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しかし逃げるといっても何処に逃げたらいいのやら。ドラゴンがいるのは唯一逃げられそうな一本道だ。だがここで立ち止まっているとどんどん差を縮められて喰われてしまうだけだ。
「ねえ、木の中に飛び込む?」
そう久保田に聞いたのは、もはや確認程度の意味しか無い。
その答えを久保田が出そうとこちらを向いた時だった。
周りは木々に覆われて 獣道にはドラゴンが
近づく速度も徐々に上げ 鼻息鳴らし息を吐く
しっかりお食べと母の真似 出来るはずない
大事な体 しからば戦え男だろ
「は?」
僕と久保田は同時に、全く同時に同じ言葉を発していた。完全にほうけている。だがそれも仕方のないことだろう。何処からともなく変な歌が聞こえてきたのだから。
「今の何かな?」
「さあ?」
「ちょっと、ぼーっとしてないで速く逃げようよ。ねえ、久保田!」
僕が服の袖を引っ張っても、久保田は立ち止まったままだ。
「ねえ、ねえ!」
「そう慌てるな、さっきの声も言ってたろう。闘うんだ。」
「こいつ相手に?」
そうだ、と言い、久保田はドラゴンに突っ込んでいった。
久保田は二本あるドラゴンの小さい前右足を掴み、おそらく通常は曲がらぬであろう外側へ持って行った。大きな破裂音が鳴り、ドラゴンが暴れ出した。
体の全部位を動かし、木々を倒し地を鳴らしている。しかしその右の前足は動いていない。そのせいで、通常四足で歩くドラゴンの挙動はぎこちない。
僕はそれに巻き込まれないよう動きながら久保田の名を呼ぶ。
五分程経っただろうか、暴れ続けるドラゴンを避けながらも、僕はその場から逃げ出せずにいた。久保田がいないのだ。