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(8) 聖暦一五四二年五月 パーティ結成

 聖暦一五四二年五月六日。

 私はその日を鮮明に覚えている。唯一無二の友と初めて出会った日。

 彼はその秀麗な顔を緊張で硬くさせていたが、一転、印象深い笑顔になった。

 もっとも、最初は“彼女”に見えたんだ。彼にそれを言うと途端に機嫌が悪くなったが。

 容姿を鼻にかける人種を多く見ていたので、私は新鮮に感じたものだ。

 彼が好ましいのは容姿ではなくて、心のあり方だった。

 彼の清冽な魂に私は心惹かれたのだ。

 あの神アウグナシオンには色々と言いたいことはあるが、一つだけ感謝している。

 我が友ミロシュをこの世界『ハイグラシア』に召喚してくれたことを。


 ◇ ◇


 ミロシュはギルドが営業を始める少し前に、ギルドを訪れた。

 自分で思っていたよりも、今日を意識していたらしい。いつもより早く目覚めてしまった。

 約束の時間よりはるかに早かったが、鍛錬をして待てばよい、とミロシュは考えた。

 ギルドの扉が開くと同時にミロシュは中へと入る。


「ミロシュくん、さすがにまだ来てないわよ」

 ユディタの口調に少し呆れの色が混じった。


「ええ、わかっています。鍛錬場を貸していただけますか。今日は一緒に探索するかもしれないので、それに響かない程度に鍛錬します」

「かまわないけど、利用料金は一日あたりで決まってるから、利用時間が短くても安くならないわよ」

「問題ありません」

 ミロシュは利用料金を払って、鍛錬場へ赴く。

 これくらいの出費は今ならどうということはない。むしろ、無為な時間をすごすのを嫌った。

 ただ空を見ているだけの日々はもう十分、ミロシュはそう思っている。


 それに、ギルドには時計が設置されていて、約束の時間に遅れることもない。

 時計はそれなりに高価であり、現代日本ほど設置場所は多くない。

 八時の鐘が鳴ってからギルドに赴けば、遅刻してしまうだろう。


 ミロシュは魔法の鍛錬に励む。魔法を使えば使うほど、脳内が最適化していくのだろうか。

 魔法が具現化する速度がごくわずかずつだが、上がっているように感じる。

 戦闘において、速度は重要だ。先手をとれれば、勝負が決まることもある。

 ミロシュはそれを実戦で痛感していた。

 なので、スムーズに魔法が発動できるよう鍛錬を怠らない。


 鍛錬と瞑想、それを交互に繰り返していくと瞬く間に時間が過ぎ去った。

 時計を見やって、ミロシュは八時前になったことを確認する。


(もう来ているだろうか)

 身だしなみを軽く整えて、ミロシュは窓口へと向かった。


 ミロシュが歩いていくと、ユディタがいる窓口の前に少年と少女が立っているのを確認できた。

 少年はハシバミ色の瞳でやや濃い目の金髪を短く切りそろえていた。

 濃緑色のローブを着て、木の杖を持っている。


(紹介してくれるのはきっとあの二人だろう。自分と同じ魔法使いか)

 とミロシュは思い、どのような魔法を使うのか興味を持つ。


 少女は黄金の瞳と金髪で長耳だ。槍を背中に担いでいた。

 どこかで見たことがある、とミロシュは思い出そうとする。

 すぐに思い出すことができた。北東門ですれちがった女の子だ。

 ただの美少女ではなく、精彩があり、躍動感を感じて、印象深かったのでよく覚えていた。

 一番大きな要因はエルフだったことだけども。


 ミロシュが近づいていくと、ユディタが二人に声をかけた。

 その声で二人はミロシュの方を見る。

 少年の方はいかにも快活そうな軽い笑顔だ。

 端正な容貌だが、それよりも人のよさそうな感じがして、ミロシュはなぜか安心感を感じた。

 少女はこちらを見て少し驚いたような顔をして、仏頂面になった。


(あまり歓迎されてないのか。向こうも僕を覚えているのかな)


 少女の表情が気になるが、


(こちらも軽く笑顔にすべきだろうな。確か、初対面だと笑顔は重要なはず)

 とミロシュは思い、実行に移す。


 ミロシュの表情を見た少年は軽く目を瞠り、笑顔を少し深くした。

 一方の少女は眼を少し大きくして、口を軽く開けた後、元の仏頂面に戻る。

 その後、視線をミロシュから少しそらして、表情の硬さがほんの少しとれていた。


(少しはいい印象にできたかな。そうだといいんだけど)


 ミロシュは二人の前まで歩き、挨拶する。


「どうも初めまして、ミロシュといいます。ユディタさん、このお二人ですよね」

「ええ、そうよ。さぁ、二人とも」

 ユディタが促し、軽く手をあげて少年がこたえる。


「よろしく。俺の名はカミル。同じ魔法使いだ」

「こちらこそ、よろしく。僕は火属性魔法を使います。後は雷、風、土を少々ですね」

「へぇ、マルチタイプなんだな。俺は光と闇を扱うのが得意だよ」

「そうですか。僕はどちらも使えないので楽しみにしています」

「俺もだ」

 話がはずむ二人に対して、少女はまだ黙りこくっている。

 見かねたユディタが少女の背中をつついた。


「……あたしはシモナ。見ての通り、エルフ。でも、槍使いの前衛よ。魔法は使えないから、それでもいいの?」

「……かまわないよ。実力があれば、それでいいんだ」

「槍なら、誰にも負けないわよ!」

 カミルの言葉に対して、シモナは激しく反発した。


「そんなに突っかからないでくれ。実力がないなんて言ってない」

「……そうね、悪かったわ。で、あなたはどうなの?」

 ミロシュの方を向き、シモナは返答を促す。


「え、いいですよ。むしろ、前衛をやってくれてよかったです。僕もカミルさんも魔法使いだから、前衛がいないとバランスが悪いと思っていましたし」

「そ、そう、ならいいのよ」


 シモナが神経質になるのには理由があった。魔法が使えない前衛のエルフ。

 それだけで、パーティを組む仲間がなかなか見つからなかった。

 魔法使いのエルフなら引く手あまただ。

 エルフは魔力、魔攻共に優れ、優秀なスペルユーザーである。

 多少、レベルやランクが低くても、歓迎してくれる。

 しかし、そういった長所のかわりに筋力、持久力、体力が低いという短所がある。

 つまり、前衛向きではないのだ。高レベル、高ランクでない限り、エルフの前衛に需要はない。


 共に戦うメンバーの選別に冒険者はシビアだ。

 働きが悪いメンバーがいれば、報酬をわける時にもめるのが目に見えている。

 それ以上に、強敵と戦うときに足を引っ張られたら、困るどころか死にかねない。


 カミルはそういった事情を知っていても、実力があれば問題ないと考え、了承した。

 敏捷さや命中力で補えば、問題ない。シモナが持っている槍も業物に見えた。

 

 ミロシュはそういった事情を知らずに了承した。

 バランス的に悪くないと考えていたし、ユディタが変な冒険者を紹介するとも思えなかったから。


「うまくまとまったようね。とりあえず、三人で試しに軽く探索してみたらどう?」

「それがいいですね。二人ともよければ、マレヴィガ大森林の外縁部をまわってみないか。シモナだけじゃない。俺やミロシュが実力不足の可能性があるだろう?」

「ええ、あたしとパーティを組むにふさわしいか確認しないと」

「僕も賛成します。それがいいですね」

「決まりね、三人とも気をつけていってらっしゃい」

「はい。じゃあ、行くか、二人とも」

 カミルの言葉に従い、三人はギルドを出て行く。


 ユディタは出て行こうとする三人の後姿を見ていた。

 無事に戻れるよう、パーティ結成がうまくいくよう、願いながら。

 扉が閉まり、三人が視界から消えると、窓口へと戻った。

 自分がやるべき仕事をするために。




 三人は北東門目指して歩いていた。

 いつのまにか、カミルがリーダーのような形だ。

 真ん中にカミルがいて、ミロシュが左、シモナが右だ。

 カミルはミロシュより少し背が高く、ミロシュはシモナより少し背が高い。

 一緒に歩くのは初めてだが、ミロシュにはなぜかそれがしっくりきた。

 まるで、前からパーティを組んでいたように。


 三人は道々で、お互いに関する話をする。

 ミロシュは自分が神殿生まれという作り話をしたが、二人とも特に疑っていないようだ。

 ただ、いきなり注意されたことがある。


「ミロシュ、敬語は使わなくていい。年はほとんど同じくらいだし、カミルと読んでくれたらいいよ。シモナもそれでいいよな」

「ええ、それでいいわよ。戦いの最中に敬語とかはね」

「……それもそうだね、わかった」

 敬語とさん付け、些細なことだが壁を生む。

 自分でその壁をうまく崩せないあたりが、ミロシュの人付き合いの拙さだった。

 年上相手だとミロシュが話しやすいのはそのあたりにある。敬語やさん付けが当たり前だからだ。

 カミルからその壁を崩してくれたことにミロシュは心中感謝した。


 カミルは近隣の村出身の平民で、三男だから継ぐ畑がなくて冒険者になったらしい。

 ミロシュはカミルを見ながら、


「いい装備だね。両親が用意してくれたんだ」

「あ、ああ、せめてこれくらいはってね」

「すばらしいご両親だね」

 ミロシュは自分の両親を思い出していた。ミロシュの声に実感がこもっていた。


「……まぁな」

 カミルは何か言い出しにくそうに答える。

 このあたりを深く詮索するのは避けた方がいいだろう。

 ミロシュも過去をとやかく言われたくない。


 話題を変えるべく、ミロシュはぎこちなくもシモナに話題をふった。

 シモナは自分の腕を試すべく、エルフの集落を出て冒険者になったらしい。

 会話が弾むでもなく、淡々と会話が続いていたが、


「背中の槍、かなりいい武器に見えるね」

 と、ミロシュが槍について言及すると、


「ええ、お父様の形見よ! すごい槍なんだから!」

 と、シモナは今まででもっとも勢いよく返事した。

 しかし、ミロシュは少し顔を曇らせる。

 形見ということはシモナの父は亡くなっているんだろう。

 また、地雷をふんだのではなかろうか、とミロシュは思った。


「ああ、ごめん。お父さん、亡くなってたんだね……」

 と、ミロシュは謝った。


「いいわよ、別に。ミロシュも神殿生まれってことはそうなんでしょ。そんなことで、いちいち謝ってたら気疲れするわよ」

「……わかったよ、ありがとう」

 シモナは細かいことにこだわらないようだった。

 ミロシュはほっとすると共に、気になっていたことを聞く。


「けっこう前だけど、北東門の前で会わなかったかな?」

「ああ、やっぱり、ミロシュだったのね。たぶん、会ったわよ」

「やっぱり、そうだったんだ」

「聞きたいことがあったのよ。門で何やってたの?」

「え、瞑想だよ。魔力を回復してたんだ」

「何それ?」

 シモナが首をかしげるが、カミルがかわりに答えた。


「魔法使いが魔力を回復するために使うスキルだよ。精神集中する必要があるから、知らない奴が瞑想してるのを見たら、変に思うかもな」

「なるほどね。あれ、そういう意味があったんだ」

 納得するシモナ。だが、カミルはミロシュに別の質問をする。


「瞑想は魔法学園で学ばないと知らない奴が多いんだけど、ミロシュは学園に行ったことがあるのか?」

「え、いや、いってないよ。その、神殿で教えてもらったんだ」

「そっか、神殿育ちだったな。なら、もしかして、魔力回復も持ってるのか?」

「ああ、レベル低いけどね」

「そりゃ、すごいな。俺は瞑想しか持ってない」

「いや、神殿で教えてくれた人が教えるの上手だったんだ」

 ミロシュはつじつまをあわせるために言葉を並べていく。

 深く突っ込まないでほしい、と心中で念じながら。

 矛先をかえるためにカミルに質問した。


「カミルは魔法学園にいたの? 詳しいようだけど」

「ああ、村に学園出身の引退した魔法使いのじいさんがいてな。教わったんだ」

「へぇ、なるほど。もしかして、魔法学園だと瞑想を使いながら、魔法を鍛錬するのかな?」

「ああ、そうだ。スキルレベル二を自力で習得するのは当然として、スキルレベル三も学園では最低限の卒業資格になっているぞ」

「そうだったんだ」

 納得するミロシュ。

 自分がやっていたことはこの世界だと一般的だった。

 やはり、人間みな、同じ事を考えるんだろう。

 効率化を目指しているわけだ。


「なら、学園の生徒だとスキルポイントをどう使っていくのが一般的なのかな?」

「そりゃ、スキルレベル三になれば、威力強化、命中強化、速度強化、色んな派生スキルが選べるようになるから、好きなのをとっていくんだよ。派生スキルは鍛錬だとレベルが上がらないし」

「……ああ、そうなんだね」

 ミロシュは表面上、平静を装った。

 そういえば、最初にサララに見せてもらったスキル一覧は“取得できる初歩魔法スキル”だった。

 ミロシュは降りる前にスキル一覧を一通り見たが、大してぱっとするものはなかった。

 しかし、スキルレベル、キャラクターレベルが上がれば、取得できるスキルが変わるとしたら、話は大きく変わってくる。

 早速、ミロシュは頭の中で火属性魔法に関するスキル一覧を頭の中で調べた。

 すると、カミルに言われたように、威力強化、命中強化など火属性魔法派生スキルが新たに掲載されていた。

 この事は本にも記述されてなかったし、サララにも教わってなかった。

 これはとても重要なことだろう。単なる伝達ミスか、もしかしてサララも知らなかったのか。


 スキル一覧は頭の中にある辞書のようなものだ。脳内にある本当の知識じゃない。

 いちいち、頭の中で検索しないと出てこない。

 しかも、取得条件を満たしたスキルが新たに現れても、教えてくれないようだ。

 おそらく、無理やりつめこんでいるからそうなっているんだろう。

 これは、ミロシュにとってかなり大きなマイナスだった。

 他の地球人はどうしているのか、情報を集める必要性をミロシュは感じた。


「どうしたんだ、ミロシュ?」

「ぼけっとしてたら、危ないよ」

 思考に集中していたミロシュは二人から注意された。


「あ、うん、考え事を」

「そうか、まだ野外に出てないけど、気をつけたほうがいいぞ」

 カミルはミロシュが何を考えていたかうすうす察しているようだ。

 カミルの目線を見ていると、ミロシュはそう感じた。

 まだ会ったばかりだ。

 深い詮索をしないよう、気をつけてくれているのだろう、とミロシュは思った。

 話においていかれていたシモナは話についていけないのが不満だったようだ。

 それ以上何も気づかれてないようでミロシュは内心安堵する。


 二人、特にカミルと話していると、ミロシュは自分の常識不足を痛感する。

 本一冊でカバーするのは無理があったのだろう。

 視野の狭さ、知識不足は最悪の場合、とりかえしのつかない事態を招く。

 そうならないためにも、二人からできるかぎりのことを教わろう、そうミロシュは考えている。

 そのためには、パーティメンバーとして二人に認められなければならない。


 三人は北東門をくぐり、スラム地区を抜けて野外に出た。

 初めてのパーティ戦をミロシュは経験しようとしていた。

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