表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

黒龍 鳴滝哀歌

こちらは台本を小説に書いたものです。

朗読など、放送にてご利用の際には、作者名、掲載URLの表記をお願い致します。

その他のご利用はどうぞお問い合わせくださいませ。


蒼狼伝シリーズ第二段でございます。


【月光城の姫君】のずっと以前の物語。


合わせて読んでいただけると、楽しめるかと存じます。

の乙女、りんとして、何者をも恐れず。

     

何処で生まれ、何処で育ったのか誰も、己ですら知らぬ。

     

唯その胸に有るは、天意てんいのみ。

     

観音力かんのんりきを使い悪を退け善を護る。


「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!我こそは、恐れ多くも観音菩薩の御使い、千鶴であるっ、悪鬼妖怪、狐狸羅刹こりらせつことごとく調伏いたす! 気を乱して狂うものよ、森羅万象のことわりを知れっ」


眼下に泡を履き爆音を唸る滝壺に向かい、白衣びゃくえ白袴しらばかまの装束を風に揺らす。


切り立つ断崖絶壁の大岩にすっくと立ち、声高に叫ぶ乙女。

     

此の少女こそ、戦乱の世の乱れに紛れ、地上に蔓延はびこる百鬼百妖を降伏ごうぶくせんと

     

天よりの命を担って生まれた巫女姫みこひめ千鶴である。


御仏みほとけの慈悲にすがって下るもよし、手向かい致すは天に仇なすと心得よ!地に封印、浄化、消滅、転生、霧散、望みはいずれかっ。機会は一度じゃっ、とくと考えよっ。それとも、我が手先となって、森羅万象、天意に仕えるかっ」


「手先…・・・とな。我が君に手先になれと…・・・」


何処からともなく纏わりつくような女性にょしょうの声が聞こえて来る。

     

一転いってんにわかに掻き曇り、辺りからざわざわと妖気が漂う。


「お嬢」


「白鳳丸、抜かるなよ」

     

鉛色に澱む空、彼方には百とも視える、浮かび飛ぶ小妖こようの群れ。

     

此方こなたの乙女に付き従うは、真綿のような白羽の若い天狗。

     

名を白鳳丸はくおうまると名づけられた。

     

瀑布ばくふの奥より魂魄こんぱくをも揺り震わせんばかりの声が響く。


「やれやれ、小煩いことよ」


深淵より上る黒い影。

     

黒雲を呼び雷鳴を轟かし、現れ出でたる、山をも巻き、砕かんとうねる漆黒の竜。


「でやがったな」


「やっと、姿を現しおったか」


「もう一声だ」


「ああ、判っている」


「ひかえよっ、人の子よっ。何方どなた御前ごぜんだと思うておるか!」


ひしめく小妖の群れの中、雅な衣装に身を包んだオンナの形をしたものが叫ぶ。

     

遠目に視える、白い肌、紅く濡れた唇もなまめかしい妖女、鮎影あゆかげ

     

空より視下ろし、その燐光放りんこうはなつ眼差しで千鶴たちを威嚇する。 


「きくがよい物の怪よ、其処へ隠れる哀れな成りぞこないよ。必死に姿を真似てはおるが、所詮は紛いまがいもの。どれをとっても、比率が合わぬ。苦行を終え、龍と成れば定められた比率を持つ。成し遂げた先立せんだちをかたどる不届き者めっ」


「成りぞこ無い……成りぞこ無いと――。其れは、我のことであるか」



暗雲は遂には天を覆い、無明むみょうの空。

     

雲と視えたは、更に増えた千にも及ぶあやかしたちであった。


「殿、あの小娘、此の鮎影が八つ裂きにしてくれましょうぞ」


鮎影は云い放つと、真っ直ぐに千鶴目掛けて紫煙しえんとなって飛ぶ。

     

其れを察して白鳳丸が大きく真白ましろな羽根を広げる。


「露払い、参る」


「許す」


あるじの言葉に、紫雲に立ち向かうべく空へと飛び立つ。

     

対峙たいじして、紫雲は人型へと戻る。

     

妖艶なる美女鮎影、負けず劣らぬ美貌を誇る、若天狗白鳳丸。

     

鮎影を取り巻く数百の小妖ども。


「ほぅ……。中々のものではないか。わらわは鳴滝様の寵姫ちょうき鮎影である。名はあるか、天狗」


「身の程を知れ、わしの名は主より賜った大切な宝じゃ。下種げすな妖怪などに教えるものか」


「だまりゃっ、わらわを下衆と申したなっ。ふふん、そなたの方こそなんじゃ、その薄気味の悪い白羽しらばねは。烏天狗の分際で、色を失ったはぐれ者が身の程をわきまえよっ」


「へっ、べらべらべらべら、煩せぇ婆あだ。――かかってこねぇなら、こっちからいくぜっ」


白鳳丸がいんを結ぶと、其の身が白光びゃっこう煌く光の球へと変化へんげする。

     

鮎影へと向かう白光びゃっこうから、護るように小妖の群れが、鮎影の周りをぐるりと囲む。

     

其のまま光球こうきゅうひしめく小妖を瞬く間にぎ払う。

     

光の帯をして飛ぶ白鳳丸に、むしの如く打ち落とされてゆく小妖たち。


「おお、わらわの可愛い子供達が――!

     こしゃくなっ。下郎っ、八つ裂きにしてくれるわあっ」


「ちょこざいなっ、雑魚共が、束になってかかってきやがれ!」


憤怒の紫煙となって、白鳳丸の光球と相打つ鮎影。

     

飛び交い、光を放って戦う二人を、無数の小妖こようが黒点となって包み込む。

     

空に浮かぶ巨大な黒い塊に光の筋が一筋、もう一筋と走り、遂には其処此処そこここより白光を放つ。

     

無数の小妖が黒く霧散する中、闇をも切り裂く鮎影の断末魔が辺り一面に響き渡る。

    

「お、おのれええぇぇぇ、白鴉しろがらすめぇっ、此の恨み、はらさでおくべきかぁぁ」


「娘、面白いものを飼って居るな」


「そなたの名はもう、明かされておる。鳴滝、諦めよ。悪行を悔い、仏の慈悲に縋るのだ」


「ふんっ、仏の慈悲とは片腹痛い。此の世に慈悲など、在るものか」


「鳴滝っ、すさもうとも、慈悲は有る!神や仏を恨んでも、連れ合いは戻っては来ぬぞっ」


「戯言にはもう、いた。其の、よう滑る口から卑小な身体を二つに裂いてくれようぞ」


「機会は一度、地に封印、浄化、消滅、転生、霧散。仏の慈悲に縋るも良し。森羅万象天の理に刃向かうものよ、心して選ぶが良いっ」


「問答無用っ」


一層鳴り響く雷鳴。

     

乱された辺りの気が渦巻く中で、時折光る、白い乙女の姿。

     

其の周りでは、白鳳丸の白光が次々と小妖を打ち払っている。

     

――戦いは、幾時間にも及び、あれ程に群れを成していた小妖がすっかりと見えなくなった頃、空より落ちる巨大な影があった。

     

大地を波打たせ、地に落ちた鳴滝に装束を血に染めた千鶴が駆け寄る。

     

黒雲は既に払われ、蒼空の下、身体から流れ止まらぬ血の海に横たわる鳴滝の姿は、最早、巨大な蛇であった。

     

「鳴滝っ」


「ふっ、そうか……これが我の、成りそこないの末路か…・・・」


「許しを請え、鳴滝っ、仏は待っておられるぞ」


「なにを……天意は、世の理とやらは、我が疎ましかったのであろう、滅せよと……」


「そうではない、そうではないのだ」


黒く光る鱗に包まれた、巨木より太い其の首を抱く千鶴。


鋼のような其の鱗へと、一つ二つ、零れ落ちる温かな泪に鳴滝は再び、目を開く。


何故なにゆえに泣く観音の姫よ……」


「何モノも……不要なものなど此の世には無いのだ…・・・」


「森羅万象の気を乱す……この我であってもか……矛盾しておるのぉ」


「そなたも、その森羅万象の一部では無いか……なぜ、なぜ解ってはくれぬ」


先程までの凜とした風を捨て、大粒の泪を隠す事無く泣いている千鶴は、何処にでも居る一人の少女であった。


「やめよ……そなたの零す泪が、くすぐっとうてかなわぬわ…・・・。もう、疲れたのぉ……。そうじゃの……許されるのなら、我を此の淵の一部と為してはくれぬかのぉ。転生も良いな……再び妻と添えるであろうか……」


弱まる声と同じくして、鳴滝の巨体が美しい黒い鯉へと変わる。

     

そうして、其の鯉の姿も、砂の零れる如くにさらさらと消えて行く。

     

千鶴はからになった腕を降ろし、両手を合わせて合掌する。


空より舞い降りた白鳳丸が静かに千鶴に問いかけた。

     

「逝ったか……」


「ああ」


「昇華したか、転生なのか……」


「さぁな」


「また妻に――」


「――判らぬ。詰まる所、わたしも何も、判ってはおらぬのだ」


そっと後ろに佇む白鳳丸。

     

彼もまた、天を呪い、己を傷つけ、人を傷つけ荒ぶ心を、千鶴に出会い新たな使命を感じた。

     

此の、強く真っ直ぐで、儚い少女を、生涯守り抜くという使命を。

     

彼は仏に帰依し、彼女の従者となったのである。



「お嬢」



「うん」



「帰ろう」



「うん」



白鳳丸は血に染まった白い翼を広げ、千鶴を抱いて何処かへと飛び立った。

     

何事もなかったかのように静まり返る淵に一瞬、黒い波紋が広がる。

     

其の中心よりゆっくりとあらわれる白い指。

     

長く鋭い爪を持つ其の指は、ずるずると淵より生まれ出で、やがてぬらぬらと怪しく輝く白い裸体の女となる。

     

黒髪を分けて覗く真っ赤な唇。

     

白鳳丸によって、滅したはずの妖女鮎影である。



「ウラミ、ハラサデオクベキカ――」



私怨に甦った、鮎影。

     

しかし、誰にも知られずに其処に留まり、一部始終を視聞きしていた存在がもう一つ。

     

鮎影と、千鶴たちの消えた空を視る其の双眸は、金色こんじきに輝いていた。


 


其の乙女、凛として、何者をも恐れず。

     

何処で生まれ、何処で育ったのか誰も、己ですら知らぬ。

     

唯その胸に有るは、天意てんいのみ。

     

観音力を使い、悪を退け善を護る。

     

だが其の心、慈愛に溢れ、菩薩の如しと人は云う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ