(10) 聖暦一五四二年五月 勝算なき戦い
ミロシュは気分が浮き立っているのを感じていた。
サララと過ごした五日をのぞき、ハイグラシアでは、ずっと一人で過ごしてきた。
別に寂しくはない。鬱屈感から開放されてうれしい、と思っていた。
だが、そう思いたがっていたことに気づかざるを得なかった。
今まで見てきた光景はいわば灰色だった。セピア色だった。
だが、カミルやシモナと探索に出るようになってから、日々の生活が鮮明なカラーとなる。
休息にあてた日をのぞいて、ずっと三人で探索に出かけている。
毎日毎日、二人と一緒に戦っていた。
力をあわせ、勝率ができる限り高くなるよう工夫して戦っている。
だが、努力によって九九.九九九九パーセントの勝率になったとしよう。
でも、勝率百パーセントにはならない。
敗北する確率は常にあり、負ければ死ぬかもしれない。
「勝敗は兵家の常」という。
だが、それはある意味傲慢な言葉だ。
指揮官であれば、敗北しても命はあるかもしれない。兵士の命を犠牲にして。
しかし、ミロシュ達は違う。
敗北すれば、死ぬ可能性が高いのだ。
なのに、どうしようもなくミロシュは楽しかった。
信頼しあえる仲間と共に戦えることが。
危なくなれば助けられ、あるいは逆に助けることが。
戦いの最中、戦いが終わった後、
「ミロシュ、そこだ!」
「ありがとう、カミル!」
カミルのかけてくれる言葉が、
「ミロシュ、やったね!」
「うん、シモナ!」
そう言ってくれるシモナの笑顔が、
ミロシュの胸を暖かくしてくれた。
死ぬかもしれないというのになぜ、こうもうれしいのか。
ミロシュは疑問に思ったが、答えが出た。おそらく、死ぬかもしれないからだろう。
死という恐怖にさらされているにも関わらず、助け合う。
負傷した時は血が流れ出す。自分を守るために。仲間を助けるために。
血が流れるのだ。何度も何度も。
だから、仲間の存在が心に刻み込まれていく。
カミルやシモナと共にいたくなるのだ。
絶対に勝てるのであれば、この感慨はおそらくない。
本当は厳しくつらいはずなのに、甘く暖かく優しい日々だった。
ミロシュはそういう日々を十日以上過ごした。
その結果、レベルは二つ上がったが、レベルポイントをわりふるも、スキルポイントは杖術一、盾一をとった以外は割り振っていない。
杖術一、盾一をとったのはやはり、接近された時のことを考えてだ。
ミドルアントなどを相手にするのであれば、接近される前に決着をつけられるが、奥地の魔物相手ではそうもいかなかった。
問題はその後、どのスキルをとればいいのかだが、ミロシュは迷っている。
カミルから聞いた派生スキルを完全に調べてからにすべきだ。
ミロシュはそういう結論に至っている。
ポイント振りなおしはないのだから。
聖暦一五四二年五月二十日。
この日、ミロシュ達はある出来事に遭遇する。
三人はいつものように森を探索していく。
だが、日帰りできる距離までである。
森で一晩泊まってさらに奥へ進むだけの実力はまだない、そうわりきっている。
それが冒険者としてのドライな判断であった。
三人は探索の限界点を決めていた。それ以上進むと、魔物の強さに対処できなくなるからだ。
その限界点に三人が到達しようとしたその時、叫び声が聞こえた。
「誰か、誰でもいい、加勢してくれっ!!」
男性のかなり大きな声だった。そのほかにもうっすら、助けを求める声があがっている。
女性の声のようだ。
ソヴェスラフ在住の冒険者がもっとも活動しているのはこの大森林であり、実のところ、パーティがかちあうのはよくある話であった。
三人もかなり別パーティと遭遇していた。
ただ、今回問題があったのは、その声の出処が探索限界点を超えていたからだ。
ミロシュは一人だったら、もしかしたらだが、見捨てていたかもしれない。
ハイグラシアに来た頃のミロシュであれば、まずこう思ったであろう。
(僕には関係ない。全然知らない他人を助けるだけの力は今の僕にはないから)
そうして引き下がり、良心の呵責に耐えかねて、寝床で苦しみ、日々を憂鬱な気持ちで過しただろう。
その判断が正しかったとしても、ミロシュは冷徹に徹しきることができる少年ではなかったからだ。
しかし、今は自分の持つ力も心境も異なっている。
ミロシュがどうすべきか考えていたそのとき、
「助けにいきましょう!」
シモナがまず声をあげた。ミロシュは、シモナならそう言うと確信していた。
彼女は勝気なところはあるが、十日以上一緒にすごして本当は優しい女の子だと知ったからだ。
「ゆるゆると近づいて、相手の魔物を確認してから、助けるかどうか決めよう」
カミルはそう提案した。
実にカミルらしい考えだとミロシュは思った。
助けられるなら助ける、無理なら諦める、カミルは冷静沈着な性格だった。
だが、冷酷ではない。助けられるのであれば、助けるのだから。
「でも、そんなことをしている内にやられたらどうするのよ!」
「シモナの考えはわかった。ミロシュはどう思う?」
二人の言葉を聴いているうちにミロシュは考えをまとめていた。
「カミルの言うとおりにしよう。でも、できる限り、近づくのは早めに」
「ミロシュは助けを求める人を見捨てるっていうの!」
「助けられない人は助けられないよ」
「ミロシュってそんな考えだったの、見損なったわ!」
シモナはまさに怒髪天をつくという勢いだった。
しかし、ミロシュは感情を激することなくこたえた。
「今の僕はある意味、自分よりも二人を失うのが怖いんだよ。わかってくれないかな、シモナ」
「……!?」
ミロシュの言葉にシモナは虚をつかれたような顔をした。
そう、ミロシュが慎重なのは変わらなかった。
ただ、守るべき対象が自分の命だけでなく、仲間二人の命が加わったということだ。
シモナは一転して神妙な様子になった。
「……わかった。冷静に考えたら、そうよね。わ、私も二人を危ない目にあわせたいわけじゃないから!」
「話はまとまったな。できる限り早く、しかし、気づかれないように急ごう」
カミルが話をまとめて、三人は急ぐ。
ミロシュもシモナも顔が引き締まっている。
カミルもまた真剣な顔つきではあったが、二人を一回見て、ほんの一瞬暖かい眼差しになった。
二人はそれに気づかなかった。
声がした方向へ三人は向かう。
ミロシュは新たに購入していたウッドシールドを構える。
木陰を利用して、向こう側に気づかれないよう、慎重に近づく。
三人は誰でも倒せる最強の勇者ではなかった。
限りある力しか持たない冒険者だ。
助けを求めている男達には悪いが、勝てない相手とは戦えなかった。
やがて、三人は戦いの現場を見ることになる。
想像以上の激しい戦いだった。
スキンヘッドの大男が斧を持って、双頭の銀狼に斬りつけようとしていた。
男は革鎧を着用していたが、腹の部分が一部切り裂かれ、血を流している。
狼の体長は約四メートル、体高は約一.五メートル。
狼もまた青色の血で血まみれであり、激闘を裏付けていた。
「くたばれっ!」
筋骨隆々の腕が斧を一閃し、狼を屠ろうとする。
しかし、銀狼にかろやかにかわされてしまった。
「チッ、フォロー!! 囲い込め!!」
大男が舌打ちし、パーティに指示をとばす。
三人の女性が仲間であり、狼からみて右側にいた。逆側に大男がいる。
いずれも革鎧を着用し、二人が剣、一人が槍を装備していた。
だが、三人とも何らかの形で負傷している。
一人は右肩、一人は左腕、一人は右足、と。
いかに双頭の銀狼の攻撃が猛威を振るっていたかがわかる。
三人は指示どおりに狼を自由に行動させないよう、包囲しようとする。
俊敏な動きをさせず、攻撃を命中させる必要があった。
ここで、様子を見ていたシモナが小声で話しかける。
「なにあれ……四ファルドゥンはあるんじゃないの」
一ファルドゥンはハイグラシアの単位であり、約一.一メートルくらいだった。メートル原器がないので詳しいことはわからない。ミロシュは頭の中でメートルに換算する。
「……グァルイベンだ。なんだって、こんな奴がここにいる」
カミルが渋い顔で告げた。
「どんな魔物なんだい?」
厳しい目で戦況を見つめるミロシュがカミルに質問する。
「奴の銀色の毛皮は、魔法にある程度の耐性を持っている。特別な属性耐性はないが弱点となる属性もない。パワーもスピードもある。もっと奥地にいるはずの魔物だ」
「魔法に強いのなら、不利ね……」
三人の最大火力はミロシュの火属性魔法だった。シモナの槍もかなりの攻撃力だが、ミロシュ、カミルの攻撃力が下がるとなると厳しい。
「三人だけなら勝ち目はない。撤退だ。しかし……」
「あの四人と一緒なら、勝てるかもしれないってことよね?」
シモナがカミルの言葉を継いだ。
「ああ、だが……」
カミルの表情は険しかった。
三人が話している間に、事態は急転した。
グァルイベンが三人の女性のうちの一人に的をしぼって突撃する。
その突撃は強力で女性はよけきれず、あえなく吹き飛ばされた。
「ダーシャ!」
大男が、仲間の女性二人が、倒された女性の名前を叫ぶ。
しかし、女性は仰向けに倒れ、応答しない。
グァルイベンはわずかに持つ知性で、まずは一人の敵を確実に消すと決めた。
倒された女性の元へ迫ろうとするが、二人の女戦士が進路を妨害する。
「そうはさせないっ!」
槍が、剣が、グァルイベンを倒すべく突き出される。
だが、あまりにも魔物の前では非力だった。
双頭を下げて、武器を回避せず、そのまま女戦士達へ突撃していく。
女戦士二人は武器をはじきとばされるも、かろうじて倒された仲間の後追いは免れ、身体だけはよけることができた。
ここまでの激闘を見て、カミルは共同で戦えば勝てるといった甘い目算を捨てた。
(逃げるか……)
カミルの眼差しが冷酷な色を帯びる。
ここで見捨てれば、心に大きな禍根を残すだろう。
自分は耐えられるが、ミロシュとシモナに大きな傷を残すのではないか。
カミルはそれを危惧していた。
どうしても、良心がとがめるのだ。おそらく、二人の中で長く尾をひくだろう。
当分の間、パーティの雰囲気が悪くなる。だが、命にはかえられないのだ。
(こんなの勝てないよ、怖い……)
シモナは槍術を鍛えあげてきた。それゆえに魔物の強さを直感的に見抜くのは三人の中でもっとも優れていた。
だから、もっとも怖さを感じるのだ。
三人の中で侠気旺盛なのはシモナである。
心の中に、助けてあげたい! そういう想いはある。
だが、前にいる強大な魔物にその想いを呑まれようとしていた。
そんな中、二人の女戦士の制約から解かれたグァルイベンは、当初の目的を果たそうとしていた。
倒れた女戦士にとどめをさすのだ。いや、双頭で喰らうのだ。
さぞかし、美味だろう。
グァルイベンの意図を誰もが気づいた。
しかし、大男は間に立とうとするも位置的に間に合いそうになかった。
カミルは冷静にシモナは恐怖から、撤退を考えていた。
だが、ミロシュは……
普段、冷静で自分の身を最優先にしていたミロシュは、目の前で女戦士が死を迎えようとしていると、身体が動いてしまった。
シモナやカミルではない。無関係な他人である。
勝てそうになければ見捨てる、そういう思いで来たのだ。
だが、身体が動いた。
なぜなのか。
ミロシュは倒れた銀髪の女戦士の顔を見たら、とっさに身体が動いてしまった。
別に美人だから助けようとかそういうことではない。
容貌は整ってそうだが、そこまでくっきりと顔が見える距離ではない。
普通、多くの人々は困っている人を見たら助けようとするだろう。
孟子が唱えた性善説には惻隠の情という概念がある。
他人の苦しむ姿を見過ごせないという考え方だ。
だが、カミルやシモナは鍛錬を積むことによって、戦闘員の心構えになっている。
そういう心の動きがあっても、理性が感情をおしとどめた。
しかし、ミロシュはいくら鍛錬したとしても、付け焼刃だ。
本来は、平和な日本ですごしていた心優しい少年だった。
つまり、惻隠の情が理性を押し倒した。
理由づけて考えれば、そうなる。
しかし、そんなややこしく考える必要はないかもしれない。
どれだけ冷徹に振舞うという覚悟を決めても、死にいこうとする女性の姿を見たら、助けたかった。
死なせたくなかった。
ただ、それだけの単純な話かもしれない。
一ついえるのはミロシュは決断をしたということだ。
「やめろっ!!」
ミロシュは前に出て、グァルイベンに向かって、火球を何発も何発も放つ。
「あたれっ! あたれっ! あたれっ!」
グァルイベンの図体は大きい。何発かは回避されるが、半分は命中した。
「グオオオゥゥゥ!!」
グァルイベンは咆哮をあげた。あたり一面に響き渡った。
双頭をミロシュの方へ向かせ、倒れた女戦士への注意がそれた。
「助けに来てくれたのか!! 感謝するぜっ!!」
大男が喝采する!
「ありがとう! 感謝するっ!」
まだ倒れていない女戦士二人が礼を言う。
ミロシュが近くで見ると二人ともお姉さん系の整った顔立ちだった。
よく見ると、二人とも首輪がしてある。
まさか、奴隷? とミロシュは疑念に思う。が、状況はそんなことを考えている場合ではなかった。
シモナはそんなミロシュの様子を見て、あっけにとられた表情をした。
だが、表情を改めて、
「ハハッ、かっこいいじゃない、ミロシュ」
シモナは快活に言った。
隣にいるカミルはなんともいえない表情だった。苦笑しているようなそうでもないような。
「勝ち目はそんなに高くない。ミロシュを見捨ててもいいんだぞ」
カミルは表情を消してそう言った。
「カミルッ! たまに人を試すような物言いするけど、やめなさいよね!」
シモナは一喝した!
「あなた、本気でそんなこと言ってないでしょう! 悪いくせよ! こうなった以上、戦うわ! そして、勝つのよ!」
先ほどまでのシモナは恐怖におびえていた。
だが、今のシモナは勇壮な戦女神であった。カミルは表情を崩し、戦女神に従うことにする。
「ああ、悪かった。たまに偽悪的に振舞いたくなる」
カミルの顔つきが戦士のものへと変貌した。
「シモナ、前線を支えてくれ。俺はやれるだけの魔法で攻撃していく」
「わかったわ。こっちにあてないでよね!」
捨て台詞をはいて、シモナは槍を構え、グァルイベン目指して突撃していった。
グァルイベンはミロシュを狙おうとしていた。それを防がねばならないのだ。
「今までそんなこと、俺がしたことあるか? チッ、早いな。もう聞こえてないか」
カミルは一息ついて杖を構える。
「ミロシュ、この借りは大きいぞ。だが、命を守るためだけに無様な姿で逃げ出したくないよな。負けるかもしれない。それがわかっていても、戦いたいこともあるよな」
カミルの双眸に気迫がこもった。杖に魔力を集めて、グァルイベンへの攻撃を開始した。
かくして、倒れている女戦士をのぞいて、大男と女戦士ら三人とミロシュ達三人が連携して六人でグァルイベンと戦った。
四人が前衛で支え、ミロシュとカミルが後衛で魔法攻撃を繰り返す。
攻撃はある程度命中している。グァルイベンの傷も増えていた。
しかし、グァルイベンの体力は底なしのようで、また魔法があまりきいておらず、苦戦していた。
(このままだと、体力や魔力がきれてやばいな……)
戦い巧者なカミルは戦いの先行きに危惧を抱き始めた。
大男も百戦錬磨なのだろう。額に汗をしたたらせ、表情は厳しい。
ついに均衡が崩れようとした。
シモナがグァルイベンの左足による攻撃をかわし損ねたのだ。
シモナは吹き飛ばされていた。
「シモナッ!」
ミロシュが、カミルが叫んで安否を確かめる。
「だ、大丈夫……」
シモナは槍を杖にして起き上がった。
「で、でも……」
ミロシュが心配するも、
「本当に大丈夫だから」
と、シモナは槍を杖にするのをやめて、足だけで立ち上がった。
「前へ行かないと」
シモナが前へ行こうとするも、
「無茶だよ!」
ミロシュが押し留めようとする。
「三人だと支えきれないからね。やらないと、ダメなのよ」
シモナにしては珍しく弱気な笑いを見せて、前線へと復帰した。
(シモナ……)
ミロシュはかなり後悔していた。
自分の軽挙妄動がカミルとシモナを死地へおいやってしまった。
このままだと、危ないことはミロシュにもわかっている。
だが、グァルイベンを倒す決め手がないのだ。
魔法一発あたりの威力を上げればいけるかもしれない、とミロシュは考える。。
今こそ特訓した蒼白い炎を用いるべきだろう。しかし、威力は増すが、普通の大きさではグァルイベンだと大したダメージは与えられない可能性が高い。
グァルイベンを倒すだけの強力な一撃が必要だった。
ミロシュは今まで火球がすぐ実体化されてしまい、火球を保持できず、すぐに攻撃せざるを得なかった。
だから、火球の大きさに上限があり、威力に限界があったのだ。
しかし、火球を維持することができれば、魔力を流し続けて、大規模な火球をつくることができるはずである。
机上の空論である。しかも、一度も試したことがない。
しかし、前衛は傷ついている。そして、先ほど倒されたシモナ……
いつもポーカーフェイスなカミルですら、顔に汗が流れ、余裕がなくなってきている。
カミルやシモナを失うわけにいかない。ましてや、自分が原因でなど……
やってみよう、ではない。やるしかないのだ。
ミロシュは意を決し、シールドを投げ捨て、両手で杖を持つ。
火球を作成して、それを維持しながら、ミロシュは魔力を流し始めた。
火球の維持に必要な力は半端ではなかった。たえず、火球は発射されようとする。
それをとどめるには巧みな制御力と魔力が必要であった。
ミロシュの顔からは汗がしたたり、息もあらくなってきた。
それでも、ミロシュは魔力を流し続ける。
顔面が蒼白となり、心臓の鼓動が激しくなる。
しかし、そんな代償を支払う代わりに、直径五十、六十、七十センチと火球が成長していく。
その膨大な熱量でミロシュにもある程度の熱が到達し、さらに汗が流れる。
ミロシュは激しい頭痛もしてきたが、「あの魔物を倒す!」その一念で魔力をこめ続けた。
カミルがミロシュの様子に気づいた。
「ミロシュ、やめろ! 魔力欠乏症にかかりたいのか!」
カミルの叫び声を聞き、シモナがミロシュの様子を見る。大男のパーティ達もだ。
ここにいる誰もが、あれだけの火球を見たことはなかった。
みな驚くが、グァルイベンの相手をやめるわけにはいかない。
ミロシュをちらちら見ながら、戦い続けた。
「早くやめろ、死ぬぞ!」
カミルは大声でミロシュを制止する。
しかし、ミロシュはもうカミルの声を聞いてなかった。
「みんな、いくよ。離れるんだ!」
ミロシュの声と共に、直径一メートルをこえた火球がついにミロシュの元から離れ、グァルイベンへと殺到する。
前衛たちは必死の思いで退避する。
グァルイベンも退避しようとするが、前衛たちはグァルイベンの機敏な行動を妨げるべく、足を集中攻撃していた。
それが今、実った。
巨大な蒼白い火球がグァルイベンに命中し、想像を絶した灼熱が魔物を焼いていく。
さしものグァルイベンも絶命したかと思われたが、倒れ伏すもまだ息があった。
魔物のタフさに冒険者達は畏怖を禁じえなかった。
だがそんなグァルイベンも、息絶え絶えである。
ついに、大男がふるった斧の渾身の一撃でグァルイベンは息絶えた。
「ミロシュ!」
シモナとカミルがミロシュの元へ駆けつける。
大男と女戦士二人は倒れている女戦士の下へ向かった。
ミロシュは杖を支えにして、かろうじて立っていた。
「やったようだね……二人とも無事でよかったよ……」
「それより、自分の事を考えろ! なんて無茶をするんだ。死ぬかと思ったぞ」
カミルは常にあらず、激しい調子でミロシュに声をあげた。
「ミロシュはすごいよ。でも、魔力を使いすぎたら死ぬんだよ! こんなの二度とやっちゃだめだからね!」
シモナは少し泣きが入ったような表情で、ミロシュを怒った。
ミロシュは二人に心配をかけさせまいと無理に笑おうとする。
しかし、ミロシュの顔色は青色を通り越して、白色に近づこうとしていた。
「少し疲れたな、休ませてもらうよ……」
その声と共にミロシュは崩れ落ちようとする。
二人は慌ててかけよって、二人がかりで支えた。
勝利に喜ぶよりも、ミロシュの容態が気にかかる二人であった。




