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想起

作者: 架僑

初夏の昼下がり、携帯電話の着信音が部屋に響く。休日に仕事用が鳴ることはあるのだが、私用の方が鳴るだなんて珍しい。さていったい誰からか、と画面を見ればそこには良く知った名前が。自分の表情が限りなく無表情になるのを意識しながら、携帯を耳に押し当てる。

「お電話ありがとうございます。大変お待たせ致しました」

「……ん、あれ、間違えたかな。これ業務用か? いやそんなことないか。君の冗談って分かりにくいんだよ全く。……おい、もしもし、もしもーし」

 数ヶ月前と変わらない、相変わらず間延びした声が響く。こいつはいつもこうだ。昔から。大学を出てからも飄々とした態度は変わりもしない。この時代にきちんと就職もせず、毎日隠居のような生活している。自分と全く違う、男。それなのに未だ交流があるのは腐れ縁と言うしかないのだろうか。

「聞こえてる。なんだ用事は。電話するくらいの用なんだろ」

「ああ、そう。実はさ、私の地区の自治体が公園でスタンプラリーやるらしいんだよ。昔私達が良く遊びに行っていた公園で。それのサクラを頼まれた」

「で?」

「皆様お誘い合わせの上お越しください、と」

「だから?」


「優しい私は君を誘ってあげようと思ったわけだ」


その流れをある程度想像出来てはいたのだが、身構えてもその電話越しの台詞に項垂れざるを得なかった。

向こうはこっちが呆れて物も言えないのを良いことに、手早く日時を伝え、即座に電話を切った。小言を言ってやろうと思ったのだが、見事な回避。電話代が馬鹿らしいから、こっちから返す気はしない。

やられた、と携帯を握りしめたままカレンダーを振り返ればその日はただの白紙。その日の午前中に迎えに来ると言った奴を追い返す術が、ない。適当な理由を伝えたとしても、部屋に入られた瞬間気付かれる。

 溜息を付きながら携帯を置いた瞬間、頬が緩んでいる自分がテーブルに映り込んだ。更に深い溜息が込み上げてきた。




「人が全くいないかと心配だったが、なんだかんだで結構な人出だね。良かった良かった」

 午前中に家を出、公園まで歩いている間はあまり見なかった人が、公園の駐車場辺りではかなり増え、スタンプシート配布場近くになると人混みになっていた。家族連れから年配の人までいる。 

人混みを囲むように沢山のテントが出ていた。どうやら奴の住む自治体だけでなく、他も色々出しているらしい。食べ物の店に金魚すくい、水風船……。規模はまるで祭りだが、どこかのどかで、祭りとは違った雰囲気を出している。初夏の陽気や公園の広さのせいなのだろう。

 これだけの規模を想像出来ない奴ではない。サクラを頼まれたことは本当なのかもしれないが、この人数では行かずとも大差ないだろう。わざわざ巻き込んできた理由は、何なのか。

 何か思慮があったんじゃないかと隣に顔を向ける。当の本人は、あのたこ焼き美味そう、あとで買っていくかな、と呟いていた。

 何も考えるべきではないと悟った瞬間だった。

「ちょっとあっち回るかい。スタンプラリーで迷子になっている人の案内くらい、手伝いした方が良いと思うからさ」

 こっちが何を考えているのか、そんなことを少しも思わず奴は奥へと足を進める。先はまずまずの広さの緑道で、公園の中央へと続いていた。地面に敷き詰められた大粒の白い石は昔と変わらず、周りの騒々しさの間を縫って届く鳥のさえずりも、昔に聴いたそれと同じ響きをしている。

 ふと何か違和感を覚えて横を向いた。隣を歩く奴とは反対側で、低めの白い壁が目に付く。壁の向こう側には木や石があって、何処か別の区画のようだった。

「ここ……こんなに壁、低かったか?」

 記憶の中のこの場所に、向こう側の見える区画はなかった。緑道の片側には木が植えてあって、反対側は高く白い壁。大人の身長ですら向こう側は見えない、そんな場所だった覚えがある。壁が古くなって工事でもしたのだろうか。それにしても壁は古く、数十年は経過しているように思える。なら、何故。

「高さは変わってないよ。壁が古いと見れば分かるだろう? 私達が小さかっただけだよ、ここに来ていたのはとても昔の頃じゃないか。今と身長が全く違う。だからさ」

 平然と言って、奴は立ち止まった自分を置いていく。身長の問題、なのだろうか。昔は向こう側に、何か特別な思いを抱いていた気がする。絶対越えられない、絶対見ることの出来ない、線引きをされた何かだと。それが、今ではただの風景になっていた。領域の境界であった白い壁は、物の意味すらない何かになって。

 少し足早に歩いて先を進む奴に追いつく。白い石を蹴飛ばしても、ぶつかる距離に物はない。ざりざりと靴で踏みしめる音が響く。お互い無言で公園内を歩いていくと、壁とは反対側に池を見つけた。周りに梅の木が生えている、決して大きくない池。見覚えがあるような、しかし、小さな池なんてここにあっただろうか。

「……君、しばらくここに来てなかったんだね、本当に。この池だって昔から変わってないさ。ここからよく石を投げただろう?本当かどうか気になるなら、しゃがんでみればいいさ。小学生くらいの身長まで、ね」

 そう言いながら奴はさっそくしゃがみこんだ。こんな感じだったかな、ああこの石は丁度いいか、反対側まで跳ねて届くといいなそれー、なんて一人石を投げる隣に自分も屈む。ああ、確かに見た広さはこれくらいだったのかもしれない。池の向こう側がとても遠くに見えて、池より湖を見る感覚に近付いた。近くの梅の木を見上げれば、枝は空を覆うように、長い。スケールは昔見ていた風景とほぼ同じだ。ただ、何かが違う気もするが。

「しかし老けたね、私も、君も。見ている風景は同じで、季節も以前に経験したものだというのに、昔と感覚が違う。褪せて見えるのかな。子供の頃みたいに、小さな森にハイキングに来たような、そんな感覚が全くしない。ただの公園、人工物に思える。……こういう変化を一番、老けたと言うんじゃないかな。私はそう思うんだが」

 池の反対側を見てぽつりと呟かれたそれを聞いて、ひょっとしたらそういうことなのかもしれないと、思った。あの頃と比べて自分はかなり変わったのだろう。背丈もまず違う、それに小さい頃は想像出来ないような事を色々体験した。良い体験も、悪い体験もあった。それがこういう形になって現れることがあるのだろう。

「君は老けたことを後悔するかい? ずっと、子供の頃見た風景を求める? それとも、……なんて問いは君には無縁か。そういうことを細かく考えて、議論するような人ではないからね、君」

 奴は立ち上がって、元来た道へと歩いていく。見回りは良いのかと問えば、迷子なんていないだろう多分、それに仮に迷子になったとしても餓死する訳ではあるまいし大丈夫さ、という無責任な答えが返ってきた。こいつ本当に何しに来たんだ、と視線で非難すれば間延びした声が。

「お好み焼きとたこ焼きと焼きそばを買いに来たんだよ。分かってないね君は。そうだ、一つくらいご馳走してあげようか、大人の余裕ってやつで。……小学生には決して、真似出来まいよ」


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