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敵は、僕達が武器を出した事に反応して銃を構え直した。少し驚いている様だった。
「じゃあ、先に行くぞ。」
久保田がそう呟いて、前方に跳んだ。一直線に敵の一人へ向かって行く。
一瞬の後に破裂音が響き、久保田の攻撃により一つの命が消えた。
胸部を殴られた敵は、心臓を体の内部に留めておくことが出来ず、穴を開けていたが、体自体はその場で動かずにいた。またこれからも動くことは無い。
「これは凄いぞ。」
久保田が振り返り僕に言った。恐らくグローブのことだろう。
「俺はこっちをやる。お前はあっち側をやってくれ。」
そういって久保田は、あっち側に左を指した。敵は十人ぐらいだろう。少なくとも、久保田のいう、こっちよりは敵が少ない。
じゃあ、僕も行こうか、と気合をいれ、刀を握り締め、跳んだ。上方に。上昇中は風の音が聞こえ、恐らくは敵の物であるビームが見えた。
しかし刀を上段に構えた下降中は、目の前にいる敵の事しか考えなかった。
刀の届く位置に降りた瞬間、振り下ろした。
刀は少しの抵抗も無く敵の頭から腰にかけてを真っ二つにした。飛び散る鮮血は、赤い。
地面に着いた衝撃で膝が曲がったのを伸ばしつつ、左隣に向かい、斬り上げる。一連の流れが上手く滑るように行えたので少し嬉しい。先程からビームが何本も僕に向かっている。さすがに避けるのも厳しいので、空気を固めてこちらに当たらないようにした。
僕の十m程前方の敵が、ビームを撃ってきた。桃色の閃光が目に眩しい。然し乍ら其れは空気の壁に依って弾かれた。弾かれた閃光は他の敵に当たり、致命傷を与えた様だった。
敵が第二撃を撃ってくる、その間に僕は敵に近付き、斬った。右肩から入り上半身を斜めに切断した。血飛沫が僕の体に降り注いだ。臓物からは黒と白と無色の液が流れ出ている。
銃を手にとった。思っていたより軽く、また照準も合わせやすかった。刀は戻して、銃で以て敵を撃つ。トリガーを引きっぱなしにすると、ビームも出っ放しで、左右に振れば敵を纏めて倒せる、と思ったが、どうやらビームは敵にダメージを与えられない様だった。フレンドリーファイア防止用の対ビームシールドでも有るのだろう。そうだとしたらさっきのは何だったのだろうか。
そんなことを考えていると、背中に圧力を感じた。振り返ると、久保田が最後の敵の胴を殴り抜いた所だった。
「お、何かあったか?」
久保田が尋ねた。僕が急に振り向いたので少し驚いているらしい。
「いや、背中に何か衝撃があったんでね。」
「背中にか、もしかしてこのグローブの力か?」
「そうかもね」
久保田は何か呟いていたが、僕は早く残りの敵を倒すことにした。六人になった敵は、三人ずつに分かれ、左右から僕を取り囲んでいた。どうやら集中砲火をあびせるらしい。
「悲しいけど、それ、意味ないのよね。」
六方向からビームが放たれる。放たれたそれは僕の手前五十センチの所で止まり、それ以上は進まない。僕はまた、空気を固めていたのだ。
久保田は、はやくしろー、と急かすだけで手伝う素振りも見せない。しょうがないので素早く終らせる為に念力を使うことにした。
念を込めて、六人全員の体を潰した。背骨を折り、顎を顔から外して、関節は全て破壊した。ばきばきと音が響いた。頭蓋骨だけは無事で残っている。
「さて、どうしたもんか。」
久保田が言う。そうなのだ。戦ったはいいが、こいつらが誰なのかが分からなければ無駄な努力をしたことになる。しかし、辺りを見回すと、まだ動いている者があった。ビームに貫かれたあいつだ。
「おい、起きろ。お前は誰だ。答えろ。」
久保田がそいつの襟元を掴み、揺さぶりながら聞いた。しかしそいつは呻くだけで全く答える気はないようだった。
「まあ待って、僕が起こしてやるよ。」
そう言って、僕はそいつの腹に掌を押し当てた。勿論装甲越しであったが。感触は冷たく、硬く、僕の掌を受け止めた。力を込める。
力をそいつの体に巡らせる。僕はいつの間にか其れが出来るようになっていた。力を巡らせると、そいつの体の中が見えた。
赤い。圧倒的に赤い。恐らく血液であろう其れは僕の視界を高速で流れている。僕は其れに暫く見惚れてしまっていた。美しかったのだ。
しかしずっとそうもして居られない。僕は今一度集中して体を巡り始めた。上っていくに連れ、肺が見えた。心臓が見えた。喉が見えた。そして遂に脳が見えた。
そこで僕は呼び掛ける。
起きろ。起きろ。死ぬな。起きろ。起きろ。死ぬな。
何度か呼び掛けている内に、そいつは目を覚ました。活、と目を開いた後、そいつに跨る形になって居た久保田の方を向いた。
「やっと起きやがったな。貴様、誰だお前は、答えろ。」
久保田が勢い良く捲し立てる。対してそいつは眠気を抑えられぬ目付きで久保田を睨んで居た。
本来ならば三途の川の辺で渡しを待って居た処を無理に呼び覚ましたのだ。多少の意識の混濁があろう事は承知して居た。
「うう・・・、何だ、俺に何か用か。」
そいつが口を開いた。口は開いていたが、目は閉じたままであった。
「しっかりしろ。おい。お前は誰だ。」
久保田が先程よりは幾分か優しい口調で訊く。
「俺、俺はウィリアムクレメント、だ。」
「あぁ?名前なんざきいちゃいねえ!御前は何処の所属かを聞いてんだ。」
「所属?ああ、聞きたいか。それなら俺を治してくれ。」
「治す?どうやって。」
久保田は即答した。どうやら信じることにした様だった。
「其処の、向こうだ。アラルコンの、その、彼奴が着てる服の、中に、救急治療用の箱が有る。」
其れを聞き、僕はアラルコンと呼ばれた男の服を探った。手に何か硬いものの感触があった。其れを引き出すと、其れは煙草の箱程の大きさの黒い物体だった。結構な重さがある。
「ん、有ったよ。これこれ。」
言い乍ら振ると、しゃかしゃかと音が鳴った。
僕は、そいつの許に寄った。
「それで、此れをどうするのさ?」
「其れを上に蓋が有るだろ。スライドのだ。開けて中にある粒を傷口に当ててくれ。」
中の粒はジェリービーンズ程の柔らかさで、押すと汁が溢れてきた。落ちた雫がウィリアムの傷口に触れると、ウィリアムはあぐっ、と呻いた。顔を顰めている。僕は残った全部を開いた儘の傷口に埋めた。
ウィリアムは大きく身体を仰け反らせてその後、痙攣を始めた。
「助かった。ありがとな。」
ウィリアムはすっかり快復して、僕達の前に立っていた。
「じゃあ、話してもらおうかな。その所属先をさ。」
僕はそう告げて、返答を待った。
「いいよ。その代わり俺を仲間に入れてくれ。」
「いや、其れは困るだろ。」
「まあまあ其所を何とか。俺も戻る所無いしさ。御願い。」
「御前最低だな。」
「本当、君は何というか、アレだね。」
「まあね。で、承諾してくれる?」
「まあいいよ。」
「じゃあ、話そうか。」