、傲慢なサララであったが、前途を考えると多難としか思えなかった。

 彼女は、苛立ち、という感情を抱く。自覚しないまま。


 しかし、現実を思い知らされても、自由を得たい、というサララの想いは変わらない。

 それで捨てられる想いであれば、サララの苦悩はなかっただろう。


 そのような状態のサララに、ミロシュの危難が舞い込んだのだ。

 まわりに誰も居ない大木の上で、思いにふけっていたその時。

 彼女は心中、ミロシュの言葉を思い出す。


(無理はしないから)


「無理はしないんじゃなかったんですか!」

 と、サララは声にだした。

 彼女は苛立ったまま急行し、ミロシュの下に到着して、現在に至る。


 ミロシュにはカミル、シモナという仲間ができた。

 しかし、彼女には盟約を結んだミロシュしかいない。

 天使に仲間など存在しなかった。


 サララはまだ三人を凝視し続けていた。

 形容しがたい感情を抱いて。


 だが、そんな状況に変化が訪れた。

 ミロシュの目が覚めたのだ。

 サララが理力を注ぎ込んだからか、サララの気配を、視線を感じたのか。


 それとも、サララの激情を盟約者として感じ取ったからなのだろうか。


 ともかく、ミロシュは目を覚ました。

「あれ、ここは。サララ、それにカミル、シモナ……」

 上半身だけ起き上がり、サララが放つ光を頼りに、周りを見やってミロシュはつぶやく。

 そんなミロシュを見ても、サララの無表情は変わらなかった。


「……そうか、あれから、二人に助けられて」

 ミロシュは少しうつむき、記憶をたぐっていく。そして、結論に至った。


「サララ、僕を癒してくれたのかな?」

 ミロシュの問いにサララは無言を貫く。

 そんなサララをミロシュは黙って待っていた。サララが答えてくれるまで。

 根負けしたかのように、サララはこたえた。


「……ええ」

「やっぱり。頭痛も何も感じないし。快調だよ。ありがとう、サララ」

「……で、なぜこんなことになったんですか?」

 サララのプレッシャーに臆する様子もなく、ミロシュはありのままを全て話していく。


「……死んだら終わりじゃなかったんですか? 無理をしないんじゃなかったんですか?」

 無表情だったサララの眉が上がってくる。

 ミロシュは、サララが怒るのを初めて見た。


「……ごめん、としか言いようがないよ。さっき言ったように、身体が動いてしまったんだ」

「私にはミロシュがどうしてそんなことをしたのか、わかりません。全く、わかりません」

「僕もこれ以上、うまく話せないよ」

「それでは、こんなことをまたやるんですか?」

「……絶対にやらない、とは言えない。本当なら、僕もこんな危ない橋を渡りたくないよ。だけど、どうしてこんなことをやったのか、よくわからないんだ。あの倒れた女の人の顔を見たら、動いてしまったんだよ!」

 ミロシュが声を荒げた。

 だが、顔は怒りというよりも泣いているかのようだ。


「……本当にわからないんですか?」

「……ああ、僕が教えて欲しいくらいだよ。もう少しで僕だけじゃなくて、二人も殺すところだった」

 ミロシュはカミルとシモナを見やった。


「そうなってたら、僕はもう……」

 ミロシュは両手で顔を覆った。


「それに、サララに迷惑をかけるところだったってのもわかってるんだ。わかってるんだよ! だけど、身体が動いたんだ。どうしてか、僕にもわからないんだ……」

 ミロシュの語尾がかすれ消えていく。

 怒りを見せていたサララがまた、無表情に戻った。


「ミロシュは、魔力を五は失っているでしょう。私が回復させて、それです。私がいなければ、魔法の発動に齟齬がきたすようになり、魔力を四十は失っていたでしょう。あなたはそれだけの無茶をやったんです。もう一度、いいます。ミロシュはこんなことをまたやるんですか?」

 ミロシュは、今度は即答できなかった。

 サララが述べた彼が払うべき代償は、彼が想像していたよりもはるかに重かったからだ。

 また、静寂がこの場を支配する。


 次にこの静寂を破らなければならないのは、ミロシュの番であった。

 彼はついに言葉を紡いだ。


「できる限り、自重するよ」

「できる限り、ではなくて、絶対に、自重してください」

「……自重するよ」

「……まぁ、いいでしょう」

「……でも、この二人を助けないといけない時は、多少の無理を許してくれないかな」

 ミロシュがこの言葉を発したら、サララの瞳に怒気がほとばしった。


「あなたは何もわかってないじゃないですか!」

 サララの声は激情に彩られていた。


「……サララが怒るのはわかるよ。僕がサララの立場なら怒るだろうから。わがままなのはわかっているんだ。甘えかもしれないけど、お願いだよ、サララ。僕も二人に助けられているんだ」

 ミロシュは頭を下げて、サララに頼み込んだ。


 サララはミロシュから視線をはずして、二人の方を見やった。

 カミルは丸くなって寝ていた。

 シモナは少し寝相が悪く、左手がミロシュの足の上にあった。

 サララはシモナの左手に目を凝らしていた。


「盟約を結んだのは私です。私が盟約者なんです。私が助ければ、この二人の助けなんていらないでしょう」

 サララの語気は強かった。


「サララは心強いよ。でも、ずっと僕を助けるわけにはいかないだろう」

 サララは黙りこくった。事実だったからだ。


「……この二人がいなければ、もっとひどい状態になってたかもしれないんですね?」

「間違いないよ」

 サララの質問は自分を納得させるためだった。

 ミロシュがこの質問を肯定すれば、ミロシュの行動を許せるようになるからだ。

 彼女が納得できて、許す理由ができるからだ。


 だが、彼女はそのことを自覚していない。


「わかりました。なら、いいでしょう。無理はしないで下さい」

「ありがとう、サララ」

「強くなりましたね。もうレベル十三ですよ」

「え、ああ、本当だ」

 グァルイベンを倒して、ミロシュはレベル十三になっていた。

 サララはいつもの微笑みを取り戻す。

 しかし、いつもより寂しげにミロシュは思えた。


 だから、彼は、

「僕が強くなれば、サララの力になるよね。引き続き、がんばるよ」

 と、少しの笑顔で言った。


「楽しみにしています。何かあれば私に相談してください」

 そこで、サララは一つ付け加えた。


「絶対に、ですよ」

「わかったよ。勝手なことはしないから」

「ならば、いいです。そろそろ、私は戻ります」

 サララはミロシュに背を向け、ミロシュから表情を隠す。

 彼女はまとっていた光を消して、闇の中へと消えた。


 ミロシュはサララに悪いことをした、と感じている。

 だから、彼女との約束、何かがあれば相談する、というのを固く守るつもりだ。

 その時は、ミロシュが思っていたよりも早く訪れることになる。


 サララが去った後、ミロシュはもう一度寝て、また目が覚めた。

 彼が目覚めたとき、目に入ったのは、彼を心配してくれる二人の姿だった。


「ミロシュ、どうだ、体調は?」

「頭痛とかしない? 何か飲みたい?」

「ありがとう、二人とも。もう、元気だよ」

「本当に?」

「ああ」

「あれだけの魔法を放っておいて、体調も悪くせず、何の後遺症もないって信じられないな」

 二人は昨日のミロシュの様子を知っていただけに、ミロシュの言葉をなかなか信じなかった。

 ミロシュもいきなり完治したというのは、不自然だということに気づく。


「二人にはわかるかな。まだ、少し身体が重いよ」

「やっぱり、嘘じゃない!」

「無理しなくていいんだ。世話をするから、今日は休むといい」

「ありがとう、二人とも」

「何か、食べられそう?」

「食欲はあるよ」

「なら、おいしいのをつくるね!」

 シモナははりきって、食事の支度に向かう。


 カミルはそんなシモナを見ていたが、ミロシュに視線を戻す。

「ミロシュの魔法がなければ、俺達は死んでいたかもしれない。だから、感謝している。でも、その前にわかっているな?」

 カミルにはサララとまた違った怒気をミロシュは感じた。

 静かな怒りというものだ。


「……二度としない」

「無理も、しないな?」

「約束するよ」

「なら、もういい。心配かけさせるようなことをするなよ」

「……わかった」


 それから、カミルはミロシュに対して優しかった。

 シモナの料理が出来上がり、三人でそれを食べる。

 ミロシュがハイグラシアで食べた料理の中で、一番おいしかったかもしれない。


 カミルはミロシュの様子を見て、大丈夫だと感じたのか、ひとまず自宅へと戻った。

 シモナは引き続き残って、ミロシュの面倒をみる。

 彼女はミロシュが無理したのを怒り、怒りがおさまっては優しくなる。

 それを二度繰り返した。


 彼女が世話する姿は献身的で、ミロシュの心は温かい気持ちで満たされた。

 しかし、ミロシュの服を脱がせて、タオルで身体を拭くと言い出したとき、さすがにミロシュは断った。


「いいよ。自分でやれるよ」

「遠慮しないでいいから」

「遠慮じゃないって!」

「病人なんだから、甘えなさい!」


 ミロシュはシモナとそんなやりとりをしながら、もう会えないだろう妹のことを思い出していた。

 彼が名村隼人であったころ、風邪をひけば、妹が看病したがったものだ。


(お兄ちゃん、りんごをすってあげるよ。すりりんごはおいしくて栄養があるんだから)

(おかゆを作ってあげるね! 氷嚢をとりかえてあげるよ)


 彼は涙腺を刺激されるが、こらえた。

 両親に看病されたこともあったが、記憶の底に封印している。


 結局、彼はシモナに押し負けた。

 彼女に世話されるのは、くせになりそうな心地よさだ。

 その心地よさに、今日一日、彼は甘え続けた。

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