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美しい闇 駆け抜ける光




荒涼たる荒野の中、揺らぐ陽炎の如くに辺り一面に立ち込める瘴気の渦。

      

錦の衣を纏いし一匹の麗しき物の怪。

      

その姿、さながら天人の妙、深淵の幽姫ゆうきつや

      

だが、内に燃ゆるは呪怨の焔、紅く染まった口端より零れ落つる麗雅れいがな微笑。

      

稀代の凶星煉獄丸。


「生くるモノは居らぬか――。にえ何処いずこ、詰まらぬ、詰まらぬよぉ」




深山の頂に佇み、瞳を瞑って千里の道を駆ける眼でそれを視る、漆黒の狼刹牙。

     

揺ら揺らと揺れ進む煉獄丸に憐れを感じずには居られない慈愛の怪、母妖の漏らす溜息は深く切ない。


其の傍らに空より舞い降りた白天狗白鳳丸に揺らぎ彷徨う煉獄丸を見詰めながら呟く。


「憐れよの……」


「ふん」


「時に、大事な姫はどうした、もう愛想をつかされたか」


「ひでぇいわれようだ、ご老体を案じてはるばる追ってきたのによ」


「それは、ご苦労なことよなぁ。……のぅ天狗、アレをどう視る」


「っけ、どうもこうも、此の世に仇成す腐れ外道にしかみえねえなぁ」


「未熟者め。天狗の修行も積んで参れ」


「いちいち、勘に障りやがる……。 婆さん、老いては子に従えって知らねぇのかよ」


「っはっは、何時の間にやらまた、でかい図体の子が増えたものよ」


「っば、ち、ちげぇよっ、そういう意味じゃ」


「――アレも、赤子じゃ。だがなぁ、アレはいかん。憐れにも程がある。なんとかしてやらねばのぉ」


「……慈愛にも、程があるぜ……」


「ん、そうか」


「……っけしょうがねぇなぁ。そこまで云い付かっちゃあいねえんだが、手を貸してやったっていいぜ」


白鳳丸の言葉に刹牙の胸がくすぐられた。


「っはっはっは」


「な、なんでぇ」


「大事な姫を護っておれ、子の出る幕では無いわ」


「笑い事じゃねぇ、独りじゃ無理だっ解ってるんだろう」


「だがな、共に向かっても無理じゃ、解っておろう」


「っぐ、口の減らねぇ婆あだ……。策はある、真面目に聞けよ、婆さん。いいか、お嬢が目指すは封印だ」


「ほう」


「何とかアイツをとある場所まで、追い込み連れ込みすりゃあ、お嬢が封じてくれるらしい」


「らしい……。なんとも危うげな物云いよな。いったい、あの小娘は何を持って封印するというのかは知らぬことだが……。アレはそう簡単に封ずること、叶わぬと視るが」


「さあな、観音力とやらじゃねぇの……と、とにかくっ、そういうこった。俺が囮になる。アンタは後ろを追ってくれ」


「我に後ろを……」


「なんだよ、俺ゃぁこの羽で力の限り飛んでゆく、だからっ」


「いいや、我は前を駆けよう」


「へ。耳まで遠くなったかぁ婆さん、いいか、上からでもなきゃ――」


「視よ、あのモノの通りし跡を、蟲一匹、草一本残っては居らぬ。我は先駆けとなって近隣の生きとし生けるもの全てを逃し散らそう。最早、これ以上殺生を許す事あるまじ」


「婆さん……」


「先に行けば小娘が居るのであろう?何を企むのか――視ものじゃて、なぁ」


「っへへ、好きにしな。いいか――」




処変わって北の果て、山の谷間の大きな湖。

      

傍に聳える山一つ、丸々呑み込もうともまだ余りあろうその巨大な湖のほとり。

      

真白ましろな装束に身を包んだ可憐な少女が独り跪いて祈りを捧げている。


「……南無観世音菩薩様、時は迫って参りました。拾っていただいた此の命、今こそ……捧げ奉らん」


少女の呟きが静寂なる湖畔に溶けいったその時、湖面がゆらりと動いた。

      

揺らぎは波紋を起こし、湖に広がり、そしてまた少女の足元に手鏡ほどの円を作る。

      

その円の水表みずおもてに白くぼやけた姿が浮かび上がる。


「白鳳丸」


「お嬢」


「刹牙は、母妖どのは」


「切ない声を出さずとも、共に居る」


白鳳丸の背後から刹牙が応えた。


「ああ、良かった」


千鶴の放った安堵の声音に、刹牙が「やれやれ」と溜息混じりに呟く声が聞こえると、千鶴の顔に笑みがこぼれた。


「お嬢、婆さんも納得済みだっ。婆さんが先駆け、俺がアノ外道を連れてそっちに向かう」


重畳ちょうじょう


「お嬢……仕掛ける場所だが――」


若い二人の巫女と白天狗を、少し離れて眺める刹牙がまた一つ大きく溜息を漏らす。


『愚かな事よ……。アレほどの妖力ようりきの凶星。封ずるとなれば犠牲が要る。此の娘……そして此の白天狗の大馬鹿者は……』


「母妖殿」


千鶴に呼ばれ、白鳳丸に変わり水面に映る漆黒の狼王、刹牙。


「白鳳丸に聞きました。先駆け、ご苦労様でございます。生きとし、生けるモノへのご配慮、お流石」


「……ふん。力が入りすぎじゃ」


「……ありがとう……」


刹牙は泪を滲ませる水鏡の向こうの少女に、胸の内でそっと呟く。


――困った子供らじゃ、いたしかたないのぉ――



「それでは、手筈どおりに」


「千鶴」


「はいっ」


「そなた、アレをどう思う」


「……わかりません」


「天意を汲んで居るのだろう?なんと諭された」


「天は何も語りません。ですが、アレも世に送り出されたもの。何の理由も無く産みいだされるモノなぞ居りませぬ」


「何も語らぬモノなぞの為に、死ぬるか小娘」


「死して尚、輪廻の道を歩むが定めだと云うのであれば、私はその道を行くまで」


「アレの行くのが煉獄の道、そなたの歩むは修羅の道か……」



――憐れに変わりは無いのぉ――



「千鶴が今、此処にこうして居るのも天意、アレが其処に居るのも天意。……母妖殿」


「どうした」


「千鶴は、一度この身が湖に沈みました」


「ほう……そなた、やはり只の人間ではなかったか」


「気づいておられたのですね……。私は、旅の群れから逸れた白鶴の転生てんしょうした姿でございます。飛び疲れ、螺旋を描いて湖水に身を溺れさせた時、一条の白い光が湖底へと沈む私を包み、次に目覚めたときには此の姿に」


「ほんに天とは気まぐれなことよ」


「どれ程の時の流れか、一瞬の出来事か。立って何を成すべきか、使命は私の胸に深く刻まれました」


「千鶴」


「はい」


「宿命は切り開くもの。天は自ら助くる者を助く。人事を尽くして真の天命を待つが良い」


「……はいっ」


千鶴と刹牙。両名の話を傍らで聞いていた白鳳丸は噛み締めるように言葉を繰り返した。


「自ら助くる者……」


神妙な空気に、刹牙が鼻をあげて若い二人を促す。


「さあ、こうしているうちにも、弱きものが其の命を塵あくたのように散らしておるっ。万端整わずとも、参ろうぞっ」


「お、おう、なんだか良いのか悪りぃのかわかんねぇが……いっちょ、ぶちかまそうぜ!」


「……天狗、お前は品格も学べ」


「お、おう!」


千鶴は、水面の向こうの二人を思い浮かべもう一度嬉しそうに笑うと、今度は唇をきりりと結んで「うん」と力強く頷き、切り出した。


「白鳳丸っ」


白鳳丸が再び水鏡に向かい合う。


「お嬢」


「ぬかる事無く気をつけて……!」


「お嬢も」


「はいっ」




善なる集いの異なる三つの魂。

      

其の心にはいったい何が思い巡っているであろうか。

      

胸に刻まれた犠牲の二文字。


果たして、此の世は生き残れるのか。





「殺す、みんな、殺す……。うふ、うふふふふ……あーっはっはっはっはっは」


命有るモノの欠片も視れぬ荒野の中、虚ろそのモノの権化煉獄丸が、沸きあがる殺戮の欲望を堪えきれずか――。

      

声高に嗤い声として其の邪を解き放っていた。紅蓮燃ゆる長い髪が、風に咲き誇る花のように広がっている。






空高く翼を広げ、飛ぶ白い影あり、飛礫つぶての如く空翔る姿は白い光となって蒼天に筋を成す。

      

だがしかし、空中であろうとも一点の域を超えた瞬間、ぐにゃりと空間の気が歪む。


そして、其の先に揺らぐ邪悪な気の集合体。


「居やがったな」


美しい片眉を上げて振り返って空を見上げると、眩むほどの光の玉が己に向かって飛び来る姿が煉獄丸の目に映る。


「羽蟲が……」


光球は距離をとって空中に留まると其の姿を白羽の鴉天狗へと戻した。

      

芥子粒けしつぶ程に遠くあっても、白鳳丸の涼やかな声が煉獄丸の放つ瘴気を切り裂くように、真っ直ぐに通って聞こえる。


「聞くが良い、邪悪なるモノよっ。我こそは天意を継ぐ姫千鶴様を護り奉らん、一の従者、白鳳丸であるっ。今直ぐに無益な殺生を止め、心を改めよ!」


「こころ……。こころとはなんじゃ」


「ちっ、うるせえよ、とりあえずお嬢が云えっつったから云っただけだっ。深く考えんな」


煉獄丸も真っ直ぐに白鳳丸を見つめる。


空高くにあるその姿を。


ふと、陽に照らされ白く輝く其の翼を、煉獄丸は触れてみたいと思う。


そして、にぃと紅の唇がゆっくり動く。それはまるで赤い彼岸花が燃えるが如くに花開く。


「あそぼう」


白鳳丸の背中に戦慄が走る。数多の狐狸妖怪を討ってきた白天狗白鳳丸にとって其れは生涯初めての感覚。


「薄気味悪い声だすんじゃねぇよっ」


白鳳丸は其の言葉を心の其処から言い放っていた。


「ちづる――」


「気安く呼ぶんじゃねぇ!」


「ちづるもころす。うふふふふふ」


「っ!」


其の時、煉獄丸を遥か離れた荒野の端で、黒い狼、刹牙が疾風の如く北へ向かって駆け抜けた。


即座にそれを見咎める煉獄丸。


「母君」


駆ける刹牙を煉獄丸の身体から幾本もの茨のいばらのつるが追い、伸びる。

      

刹牙は右へ左へと其れを避け、真っ直ぐに北を目指す。

      

煉獄丸が獲物を狙う雪豹ゆきひょうの如く其れを追う。

      

次々と刹牙に迫る茨の蔓。

      

しかし、あわやという処で空より光の飛礫つぶてがことごとく其れを滅する。


白鳳丸は、刹牙を捕らえんと休む事無く繰り出される茨の蔓を光の飛礫で打ち払いながら、力強く刹牙に向かって叫んだ。


「速くいけ!」


応えるように放つ刹牙の遠吠えが音の波動となって近隣一帯に響き渡る。


其れを全身で押し広げ駆け進む漆黒の狼王。

      

其の想いは念となって強弱、人妖隔てる事無く生有るモノへと呼びかける。


「我が声を聞け、生きとし生けるモノよっ、出来得る限りく駆け逃げよっ。鬼が参るぞ、邪が追うぞっ。子を、親を、愛する者を連れ逃げよ!」


刹牙の魂の叫びに、遊びに興じる童の如く煉獄丸が嬌声を上げる。


「追うぞ、追うぞっ、あはははははははは、愉しい、愉しいなぁっ」


「はしゃいでんじゃねぇ、糞餓鬼がっ」


一瞬、くうに留まり、白鳳丸が印を結ぶ。


「オン・ハンドマ・シンダ・マニ・ジンバ・ラ・ソワカ……!これでも…喰らいやがれ!」


白鳳丸の身体より絶大な白光びゃっこうが生みいだされ、それはそのまま刹牙を追って駆ける煉獄丸へと放たれた。

      

刹牙へ向かって伸び行く蔓も煉獄丸もろとも、光に包まれ黒く焦げ散った――かに視得た。

      

だが、まだ光の消えぬうちに今度はくうに留まる白鳳丸に向けて、無数の蔓が襲い掛かる。


「ぬおっ、っくそう……そんなに簡単にいかねぇか」


「母君と遊んでおる、邪魔を……するな!」


ぶつかり合う聖と邪の二つの巨大な気を背に感じて刹牙は走る。

      

響き渡る母妖の声に、蜘蛛の子を散らす如くに逃げ散る、ありとあらゆる生きとし生けるモノ。

      

慈愛の妖獣は、一層強く胸に念ずる。

      


――死ぬな。生きろ、生くるのだ。無明の闇に、必ず光は戻る……子等よ、生き抜けっ――

      









      



















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