(6) 聖暦一五四二年四月 レベルアップ
翌日の四月十四日もミロシュはマレヴィガ大森林に赴いた。
最も警戒していたのは平原で野犬か狼の群れに遭遇することだが、それはなかった。
平原で遭遇したのは、山羊に似ていて草を食べている動物だ。
おそらく、狼や野犬はこの動物を狙うのだろう。
森の外縁部に到着すると、昨日と同じようにミドルアントと歩行蔦を何匹か倒していく。
すると、レベルアップした。
声で知らされるわけでもなく、音楽が鳴るわけでもないのだが、なぜかわかるのだ。
早速、ポイントの割り振りをする。
もう、どう割り振るか決めていた。
上げる能力は魔攻が二、敏捷が一だ。
魔法の威力とすばやさは戦闘で重要だろう。
取得するスキルは無属性魔法と土属性魔法。
無属性魔法は戦うための筋力強化ではなく、すばやく移動するための脚力強化のために用いる。
これで道中の移動時間を短縮できれば、効率的に森を探索できる。
土属性魔法を取得したのは、平原で野犬や狼の群れに取り囲まれるのを防ぐためだ。
ポイントが一余るが、とっておく。
ポイントの割り振りが終わり、ミロシュは探索を再開した。
ミドルアントと歩行蔦を何匹か狩り終えると、魔力が半減する。
早速、無属性魔法で脚力を強化してソヴェスラフに戻った。
(これは便利だな)
移動に要する時間が半減してミロシュは効果を実感した。
門近くで瞑想を行い、魔力を回復させると森へ出向かず、ほどほどに離れるだけに留めた。
土属性魔法をテストするためだ。
「壁よ、出ろ!」
ミロシュが詠唱すると、約百五十センチ四方の土壁が生えてくる。
身長が百七十センチくらいのミロシュにとってはちょうどいいくらいの高さだ。
視界も確保できる。
この壁を三面に使えば、正面の敵だけ考えればいい。
もっとも、逃げ道はなくなるが。
それに、飛び道具をもつ敵や百五十センチの高さを飛び越える敵に出会えば壁の意味がない。
しかし、当面の敵である狼や野犬相手なら問題ないだろう。
何度か壁作成を試みるが、これ以上の高さも長さも無理だった。
スキルレベルを上げるしかないのだろう。
石弾による攻撃も試みたが、速度は火球より劣る。
威力もあまり高くなさそうだ。現時点では実戦に使えないだろう。
訓練していると魔力が尽きたので、また瞑想で回復させる。
土魔法はひとまずこれくらいでいいだろう。
そう判断したミロシュは森での探索を再開すべく、森へと向かう。
いつもの上り坂をこえたところで、獣の群れがうっすらと見える。
急速にこちらへと近寄ってきた。
灰色の毛並みだ。おそらく狼だろう。
接近戦が苦手なミロシュにとって難敵だ。
チッ、ミロシュは舌打ちする。
魔法で倒せず、接近を許せば、牙でえぐられてけがをし、力尽きれば死ぬ。
脚力強化魔法を使えるようになったが、強化しても狼の方が速いだろう。
スキルレベルが上がれば、話は違うのかもしれないが。
しかし、今だと土属性魔法がある。
使えるようになっていてよかったと思う。
今なら、勝機は十分あるだろう。
狼は五頭いるようだ。囲まれるのを防ぐため、三面に壁を築くべきか。
考える時間はあまりない。狼は近づいているのだ。
ミロシュは速断し、自分の周りに三面の壁を築く。
狼との距離はもう百メートルをきっている。想像以上に速い。
脳内であるひらめきを思いつく。
ミロシュは自分の前面に高さ幅共に約七十センチほどの障害を約二メートル間隔で二段に築く。
これで狼の速度を殺せる。準備は整った。
障害を築いている間に狼との距離はさっきより半減した。
まずは三頭を確実にしとめる必要があるが、あっという間に狼はミロシュの間合いに達する。
「火球よ、いけ!」
慌ててミロシュは三発の火球を放った。
轟音をあげて火球が狼に殺到するが、慌てた分、狙いが甘かった。
二匹にしか当たらず、一匹には避けられる。だが、二匹はもの言わぬ骸と化した。
残り三匹は火球に驚き、スピードが多少落ちた。
だが、ミロシュへと近づくのをやめない。
牙をむき出し咆哮しながら、疾走する。
そこでミロシュは障害に救われた。
障害がなければ、三頭の狼がミロシュに殺到していたであろう。
一段目の障害を狼は軽々と飛び越えて、着地できた。
しかし、二段目の障害をこえる力はなく、そこでいったん立ち止まる。
そうなってはミロシュの思う壺だった。
いったん下がって障害をこえるべく助走しようとするが、ミロシュが火球を再び放つには十分すぎるほどの時間であった。
「くたばれっ!」
ミロシュは三発の火球を放ち、容赦なき灼熱が三頭の狼を無事にしとめた。
「ふーっ」
ミロシュは大きく息をつく。
一筋の汗が頬を流れて、ハンカチでぬぐう。
ギルドカードで狼の撃破を確認できて、ミロシュは安心した。
ゲームなどではただの狼だとザコにすぎないだろう。
実際、今のミロシュがもつ魔法スキルだと、負ける確率は低い。
しかし、絶対に勝てるほど力の差があるわけではなく、先ほども危険が迫る状況だったのは間違いない。
ミロシュは身体の芯から疲労を感じた。
牙をむいた狼の顔がまだ鮮明に思い出せる。当分、忘れられないだろう。
魔力も残り半分をわりこんだ。ミロシュはソヴェスラフに戻ることとした。
ソヴェスラフで魔力回復後、何匹か魔物を倒して、今日の探索を終えた。
四月十五日の朝は雨だった。
雨足はやや強く、いつやむのかわからない。
ミロシュは雨でも探索に行くか思案する。
雨だと火属性魔法の威力がどうしても落ちる。
気配も探りづらくなり、危険性が増す。
昨日の稼ぎは狼のお陰でかなり多く、余裕はある。
無理はしないほうがいいだろう。
今日は野外での土属性魔法と無属性魔法の鍛錬にあてた。
四月十六日から数日は晴れて、ミロシュは連日、森での探索を行った。
探索は順調で魔物を狩り続けた。
四月十八日にはレベル四となる。
レベルポイントは魔攻二、敏捷一とふり、スキルポイントを消費して、雷属性魔法と魔力回復を手に入れた。
雨の日でも戦えるよう、火属性魔法に耐性をもつ魔物と戦ったときのために別属性の魔法が必要だった。
降りる前にテストした時、雷属性魔法が有効そうだったので選んだ。
また、探索時には瞑想を使えない。
精神集中せずに少しでも魔力が回復できるよう、魔力回復スキルの必要性を感じていた。
こうして、レベルアップで強くなり、場慣れしていくことで危なげなく効率よく、ミロシュは魔物を狩ることができるようになった。野犬や狼も確実に倒せるようになってきた。
経験値UP、スキルポイントUPといったスキル効果もあり、ミロシュは今までの遅れを取り戻すがごとく強くなっていく。
四月二十七日には、ミロシュはレベル五となった。
数多くの戦闘を経験して、魔力、魔攻、持久力が上昇していた。
また、気配察知もスキルレベル二に上昇していた。
魔攻を二、敏捷を一上げ、風属性魔法、魔力回復二を取得する。
効率よく探索を続けるには魔力回復の強化が必要だった。
風属性魔法を手に入れた理由は、ゆくゆくは飛行したいと考えていたからだ。
鳥のように飛ぶことができれば気持ちいいだろうし、いざという時、空中の敵と戦うことも逃げることもできるだろう。
森から戻り、ギルドで手続きを終わらせる。
食堂での食事と大浴場で入浴をすませ、ミロシュは長屋でのんびりしていた。
大きな怪我をすることなく、ここまで成長できてミロシュは感慨深い。
自分はもう自立して生活できている。親の世話になっているのではないのだ。
このまま強くなっていけば、狩場をより奥地にすることができて収入をあげることができるだろう。そうすれば、生活をより快適にできる。装備を整えることもできる。
様々な選択肢を選べるようになる。楽しみなことだ。
ハイグラシアに来る前の鬱屈感、来た後の緊迫感から解き放たれ、ミロシュは明るい未来を抱いていた。
だが、さしあたってはレベル六以降、どういった成長計画をたてるかだ。
手堅く取得ポイントが低くてすむスキルを集めるか、それともポイントをためて大きな効果が見込めるスキルをとるか。
ミロシュがそれについて考えていたとき、ドアの外から気配を感じた。
ドアがノックされる。
「こんばんは。サララです」
間違いなくサララの声だ。ドアごしに懐かしいサララの気配を感じる。
ミロシュはドアを開け、サララを迎え入れた。
サララは初めて出会った時と同じ格好をしていた。相変わらずの可憐さだ。
「ミロシュは順調に強くなっているようですね。私もうれしいです」
「ありがとう。これもサララのおかげだ」
火属性魔法の鍛錬、杖、追加金、経験値UPスキル、どれが欠けてもミロシュに今の余裕はなかった。いやもしかしたら、死んでいたかもしれない。
サララと盟約を結んだのは、今となっては正解だったと思う。
ミロシュは感謝していた。
自然とサララに向ける表情は少しばかり心開いたものであった。
母親に裏切られて人間不信でなければ、完全に心開いていたかもしれない。
「私はサポートをしただけでミロシュが成し遂げたことです」
「いや、そんなことないよ」
と、即座にミロシュは言い返し、サララも言い返す。
それが続くも、二人はやがて互いをみやって軽く笑う。
「きりがないですね。今日は話があって来ました」
笑みをおさめて、サララは話を切り出した。
「五日間ほど、時間をつくることができました。私と一緒に効率よくレベルアップしませんか」
サララの申し出を聞くと、ミロシュの双眸に力がこもる。
「それは……」
と小声で言うが、先の言葉が続かなかった。
確かに魅力的な提案だが、ミロシュはできる限り、自力で上げたいという気持ちがある。
自立したいという強い想いが根底にある。
それに、サララに借りが増えすぎるのもどうかと思う。
「気がすすまないようですね。でも、レベル二十以上にした人が一人います。それにレベル十以上にした人も二十人以上いますよ。このままだと差が開いていくばかりでしょう」
以前にアウグナシオンから情報を聞いて半月はたっている。
成長速度からしてこの程度は成長しているだろう。
自分の推測をまじえてサララはミロシュに情報を与える。
「え、そんなに!?」
ミロシュは驚かざるを得なかった。
自分はレベル五だ。
このペースだとレベル十にするのは、さらに一月以上はかかるだろう。
レベル二十などかなり先の話だ。
トップグループからおいていかれてるにも関わらず、レベル五で浮かれていた自分を恥ずかしく感じる。ミロシュは少し赤面した。
「おそらく、ほとんどの人は何らかの形で盟約を結んだ天使のサポートを受けているはずです。レベル十はともかく、レベル二十なんてそうでもしなければ考えられませんから」
ミロシュは少し慰められる。
ほぼ同じ条件でハイグラシアに来たのに、ここまで差をつけられるのかと自分の不甲斐なさを感じていたからだ。
だが、ミロシュの考えは間違えていた。
ステータス、保有スキル、保有ポイントなど、人によって違っていた。
異世界人というボーナスは共通だったが。
高坂川高校は進学校であるが、部活動も決して弱いわけではない。
文武両道の高校だった。
女子剣道部、男子バスケ部はインターハイに出場している。
東大模試で東大進学確実の判定をたたき出した学生もいる。
それらの学生達と一般学生では能力にかなりの差があった。
ハイグラシアでは命がけで戦う必要がある。
ゆえに、能力差は生存率に反映する。
残酷な話だった。
「でも、別に競争しているわけではないから……」
ミロシュの声は弱い。
自分でもその言葉に納得しているわけではないから。
ただの言い訳にすぎないのを気づいていたから。
「ええ。でも、ミロシュさんはこの世界についてわかったはずです。力がなければ、虐げられても文句は言えないんですよ。ミロシュさんに狩られた魔物は悪だったわけじゃありません」
サララは無表情になり、
「力がなかったから狩られたんです」
と、しみこむような声で告げた。
ミロシュは一言もない。うちひしがられる。
事実だったからだ。
この世界の真実だからだ。
森での探索途中に、血まみれで重傷の仲間を背負った冒険者パーティを見た。
全員、何らかの怪我をしていてぼろぼろだった。
魔物にやられたんだろう。
それは弱かったからだ。
力がなかったから、そうなった。
隷属の首輪をつけた奴隷を街中や冒険者ギルドで見た。
前者は召使だろうし、後者はパーティ用の戦士奴隷だろう。
経済力があれば、そうならなかったはずだ。
どちらも自立できる力があれば、奴隷にならずにすんだはずだ。
「ミロシュ、誰かに従わざるを得ない人生よりも、自由に生きられる人生を選びませんか」
サララの眼差しに真摯さが加わる。その眼光はどこまでも鋭くミロシュを貫く。
その言葉には力が感じられる。
そのはずだ。
神への従属をよしとしないサララの本心がこめられていたから。
「前も言ったように、私はミロシュさんに強くなってもらう必要があります。善意だけの申し出ではありません」
一転して、天使の微笑。
ミロシュはサララに圧倒され、魅了された。
サララの顔から瞳から、目が離せなくなる。
「でも、レベルアップはミロシュに必要でしょう」
即答せず、ミロシュは沈黙する。
とろけるような微笑みを見て、うん、とつい頷いてしまいそうだ。
でも、ミロシュはこらえることができた。
心の底に宿った人間不信がその理由だとすれば、せつない話かもしれない。
だが、落ち着いて考えてみても、悪い話ではない。
レベルアップによってもたらされる力は必要なのだから。
「わかったよ、サララ」
矜持、プライド、サララに対して増える一方の借り、気になることはいくつもあるが、ミロシュは決断した。
「納得してもらえてよかったです。一緒にがんばりましょう」
「それで、どういうてはずでやるんだ」
「明朝、いつも通り、北東門を出てください。そこで待っています」
「待たせるんじゃないの。大丈夫?」
「問題ありません。気にしないで下さい」
「サララがそう言うなら」
「では、これで」
サララは長屋から去り、ミロシュは一人になり、考える。
複雑な心境だ。自分にとって、レベルアップが必要なのは間違いない。
ただ、自分のペースで話がすすまないから、ひっかかっているのだろう。
これもまた、自分が無力だからかと思う。
サララと自分は盟約を結んでいても、対等ではない。
保持している力がかけ離れているから。
もう一人で食べていくだけの力はあるだろう。ひとまずの目標は達した。
だから、次の目標を決める必要がある。
それを、サララに追いつくことにするのはどうだろうか。
本当の盟約者となるために。
これはなかなかやりがいのある目標だ。
ミロシュはそう感じていた。
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名前:ミロシュ
ギルドランク:3-245
所持金:58543セルドス
年齢:16 性別:男 種族:人間
身分:平民 経験値:130/700
レベル(残りポイント0):5
体力:54/54 魔力:62/62
腕力:20 持久力:21 敏捷:25
器用:19 魔攻:32 魔防:23
スキル(残りポイント0):
翻訳読み書き(万能)、
スキルポイントUP(2)、
経験値獲得UP(1.5倍)、瞑想2、
魔力回復2、気配察知2、火属性魔法3、
土属性魔法1、雷属性魔法1、
風属性魔法1
称号:
異世界人、天使の盟約者
特記事項:
入信:アウグナシオン、盟約:天使サララ
装備:
火魔石の杖(+1)、アザリ羊のローブ(+1)
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